ガラクタ。
「いい加減に、いらないものは捨てて下さい!」
まだ、アメリアが城を出る前のこと。
一ヶ月に一度は必ず、女官長にそう言って叱られるのが常であった。
「そんなこと言ったって、全部いるものなんだから仕方ないじゃないですか……」
そして、彼女がぷうっと頬を膨らましながらそう答えるのもまた、常であった。
アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。
王族でありながら至って庶民的なこの少女は、よく言えば物持ちがいい、悪く言えば貧乏性であった。
別に悪いことではないような気もするが、彼女が大事にしまっているものが元は何かの薬が入っていたような空の小瓶だの、先が潰れて書けなくなった羽ペンだの、そこら辺で拾ってきたようなでこぼこした妙な形の石だの、他人から見ればガラクタとしか思えないようなものばかりでは、女官長が"捨てろ"と言うのも無理はない。
けれどそのガラクタも、彼女にとってはいろいろな思い出がたくさん詰まった大切なものだった。
だから彼女は何と言われてもそれらを捨てようとはしなかった。
「これは私の宝物です !!」
そう、言い張って。
彼女は、そんな少女だった。
「アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンです、よろしく!」
そう言って自己紹介しながら手を差し出されて、彼はただ皮肉げに嘲笑った。
温室育ちで世間知らずな、何の役にも立たないオヒメサマ。
そう思った。
しかも臆面もなく”正義”などと甘っちょろいことを公言してはばからないところがひどく鼻に付いた。
今思えば、自分がとうの昔に忘れてしまったものを持っているこの少女に、嫉妬していたのかもしれない。
しかしとにかくその時は、”気にいらない”という思いだけがそこにあった。だから、差し出された手に応じることなく、別行動を取るとだけ称してその場を立ち去った。
けれど彼の少女に対する評価は、共に戦ううちに徐々に変わっていった。
確かに世間知らずではあったけれど、決して役立たずではなかった。
リナほどではないにしろ、人並みはずれた魔力と体術を持っていたし、どんな大きな敵にも向かっていく勇気を持っていた。
少女を認めざるを得なかった。
ただ、自分に向けられる、他の者へのものと何ら変わりない信頼の眼差しには、戸惑わずにいられなかったが。
信じる心―――そんなものは何の役にも立ちはしない。
何の意味も持たない。
そう、言わばガラクタのようなものだ、と――――
そんな彼が考えを改めることになったのは、コピーレゾとの死闘を何とか切り抜け、別れる間際。ほんの何日かの間、4人で旅をした時のことだった。
「危ないっ !!」
そう叫んだのは、誰だったか。
その声に振り返ると、自分の方に光の球が向かってくるところだった。
なぜそれまで気付かなかったのか。
大きな戦いの後で油断していたのかもしれない。
不意に現れたレッサーデーモンから放たれた光の球は、とても避けられる間合いではなかった。
この体である。致命傷にはならないであろうという思いと、それでもある程度の衝撃や痛みは覚悟して目を閉じた。
―――けれど聞こえてきたのは、自分を呼ぶ声、そして少女の押し殺したようなくぐもった悲鳴。
目の前には、自分の代わりに攻撃を受け、血を流す小さな体が横たわっていた。
「とりあえず治療で傷は塞がったわ。あとは自然に体力が回復するのを待つしかないわね……」
宿屋のテラスで風に当たっているゼルガディスの姿を見つけて、リナは開口一番そう告げた。
「そうか………」
ただ一言呟いて、再び押し黙る。
『ゼルガディスさんっ !!』
あの時の、彼の名を呼んだ少女の声と小さな悲鳴が今も耳に残っている。
目を閉じれば、あの時視界一杯に広がった赤い―――毒々しいほどに紅い血の色が浮かんでくる。
「くそ………!」
どうしようもないやるせなさに、やはり彼はどうすることもできず。
溜息のように吐き出した呟きと共に、手すりに拳を打ちつけた。
「なんで俺なんか庇ったんだ………」
コピーレゾとの戦いの時も、そして今回も。
少女は、自分の危険も顧みずに彼の前に飛び出してきた。
―――何故?
「仲間だから……じゃないの?」
リナの言葉に、けれど彼は自嘲気味に笑った。
「”仲間”?どうやったら俺を”仲間”なんて認識できるんだ?俺があいつに何かしてやったか?俺があいつにしたことと言えば、冷たい視線と言葉を投げかけたことくらいだ。それでどうして仲間などと思える?
―――どうかしてる……」
「そこがあのコのすごいところなのよ。笑っちゃうくらい純粋で、人を信じる心をずっと失くさずにいる………」
そこまで言って、リナは足元に落ちていた落ち葉を拾い上げた。
根元のところを持ってくるくると回しながら、ゼルガディスに見せるようにそれを突き出す。
「ねえ、例えばこの落ち葉。『これは世界一高価な宝物だから命をかけて守れ』って言われて、その通りにすることができる?」
その問いに、彼はフンと鼻で笑った。
「馬鹿らしい………」
「でしょうね。でも、あのコにはそれができるのよ」
「『信じる心を持っているから』、か?そんなものは何の役にも立たない。何の意味も持たない。単なる”ガラクタ”だ」
尚も認めようとしないゼルガディスに、リナは軽く溜息をついて―――唐突に、話を変えた。
「あのコ、セイルーンのお姫様なのよ」
「………あ?」
「第一王位継承者の次女、第二王女なの」
「―――おい………」
そんなことは最初に聞いて知っている。
リナの意図していることが理解できずに、眉を顰める。
「小さい時に継承権争いのごたごたで母親を亡くしてる。その後姉は行方不明。この間もやっぱりお家騒動で、叔父さんを亡くしたばかり」
「…………」
「そんな状況の中で、”ガラクタ”を守り続けてきた腕はどんなに痛かったと思う?」
様々な悪意渦巻く王宮の中で。
少女が少女のままでいられたのは、親の愛情とそして何より、何物にも変えがたい少女の強さ。
ふと、自分に向けられた少女の笑顔が思い出された。
その瞳は一点の曇りもなく澄み切っていて………思わず目を逸らしたくなる衝動と同時に、どうしようもなく惹き込まれたのを覚えている。
「いい加減、認めたら?」
ゼルガディスはリナの声に我に返って―――――
「―――そうだな………」
少し笑って、頷いた。
中で眠る怪我人を起こさぬよう、ゼルガディスはそっと部屋に入った。
ベッドの傍に置かれた椅子に腰を下ろして、少女の様子を見やる。
傷は塞がっているものの、出血多量により元々白い顔色は更に青白く、そっと触れた手はどきっとするほど冷たかった。
思わずその手をぎゅっと握り締めるゼルガディス。
――――と、握った手がぴくっと動き、慌てて手を引っ込めると、長い睫毛に縁取られた瞼が重そうにゆっくりと開いた。
「……ゼルガディスさん………?」
いまいち状況が把握しきれていないのか、戸惑ったように彼を見上げる。
少女と目が合った瞬間、思い出されるリナの言葉。
『”ガラクタ”を守り続けてきた腕はどんなに痛かったと思う?』
「………痛かったか?」
「え……?」
しばし考えた後。
自分がどういう経緯でここに寝ているのか、やっと思い当たったらしい。
彼を安心させるように、にっこりと微笑む。
「いえ、全然!! 私頑丈にできてますから! 日々の鍛錬の賜物です!」
「―――そうか」
そして彼もまた、つられるように微笑んだ。
その笑顔が、びっくりするほど穏やかで。
アメリアは不思議そうに瞬きを繰り返した。
「どうした?」
「あ、いえ……何だか……」
「何だか?」
「―――二回目です!!」
「………は?」
前の文章とこれっぽっちも繋がっていない上に、意味不明な発言。
ゼルガディスでなくとも訳が分からないであろう。
それに気が付いたアメリアが、急いでフォローを入れる。
「あ、すみません……私、自分の頭の中で完結させて何の説明もなしに口に出しちゃう癖があって………。
で、ですね! ゼルガディスさんがそういう風に優しく笑ってくれたの、二回目なんです! 一回目はコピーレゾと戦ってる時で、私がゼルガディスさんの前に飛び出したら、”自分の身を守れ!!”って言った後、笑ってくれました」
「………そんな顔したか?」
「しました!」
「………そうか………」
自分では意識しないうちに、既に彼女に心を許し始めていたらしい。
そのことが妙に照れくさくて、そしてこれまで頑なに意地を張っていた自分が可笑しくて、ゼルガディスは押し黙った。
そんな彼の様子にくすっと笑うと、少女はその小さな手を彼に差し出した。
「アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンです、よろしく!」
「………?」
「今度こそ、握手してくれますよね?」
そう言って、眩しい笑みを浮かべる。
彼はおずおずと右手を差し出し、そして。
少女の小さな手を、固く握り締めた。
もう、その笑顔から目を逸らしたいとは思わなかった。
END.
桐生の20歳の誕生日プレゼントに雫石彼方さまからいただきましたvv
誕生日が3月19日で、4月1日に璃岩柘榴がオープンしたこともあって、開設早々いただきもののページを作ることができました。懐かしいなぁ。
まだゼルとアメリアが出逢ったばかりのゼル視点のお話で、作中のモチーフに使われているのは浜崎あゆみの『TO BE』です。どうぞ聞きながら読んでくださいませv
彼方さまは柚葉シリーズのアメリアのイメージとして同じくあゆの『WHATEVER』を教えてくださいました。これがもうドンピシャで、柚葉第一部のテーマソングとなっております。書いている間はかけっぱなしで、いまでもこの曲を聞くと『翼の舞姫』自家製プロモが頭のなかで流れ出すぐらいです(爆)
彼方さまは可愛いアメリアを書かせたら天下一品です。彼方さまのHPにあるアメリアはみんな可愛くていじらしくて、思わず抱きしめたくなります(><)