第六章 光のまなざし〈精霊〉 〔2〕

 巨大な眼球が光を放った。
 咄嗟にデュランがアンジェラを、リースがシャルロットを抱えこんで左右に跳ぶ。―――何かが蒸発するような嫌な音がした。
 ひとり器用に避けたケヴィンがいままで立っていたところを見ると、光線のあたった岩が一直線に熔け、えぐれて白煙を噴きあげている。胸の悪くなるような熱い匂いが立ちこめた。
 怪物が身じろぐたびに、腹の底に響くような地揺れが起きる。
「さ、さっきからの、地響き、こいつ………?」
「ケヴィン! いいから松明(あかり)拾えッ。お前だけ見えてても仕方がねぇ!」
 怒鳴られ、ケヴィンは慌てて地に転がった二本の松明を拾いあげた。先ほどのデュランの指示を憶えていたので、シャルロットとアンジェラにそれぞれ押しつける。
 リースとデュランが得物を手に大地を蹴った。双つの灯火のなかで、それぞれの刃が鈍くきらめく。
 脚を目がけて放たれたデュランの斬撃は、耳障りな音と火花を散らしただけだった。わずかに土と苔をこそげただけで、怪物の鋼殻には傷ひとつついていない。
「何だ、こいつは !?  ケヴィン無茶すんな、素手じゃムリだッ」
「節です! あと、眼を!」
 叫んだリースが槍を一閃させた。ヴァナディースの流線の刃が脚の関節に潜り、ふり抜かれ、体液があたりに飛び散った。素早く退き、リースは痛みにのたうつ脚の一撃を逃れる。
 デュランも同様に反対側の脚を傷つけ、やはり暴れる脚から逃れた。怒りを放つように再び眼球が白く白熱し、一同は慌てて熱線上から移動する。ケヴィンがシャルロットの松明を奪い、小柄な体を抱えて跳び退く。
 じゅっと弾けるような異音。立ちこめる熱気がリースとデュランの接近を阻んだ。
「くそ………っ」
 デュランの口から思わず悪態がもれた。戦力的にどう考えても不利だ。到底自分たちだけでは敵いそうもない。まずはこの状況から逃れるべきだった。あえて踏みとどまって戦う理由も見あたらない。
「おい、ひとまず逃げるぞ! シャルロット、アンジェラ、先に行け!」
「で、でも明かりがないとデュランたちが―――」
「いいから行けっ!」
 剣幕に押され、アンジェラは出入口となる亀裂のほうへシャルロットの手をひいて駆けだした。ケヴィンがそれにならい、リースとデュランも警戒しながら後に続く。
 アンジェラが亀裂に体を滑りこませようとしたときだった。
 一同の背後で柔らかな真珠色の光が輝いた。
 驚いてふり返ったリースたちの目の前で、真珠色の光粒は怪物にまといつき、脚の関節に光を集中させるとみるみるうちに傷を治していく。
 その染み入るような乳白光にリースは憶えがあった。シャルロットもだ。
「まさか、治癒魔法―――?」
「うそでちッ!」
 治癒の光(ヒールライト)は光の属性の魔法だ。神殿でリースの足首を癒すのに使われたのも、この呪文だった。
「どういうことだ?」
 怪訝な顔をするデュランに勢いよくシャルロットが噛みつく。
「あの光、ヒースやおじーちゃんたちが使う、治癒の光とおなじ光なんでち! あの怪物、光の魔法が使えるんでちよ!」
「ま、待ってよ!」
 なかば混乱しながら、アンジェラは習い憶えた知識を記憶から引っぱりだした。
「こいつどう見たって光の属性の魔物じゃないわよ。よくって水か地よ! なんで治癒の光なんか使えんのよ !?」
「そんなこと、シャルロットにわかるわけないじゃないでちかっ!」
 自然界に棲む生きとし生けるものたちは、それが魔物であろうと何であろうと、それぞれ己の本質に近しい精霊の力を帯びている。
 空を飛ぶ鳥やその魔物たちは風の属性を帯びているし、水に棲む魚やその眷属の魔物たちは水性の力を帯びている。人間や亜種族もこの例外ではなく、無属性に近い人間と違い、エルフやドワーフたちはもっと顕著にそれぞれ樹と地の力を帯びている。
 そして、それぞれの精霊の力を強く受けると、それに準じた特殊な力もふるうようになるのだ。呪文がその最たる例で、治癒の光(ヒールライト)を操るこの怪物蟹は、光の属性を帯びていることになる。
 その事実が意味することは―――。
(ウィスプだわ………!)
 鋭く放たれた妖精の思念が一同の動きを縛りつける。
(マナの源。光の気配………! ウィル・オ・ウィスプ―――)
 ちょっと待て、とデュランが制止の声をあげる暇もなかった。
(強いマナをこの怪物の体内から感じるわ! わたし、ウィスプを喚んでみる。逃げるのはちょっと待って!)
「待てないわよ普通ッ!」
 アンジェラが悲鳴をあげ、それから途方に暮れた顔でデュランとリースを見た。二人とも彼女と似たような気分だった。妖精がああ言う以上、形勢不利を理由に逃げるわけにはいかなくなってしまった。
「くそっ」
 先ほどとは違う意味合いの悪態をついて、デュランが剣をかまえなおす。怪物に向きなおり、背後に向かって無造作に告げる。
「しかたねぇ、()るか。―――アンジェラ、シャルロット。お前ら外出てろ」
「イヤよ!」
 即座に返ってきた強い拒絶の言葉に、思わずデュランは目を見張った。
 泣きそうな顔をしながらも、アンジェラは松明をかざし、きつくデュランを睨みつけていた。
「あたしたちが灯火(コレ)持ってないと、あんたどうやって戦うつもりなのよ !? あんまり馬鹿にしないで!」
 ふっ―――と、デュランはわずかに笑う。
「じゃ、頼んだ」
「眼を狙いましょう」
 リースの槍が鋭く音をたて、大気を裂く。双眸が凛と敵を見据えた。
「わかった。ケヴィン、二人を頼む!」
 呼応してデュランも駆けだした。
 闇のなか、少しでも戦いやすいようにと松明をかざしながら、アンジェラはきつく唇を噛む。
「魔法が使えれば、あたしだって………」
 あれから何度試しても、たった一度きりの奇跡であったかのように魔法が発現することはなかった。たしかに身のうちに魔力はあるというのに。何がいけないのか、アンジェラにはわからない。精霊やマナストーンは答えをくれるだろうか。いまはこうして明かりをかざすことしかできない。
 アンジェラが見守る先で、怪物は近寄ってくるリースたちを眼から光線を放つことで牽制していた。だがリースとデュランは、無謀と思えるほど退こうとしない。間一髪で避け続け、剣で斬りつけ、槍をふるう。わずらわしげに怪物は光線を頻発したが、素早い動きは苦手なのか、ほとんどその場から動こうとしなかった。動きまで蟹に似て、左右にわずかに移動するだけなのが、二人の回避を助けている。
 飛来する熱線をかわし、脚のあいだをくぐり抜けては節を斬り、目を狙うということをくり返していたリースとデュランに、妖精の思念が響いた。
(ウィスプがいたわ! この魔物のなかに封じられてる。魔物を斃し、ウィスプを解放しなければ………!)
 それでは、なんとしてでもこの怪物蟹を斃さねばならない。
 しかし無理難題を平然と言いつけるのは勘弁してほしかった。妖精とのあいだには、まだどうにもズレがある。
「同時に行こう。おれが左眼をやる」
「わかりました。では右を」
 リースは槍を槍術本来の構えに持ちなおした。流線型の鋭利な刃を持つヴァナディースは、切り裂くことのほうに重点を置いている変った槍だったが、本来の刺突に使えないわけではない。
 間近まで迫った侵入者を見て、牙のあいだから異様な緑色の泡が溢れた。瞬く間に滴り落ちて白煙をあげる。二人は左右に跳び退き、地を蹴った。危険を察知した怪物の眼が硬い瞼の裏に隠れようとする。
 デュランが吼えて跳ぶ。祈りながらリースは槍を突きだした。間に合え―――!
 弾かれる衝撃ではなく、肉を割る重い手応えがリースの腕をふるわせた。
 デュランの剣も、柄近くまでその刀身を潜りこませている。
 つかの間、二人は視線を交わした。
 怪物が泡とともに激しく呼気を吐き、身を震わせた。苦痛のままに暴れだす直前の、一瞬の空白。
(リース、デュラン、離れて―――!)
 外殻のあちこちから洩れだした光の筋が、距離をとる二人の顔を照らしだした。細い筋だが、照らされる(きわ)が白く輪郭を融かし、影となった部分は黒く塗りつぶされてしまうような強烈な光だ。
 幾筋もの光条は次第にその数と強さを増し、もはや怪物は動くことなくただの陰影となってうずくまるだけだった。
 やがて全体が光に包まれ、輪郭が崩れさる。膨張するように一斉に光が噴きだし、視界を白く染めた。
 ―――次に視界が晴れたとき、魔物はすでに亡骸と化していた。
 あれほど刃を拒んだ鋼の甲殻は風化した抜け殻のようにぼろぼろになり、砕けて幾つもの欠片となっている。
「し、死んだの………?」
 おそるおそる近づこうとしていたアンジェラは、亡骸からふわりと漂いだした鬼火にぴたりと足を止めた。
 シャルロットが半泣きで傍らのケヴィンにしがみつく。怪談で聞いた人魂そっくりだ。
「な、なななななんでちか、あれはっ」
「わっ、シャ、シャルロット、お、落ちつく………」
「ぎゃーっ、こっち来るでちー!」
 ゆっくりと近づいてくる光に、シャルロットはますますケヴィンの服をきつくつかむ。しがみつかれた少年が均衡をとろうと、おたおたと足踏みをくり返した。
 光は大騒ぎをする二人の目前までふわふわとやってくると、
(―――怖がらないでおじょーさんっ!)
 あろうことか口をきいた。
「うぎゃぎゃっ、しゃべったでち………って、え? ええぇっ !?」
(―――ういッス! オレッす!)
 意思を伝える思念があたりに響き、ゆらめく白炎のような光の中心に、くるん、と愛嬌のある顔が浮かびあがった。
 光はまばたきするように、ちかちかと瞬く。
(オレッスよ、オレ! このオレが皆さんが探している、ウィル・オ・ウィスプっス!)
「こ、この人魂………光の精霊でちか !?」
(オレ人魂違うッスー!)
 唖然としたシャルロットの呟きに、憤然とした抗議の声が重なる。
「………………………………おい、待て」
 デュランがかろうじて呻いた。リースに至っては、沈黙したまま口を開けずにいる。
 アンジェラがおそろしく胡乱な表情で見あげ、ケヴィンが目をぱしぱしさせて注視するなか、ウィル・オ・ウィスプはふわふわと楽しげに上下に揺れ動く。
(マナの変動のせいで不覚にも、あの鋼殻蟹(フルメタルハガー)の体内に取りこまれてしまってたッス。おかげさんで、やっと封印を解くことができました。事情は、妖精さんから聞いたっス。いやたいへんっスね)
 口調が非常にくだけているためか、少しも大変そうに聞こえない。
「………………精霊ってさ、もっと」
 アンジェラが呟きかけ、その途中で黙りこんだ。
 それからふと怖ろしげな顔で、リースのほうをふり返る。
「まさかと思うけど、精霊って………みんな、こんななの?」
(どうだったかしら)
 そう言いながら、妖精がふわりとリースの体から抜けだした。虹色の粒子がこぼれて光精の青白い光と混じり合い、あたりを柔らかく照らしだす。
「―――ねえ、ウィスプさん。光のマナストーンは?」
 その問いに、光の精霊はふるっと身を震わせて、難しげな顔をしてみせた。
(ちょうどこの真上、古代遺跡の奥深くにマナストーンはあるんスけどね、ちとここからじゃ行けないッス)
 デュランとアンジェラは顔を見合わせた。何も言わないが、どちらの顔にも落胆があらわれている。
「マナストーンは―――」
(まだ無事っスよ。………でも非常に不安定な状態なもんスから、いつ神獣が封印を解いて復活しちゃうもんだか……)
「急がなければだめね」
 ウィル・オ・ウィスプは頷くように大きく上下した。
妖精(フェアリー)さんもそうッスけど、僕ら精霊はマナがなくなっちゃうと、存在できないっスからね………。マナを救うためにも協力させてもらうッス)
 耳慣れない響きで妖精(ようせい)のことを呼び、光の精霊はそう言った。
 目の前にいるのは昼の刻の象徴、すべての光の理を司る精霊のはずなのだが、良く言えば親しみのある、悪く言えばくだけすぎた口調が、緊張感と畏敬の感情をそいでしまう。
「当代の宿主さんっスね、よろしくっス」
 何とも個性的な光の精霊に、リースはもはや物も言えず黙って小さく頷いた。
 そんなリースを見て笑ったのか、ウィル・オ・ウィスプはちりちりと身を震わせると踊り跳ねるように上下し、一同の頭上を舞った。
(みなさんに光の祝福を与えるッス。光司りしウィル・オ・ウィスプはみなさんに力を貸すッスよ。道行きに光あれ!)
 精霊がひときわ強く光り輝き、輪郭をくずした。無数の青白い光となった精霊はリースの頭上で四散し、一斉に弾ける。五人を包みこむように円形に広がった粒子は一瞬で複雑な紋様を描きだし、ほろほろと消えた。
 やがて、最後の光粒がアンジェラの手のひらでゆっくりと消えたとき、待ちかねたようにデュランが地面に座りこんだ。
 やけくそ気味に唸り、髪をかきむしる。
「だあああッ! やってられるかチクショウっ。みんな怪我してねェか?」
「一応、みんな無事だと思うわよ。………ねえ、ウェンデルの人たちにさ、ウィスプがいたって報告しといたほうがいいんじゃない? 結界がもう張られてるかもしれないけど」
「それがいいでしょう。シャルロットも送り届けなければなりません」
「あう……」
 シャルロットが小さくうめく。このどさくさで忘れていてほしかった。しかたがないので対岸に戻った瞬間に逃げだす決意を固め、見た目はしおらしく一同の後に続く。
 来た道を戻りながら、ケヴィンがとてもおとなしいシャルロットを気にして、傍に寄ってくる。
「シャルロット、何かヘン………」
「ち、ちっとも、おかしくなんかないでち。ヘンなこと言わないでくだしゃい!」
 アンジェラが唇を突きだし、不審もあらわにシャルロットをふり返った。
 滝の見える岩棚まで来ると、妖精が再び〈転移〉を付与し、一同を対岸の洞窟へと渡した。ふッと意識が遠のく感覚がし、いったんは失われた足元の大地を踏む感覚が戻ってくる。
「あっ、シャルロット!」
「ごめんでち、ここでさよならするでち!」
「こらっ、待ちなさいよ!」
 ケヴィンの手をすり抜けてシャルロットが駆けだし、とっさにアンジェラがその後を追いかけた。
 小さな体が本道に続く暗がりのなかに融けこもうとしたときだった。
 本道への入口から現れた複数の影が、ちょうどぶつかるように駆けこんできたシャルロットを蹴りとばした。
「…………!」
 声もなく、小柄な体が後ろへ吹っ飛ぶ。
 シャルロットと激突する形になったアンジェラがどうにか受け止めようとするが、勢いを殺しきれず、大きくよろめいた。そこを突進してきた影がさらに突きとばす。
 アンジェラの片足が宙を踏み抜いた。緑の瞳が極限まで見開かれる。
(何てことを………!)
 妖精が顔を歪めながらも、自らを強く発光させた。二人が落ちていった下方で虹色の光が呼応してきらめく。―――直後、悲鳴すらあげることなく妖精の姿は闇に引きこまれるように消え失せた。同時にリースの膝もくずれ、意識が遠ざかる。妖精が力を使いすぎたのだ。視界の端に獣人兵の姿を認めたのが最後だった。
「―――ルガー!」
 ケヴィンが激しい怒りとともに、現れた獣人兵の名を呼んだ。
「どうしたケヴィン」
 金褐色の毛並みを持つ獣人が猛々しい顔で(わら)った。背後に数人の獣人を従えたその姿は、ケヴィンの怒りに触れても微塵も動揺を見せない。
 ギッとケヴィンの奥歯が噛みあわされた。
 リースの体を支えていたデュランが、はッと顔をあげる。
「ケヴィン! やめろ―――!」
 制止は遅く、咆吼とともにケヴィンは大地を蹴っていた。拳が唸りをあげて相手へと迫る。
 ルガーは慌てもせずにそれを見つめると、すっと手をかざした。
 ただそれだけで、ケヴィンの拳は方向を逸らされた。逆に腕をとられて、技の勢いのまま背中から叩きつけられる。
 衝撃に呼気が塊となって爆ぜるように口から抜けた。
「愚か者が。獣人王さまに免じて、お前だけは助けてやろうとしたものを―――」
 鳩尾に重い衝撃を突きこまれ、ケヴィンは声もなく痙攣した。
 急速に暗くなっていく視界のなかで、ルガーが背後の獣人たちに何かを命じている。遠く、デュランの怒号が聞こえた。
(………結界………ウェンデルは………)
 ケヴィンの記憶はそこで途切れた。



 結界が完成する最後の一節を唱えようとしたそのときに、その腕は突きだされた。
 拮抗の時間はごくわずかだった。甲高い音をたて、なかば完成していたはずの結界が破砕される。
 神官たちは息を呑み、茫然と立ちつくした。
 よく鍛えられた毛深い豪腕に続いて、獰猛な顔をした兵士がその姿を見せる。最初の驚愕から解放された神官たちは、聖都へ向かって一目散に道を走りだした。そのうちのひとりが、走りながら天上へと破邪光珠(ホーリーボール)を打ちあげる。
 いまだ(シェイド)の刻ではないゆえに、洞窟より現れでた者たちは人の姿と変わらない。だが、これだけ敵意を剥きだしに追ってくる者たちを、どうして獣人兵以外の者と間違えようか。
 黄昏せまる蒼天へ打ちあげられた光球は、白光を撒き散らして消えた。
 追う者と追われる者、ともに幾らも走らぬうちに、ウェンデルの外壁門がその姿を現した。
 破邪光珠の狼煙によって門の内側に集った神官戦士たちの目に、いまにも神官たちに追いつこうとする獣人兵たちの姿が映る。
 合図とともに、一斉に聖輝射(セイントビーム)が放たれた。
 魔を灼き邪を祓う光の帯は、狙いを誤ることなく最前列の獣人兵へと突き刺さり、その肉を灼く。
 苦悶の咆吼があがり、獣人たちがわずかに怯んだ。逃げてきた神官たちが、その隙に必死の形相で門のなかに転げこむ。
 最後の一人が門をくぐった、その瞬間―――。
 目も眩むようなまばゆい光の壁が、獣人たちを阻むように聖都の大門に直立した。
 勢いあまってその壁に激突した獣人兵は弾かれ、悲鳴とともに遙か後方へと吹っ飛んでいく。
 その様子に、さすがに後続の者たちも壁を前に立ち止まった。
 光の壁は瞬く間に聖都の外壁に沿って左右に広がると、やがて上空でひとつに結ばれ、天蓋の紗幕のごとく聖都を覆いつくした。
 爆発するような歓声があがり、その声とともに獣人たちの前でウェンデルの外壁門はゆっくりと閉じられていく。
 そして―――。
「司祭さまっ、お気をたしかに! 司祭さま―――!」
「誰ぞ、はやく癒し手を!」
「無理です。術の負荷による病は通常の治療では―――」
「ヒース殿さえ居られれば………」
 時同じくして、苦悶と共にくずおれた光の司祭を前に、神殿のおもだった者たちが蒼白になっていた。