子どもたちは眠れない 〔終〕

〈Side:リア〉

 ヴィジョンルームを出たところで、あたしはティルトたちと鉢合わせした。
 というか、こいつらそんなに寝てないはずなのに、何でこんなに元気いっぱいなの?
「あんたたち、どこに行ってたの?」
「サラナさんのところです」
 代表してユレイアが答えた。
 サラナさんとは、アセリアの口から判明したラウェルナさんの息子さんの名前。たしかに女の子みたいな名前ではある。向こうのお国柄なのかしら。
「また何にし?」
「アセリアが会いたいって言ったから」
 ティルトがそう言って、その隣りでアセリアはもじもじしている。
「その、何が起きたのかわかってなかったみたいですから」
「なるほどね」
 そりゃそーだ。
 自分の置かれている状況がおかしいことには薄々気づいていたとしても、初めて会ったばかりのアセリアに夜中まで起きていてと言われ、その夜中にいきなりアセリアそっくりなユレイアに外に連れ出されて、その先でクーデルアにいるはずの母親のラウェルナさんと再会して、さらにトドメとばかりに王宮に場所移動されたら理解の範疇を軽く越える。あたしならヒステリーを起こす、多分。
 サラナさんの場合、ヒステリーじゃなくて病状悪化につながったみたいだけれど………。
 でもその病状も魔法医のグレイさんたちのおかげで持ち直したみたいだし。
 ちなみに、宿からラウェルナさんを連れ出したのは父さんと母さんだ。
「クーン姉上」
 ユレイアがあたしの服の裾を引っ張った。
「ラウェルナさんとサラナさんはどうなるんでしょうか?」
 うーん。あたしに訊かれてもねぇ………。
 あたしが言葉を濁していると、ユズハが答えた。
「こーいうときは、りあとぜる」
 たしかにその通りではある。会えるかどうかは別として。
 アセリアもアセリアで、あたしの方を見上げてくるし。
「サラナさんに、ラウェルナさんにひどいことしないでってお願いされました」
「…………」
 ラウェルナさんの性格からすると、あの人はあの人で自分が罪を被るからサラナさんだけは何とかしてくれとお願いしていそうではある。
 あたしはふと、さっきからぼけっと景色を見ているティルトにも尋ねてみた。
「ティル?」
「ん、何?」
「あんたはどうなのよ?」
「どうって、どうも。ゼルさんとアメリアさんだから」
 ………こいつは。
 あたしは思いっきりティルトの頭をはたいた。
「ってぇ………」
「物事はわかりやすく丁寧に筋道だてて! 同じ言葉使ってるのに通訳がいるようじゃお終いだからね?」
「だから、ゼルさんとアメリアさんも悪いだろ? だから」
「…………………も、いいわ」
 ティルトの言い回しのわかりづらさはユズハに匹敵する。ほんとにこの二人の思考の仕方と物の見方をあたしは一度教わってみたい。
 ―――いったいどうやったら、そういうふうに真実が見えるのか。
 ………ま、普段はどーでもいいものしか見てない気もするけど。
 それはともかく。
 あたしは溜息混じりに双子を見おろした。
「あのね、ユレイアもアセリアも、あんまりあたしをアテにしちゃダメよ。あたしが旅に出た後はどうするの。自分たちで、訊きに行きなさい」
「………はいです」
 頼りにされてる自覚はある。
 それはそれで嬉しいし、この子たちが生まれたときからそういう役目を負ってきてはいるけれど、もうすぐあたしはいなくなるんだから、ここらでしっかりさせておかないと。
 ユズハの服の裾を一生懸命よじ登っているクレハをひょいと抱え上げると、あたしは肩にのせて歩き出した。
「ティルト、ゼルさんとアメリアさんに挨拶して帰るわよ」
 リーデットさんからヴィジョンがあったことも一応、伝えなければならない。無断では帰れない。
「もう帰るの?」
「あんたいつまで王宮にいるつもりよ? ほら、アセリアもユレイアも来なさい。ラウェルナさんのこと訊くんでしょ?」
「あっ、はい!」
「待ってください」
 慌てて双子が後をついてくる。

 ………あたしも甘いなぁ。

 苦笑混じりにそう思ったあたしが、アメリアさんたちの部屋を訪れると、そこでは予測もしなかった結果があたしを待っていた。
 そう、きましたか。二人とも。





 翌々日。
 冷たい風があたしの髪を持ち上げて、うなじのあたりを撫でていく。
 気持ちよく晴れ上がった空の下、あたしは腰に佩いた剣の感触を確かめてから勢いよく後ろをふり向いた。
「それじゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃい。ヘマするんじゃないわよ?」
「まかせといて。母さんの娘よ?」
 ―――少し、予定が早まった。
 あたしの初仕事。

 ラウェルナ=イセ=ルーシェンをマラード公国まで護衛すること。

 ちなみに依頼料は金貨二十枚。依頼主は言わずもがな。
 一度も仕事をしたことのないぺーぺーに対しては、破格。
 だけど依頼主の素性を考えると、格安。

 くす。

 あたしは唇に笑みを刷いて、扉の外で待っていたラウェルナさんをふり返った。
「行こっか」
 ラウェルナさんは小さくうなずいた。
 最後まで蚊帳の外だったアメリアさんとゼルさんは、とことんそれを貫くことにしたらしい。
 ラウェルナさんの身柄はセイルーン属国であるマラード公国の保護下に入れる。そして、サラナさんは病気が治るまでセイルーンが秘密裏に預かる。病気が治った時点で、サラナさんの処遇はラウェルナさんに準ずるものとする。それまでは人質のような意味合いも含む。
 そしてマラードまでの護衛の任は、いまさら関係者を増やすより、最初っから渦中の人だったあたしに押しつける。
 コレ全部、おおやけではなく内緒のお運びである。
 表向きラウェルナさんは、勝手に押しかけて勝手にどこかに消えた人騒がせな女の人。ただそれだけとなるはずである。ヘタにゼルさんやアメリアさんが彼女にかまうと、やっぱりこの女性は―――? などと余計な詮索をされかねない。
 だから、本音を言えばサラナさんもセイルーンに置いておくのは得策ではないんだけれど、さすがに白魔術都市以外では治療の難しい病人を追い出すわけにもいかない。
 政治的にセイルーンのためにどうしても必要なことなら、ゼルさんもアメリアさんもためらいなく追い出しただろうけど、事態はそこまで深刻じゃない。
 なにせ原因は何だったんだといったら当の本人たちの夫婦ゲンカなので、そこまで悪人にはなれない。
 そういうわけで、ゼルさんとアメリアさんとラウェルナさんは、罰が悪そうな表情をしながらも、その発端となった妾騒動もケンカも、最初っからなかったことにしたのである。
 何というか、ゼルさんとアメリアさん、上手く立ち回ってるような気がしないでもない。
 王宮の大半の人たちには、普通にケンカして普通に仲直りしたようにしか見えないだろう。

 もしかして貧乏くじをひいてるのはあたしかなぁ………?

 あたしは横を歩くラウェルナさんの顔をちらりと見た。
 ほとんど無罪放免に近い己の処遇に、最初は真っ青になったらしいけれど、いまは穏やかに顔をあげて道の先を見つめている。
 それは昨日のことだ。
『罪を償うって、何に対してどうやってかしら?』
 ヴィジョン越しにイルニーフェさんが、ラウェルナさんにそう問いかけた。
『あの二人のケンカはあの二人の責任よ。だいたいアメリア王女が最近かまってもらえなくて拗ねてたのが原因なんだから。それに伴って苦労をこうむった双子たちもリナ=インバースの子供たちに対しても、悪いのはあの二人であってアナタじゃないの。おわかり?』
 ラウェルナさんの歳からすれば娘みたいなイルニーフェさんに、とりつくしまもなくそう言われて、ラウェルナさんは反駁しかけた。
 それをイルニーフェさんは眼光ひとつで黙らせる。
 コワイうえに容赦がないのだ、このヒトは。
『迷惑をかけた、なんて甘っちょろいことはどうでもいいのよ。その迷惑の大半はあの二人のケンカであって、アナタは"妾になりにきた"って言ったことだけを問題とすべきなの。いわゆるセイルーンに対してのクーデルアの工作員、マラードとセイルーンに対する国家間の陰謀に対してこそ、アナタは罪を問われるべきだわ』
 鋼を思わせる視線を真っ向から受け止めて、ラウェルナさんは白い顔をますます白くしてヴィジョンに向かって立ちつくしている。
 そのラウェルナさんに対して、イルニーフェさんはヴィジョン越しに軽く笑みを浮かべた。
『それにしてもセイルーンは巻き込まれただけであって、責任を問う権限はこちらにあるのよ。おわかりかしら?
 そういうわけで、早くマラードまできてちょうだい。自らの行いにふさわしい処遇を望むのなら、すぐにでも与えてあげるわ。もっとも―――』
 イルニーフェさんはその漆黒の目を細めてラウェルナさんを見た。
『あなたが想像しうる範囲内のものかどうかは保証しかねるけれど。なにせあたしも責任をとらされて、それがなぜか王立学院に通うことだったクチですからね。
 では、マラードで待っています。ラウェルナ女史』
 一方的にヴィジョンは切れて、しばらくしてから、ようやくあたしはラウェルナさんに声をかけた。
「出発は明日でいいですか?」
「………ええ。お願いします」

 ―――そして、あたしは初めての依頼をこうしてこなしている。

 もっとも依頼主の元に結果報告に帰ってこなければいけないわけだから、本格的なあたしの旅立ちにはまだ遠いけど、初仕事は初仕事だ。
「ラウェルナさん?」
 後ろを歩いている彼女をふり向いて、あたしはにっこり笑ってみせた。
「あとで刺繍を教えてね」
 厳しい顔つきのまま黙りこくっていたラウェルナさんは、その言葉にようやっと笑みを浮かべてうなずいた。
「ええ。リアちゃんも、また……会いにきてちょうだいね。これからどこにいるかはわからないけれど……」
 あたしは、ラウェルナさんの唇を指で軽く押さえた。
「親しい人は、あたしのことをクーンって呼ぶわ」
「クーン?」
「そう。どういう由来かはわからないけどね。だからラウェルナさんも、クーンって呼んで」
 あたしがこの人にしてあげられることといえば、これぐらいだ。
 あとは自力でがんばってもらわないと。
 芯は強い人だと思うし。きっと、ちゃんと自分の力で何とかするだろう。
 何より、あたしと親子ぐらいに年が離れている人だから、あたしに心配されてるなんてわかったら嫌がるだろう。
 ラウェルナさんは、目を細めてあたしを見た。
 あたしを見ているというよりは、その向こう側にいる、あたしに血を連ねた父さんと母さんを見ているようだった。
「クーンね。すてきな名前だわ。あの赤い瞳のお母様がおつけになったの?」
「そうよ」
 あたしが、何か言う前にラウェルナさんは小首を傾げて言った。
「レティディウス公用語ね」
「はァ !?」
 思わず素っ頓狂な声をあげたあたしに、ラウェルナさんはふふっと笑ってみせた。
「わたくしの家はいまはもうないけれど、レティディウスの時代から続く旧家だったのよ。気になったら自分でお調べなさいな。自分の名前の由来を知るのは、素敵な女性への第一歩だわ」
「ラウェルナさんは、知っているの?」
 何気なくあたしは問うた。
「古代共通語で、花の魔女と言うのよ」
 花の魔女ラ・ウェルナ

 あんまりこの人にぴったりで、あたしは何だか、急に哀しくなってしまった――





 ―――それから二十日後。
 あたしは、無事に初仕事を終えて、セイルーンに帰還した。
 報告をして報酬をもらって、さらに三日後。
 ユズハを含めた四人が、ばたばたとあたしのところにやってきた。
「クーン姉上!」
「今度はリナさんとガウリイさんがケンカしてるんですけどっ!」
「………なあ、姉さん、理由知らない?」

 ……………………。

「くーん、どした?」
「今度こそ知らないわよぉぉぉぉぉぉぉッ !!」
 あたしは力一杯、絶叫した。

 子どもの仕事は、いつまでたっても終わらない、らしい。