Ria and Yuzuha's story : Last wish 【All standard is you】 後編 〔2〕

「なんて無様な………!」
 まのあたりにした光景に向けて、吐き捨てるようにゼロスは呟いた。
 それは自身と相手への二重の罵倒だった。
 事象の隙間を縫うように、あまりにも静かに、しかし決然とした意志とともに放たれたおそろしい返し矢。一瞬ですべてをくつがえした、彼女の渾身の反撃だった。
 ここまで事を進めておきながらそれを許した自身の手落ちと、彼女の選択が赦しがたかった。とんだ茶番だ。
 はからずも同時に空間を渡って出現することになった合成獣は、座りこんだまま動けずにいる。少し離れたところで為すすべもなく立ちつくしている少年の頬に、一滴だけの真紅。その鮮やかな紅と栗色の髪のとりあわせが彼の母親を思わせたが、いまはどうでもいいことだ。―――いまなら、まだ間に合う。
 血塗れで転がるリアの体にまっすぐ歩みよる。その肩に手をかけたとき、背後で殺気とすら呼べぬ意思が激発した。
「触ルな――――!」
 ゼロスは無言で軽く杖をふった。叩きつけられた衝撃にユズハが庭の端まで吹っ飛んで転がる。ティルトが声もなくびくりと体をふるわせた。
「状況を理解できないのなら、いますぐこの場で滅ぼしますよ」
 それだけを告げ、ゼロスは再びリアに向きなおった。
 致命傷である頸動脈の傷を押さえて力を流しこむ。ややあって彼は舌打ちし、再び背後をふり返った。
復活(リザレクション)は使えますか?」
「…………え?」
 何を問われたのかわからず、ティルトが呆然と聞き返す。途端、殴られるような衝撃が炸裂し、彼は大地に倒れこんだ。
 その頭上で淡々とした声が再び問う。
「もう一度だけ言いますよ。復活は使えますか? 答えるか、答えず殺されるかどちらかを選んでください」
「………使える」
 頬を土で汚し、のろのろとティルトが顔をあげた。
「なら手伝ってもらいます。ご自分のお姉さんを助けたいならさっさと従うことですね」
 ―――助けたいなら。
 青い瞳に光が戻った。リアのかたわらに屈みこむ魔族の姿をとらえなおす。
 理由はわからないまでも、魔族が姉を治療するつもりでいることを知ると、後は早かった。身を起こすと無言でその指示に従い、呪文を唱える。あわせてゼロスも力を行使した。真紅は頬だけにはとどまらず、やがてティルトの手や服を汚した。
 もういいと手がふられ、何度目かの呪文は途切れる。詠唱をさらっていくようにひどく冷たい風が吹いた。
 風は横たわるリアの髪を揺らし、薄暮のなか、金糸が淡くふわりと巻きあがる。
 断たれた血管はつながれ、失血はおぎなわれた。傷はきれいに塞がっている。血に汚れてさえいなければ、まるで眠っているように穏やかな顔つき。
 だがその温もりは晩秋の日没にあわせて、どんどん熱を失っていく。その顔は黄昏のなか不吉に白い。
 姉の体を隔てて魔族と向きあっていたティルトが、かすれた声で呟いた。
「………死んでるんじゃないのか」
「いいえ、仮死状態ですよ。このまま放っておけば死にますがね。いま蘇生させても無意味です。これはただの抜け殻ですから」
 問うように見返した蒼穹の瞳に、ゼロスは不機嫌そうに目を細めてみせた。
「―――僕とあなたが居合わせたのが不幸中の幸いですね。僕らもあなたがたも、彼女を喪わずにすみます」
「どうして魔族のくせに、姉さんを………」
「その答えを得るにはあなたでは少々格が足りません、ティルト=ガブリエフ」
 視界の隅でユズハが身を起こすのを認めながら、ゼロスはリアから手を離し立ちあがった。死亡を回避したいま、彼女はあの合成獣に任せておけばいい。また突っかかってこられても面倒だし、早急に身柄を確保しなければならないのは、もうひとりいる。いままで保留していたのは、単に『彼女』のほうが一刻を争う事態だっただけのこと。
 視線を巡らせると、茫然とした双眸とぶつかった。
 何が起きたのか理解できていないという顔ですらない。意識があるのかと思うような遠い眼差しだった。
 『彼女』が見えているのか見えていないのかさえ、傍目には判断できない空虚な双眸が、ふとゆっくりとまばたいた。
 ゼロスはわずかに眉をひそめた。彼が施した暗示はすでにもう意味をなしていないはずだ。彼女が自ら魔王を受け入れたせいで、現在のリアは、ゼロスが『彼』の認識から弾くよう定義した「リア」とは違ってしまっている。
 ゆるやかに視線が動き、銀の髪が揺らぎ―――いままで慎重に気配を殺していた第三者の介入にゼロスが気づいた時には遅かった。
「――――!」
 彼の背後から金属光沢を帯びた異様な両腕が現れ、その姿が引きずりこまれるようにかき消える。ゼロスの攻撃は間一髪で間に合わなかった。精神世界面(アストラル・サイド)からの一撃が現実の空間をむなしく歪ませる。
「どこの阿呆です……… !?」
 目も当てられぬ失態にゼロスは低くうめいた。押さえるべき身柄を目の前でやすやすと奪われてしまうとは。どちらの腹心の独断専行なのかさえわからない。
 向こうがどれほど状況を正確に把握しているのかわからなかった。いまの『彼』の状態では何をやっても裏目にしかでないというのに。魔王の欠片同士が互いを相殺し合っているいまの状態では!
 状況は最悪だった。
 こちら側の手札はないに等しい。すべてリアが掌中にしたまま、その器を捨ててしまった。
 個人的に裏切られた気分が否めなかった。知らないうちに、彼女の娘だからとあらぬ期待をかけていたらしい。どう出てくるか楽しみにしていた部分はある。だがこんな笑えない選択をするとは思わなかった。
 これでは主からどれほど制裁を受けても文句は言えない。完全にしてやられた。
「まったく誰も彼も………!」
 いらだたしさとともにふり返ると、ユズハがその手のひらをリアの頬へと伸ばしているところだった。もとよりこの合成獣は魔力が中級魔族並にあるにもかかわらず、具現化しているときの精神世界面の比重が極端に軽い。何を思っているかなど、わかりようもない。
「………くーん、起きテ」
「無意味です。その体は抜け殻です」
 冷笑するゼロスを朱橙の瞳がギッと睨む。それは亀裂が入った硝子玉を思わせた。乾いて映す相手もいない。
 侮蔑を隠そうともせずにゼロスは告げた。
「状況を理解できないのなら滅ぼすと言いました。いまの状態が続くなら、今後の動きにあなたは邪魔です」
「―――ユズハ、やめろ!」
 おそろしい目つきで魔族を見据え、何らかの力を発現させようとしたユズハに背後からティルトが飛びついた。血に汚れた腕が、小さな体を抱きすくめる。
「頼むからもうやめてくれよ………っ。こんなの、姉さんだけでたくさんだ。お願いだから。まだ生きてるから、ユズハ。ねえ、まだ生きてるよ、死んでないよ………!」
「う………ァ………」
 事態を理解できない獣の瞳でユズハが唸り、それでもおとなしくなった。灼けくずれる寸前の熾火のような双眸から、一筋だけ滴がこぼれて頬を伝わる。
「………泣く『感覚』があるんですか。これはまた、ずいぶんムダな………」
 なかば呆れてゼロスが呟くと、ユズハではなくティルトがきつく彼を睨みつける。
 おとなしくなったユズハが腕の拘束から逃れ、再びリアへと手を伸ばした。今度はティルトも止めなかった。
「くーん………?」
 事の次第が心底理解できていない呟きが落とされ、ユズハは無表情のまま、不意にきつくリアにしがみついた。宝物を盗られまいと胸元へ抱えこむ子どものようだった。
「―――ここは一時休戦といきませんか?」
 ティルトが顔をあげる。ユズハはうつむいたまま反応しない。
 手にした杖でリアを示し、魔族は嗤笑する。
「まったく。ありえないほど馬鹿馬鹿しい事態です。最悪ですね。リナさんたちにとっても、僕たち魔族にとっても」
「………どういう意味だ?」
「一時的に協力しないかということですよ。もっとも、交渉役はあなたではありませんがね」
 ゼロスはわざとらしく肩をすくめてみせた。しかし薄く光る紫闇の両眼には切迫した光が宿っている。
「リアさんを蘇生させるのに手を組まないかと言っているんです。こちらとしても困るんですよ。ルビーアイさまの欠片が対消滅しかねないこの状況は………!」



 西の空は暮れなずんでいる。東の空ではすでに無数の星が光りはじめていた。
 わけもわからず集わされた者たちは、何かが起きたことを悟りつつ、いまだ動きだせずにいる。
「―――ユレイア、アセリア、どういうことです !?」
 なかば悲鳴のような母親の問いに、ユレイアは嫌々と首を横にふった。答えることができないのではなく、答えたくないのだとその仕草が告げていた。
「ユレイア、答えてください。大事なことです。どうして二人ともそんなことを言うんです。どうして、クーンが―――よりにもよって、クーンとゼフィアさんがそうだなんて、そんな馬鹿なこと………」
 声まで蒼白にしているアメリアの言葉を聞きながら、リナは己が胸元の呪符を握りしめたままだったことに気づいて、そっとそこから指をはなした。指がこわばってなかなかほどけず、関節がひどくきしんだ。
 セイルーン王宮のこの場にいないのは、招集をかけた当人であるはずのリア。途中で引き返したティルト。そして、突然リアの名を叫んで、いずこかへと空間を渡っていってしまったユズハ。
 歯車がうまく噛んでいないような、知らず目隠しされているような、過ぎた夏からの曖昧な違和感。リナの感知しえないところで起こっている事象。もしくはリナを避けて張りめぐらされている何か。
 その『何か』に対して後手にまわっているという不愉快な感覚に、警戒の水位は増しつつあった。
 そこに娘からの招集、不可解な行動に確信を強めた―――間違いない、リアは何かをつかんでいる。ひとりで動かせてはならない。自分たちも動かなければ、動きださなければ―――。
 だが、そこまでだった。
「ねえ、ガウリイ―――」
 かたわらの相棒の名を呼ぶ。黙って見下ろしてくる青い瞳をまっすぐ見つめ返し、少し笑った。
「あたし、夏にゼロスがここに現れたときに、呪符以外何も持ってなかった自分にたいがい呆れたの。どれだけ平和ボケしてたのかしらねって」
 娘時代から変わらない抑揚にとんだきっぱりとした口調だが、深みを増した真紅の瞳は疲れたような色を浮かべていた。
「それぐらい可愛いもんだわね。―――十八年間、あたしは気づかなかった。まさかそれだけはないだろうって思ってた。いくらなんでも、ありえないって。………よりにもよって、あたしの子どもに………さらに言うなら、姉ちゃんの近親者にそれはないはずだって」
「………リナ、何を言っている。まさか信じるのか !?」
 愕然と問うたゼルガディスに、リナは薄く笑った。
「自分の子どもの言うことぐらい信じてあげなさいよね、お父さん?」
「冗談を言っている場合か!」
 怒号に双子がびくりと身をふるわせる。アメリアの両手がその小さな肩を抱いてやるが、安らぐにはほど遠い。
「冗談なんか言ってないわよ、ゼル」
 リナはもう一度笑った。
 笑うしかないという顔を、長いつきあいになる仲間へと向ける。
「無関係じゃないわ。いまの世界の震えとリアの不審な行動は―――きっとね」
 ユレイアの言葉を事実と仮定するならば―――赤眼の魔王。そのキーワードひとつで、夏以来の違和感に次々と答えが提示されていく。すべての不信が確信となって結びつき、ひとつの事実を浮かびあがらせる。
 それはいままで、考えもしなかった………いや、考えなかったわけではない。だが、そのたびに軽い気持ちで否定してき続けた、たったひとつの可能性。
 口を開いた自分の声は、驚くほど淡々とした響きをともなっていた。
「どうやって魔王を(たお)したの? あの子はあたしにそう訊いた。方法しか訊いてこなかったわ。本当に斃したかどうかなんて疑いは、ただの一度も口にしなかった」


 ―――どうやって斃したの !?


 その一語が思えば異様な響きを持っていた。今更にしてそのことに気づく。
 請われて、リナは話した。
(聞いてしまえば………言わないわね)
 それだけはわかってしまった。自分を生んでくれた親に、そうそう言えるはずがない。―――自分は魔王で、いざとなったら殺してくれなどと。 
 見くびられたものだと、リナは口の端に自嘲を()める。
「あの子は気づいてたんだわ。自分がそうだって。………まったく、とんでもない。さすがこのあたしとあんたの子ってとこかしらね?」
「―――リナ」
「お願い、ガウリイ。しばらく軽口ぐらいたたかせて。………反吐が出そうよ」
 ガウリイを見ることなく、乾いた口調でリナは告げた。指先はいつの間にか、呪符へとのびていた。気づけばまた、色を失くすほど強くそれを握りしめている。
「………やられたわ。完全に、あたしたちは夏からゼロスにしてやられたんだわ。夏以降のおかしな出来事には、全部あの獣神官がからんでる。あの子のなかの魔王を覚醒させるために―――ティルとの不和まで利用した」
 あの滑らかに斬り飛ばされたリアの剣。何があったのか頑なに口を割ろうとしなかったティルトは、それでも自分がそれを斬ったことを認めた。真剣で互いに刃を向けての対峙。それは木剣の手合わせなどとは比べものにならない意味を持つ。そこまでだったのかとリナとガウリイは愕然とし、同時に悔いた。どこかで信じていたのだ。それほど深刻なものではないと。親愛が鬱屈を超えることはないと。
 にじむ愛しさを、きちんと感じとっていた。だからこそ信じていた。
 そうではなく。だからこそ、ひた隠しにされてきたのだと、いまさらのように自分たちの愚かさに気づく。
「………リアが、あたしたちに話したいことがあるって言ったのね? だから、あたしたちを集めてって」
 弾かれたようにユレイアが顔をあげた。蒼白な面のまま、ひとつ頷く。
「何を話すつもりだったの?」
 問うリナの表情に何を見たのか、ユレイアが軽く息を呑んだ。
「ゼフィアさんの目は、あの魔族の暗示だと………」
 王女の答えを聞いて、その両親が言葉を失う。溜息のようにリナは笑った。
「あの子はそうやって次々出口を塞がれて、それでも何も言ってこない………そもそも、言うつもりがあったのかしら。何がしたくて、こうしてあたしたちを集めて、(だま)して………そして、いま」
 独り言のように呟き、短い呻きとともにリナはきつく唇を噛んだ。呪符を噛み砕いたときに感触が、口のなかによみがえってくるようだった。
「―――手遅れになった」
 まだどこかで事実を信じきれないアメリアとゼルガディスが、そうと決まったわけではないと否定の声をあげかける。
 突然、ガウリイが背後をふり返った―――


 一同が集まっていたのは、リナたちが王宮に滞在するときに使う客室だ。居間の左右に続き部屋として寝室がひとつずつ。居間はテーブルを囲んで長椅子が配され、壁とのあいだの空間は広くとられている。
 その空間を埋めるように、不在者たちはそこに現れた。
 出現した存在に押されるように空気が動く。漂ったのは濃い血臭。
 最も鋭く反応したガウリイでさえ、自分が見ているものに対して一瞬、理解が追いつかなかった。
 父親と同じ色をした双眸が暗い(かげ)りを宿し、緩慢な動きで皆と視線をあわせた。ひき攣れたように鳴ったのは、誰の喉か。
 腰を浮かしかけていたアメリアがよろけ、傍らのゼルガディスにその肩をぶつけた。黙って見開かれるリナの真紅の瞳。―――そして、無言のままに灼ききれ崩壊する寸前だったユレイアの意識を引き戻したのは、アセリアの絶叫だった。
 異常な状況に対してのある意味、正常なその反応―――悲鳴。少なくとも声を出せたというだけ、アセリアはまだ健全だった。
 聞くだけで脳裏に食いこむような悲痛なその叫びに、凍りついていた場は動きをとり戻す。
「クーン!」
 治療呪文の使い手が自分であるということを思いだし、アメリアがゼルガディスから離れ、リアに駆けよった。彼女のかたわらに座りこんだユズハはアメリアを見ようともしない。うつむいた小さな顔はこぼれる髪に隠され、視線をさえぎる。
 ティルトがアメリアに制止の手を伸ばしかけ―――血塗れの己の指先に気づいて、躊躇した。
「傷は………もう治ってる」
 その言葉にアメリアはリアの体に視線を走らせ、服を汚す血の具合から傷が首であることを知って愕然とした。うっすらと残る傷跡はたしかにきれいに塞がっている。だが生きているようにも見えない。頸動脈からのこの出血量………これは、致命傷ではないのか。
「死んでない。生きてる」
 一同の疑問に答えるようにティルトが呟いた。視線が一気に集中するが、誰とも目をあわそうとはしなかった。手と膝から下にかけて、彼も血塗れだった。土に汚れた頬に、とんだ一滴の真紅。
「仮死状態だって………あの魔族は言ってた」
 自分が何を口にしているのかわからないまま、義務感に背を押されて紡ぎだされたその言葉が、場の雰囲気を一変させる。
「どういうことです !?」
「―――わからないっ!」
 弾け飛ぶようなその叫びに、双子が肩を揺らした。悲鳴の続きのように、アセリアの喉が奇妙に鳴る。
 何度もティルトは首を横にふる。
「わかんないよ! なんで姉さんがこんなことになってんのか、オレにもわかんないよ! なんで、姉さんオレに呪文―――、目の前で………!」
 こらえてきた恐慌がよみがえり、泣き喚く寸前だったティルトは、ふと視界に影が落ちたことに気づいて顔をあげた。
 リナとガウリイだった。
「と……さん。かあさ………」
「………頼む。いまは泣くな」
 いまにも溢れそうだった涙が止まる。
 母親の両手がティルトの肩にかかる。覗きこんでくる真紅は、いままで見たこともないような光をたたえていた。
「お願い、ティル。落ち着いて最初から、何があったのか………話して。お願いよ」
 目の光はつよく揺らめいているが、双眸は乾いていた。
 ティルトはまばたきして母親を見返した。その拍子にまなじりから溢れた涙を母親の指が拭う。唇をひき結んで、うなずいた。
「待て。このままじゃまずい。ひとまず、クーンもティルトも、椅子に………」
 青ざめた顔でそれでも現実的な提案をしたゼルガディスの横を、不意に長い黒髪が走りぬけていく。
 ぎょっとした父親にかまわず、くずおれるようにティルトのかたわらに座りこんだのはユレイアだった。濃紺の瞳に焦りを浮かべて、彼の服をつかむ。
 幼馴染みの姉弟を汚す真紅を直視できず、それでも必死の形相で彼女は問いただした。
「ゼフィアさんはどこだ !?」
 なかば悲鳴だった。
 アメリアとゼルガディスが呆然と、リナとガウリイが愕然と見つめるなか、ユレイアは泣きそうな顔で訴える。
「ティル! ゼフィアさんは一緒にいなかったのか? あの人はどこにいるんだ! いないはずない!」
 叫ぶうちに自分でも何を言っているのかよくわからなくなったのか、ユレイアは激しくかぶりをふった。
「どうしてあの人と姉上は一緒にいるんだ? そんなはずないんだ、おかしいんだ。だって二人ともそうだなんて―――ティル、ゼフィアさんはどこ? ここに連れてこないとダメだ。あの人も………あの人も姉上と同じだ。あの人も、魔王なんだから!」
 ゼルガディスとアメリアの眉間に皺が寄った。さきほどから娘二人は、ひどく聞き捨てならないことを口走っている。だが、それはあまりにも荒唐無稽に過ぎた。それを肯定するリナの言葉さえも、まだ信じることができない。
 とにかく状況が混沌としすぎている。リナの言うとおり、ティルトに事情を話させるのが先だ。事態は動きだしたのだ。このうえもない衝撃とともにいま。
「とにかくユレイア、いくら何でもそれは―――」
「―――事実ですよ」
 夏以来のその声は、部屋の反対側から聞こえた。
 リナたちが何か言うより先に、現れた獣神官は慇懃に一礼する。
「今回ばかりは、進んでこちらの手札を開示させていただきます」
「当然よ―――」
 人形のようなリアの顔に視線を落とし、リナはただそれだけを呟いた。