Third birthday 【Ultra soul】 エピローグ・リア〔3〕
出来るかぎり近くに自分を置く。そして同じ景色を見る。見られたらいい。見られなくても、いい。
哀しみが減るわけでも、世界が変わるわけでもないが、それでも、
叶うかぎり、近くに―――。
―――夜。
玄関の石段に腰を下ろして、リアは夜空を見あげた。子どもみたいに足を投げ出して、踵だけを土に沈める。少し掘り返してみて、すぐにやめた。
初夏のさらりとした風が、一瞬だけふわりと髪をまきあげた。涼しいが、同時に少しずつ肌から熱を奪ってもいく。
傍らには、腰から外した剣が鞘のまま立てかけられていた。中央から折れ、もう二度と抜くことのできない剣。
夜空は深々と星が光っている。藍の天鵞絨に光の屑をぶちまけて均したようだった。繊毛の奥深くに入りこんだまま輝く星。月は欠けはじめていて、深夜だというのにまだ東にある。
闇は嫌いじゃない。光も嫌いじゃない。どれも等価に世界に存在するものだった。それに付加価値を見いだすのは自身の内面による。
どれくらい夜空を見あげていたのか、ふと気づくと背後によく知った気配があった。間をおくことなく、背中に熱のない重みが加わる。両肩からだらんと小さな手が前にぶらさがった。
何を言うわけでもなく無言で重みを預けてくる相手の意図はわからなかったが、特に邪魔とも思わずそのまま夜空を見あげていた。
夏の夜空は冬に比べて、空気が熱を持って潤んでいる分だけ粘りや濁りがあるような気がする。混沌とした闇の色に不純物がありながらも力強く光る星。
「ユズハ」
呼んだ声に、背中の相手が身じろいだ。
「あたし、あんたのこと好きよ」
ふうっと力を抜いて、透明にリアは笑う。
「父さんも母さんも、ティルトも好きよ。アメリアさんもゼルさんも、アセリアもユレイアも大切。やぁね、あたし気が多くて………」
背後から伸びている手に触れて、リアは足下に目をやった。
星明かりで影が落ちる。
この、世界。
両親がいて、弟がいて、家があって。可愛がってくれる親以外の大人たちがいて。慕ってくれる妹のような双子がいて。伯母や祖父母や友人などそこから広がる人の輪があって、世界を彩ってリアだけのものにしていく。朝が来て夜になり、食事をして会話を交わす。
何でもない、ただそれだけのこと。
それだけのこと。
「ゼフィ………」
吐息をこぼして、リアは星明かりを浴びながら目を閉じた。
日が昇り、光を散らして夕暮れを終え、月が鈍く輝きながら夜になる。
食事をして、言葉を交わして、声を聞いて、相手を見て、ふと触れあう。
そこにいる。
何でもない、ただそれだけのこと。
出来る限り近くにいる。
それだけのこと。
途方もないこと。
リアは笑った。
「愛しているわ、何もかも」
...... End of the third story "Ultra soul".

