いつもの彼ら―――みちゆき
いつものように宿で朝食をすませると、四人は街を後にした。
今日から、本街道をそれて裏街道を行き、計算の上では遺跡探索を含め、五日かけて次の街に出る予定になっている。
基本的に街道沿いに旅をして町で宿をとり、野宿をしても一泊か二泊で済んでしまうことが多いリナたちからすると、少々長めの旅程だった。リナとゼルガディスは昨夜遅くまで、地図を囲んでああでもないこうでもないと道程について話し合っていた。
「異界黙示録の手がかり、あるといいですね」
隣りを行くゼルガディスにそう話しかけると、そうだな、と素っ気ない答えが返ってくる。だがアメリアはその答えだけで満足して、そのまま歩き続けた。
少し先を行くリナが傍らのガウリイに何やら説明しかけ、反応のズレぐあいに懐からスリッパを取りだすのが見えたが、まあいつものことだ。景気の良い音が秋空に響く。
当初の予定が少々狂ったのは、昼過ぎのことである。
裏街道をいくらか行ったあたりで、リナが突然にルートの変更を言いだした。
「地図を見た限りでは、このまま道なりに行くより、こっちから行ったほうが遺跡には近いと思うのよね」
示した道は裏街道よりもさらに細い山道で、しばらくゼルガディスと議論になったが、結局リナの意見がやや強引に通り、一行は山道に足を踏み入れた。
山は、秋の冷気をはらんでシンと静かだ。どこかで鳥の鳴く声と羽ばたきの音。獣の気配が近づいては遠ざかる。色づいた葉と積もった葉とで、天も地も眩暈がするように鮮やかな空間のなかを、四人は進む。
「うにょわっ」
不意に積もった落ち葉にリナが足を滑らせ、背後のガウリイにひょいと支えられた。
リナは礼を言って再び歩きだそうとしたが、道が険しくなってきたことを見てとり、ガウリイが押しとどめて順番を交代する。
ひと二人、どうにか並んで歩けないこともないのだが、この裏街道近辺には、盗賊団が出没するという噂もあった。とっさのことを考えると、剣や拳をふるえるだけの空間は確保しておきたい。
―――しばらくガウリイ、リナ、ゼルガディス、アメリアの順で歩いていたのだが、先頭を行くガウリイがふと立ち止まり、とある木の根元を指さした。
リナへ断り、彼女が了承を返すと、ガウリイは一人ひょいひょいと斜面をのぼり、発見したキノコを手に戻ってくる。
「これって食えるのか?」
手渡された薄茶色の菌類に、リナが顔をしかめた。
「んーんん、キノコはねえ………。ヘタに食べると危ないから、あたしは確実に知ってるのしか採らないようにしてるのよね。コレはちょっと自信ないわ―――ゼルは?」
手から手へとキノコが渡され、ゼルガディスが目を細めて問題のそれを観察する。比較的すぐに結論は出された。
「問題ない。食える」
「だってさ。じゃあ、とっときましょーか。んー………」
キノコを手にリナがしばし迷った様子を見せた。そこにアメリアが挙手をする。
「はーい、わたしが持ちますよ」
「そう? じゃあお願いね」
リナからキノコを手渡され、アメリアはゼルガディスと歩く順番を交代した。
以後、自生している香草やら同じ種類のキノコやらを、ガウリイやリナが見つけては採取し、アメリアにどんどん渡していく。
アメリアはマントを前にまわしてたるませ、そのなかに今夜の食材を入れて歩いた。
四人の旅もすでにある程度の日数を過ぎ、いくつかの無言のルールができあがっている。話し合って決めたものもあるし、ごく自然とそうなったものもある。
これは、最初にそういう状況下になった際に成り行きとして決まったものが、以後も適応されているルールだ。
野宿の予定があるとき、途中何か食べられそうなものを見つけたら、四人のうち一人がそれを持つ。他の三人は両手を空けておき、もし襲撃などがあった場合、そのフォローを行うこと。要は、荷を捨てて身構えるだけの時間を他の三人が作ってやれればいい。
たいていの場合、荷物を持つのはアメリアかリナだった。たまにゼルガディスが持つこともある。ガウリイに持たせようとは、本人以外は言いださない。
「あけびは………やめとくか。ひとつだけ採ってもね」
梢を睨んで呟くリナとは逆に、ガウリイが地面に視線を落とす。
「お、ブナの実みっけ」
足下の小さな三角錐の木の実を拾いあげると、ガウリイは歯で割って中身を出した。白く小さな実が四つほど、ころんと大きな手のひらに転がり出る。
「あっ、ズルイ」
さっそく口を動かしているガウリイを見あげ、リナが唇を尖らせた。
文句を言われたガウリイがリナに実を差しだすが、彼女は首を横にふってそれを断る。
食事中は鬼神のようなリナだが、意外にも街中での食べ歩きをのぞいて、移動中はほとんどものを食べない。とっさに呪文を詠唱する機会がないとも限らないからだ。―――そのかわり休憩時など、食べると決めたときは食事中とまったく変わらない光景を繰り広げるのは………まあ、言うまでもない。
口が塞がっているとまずいというのは、ゼルガディスやアメリアにも言えるのだが、こちらは緊急時には呪文よりも剣や体術で応じることが多く、リナほど口が塞がることに対して抵抗感がない。
「はいっ、わたし食べたいですっ」
マントの裾を持ちあげているアメリアが、その場で軽く上下に跳ねた。
「ほい」
両手が塞がっているアメリアの口に、ガウリイがブナの実を放りこむ。狙い違わず、投下完了。
「はうー、美味しいですー」
油脂分が多いため、クルミに似てサクサクと歯触りがよい。ナッツ類特有の滋味のある甘さにアメリアの頬がゆるむ。
リナがうらやましそうにアメリアを睨んだが、それでも食べるとは言いださなかった。移動中にリナがものを食べないのは、ほとんど習慣化しているので、ガウリイも断られるのを承知で聞いてみただけなのだろう。足下の実をいくつか拾うと、アメリアのマントのなかに放りこみ、ぽんぽんとリナの頭をたたく。あとで食えよという合図だ。
「くっそー。あとであんたが割りなさいよね」
「自分で割れよな………」
「あたしより先に美味しい思いをしたくせに四の五の言わないのっ。ほら、さっさと歩く!」
リナがガウリイを追いたて、文句を言いながらも彼が歩きだす。
アメリアは口をもぐもぐ動かしながらその後に続いた。
ふと背後でぱきりと殻を割る小さな音が聞こえ、彼女は前にも後ろにも気づかれないよう、ひとりこっそりと笑った。

