懐かしの歌(ハニー・ソング)

【懐かしの歌(ハニー・ソング)】

 晴れて気持ちの良い午後だった。
 リナたちは家族揃って王宮を訪れていた。ちょっとした懐かしい顔が王宮に訪れていて、引き合わせるためにアメリアとゼルガディスが気を利かせたのだ。
 いまはその客人も帰り、四人で午後のお茶を楽しんでいる。子どもたちはさっさと食べ終わり、揃って遊びに行ってしまった。双子に引きずられるように手をとられ、慌ててお茶を飲み干してから後に続いたリアを見送ってからけっこうな時間が過ぎているが、いまも窓から双子の声が聞こえてくる。
 おもににユレイアが、何かの歌をアセリアとユズハに教えているようだった。間違えたり、繰り替えされたりしてはその度に笑い声があがる。
「珍しいですね、ユレイアが何か歌を教えるなんて。しかもあんなに熱心に」
 皆で合唱するより一人で気ままに歌うほうが好きな子だ。
「教えてもユズハには無駄だと思うが………」
 精霊の合成獣のすさまじい音痴っぷりを知るゼルガディスが、香茶のカップを片手に溜め息をつく。
 何皿目かもわらからない菓子皿を空けたリナが次の皿を引きよせた。
「何の曲かしらね?」
「う〜ん、何だかおれ知ってるような気がするんだよなぁ」
 一人耳の良いガウリイが、しきりに首を傾げている。
「へえ、めずらしい。あんたが?」
「どっかで聞いたと思うんだよなぁ」
「ガウリイさんにも聞き覚えがあるとなると、最近の歌ですかね?」
「アメリアあんたね………」
 ふと窓の外で声が止んだ。やがて、綺麗に揃った双子の声がユニゾンで聞こえてくる。風向きが変わったのか、今度はきちんと残りの三人の耳にも届いた。


 恋に恋す〜る、オンナノコに〜はっ♪
 まぶしっすぎるの、マイダーリンv


 ぶううううううううぅぅッ!
 差し向かいに座るリナとアメリアの口から吹きだした水流は、テーブルの上空で激しくぶつかりあい互いに一歩も譲らず、液体にもかかわらずしのぎを削ったとか削らなかったとか。
 隣りではただひたすらゼルガディスが茶にむせて咳きこんでいる。
「ん〜、やっぱりどっかで聞いたことがあるなぁ………?」
 ひとり首を傾げているのは言わずと知れたもう一人の父親。
 ナプキンで口を拭った母親二人は椅子を蹴倒して窓に駆け寄った。
「アセリア、ユレイアっ!」
「ちょっと! リアっ、いまの二人の歌は何なのっ!」
 歌が途切れ、前庭の芝生に座りこんでいた双子とリア、ティルトとユズハがそれぞれ窓を見あげる。
「ははうえ」
「あ、かーさま」
 仲良く並んで座ったアセリアとユレイアの正面には歌詞を書いた羊皮紙らしいものを持ったリアがいて、赤い顔で何か言いたげに母親を見つめてくる。五歳を過ぎたばかりの双子は字を習いはじめたばかりでところどころまだうまく読めないため、リアが代わりに読みあげてやっているようだが、表情を見るだに、せがまれて仕方なくというのが本当のところだろう。
「クーンねえさま、次の歌詞は?」
「え、ええと………ち、ちいさな胸をきゅ」
「リア―――っ!」
「だってそう書いてあるんだもん―――っ!」
 うっすらと涙目でリアが反論する。
「んなモンどこから持ってきたのッ! てかアメリアっ、アンタなんでこんなのをセイルーンに………っ」
「ちちちちち違いますっ! わたしじゃありませんっ、絶対違いますっ! だいたいあれは全部リナが灰にしたじゃないですか!」
「だったら何でいまごろ―――」
「ははうえ、このお歌ごぞんじなんですか?」
「えっ、あ、そ、そうですね、聞いたことがあるようなないような。あ、いえ、そうじゃなくて。ユレイア、あなたその歌どこで憶えたんです !?」
「まだおぼえていません。これからおぼえるんです」
 ユレイアはきまじめな顔で母親の言を訂正し、手にした楽譜に視線を落とした。文字より先に楽譜の読み方を憶えてしまっているのである。
「これは昨日、ゾアナのじょおう陛下からおしえていただきました。とっても昔の時代からあるふるいお歌だそうです」
「…………ッ」
 リナとアメリアはそれぞれの心のなかで、旧知の女性をとても口には出せない言葉で罵った。彼女のほくそ笑んだ顔が見えてくるようである。ン十年ぶりに顔を見たと思ったらとんだ置きみやげを。
「このお歌、あちこちに和音とか、かけあいがあって、とってもおもしろいんですよ」
「そ、そぉですか………」
 ひたすら間抜けなうめき声をあげるしかないアメリアだった。
「ユズハはちっともハモってくれなくて、ひとりでかってに歌いだすし、ティルは聞くだけでいいっていうから、わたしとユアでおぼえようと思うんです」
「クーンあねうえもそれがいいっていうから」
 リアが涙目でうなずいている。窓際にやってきたゼルガディスが、何やらリアに同情するような視線を送った。同じ情けと書いてこれ同情。
「どこで聞いたんだったっけな………」
 まだ首を傾げているガウリイ。
「おどりもあるんだそうですけど、それはじょおう陛下にはおどれないんだそうです。ははうえはおどれますか?」
「踊れないっ!」
「踊れませんっ!」
 母親二人のあまりの剣幕に、双子がびくりと肩をすくめる。
「は、ははうえ何かコワイ………」
「リナさんもですぅ」
 何らかの不審を感じたのか、リアが胡乱(うろん)な顔で己の母親とその親友の女性を眺めた。次いでその伴侶に視線を移す。ゼルガディスは目をそらした。
 さらに視線を移せば、部屋のなかで首を傾げている彼女の父親。
「ハモるのってむずかしいですねぇ」
「だいじょうぶ。どんな音でもセアに合わせて私が歌える。セアは自分のところをきちんと歌ってくれればいい」
「じゃあ、わたしが"あこがれドリーム"を歌いますね」
「うん、じゃあ私が"キラキラルージュ"を歌う」
「母さん……?」
 窓際で悶絶している母親二人を不思議そうにティルトが眺める。
「マ、マルチナ、絶ッ対! 後で殴りに行っちゃる………!」
「わたしの分もお願いします」
「あんたは外交戦略で何とかなるでしょ」
「公私混同するわけには」
「これだって立派に公私混同だっつうの」
「………別に公私混同というわけでも―――いや、何でもない」
 ゼルガディスは口をはさみかけ、思いなおして閉じた。彼だって我が身が可愛い。
 そのとき、首を傾げ続けていたガウリイがぽんと大きく手を打った。
「おお! 思いだしたぞ! そうだ、この歌はリナとアメリアが―――」
「インバース・ロイヤルスクリュウウクラァァァァッシュ!」
「平和主義者アタァァァック!」
 その日、久々に魔道士リナ=インバースの物理攻撃に加えて、セイルーン王国の伝統的な肉体技が大々的に披露されたとかされなかったとか。


 すべてを目撃したリアは視線を固定させたまま、正面の双子と傍らの弟に言い聞かせた。
「いい? ユア、セア、あとティル。あれを真似しちゃダメよ。あんたたちには無理だからね」
「はい」
「えー?」
「なんで?」
「ユズハはヨイ?」
 聞き分けがよかったのはユレイアだけである。
「あのね、よく考えなさいよ。母さんとアメリアさんには出来ても、父さんとゼルさんにはできないでしょ。あんたたちは父さんとゼルさんの血もひいてるんだから、完全に真似しようなんてはじめから無理に決まってるじゃない。わかった?」
 弟妹たちは納得したのか、神妙な顔で頷いた。
「ユズハ、あんたにも真似してほしくないけど、言っても無駄だと思うから言ってないだけ―――やるんじゃないわよ?」
「ウム。考慮スル」
「………うわ、なんつう不安な返事を」
 リアは呟いて、手にした歌詞帳に視線を落とした。
 とりあえず思う。
 ゾアナの女王陛下とやらが踊りまで双子に教えなくて良かった。いやもう本当に。
 自分は絶対踊りたくない。

         Remember the funny lovely song!



【懐かしの夢(ハニー・ドリーム)】

それはある日の昼下がり。
「ねー、母さま!」
 元気な声とともに走ってきたアセリアが、目を輝かせながら母親のドレスをひっぱった。先刻まで女官につきそわれて午睡していたとは思えない元気の良さだ。
「さっき、夢を見たんです」
 ちょうど目を通していた書類が一段落付いたアメリアは、笑いながら娘のほうを見た。机の向こう側のゼルガディスも苦笑している。
「どんな夢を見たんです?」
「はいっ。正義の味方の夢でした!」
「………こういうあたりは明らかに母親似だな」
 呆れ気味に呟いた父親の言葉は母娘二人には届かなかった。
「まあ、それはわたしも見たことがありますよ」
「ホントですか !?」
 母親も同じような夢を見ていたと知り、アセリアが目をきらきらと輝かせる。
 アメリアは頷いて、楽しそうに語りはじめた。
「夢では、リナさんがドラグレッドで、ガウリイさんがイエローで、あの腐れ生ゴミがブラックで………」
「待て。何だそれはッ! おれたちが出てきたのか !? しかもあいつまでっ !?」
「あれ? 前に話しませんでしたっけ?」
「聞いとらんわっ」
 微笑ましいやりとりが二人のあいだで交わされるが、アセリアは両親の思い出話を聞くより自分の話を聞いてほしいらしく、母親のドレスの裾を持ったままぴょんぴょん跳ねて注意をひこうとした。
「軽食戦隊サンドイッチファイブなんです!」
「………は?」
 アメリアとゼルガディスは聞き間違えたのかと思い、口論をやめてアセリアを見た。
「サンドイッチが何ですって?」
「ですから! 軽食戦隊サンドイッチファイブなんです!」
「サンドイッチ…………?」
「ファイブ………?」
「はいっ」
 それはもう嬉しそうにアセリアが頷く。
 六歳の誕生日も過ぎ、目の色は完全に父親と同じ色をしている。その氷蒼の瞳が目を輝かせて両親に告げた。
「サンドトマトと、サンドグリーンと、サンドエッグと、サンドツナと、サンドフルーツなんですっ」
「フルーツが紅一点だろ………」
「すごい父さま!」
 アセリアが目を丸くして叫んだ。
「どうしてわかったんです? もしかして同じ夢を」
「見たことは断じてないッ!」
 父親に一刀両断されても、気にすることなくアセリアは続けた。
「それでですね! サンドイッチファイブは怪人と勝負するんです」
「ま、まあ正義の味方なら当然………」
「味で!」
「味っ !?」
 それは挑まれた怪人も困っただろう。
(………なあ。一度、魔法医に見せた方が……)
(いえでも、診せたとしても夢じゃ治しようが………)
 ひそひそと小声で相談しあう両親を後目に、アセリアは両手を組み合わせて、どこかうっとりした視線をあたりにさまよわせた。
「怪人さんと味で勝負して勝つなんて………」
(しかも勝ったんですね)
「いったいどれくらい美味しいのかしら………」
「食べるんですかっ !?」
 正義の味方を。
 きょとんとしてアセリアは言った。
「だって、サンドイッチでしょう?」
「………………………………………………………………」
 親ながら、ときどき娘の思考回路がわからなくなる瞬間だった。

        The child resembles a parent. Very funny dreams!


【懐かしの旅路(ハニー・ガイド)】

「クーン姉上、ここには行きましたか?」
「ここは? あ、こっちは?」
 三年ぶりに会う姉同然の人物をあいだにはさんで、アセリアとユレイアは交互に地図を指さした。
 旅に出て以来、一度も帰郷することなく、帰ってきたら帰ってきたで夏の結界騒動とほぼ同時。
 事態が落ち着いてから顔を合わせたリアは、みやげも何もない急な帰郷を詫びていたが、双子にとっては些細なことだった。
 たしかにおみやげを持っての普通の帰郷でなかったことは残念だが、いまさら言ってもしかたないことだ。そもそも彼女が来なかったら結界騒動が無事に解決を見ていたかどうかも怪しかったので、文句を言える筋合いでもない。彼女ではなく、その弟のほうがおみやげも何もなしだったら盛大にぶんむくれていただろうが、あちらは雨が降ろうと槍が降ろうと得体の知れないよくわからないおみやげを買ってきてくれるので、問題にはならないのだ。………おみやげが得体の知れないことはまた別の問題だが。
 おみやげの代わりに、双子は彼女が王宮を訪れるたびに、地図を広げてみやげ話をねだった。ティルト相手にもよくやっていることだが、彼は時々とんちんかんなことを言ったりするので、まっとうな地方案内にはならない。
 リアならその点、ごく普通の感想をくれるから想像しやすい。
 いまも双子が指さした箇所を見て、ひとつ頷いてすぐに口を開いた。

 ―――えっと、ここは。ああ、イルマードね。
 うん、さすが名高い観光地だけあってきれいなところだったわよ。沿岸諸国連合のなかでも裕福なほうだと思うわ。不思議なのよね、浜辺の砂が白いのよ。エルメキアの黄色っぽい砂とは全然違うの。あ、そうか、ユアもセアも海をまだ見たことがなかったわよね。海はねぇ………あれはちょっと一度見てみないと何とも言えないわね。そうそう、ここよ。生き物が寄りつかない死の入り江があるところって。………母さん? 何でお茶吹いているの?

 少し離れたテーブルで娘の話を聞くともなしに聞いていたリナは、口元をぬぐいながら無言で何でもないと手をふった。

 ―――変な母さん。ん? ああどうして出来たかって? うーん、あたしも向こうの人に聞いたんだけど、よくわからないんだって。何でも、あのあたりの浜辺の持ち主だった女の人が一夜にして白い髪の魔女に変貌し、高笑いとともに黒い鎌であの入り江を削りだしたって話だけど、言い伝えってほとんど眉唾物だし………って、母さん? ………にしても、どうして水草ひとつ生えないのかしらね?

 リアは首を傾げたものの、双子に次の話をせがまれて地図に視線を戻した。

 ―――ここは、ああ、ソラリアね。そうねえ、特徴らしい特徴があるわけじゃないけど、うん、迷路みたいな街だったわよ。拡張に拡張を重ねたって感じで、ごっちゃごちゃしてた。ティルとセアはまずまともに歩けないわね。でもね、そういう拡張で街が迷路みたいになってるところってソラリアだけじゃなくて、他にもけっこう多いのよ? ここみたいに街の建設当初からぴしっと形が決まってるところのほうが珍しいんだから。

「呪殺防止とはいえ、融通が利かなさすぎるのも問題ですけどね」
 セイルーンの次期統治者たるアメリアが苦笑する。
 建国当初からの二重六紡星だが、その主線を描く城壁と大陸橋のせいで日が当たらない、変則的な区画が多いため一部で土地が遊んでいる、拡張したいがどうにもならないと下からの突きあげはけっこうきつい。まあ、それを上回る利点として、白魔法の効きがいい、交通整備されていて移動が容易、上下水道が陸橋と城壁によって網羅されている、物騒な呪術の効きが悪いなどという点があげられるからこそ、現在まで続いているわけだが。

 ―――ガイリア・シティ? うん、ここにも行ったけど、あんまり長居はしてないわ。カタートに近いせいかなーんか雰囲気が暗いし。ここはあたしよりちょっと年上の若い王様が治めているんだって。何でもこの王様の前は二代揃って不幸に見舞われたとかで、いまの王様が大きくなるまでは摂政をたてて、家臣で力を合わせて国を治めてたっていうけど………さっきからどうしたの母さん。アメリアさんまで。まあ、いいけど。―――竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)? ああ、たしかにそこにも近いけど、そっちには行ってないなあ。北にはあんまり近寄らないようにしてたから。ああ、でもちらっと一度だけ、黄金竜が空を飛んでいるのを見たわよ。ユズハが空指さして「でっかいトカゲ」だなんて言うから、ワイバーンでも飛んでるのかと思ったら、黄金竜なんだもの。「アレはきっとエライ」とかわけのわかんないこと言うし………母さん、どうして頭を抱えてるの。

 挙動不審な母親をいぶかしみつつも、リアは双子に袖を引っぱられ、そちらのほうに気をとられる。

 ―――え、ここ? このあたり何かおもしろい国あったかしら………。沿岸諸国連合とも離れてるしなぁ。行くには行ったけど。………あ、そうだ。ここからちょっと東行ったところにはあったわよ。二十数年前まで男子禁制だったっていう変な国。いまでも女の人かなり多かったけど。フェミール王国って言ったかな。王様が治めてるって聞いたんだけど………ちょうどやってたパレードで見たのって、何か女王様っぽかったのよね。王様って何かの間違いじゃないかしら。何か、普通に女の人に見えたんだけど………そういえばアメリアさんに少し似てて―――って、ゼルさんっ !?

 しぶくような勢いで突如として茶にむせはじめた双子の父親に、リアは唖然として顔をあげた。目を丸くしている双子とリアの前で、ゼルガディスとリナが体を丸めてテーブルに突っ伏している。ゼルガディスは盛大に咳きこんでいるためだが、リナは小刻みに肩をふるわせ、腹に手をあてている。………必死に笑いをこらえている気がするのは子どもたちの気のせいか。
 アメリアは何やら複雑怪奇な顔つきで、ゼルガディスの背をさすっているのか、はたいているのか微妙な強さで叩いている。ガウリイはこの場にいないので反応がわからないが、これだけ親たちに妙なリアクションを返されるとそちらの反応も気になるところである。

 ―――母さんたち、さっきから変よ? ………まあ、何か色々と興味深い国だったわ。丈の大きめな女物が売ってたからありがたい国ではあったけど、何だかあんたたちの精神衛生上行かないほうがいいような気もする国だわね。………え? 滅びの砂漠? ………まあ、入口あたりまでなら行ったわよ。何かどっかの自然保護団体が苗木植えて一生懸命緑化推進運動してた。無駄だと思うけど。てか、ユズハが転んで砂まみれになって、こっちまでいい迷惑だったわよ。………え、逆の西の方には行ったのかって? あんたたちもけっこうあっちこっち話が飛ぶわね。もちろん行ったわよ。だいたい今回あたしはサイラーグからここまで戻ってきたんだから。

 そう言えばそうだったと双子は笑って肩をすくめ、あらためてサイラーグの話をねだった。

 ―――サイラーグは、うん、きれいなとこだったわよ。シルフィールさんにも会えたし。えっとね、湖を囲むようにして街ができてるの。湖は以前の街が沈んでて、舟とかで漕ぎだすと遺構が透けて見えるのよ。ところどころ飛び出してもいるけど、そんなに多くはないわ。数十年の街の残骸はほとんど崩れて沈んじゃってるみたいね。でも、それも周囲だけよ。真ん中あたりにはほんとに何にもなかったわ。神聖樹(フラグーン)が生えてた跡だっていうけど、何か変なのよねぇ。真ん中行けば行くほど深くなってそうだったし、あんまし水草とかもなかったし。湖の形がきれいな正円ってのもねぇ………。

 言いながらリアは、親たちを横目で見た。三人揃って一様に視線を逸らす。

 ―――………まあ、いいけど。湖からひいた運河をめぐらせてあって、橋がいくつも架かってて、小舟がいっぱい行き交ってるの。きれいでおもしろいわよ。シルフィールさんもいるから、あんたたちもそのうち行ってみるといいわ。ああ、でも近くにある瘴気の森には近寄らないほうがいいわね。瘴気なんてものはもうないらしいんだけど、空間がおかしいってシルフィールさんが言ってたし、あたしも何か激烈に嫌な予感がしたから近寄ってない。まあ、ゼフィも一緒だったからそんな物騒なとこ寄る気はなかったんだけど………母さん?

 どこか痛みをこらえるような顔をしていた母親は、目を細めて苦笑し、何でもないと首をふった。

 ―――今日はこのぐらいにしとこっか。あたし、そろそろゼフィのとこ行かなきゃ。………アメリアさん、何でそんなに目がきらきらしてるんですか。え? 何ですかゼルさん? いいから早く行け? はあ、じゃあ、お言葉に甘えて失礼します。………じゃあね、ユア、セア。また来るわ。

 アセリアとユレイアの頬にキスをして、リアは笑って部屋を後にした。
 双子はしばらく地図を片手に地誌や何やら広げていたが、街に出ていたガウリイとティルトが戻ってきて体力作りの運動に誘ったため、やはりこちらも部屋を出ていってしまう。
 部屋では子どもたちが見ていた地図を囲んで、しばらく親たちの思い出話に花が咲くのだが―――。
 それはまた、別のお話。
 
        The memory that we feel nostalgic for forever.