カオスレギオン 【新たなる絆】――1
主、汚れし霊に問いたもう。
「汝の名は何か」
彼、答えていわく―――
「軍団、我ら大勢なるゆえに」
氷のように冷たい雨が降っていた。
吐く息さえ白く煙るそのなかで、燃えるような赤髪をした男が剣を振るっている。
聖印を刻まれた、鋭くも妖しくきらめくその剣を右手に。高く掲げた左手には曇天を切り裂く雷花が集う。
「ジーク・ヴァールハイトが招く!」
咲き乱れる花束を投げつけるかのように、男は左手を濡れた大地に叩きつけた。
途端、地中から青白い稲妻がほとばしり、奔る亀裂から颶風が吹きあげる。重く、冷たい、堕界からの死の息吹。
男が吼えた。
「無念の魂よ! 天刻星の連なりの下、甲魔アロガンスとなりて我が身を護れ!」
あたりを染めて荒れ狂う雷に、男の傍らにいた少女の顔が照らされ、青白く輝いた。
雷花のほとばしる亀裂から、異形のものたちが次々と躍り出る。
それは形や大きさは人に似ていた。しかし足もなければ手もなく、代わりに青く巨大な甲殻を背負い、四つの巨大な爪を花のように体の中心から生やしている。
「天秤座の陣!」
男の言下、招かれた無数の甲魔たちが男と少女を守るように展開した。開かれた爪の間に青い障壁が生じ、魔獣の放った攻撃を防ぎ、あろうことか全く同じ攻撃を敵へと返していく。
白殻獣、銀脚獣………その他の少女が名前も知らぬ魔獣たちの攻撃を受けとめ、それぞれ全く同じ攻撃を繰り出し、なかには幾つか力を受けとめきれず、砕けて黒く溶けていくものもあった。
さらに続けて、男は雷光を手にまとわせた。
「悲憤の魂よ! 地刻星の連なりの下、巌魔ヘイトレッドとなりて我が敵を払え!」
甲魔たちを薙ぎ払っていた魔獣の胴と頭が、突如として別々の方向へ吹き飛んだ。
軋るような叫び声と共に現れたのは、男の背丈よりも遙かに高い蒼身の巨兵であった。馬の胴ほどもある手足をふるい、次々と魔獣たちを屠っていく。
堕気によって生じ、堕界より来たる魔獣どもを、堕界より招かれし魔兵たちが蹂躙していく。
入り乱れ、殺し合う異形のもの同士の凄まじい戦いに、男の傍らで見守っていた少女が決然と告げた。
「たくさんの金色の矢が………見えます」
その瞬間。風を切る鋭い音と共に、何もない宙を無数の金色の矢が迅っていた。
魔兵たちの頭上を飛び越え、次々と魔獣たちに突き立つと、傷を残してかき消える。
傷を負い、隙のできたところに一気に巌魔たちが殺到し、敵を薙ぎ払った。
それを見た男は、一瞬だけちらりと傍らの少女を見やり、
「あまり使うな。疲れるぞ」
それだけを言うと、また魔兵たちへと視線を戻す。
銀の紐で束ねた栗色の髪に、淡い紫の瞳をした小柄な少女は、男を見上げて微笑んだ。
「まだ、だいじょうぶです。ジーク様」
魔獣の数は徐々に減っていき、開いていく数の差がさらに殲滅の速度を増していく。少女を護る甲魔を残し、残りを率いてジークも縦横に剣を振るう。
やがて最後の一体が屠られたとき、魔兵が一斉に咆哮をあげた。
あたりを揺るがす轟々たる勝利の雄叫びのもと、次々とその形が崩れていく。がしゃがしゃと爪が落ち、甲殻が崩れ、魔獣の死体の上に青黒い液体となって降りかかる。下敷きとなったその魔獣も又、それぞれどろりと溶け崩れ、どこへともなく消えていった。
やがて、魔兵であったそれらから、淡い光が立ちのぼった。聖性を帯びた無数の光が、柔らかに輝きながら天へと還っていく。
空へと還っていく弔われた魂を見送っていたジークは、ふと足元に目を向けた。
光になりきれなかったどす黒い液体が、静かに彼の足元へと流れ込む。
落ちる影をさらに黒く染めるそれを、ジークはわずかに目を細めて見たが、次には何ということもないように顔をあげていた。
ジークたち以外に、動く影はもはや見当たらない。
「あいかわらず、すっごいねぇ。ノヴィア」
少女の傍らを飛ぶ小さな妖精が、明るい顔でそう言った。感心した様に周囲を見回す、その瞳は金。髪も、ふるえる羽の翅脈も、すべて金に輝いている。
ノヴィアと呼ばれた少女は大きく息を吐き、白木細工の短杖に額をあてた。杖の聖性が疲労を癒すのを待ってから、
「ううん。私じゃなくて、ジーク様がすごいのよ」
「狼男がすごいのはいつものことだけどさ。最近ノヴィア絶好調じゃん」
「そ、そう?」
「そうだよぉー、万里眼も幻視の力も、両方ともちゃんと使えてるじゃない。すごいよ」
親友から無邪気にほめられて、ノヴィアは嬉しそうな顔をしたが、すぐに少しうかがうような表情で傍らのジークを見あげた。
「あの………ジーク様はどう思われます? 私、この力を使いこなせているでしょうか?」
ジークは黙ってノヴィアを見下ろした。
「や、やっぱり、何でもないですっ」
鋭い眼光に慌てるノヴィアとは正反対に、妖精は憤然と腰に手を当てた。
「ちょっとぉっ、ノヴィアが聞いてるのに何で黙って睨むのっ、この狼男! ただでさえもとから悪い目つきをさらに悪くして………」
「いいのよ、アリスハート。それにジーク様の目つきが悪いだなんて失礼よ」
「こればっかりはノヴィアの目が曇ってるんだってば………」
アリスハートは呆れたよう視線を曇天に投げた。
普通に視線を向けられただけでも睨まれた様に錯覚してしまう目つきを、どうすれば優しいだなとど思えるのか。
「すいません。私、余計なことを聞いてしまいました。………あの、ジーク様?」
ジークは無言のまま、ノヴィアから視線を外し、ついさっきまで戦場と化していた周囲に目をやった。
雨の滴に混じって、その左腕から血が滴り落ちていることに気が付いて、ノヴィアは顔を真っ赤にした。
そうだ。軍団を招いたなら、ジークの左手が傷つかないはずはない。力を使いこなせることに有頂天になって、ジークの従士たる自分の役目を忘れることなど、ノヴィアにとってあってはならないことだった。
内心で己を恥じる。
「すいませんっ。いますぐ包帯を―――」
「いや、いい」
淡々とそう言って、ジークは右手の銀の剣をシャベルにしまい直した。聖咎の剣―――殺人を聖なる罪として許し、聖法庁の敵を独断で誅殺する権利と義務を与える剣である。聖法庁の者でもこれを授けられた者はごく僅かしかいない。
そのごく僅かのなかでシャベルに剣をしまう者など、ジークぐらいしかいないだろう。
ジークは元通り、ばかでかいシャベルとなったそれを軽々と肩に担ぐと、
「街に戻ってからでいい。ここでは俺もお前も濡れる。チビもな」
「チビって言うなぁっ! あたしにはアリスハートっていう可憐な名前が、ちゃんとあるんだからっ」
羽から水滴をまき散らしつつ、アリスハートが盛大にわめく。
ジークの後に続きながら、ノヴィアはふと肩をふるわせた。
「たしかに………寒いわ」
凍りつくような雨に、彼女は法衣の前をかきあわせ、アリスハートをその中に入れてやった。
「ノヴィア、風邪なんかひいたら大変だよぉ」
「そうね。私もジーク様も、風邪ひかないようにしないといけないわね」
呆れた様なアリスハートの声が胸元から聞こえた。
「狼男が風邪なんかひくわけないじゃん。踏んだって蹴ったって、あいつならぴんぴんしてるってばぁ」
それが聞こえたかの様に、前を行くジークがひとつ、くしゃみをした。
天界と堕界を分かつ混沌の大地、アルカーナ。
その昔、聖クレマチスが神から聖印を授かり、不毛の大地であるアルカーナを豊穣の地へと変えた。かくて聖印歴は始まりを告げる。
その聖クレマチスから、天界の聖印二百種、堕界の聖印八十種を授けられた聖七師族が聖オヴェリア教団を作り、聖法庁とその頂点たる聖王が大陸に君臨してから、七百年。
聖印歴七九四年―――。
アルカーナ大陸全土に大規模な叛乱が広がり、聖法庁は危機にさらされていた。
叛乱の裏で糸を操る者の名は、ヴィクトール・ドラクロワ。
かつて軍部最高の地位である枢機武卿の地位にあり、次代の聖王と目されていた彼は、二年前、聖クレア大聖堂より、聖法庁最大の秘儀とされる外典イザーク書を盗みだし、いまだ逃走を続けている。
その追討を命じられたのが、ドラクロワのかつての親友であり、聖法庁ただひとりの黒印騎士団―――死者の魂を魔兵として招き出す〈招く者〉、ジーク・ヴァールハイトであった。
昨夜から雨は降り続き、降り止まぬままに冬へと移り変わっていきそうな晩秋だった。
湿気た冷気と蝋燭の熱が混じり合う巡礼宿の一室に、憮然としながらシチューを口に運んでいるジークの姿があった。
黒革の鎧と、背に聖印の刻まれた、過去には上質だったのだろう白外套。鎧の傍らには真紅の籠手と、大きな銀のシャベルがたてかけられている。それら戦装束の中でただひとつ、シャベルだけが違和感を放っているのは言うまでもないが、そのシャベルには、あろうことか聖法庁の聖印が刻まれているのであった。
荷の持ち主は、いまはただひたすら黙々と食事を口に運んでいた。時折、思い出したかのように、くしゃみをする。
すると、その度に部屋のなかを舞うアリスハートがにやにやと、
「狼男でも風邪ひくことなんてあるんだぁ」
「ジーク様だって人間よ。風邪ぐらいひくことだってあるわよ」
「ノヴィアぁ、それって何だか微妙に庇ってない気がするんだけど………」
頭上で交わされるやりとりを聞いていたのか、いないのか、不意にジークがぼそりと、
「チビは風邪をひきそうにないな」
「ち、ちょっとぉ、それどおいう意味っ !? 」
「言った通りの意味だ」
ジークは空になったシチュー皿をノヴィアに差し出した。
「ノヴィア、お代わりを頼む」
「はい」
にこにこと嬉しそうにノヴィアは皿を受け取ると、台所でシチューを盛って戻ってきた。
再びテーブルの上に置かれた皿の中味は、濁った緑の汁の中にところどころ青い筋が見え、どす黒い赤や黄色の塊が浮かび、ときおり皿の縁から、ぷくり、とあぶくがたつという、とても人の食べるものとは思えない壮絶な代物だったが、ジークは平然とそれを口に運んでいく。
さっそくジークの頭の上から、アリスハートが皿を覗きこみ、
「見た目だけだと、逆に風邪が悪化しそうな色だよねぇ。何だか、いつもよりもすごいんじゃない?」
「だって………風邪にいいものとか、薬草とか、色々入れたらこうなっちゃったんだもの」
顔を真っ赤にして弁解するノヴィアに、アリスハートはくすくすと笑う。
「見えるものだけをとらえていると真実を逃すぞ、チビ」
「だから、チビじゃないっ。それにだれもノヴィアの料理がまずいなんて言ってないじゃないのよっ」
「その通りだ。問題ない」
風邪をひいているとはとても思えぬ勢いで、ジークはシチュー皿を空にした。
「美味かった」
「ありがとうございます」
皿を受け取りながら、ノヴィアは幸せそうに微笑んだ。
その様子にアリスハートは、
(あーあ、もうカンペキに舞いあがっちゃってるよ。この子ったら)
針水晶を思わせる金の翅脈のはしる羽で、くるりとひとつ、とんぼ返りを切った。
ノヴィアの目に光が戻ってから、すでに半年ほどが過ぎている。
母親から受け継いだ万里眼の力を使いこなせず、盲目となっていた彼女を見守り、さらには聖女ラプンツェルの試練を乗り越え、見るだけでそのものを具現させる幻視の力をも継承するほどの〈銀の乙女〉として、彼女を教え導いたのがジークである。
母親が死んで以来、さまよい続けていた闇の世界に、ジークが現れてからというもの、ほとんど刷り込み状態でノヴィアはジークを慕っていた。
その彼が、ノヴィアと出会ってから初めて体調を崩している。
従士として身の回りの世話は任されているものの、たいていのことは一人でこなしてしまうジークの世話ができるということが、嬉しくてたまらないのだろう。挙動のひとつひとつに、いそいそという形容をつけたくなるほど、ノヴィアは楽しそうだった。
(まあ、昨日の雨は寒かったしねぇ。狼男ってば、途中でノヴィアに外套を貸したんだもんねぇ)
だからこそ、余計にノヴィアが嬉しそうなのかもしれなかったが。
皿を下げて戻ってきたノヴィアは、手に湯気のたつカップを持っていた。
「堕気払いの他に、薬草もいくつか混ぜてあります」
「すまん。助かる」
異様に鮮やかすぎる蛍光色の液体に、これまたジークは平然と口を付けた。
「風邪をひくなど、久しぶりだ」
「色々と無理をされますから、疲れが溜まっていたのかもしれません」
「お前といると、つい油断するな」
少々憮然とした呟きに、思わずノヴィアは微笑した。
「この後はどうされますか」
「寝る」
端的にそれだけを告げるジークに、
「せめて包帯を替えてからにしてくださいね」
「頼む」
ノヴィアに言われるまま、ジークは左袖をまくりあげた。腕全体に巻かれた包帯に赤く血がにじんでいるのを見てとって、ノヴィアは荷物の中から新しい包帯を取りだす。
途端にアリスハートがそわそわと落ち着きなく飛び回り、
「あ、あたし、ちょっと散歩に行ってくるねー」
言うが早いか、窓の外―――いまだ霧雨の降る街へと出て行ってしまった。
「チビは苦手らしいな」
「アリスハートは優しいんです」
包帯の下から現れたのは、赤くおぼろに光る腕一面の聖印だった。肌に直接刻まれたそれが、ところどころ血を滲ませ、滲んだその血が聖印を伝って、赤く複雑な模様を描いている。
アリスハートは、それがジークに捺された烙印のように見えて嫌なのだった。
「いつもより、血が止まりませんね………」
水に浸した布でジークの腕を拭いながらのノヴィアの言葉に、
「俺が体調を崩したからだろうな」
何でもないことのようにジークがそう答え、ノヴィアは呆気にとられた。
「か、風邪をひくと堕気が強まるんですか?」
「違う。逆だ。肉体が損なわれるとその者の聖性が弱まるんだ。ただでさえ少ない俺の聖性だ。堕気を抑えきれず、傍目には強まったように見える」
天界より降り来たる聖性と、堕界より昇り来る堕気。聖性は生命の源であり、堕気は死と混沌をこの〈狭間の大地〉にそれぞれもたらす。どちらも欠けてはならぬが、堕気は死者が宿すものであり、生者とは基本的に相容れない。それゆえ堕気を力の源とする堕法の使い手でも、強すぎる堕気に身をさらし続けることは命を削ることと同義であった。
その堕気に反応した堕界の聖印―――非業の死を遂げた魂に、新たなる堕界の肉体を与え、魔兵として招きだす〈招く者〉の聖印が、自らもっと深く腕に刻まれようとして、ジークに血を流させる。
ノヴィアは、単純にジークの世話を焼けることを喜んでいた己を恥じた。
「私の聖性で、宥めます………」
包帯を巻き終えた左腕に、ノヴィアはそっと己の右手をあてた。左手は、無意識のうちに胸元の〈銀の乙女〉の紋章に触れている。
聖性を身に宿す女性を、聖道女として養育し、各地に派遣する聖法庁の下部組織〈銀の乙女〉に属する証の品である。
それとはまた別に、傍らに置かれた白木細工の短杖も、〈銀の乙女〉からノヴィアに特別に与えられた、聖性を宿す聖具であった。
〈銀の乙女〉が触れたものには聖性が宿り、また〈銀の乙女〉自身も強い聖性をその身に宿している。その聖性に中和され、ジークの堕気は徐々になりをひそめ、包帯に新たな血が滲むことはなかった。
「すまん。いつも助かっている」
「私はジーク様の従士ですから」
いっそ凛とした風情でノヴィアはそう答えた。
ジークの従士でいるために、母親から受け継いだ、形見とも言える万里眼も、己の力で得た幻視の力も、一度は放棄することを決意したノヴィアだった。もう滅多に口にすることはなくなったが、それでもノヴィアがそう告げるとき、そこには嬉しさと誇りと信念が、自然と見え隠れする。
ジークは無言でまくりあげていた左袖を元に戻した。
「明日には出発する。それまでは自由にしていい」
「でも、お風邪のほうは………」
「それまでに治す」
「うわ、何かむちゃくちゃ言ってるよぉ。時間通りに風邪が治ったら、誰も苦労しないってば」
包帯を巻き終える頃を見計らって、すかさず戻ってきたアリスハートが呆れた口調でそう言った。
片づけを終えたノヴィアは、寝台に腰掛けたジークに一礼し、
「では、明日の朝に朝食を持ってまたお伺いします」
「ノヴィア―――」
ふと名を呼ばれ、ノヴィアは慌てて顔をあげた。
体調が悪いことを微塵も感じさせない顔色で、ジークは唐突に、
「使いこなすと言うことは、慣れるということだ。そして慣れることと、狎れることは違う」
「え………?」
突然に何の脈絡もなく口にされたことと、二つの「なれ」の違いにわからず、おたついたノヴィアに、ジークはあっさりと背を向けた。
「昨日、お前が聞いたことだ」
「お、狼男ぉ、それじゃさっぱりわかんないってばっ!」
「いいのよ、アリスハート。ジーク様、ありがとうございます」
ノヴィアは再び一礼し、己の部屋に帰っていった。
ジークは己の左腕を見やり、それから窓の外へと視線を移した。
「堕気が………強いな」
日頃から、彼の堕気を宥め続けているノヴィアの聖性にさえ、腕が疼くほどに。
ドラクロワを追う道程のなか、ジークは訪れた土地すべてにおいて、数え切れぬほどの戦死者を埋葬してきた。ノヴィアと出会う前は一人で、出会ってからはアリスハートを含めた三人で、地を埋めるほどの万軍の骸を前にし、その全てを葬り、その堕界に堕ちた魂全てを受け入れてきた。その度に聖印は血を流し、ここ一年ほど、それはノヴィアの聖性によって宥められてきている。
「お前たちの数も増えたな。いつまで、俺と共に―――」
我が身が受け入れた魔兵たちに囁きかけ、ジークは目を閉じた。
いつまでかなど決まっている。
自分のこの手がドラクロワに届くまで。かつて共に抱いていた理想を問うその日まで、この身の堕気は膨れあがり続けるだろう。
命を損なうそれさえも、もはや親友とのかけがえのない絆のひとつだった。
