ハチミツと手配書(ハニー・デイズ)

 ハチミツと手配書(ハニー・デイズ)


 涼しく過ごしやすい、秋の日の午後だった。
 古来から、秋は何かと物事の原因を押しつけられる。慣れない運動に励んで体中を痛めるのも、急に読書をしだして近眼を悪化させるのも、食べ過ぎて太るのも、全部秋という季節のせいらしい。
 だが、現在王宮で暮らしているこの幼い少女にとって食欲は別に秋のせいではない。そんなことを言っていたら、夏には夏のせいで、冬には冬のせいで食べていることになる。
 元々、魔族と似たような精神生命体なので、食べるなどという非効率的なエネルギー摂取は行わないはずなのだが、美味しいものは美味しいらしい。
 好物は、パン全般。
 具現化して初めて食べたものがアメリアが買ってきたパンで、それ以来インプリンティングされたかのごとく、いちばん好きなのはパンだった。
 ちなみに次に好きなのは冷菓アイスクリーム。冷たいのがお気に召したらしい。
 その日の午後のお茶の時間、アメリアは首を傾げていた。
 執務の間を縫ってとられるお茶の時間には、いつもその食べるのが大好きなユズハが一緒なのだが、今日に限ってあのちょこまかした姿がない。
 今日はクロフェル侯のところには字を習いに行ってはいないはずだし、いつも従えているネコのオルハはここにいる。もしかして、いつぞやのように庭師と泥まみれになって花の植えかえでもやっているのだろうか。でも、何をやるにしても午後のお茶の時間を忘れたことはなかったはずだ。
「オルハ、ユズハ知りませんか………って、知ってても答えられませんよね」
 白ネコのオルハが、いつになったらおこぼれをもらえるのかと言う表情でアメリアを見返してくる。
 アメリアは困ったようにテーブルの上の今日の茶菓子を見た。デザート専門の料理人が久々に作った新作である。
「溶けちゃいますよ、ユズハ」
 冷気呪文をかけるにしても限界があるし、これは冷気呪文をかければいいという菓子ではない。
 先に食べてても罰は当たらないだろうと思い、ユズハの分に冷気呪文をちょこちょこっとかけると、アメリアはフォークとナイフを手に取った。


 アメリアが食べ始めた直後に扉の向こうの方が、ぱたぱた、びったん『うきゃッ』と騒がしくなる。
「ああ、来ましたか………って、何で埃まみれなんですかユーズーハっ !?」
「書庫、いタ。いま、転んだノダ」
 リナに手紙を書くために覚え始めた読み書きだったが、当然の成り行きとでも言うべき副産物がついてきた。ユズハが本を読み始めたのだ。世界が広がるのは大変結構なのだが、それにともなって妙な言葉を使うようになったのが困りものである。
 手に何やら本と紙束を抱えているユズハを見て、アメリアは溜め息混じりに言った。
「転んだのは知ってます。とりあえず、ドアの外で埃払ってきてください。アイスクリームが溶ける前にね」
 アイスクリームと聞いたユズハの反応は早かった。
 数秒後には、とりあえず無難な程度には埃を落としたユズハが椅子の上に座る。
 アメリアは冷気呪文を解いた。
「すぐ来ましたから、まだトーストの方もそんなに冷たくないと思いますよ」
「りあ、何コレ」
「ユズハのための新作だそうです」
 厨房関係者には抜群の人気を誇るユズハだが、なかでもデザート担当の料理人は目の中に入れても痛くないほどユズハを可愛がっている。余談だが、可愛がられていないワースト・ワンはユズハに何度も見合いをぶち壊された、縁談推進派の宮廷大臣たちの派閥だ。
「ハニートースト・アイスだそうです」
 サイコロの形をしたケーキほどの大きさの四角いトーストに、バターをたっぷり塗りつけて焼いた後、これまたたっぷり蜂蜜をかけて、その上にアイスクリームを乗せてある。ユズハやアメリアは平気だが、ゼルガディスが見たらそれだけで胸焼けを起こすに違いないだろう代物だ。
 さっきわざわざやってきて説明していった料理人の話では、トーストと蜂蜜とアイスをからめながら、冷たいのと熱いのを同時に楽しむものらしい。
 ユズハのアイスクリームは木苺の果肉入りで、アメリアの方はラム酒漬けのレーズン入りだった。
「おいしそう」
 横を見れば、珍しくユズハの表情が面に出ていた。よっぽどこのデザートが気に入ったようだ。
 ふと横を見ると、重いだろうに、自分用の陶器の小皿をくわえて運んできたオルハが、アメリアを見上げていた。
「…………オルハ。そんな目でわたしを見ないでくれますか」
 ユズハがお裾分けしてくれないことを身をもって知っているので、もっぱらオルハのおねだり攻撃はアメリアに対してのみ使用されている。
 鳴こうとして、オルハがくわえていた小皿を落とした。顎がそこはかとなく痛そうである。
 に、にゃーお。
 遅ればせながら(しかも痛そうに)愛想鳴きされて、アメリアは嘆息して一切れ小皿に乗せてやった。
(そう言えば、ラムレーズンが好きでしたっけ)
 アメリアは食べながら、ぼんやりとそんなことを思い出した。
 四人で旅をしていたときも、普段はリナたちが何を食べていようと頓着しないくせに、ラムレーズンを食べているのを見たときだけは、ムッとした表情で自分も買いに黙って宿の階段を降りていくのである。
 気づいたリナが面白がって二、三回やっていたが、さすがにそれ以降はアメリアが二つ買って帰るようになった。
「りあ」
「甘い物はあんまし食べないけど、お酒入ってるのは別格みたいでしたね………」
 酒を使用している菓子には、アルコールの苦みが加わっているので、あまり甘さを感じないらしい。
「りあ、りあ」
「………って、はい?」
 すでに食べ終わったらしいユズハが、神妙な面もちでアメリアの皿を指差した。
「どろどろ」
「あ………」
 ぼんやりしている間にトーストの余熱で完全に溶解してしまったアイスクリームが、パンの器の中に溜まっている。
「い、いけない。食べ終わらないと午後の執務が………」
 さっさと片づけないと、また執務を終えるのが夕食後になってしまう。
 横で愛想鳴きするオルハにも手伝ってもらいながら、アメリアはハニートーストを片づけた。先に食べ終わっているユズハの皿を見て深々と溜め息をつく。
「ユズハ………、ナイフとフォークの使い方を覚えなさいと言ってるじゃないですか」
「覚えタ。でも転がっタ」
「………今度からは、もうちょっと食べやすい形にしてもらいましょうね」
 菓子が激甘だったため、今回ばかりは無糖の香茶を飲んでいると、椅子から降りたユズハが部屋の隅の埃を―――もとい、書庫から持ってきた本と紙束をあさりはじめた。
「いったいどこの書庫に行って来たから、そんなに埃まみれなんです?」
 利用頻度が高い書庫は定期的に掃除されているはずだし、重要書類や貴重な魔道書が保管されている書庫にはユズハはもとよりアメリアも、そう簡単には入れない。
 紙束のなかから一枚を抜き取って、そのちまい手で埃を払いながら、ユズハがのほほんと答えた。
「りあの」
 ぶっ。
 アメリアは思わず香茶を吹き出し、そうして思い出していた。
 アメリアの私室は私用の応接室と寝室の他、その続き部屋である手紙などを書いたりする小さな書斎と、さらにその書斎から続いている小さな書庫とで構成されている。小さい頃に読んでいた絵本や物語や、眺めていた画集などのアメリアの私物のみを収めた書庫だ。
 そう言えば、王宮に戻ってきた際に定期的に女官たちが掃除していたところを、自分でやるからと言って追い出した記憶がある。
 帰ってくるなりデーモン騒ぎで、それが終わったら求婚騒ぎで、昔読んだ本をわざわざ読みかえす暇があるはずもなく、いまのいままですっかり忘れていた。
「そ、そおですか………」
 アメリアとしては、間抜けな返事を返すしかなかった。
 広げた羊皮紙をびらびらさせて、埃を綺麗に払い落とすと、ユズハがそれを持ってアメリアの元までやってきた。
「りあ、コレ何?」
「へ? 何が―――」
 ぶふうッ。
 口元を拭って、再び香茶を飲み直していたアメリアはそちらに目をやった瞬間、再び香茶を吹き出してしまった。
「………りあ」
「ご、ごめんなさい。ユズハ、それどこから見つけたんです !?」
 香茶をひっかぶったユズハの顔を拭いてやりながらも、アメリアの視線はユズハがぴらりと掲げた羊皮紙に釘付けだった。
「りあの、書庫」
「ああ、えっとそうでしたそうでした」
 ユズハの手から羊皮紙を取り上げながら、アメリアは思わず笑い出していた。
「懐かしすぎますねえ、これ」
「どして、りなの名前、書いてある?」
 クスクス笑い続いながら、アメリアはそれの表をユズハに向けた。
「似てません?」
 ユズハがうーんと唸る。
「ダレに? 変なカオ」
「ああ、やっぱり似てないんですねぇ。この似せ絵。凶悪そうな顔してますもんねぇ」
 それはいつかの手配書だった。


 夜、執務を終えて寝室に引き上げたアメリアはベッドの上に寝そべりながら、ユズハが発掘してきた手配書を眺めていた。
 リナとガウリイに出逢った直後の頃だ。赤法師レゾの弟子エリシエルが私怨により広範囲に流布させた手配書。
 出逢った直後だったとはいえ、あのリナを捕まえようとしただなんて、いまとなっては笑い話にしかならない。
 あの後すぐに侍従が執務の再開をうながしにきたので、落ち着いて見ている暇がなかったアメリアは、ここにきてようやく手配書が一枚足りないことに気がついた。
「ユズハ」
「何、りあ」
 嫌がるオルハの肉球をふにふにしていたユズハが顔をあげる。
「ゼルガディスさんのは?」
 たしか、手配がかけられていたのはリナとガウリイとゼルガディスの三人だったはずだ。
 いまアメリアの手元にはリナとガウリイの物しかない。
「ぜる?」
「そうです。ゼルガディスさんのもあるはずなんですけど」
「知らナイ」
 オルハの肉球を解放してアメリアのところまで寝転がってきたユズハは、おもむろに起きあがった。
「ぜるのも、変な顔?」
「いや………そこらへんはよく覚えてませんけど………まだ出逢ってなかったですし………」
 ユズハの顔を見たアメリアは、思わず言葉尻を途切れさせた。
 朱橙の瞳が何かへの期待にきらきらと輝いている。
 ユズハがベッドの上でくるりと向きを変えた。
「さがス」
「ちょっと待ちなさいッ」
 書庫のほうに駆け出そうとするその服の裾をアメリアはかろうじてつかまえた。当然のごとくユズハがこけるが、幸運なことにベッドの上だったので、顔が布団に埋まっただけですんだ。
「さがす。見タイ」
「何を考えているか手を取るようにわかりますよ、ユズハ」
「見・るうぅぅぅ」
「明日っ。明日、わたしもお休みですから、一緒に探してあげますっ。だからまた埃まみれにならないでください!」
 暴れるのをやめたユズハが、アメリアの手をとらえて首を傾げた。
「落書きしても、イイ?」
 アメリアはしばらくの間、どう答えていいのかわからず本気で悩んだ。


 結局、アメリアの休日は書庫の掃除に費やされることとなった。
 めでたく三枚全部が揃ったいつぞやの手配書は目を離した隙に落書きをほどこされ、それを見たアメリアの手によって人目にさらされる前にと、火葬に付された。
 ユズハがひっくり返したインク壺でオルハが牛模様になったことだけは追記しておく。

 歌唄ウ秋(ハニー・デイズ)


「いい天気だなあ」
 ぼんやりと衛兵の一人が、持ち場から光の降り注ぐ中庭を眺めて呟いた。
 秋の陽射しには何となく薄い琥珀の色がついているような気がする。
「お前、最近たるみすぎだぞ」
 隣りの相棒の衛兵が、いまにも欠伸をしそうな彼をたしなめた。理由はわからないが、衛兵は必ず二人一組と決まっている。この二人はもう三年越しの付き合いだった。
「だってさぁ、ニーナが最近ちっともかまってくれないんだよ〜」
 友人の恋人である厨房で下働きをしている少女の顔が、同僚の衛兵の記憶からぽんっと引きずり出された。
「お前なあ、俺に彼女がいないこといいことにノロけるのは、いいかげんやめろ」
「違うんだよ。本当に相手にしてくれないんだよー。俺よりユズハ嬢のほうが可愛いっていってさー」
「…………お前は可愛い男を目指しているのか?」
 それは初めて知ったと同僚は呻いた。果てしなくイヤな感じである。
「いや、そういうわけじゃないけどさあ。前は余ったお菓子とかよく差し入れにきてくれたのに、最近そーいうの全部ユズハ嬢のほうに回されるんだよなぁ」
 呆れて何もコメントする気が起きず、同僚の衛兵は愚痴る彼を無視して中庭のほうに視線を戻した。
 緑の芝生を横切る、綺麗なクリームブロンドが目に飛びこんでくる。
「おい、その恋敵のユズハ嬢が中庭を横切っているが」
「本当だ。あ、こけた」
 遠目からではよくわからないが、立ち上がってまた歩き出すのがわかった。白ネコが嫌そうにその後に従っている。
 しばらくそれを見守ったあと、同僚はぼんやりと相棒の彼女持ちに話しかけた。
「何というかその………」
「やっぱり可愛いよな………」
 この二人が見た目に騙されていることに気づく日が果たして訪れるのだろうか。
「何か歌が聞こえないか?」
「聞こえるな。何を歌ってるんだ?」
 涼しい風にのって、多少どころか、かなり音程を外した歌が二人の耳に届いた。

『さ〜あ集え(ちゃんちゃん)
   正義の仲良し4人組☆
    今日も元気にいっちにっさんっ
     悪を退治だいっちにっさんっ♪

   愛と正義と友情をぉ
    ぼ〜くらの味方だ
     正義の仲良し4人組☆ さぁ、すごめ☆』

「…………………教えたのはアメリア様だな」
「そうだな………」
 二人は顔を見合わせて、うなずきあった。
 セイルーンは今日も平和だった。

 勉強ノ秋(ハニー・デイズ)


 執務中のアメリアが手水ちょうずの帰りに自室に立ち寄ると、テーブルの上にユズハの石版と白墨がおいてあった。
 字の練習にユズハが使用しているものである。
 旅の途中、何度かアメリアはユズハに字を教えたていたのだが、そのときは興味がないようで長続きしなかった。なにせ肉体を持ったばっかりで、ユズハにとっては文字よりも面白いことが世界中に溢れかえっていた。
 最近になって、再び読み書きを試みているのは、ひとえにリナに手紙を書くように言われたせいだ。
 セイルーンの中心部で暮らしているユズハの魔力は、六紡星の結界の力によってわずかずつではあるが削られ続けている。
 存在維持が難しくなったら知らせるようにとは言われたものの、リナとの連絡手段は城下にいるシルフィールを中継点としての手紙のみ。ユズハ自身が読めて書けなければ意味がない。
 そのため、クロフェル侯の好意で再挑戦中なのである。
 教わりはじめてからだいぶ経つので、読み書きのうちの『読み』のほうはもう完璧に近かったが、『書き』のほうは未だに難有りで、アメリアは一度ならずユズハが書いた字を見たことがあったが、非常に前衛芸術的な代物だった。
 テーブルのところまで来て石版を手に取ったアメリアは眉間にしわを寄せた。

 うは、たの、きょ、でオ、した、いいて、ルハと、んきだっ、

 いきま、ょにおさ、いっし、んぽに、うにょーん。

「…………………うにょーん?」
 ますます眉間にしわを寄せて、アメリアは白墨を手に取った。
「えっと………これとこれで『で、オルハと』ですよね。それから…………」
 文字と格闘しだしてからいくらも経たないうちに、アメリアは白墨をテーブルに戻した。
 あとで本人に直接聞いたほうが早い。
 部屋から出ていきながら、アメリアは呟いた。
「うにょーん………って、いったい何………?」

 結局、当のユズハ本人にも読めなかった。

 物の怪評価(ハニー・デイズ)


 厨房を訪れた小柄な人影に、その場にいた全員の目尻がだらしなくさがった。
 皿洗いをしていたニーナは、思わず濡れた手で自分の両頬を押さえそうになって、慌てて手ぬぐいで拭く。
(いやーん、可愛いッ)
 時折ぴこぴこ上下に動く尖り耳が何とも言えずラブリーである。
 厨房のアイドルと化しているハーフエルフの少女は、今は厨房のデザート担当の料理人に何やらお礼を述べていた。きっとこの間のデザートのことだわ、とニーナは思う。
 ニーナに負けず劣らず少女を可愛がっている料理人は、ユズハにお礼を言われて、もはやどうしようもないくらいに相好をくずしている。
(前のご主人様が持ってらしたお人形に似てる)
 ここに来る前、ロードの館で働いていたニーナは漠然とそんなことを思った。
 似てるも何も、外見のモデルは以前の器だったアンティークドールのものだから印象は似ていて当然だ。
 だが、そんなことをニーナが知るはずもない。
 艶々したクリームブロンド、朱橙色のぱっちりした目元、小さな唇に、白い肌。そして、大きめの服の袖からほんの少しだけ覗くこぢんまりとした指先。
 まさに凶悪な可愛らしさを誇っている。
 無表情がコワイなどという風評もたっていたが、
(いやああああん。きっときっとアメリアさまに見つけられるまで悪い人たちにコワイ目にあわされて、そのせいでにっこり笑えないんだわ。絶対そうだわ。そうよこんなに可愛いんだもの売り飛ばされそうになって当たり前だわ。何て可哀想)
 アメリアがユズハを連れてきたときの触れこみは、親から疎まれて売られたハーフエルフの子供というものであった。
「ニーナ」
(彼ったら俺よりユズハ嬢のほうが可愛いのかなんて、そんなの当たり前じゃないの。彼ってばこのコを見て可愛いって思わないのかしら。だとしたら目がおかしいわよ。でもそれって、その彼に可愛いって言われてる私もおかしいことになるのかしら)
「ニーナっ!」
「は、はいいいぃっ !?」
「さっさと皿を洗え!」
「は、はいっ」
(ふええええん、ユズハちゃんはどこいっちゃったの〜?)
 ニーナの思考が暴走している間に、ユズハは厨房から姿を消していた。


 次の日、料理につかう香草を王宮のだだっ広い庭から摘んでこいとカゴを持たされたニーナは、ぶつぶつ不平を言いながら、いわれた香草をちぎっていた。
(なんだって私一人でカゴいっぱいに摘んでこいって言われなくちゃいけないの。そりゃ昨日お皿一枚落として割っちゃったけど)
 目的の香草以外の雑草がぶっちんぶっちん引きちぎられて脇へ投げ捨てられる。
「何、してるの」
 ブツ切れの言葉にハッとして顔をあげると、これ以上はないくらい愛くるしい顔が目の前にあった。
「き、きゃあああぁッ !?」
 ニーナは思わず声をあげた。嬌声か驚声かは自分でも判断できなかった。
 悲鳴をあげられたユズハは、きょとんとまばたきをすると同じ言葉をくりかえした。
「何、してるの」
「こ、香草を摘んでるの」
「ふうン」
(って、それだけ?)
 あっさりした反応にニーナが落胆していたときだった。

 フギャアアアアアァオッ

「はい !?」
 ニーナが思わず謎の鳴き声がした方向―――上を見ると、白ネコが目の前のユズハに落ちかかってくる瞬間だった。
「何、何なの !?」
 あっという間に目の前でユズハと白ネコの華々しい戦いが始まり、慌ててニーナはカゴを抱えて後ずさった。
「な、なん………」
 呆気にとられて見ているうちに、勝敗は決した。
「勝っタ」
 無表情にユズハが白ネコを抱えこんで勝利宣言をする。あれだけ暴れていたにもかかわらず傷ひとつない。
「では。騒がせタ」
 これまた平坦な声音でそう言うと、ネコを抱えてユズハはすたすたとどこかに行ってしまった。
(も、物の怪だわッ)
 カゴの持ち手を握りしめてニーナは確信した。
(猫と喧嘩してひっかき傷ひとつないなんて、きっと超常の動きをする物の怪なんだわ! きっとアメリアさまに取り憑いたのよ。夜な夜な寝ている人の首から生気を吸い取っていくんだわ! どうしよう、何てことかしら。ああ、でも可愛いわ。とっても可愛い。やっぱり可愛い。あんなに可愛いんだから、そんなに悪い物の怪じゃないかもしれないわ。ああそうだ、とりあえず香草を摘んで帰らなきゃ)

 翌日からニーナの、衛兵をしている彼に対する扱いは少しばかり向上した。


 END.