いつもの彼ら―――正面突破

 昼を過ぎてたどりついた遺跡は、岩ばかりの谷間の奥にあった。
 湧きだす水の源流からも外れ、貧相な藻類ばかりが岩肌を這っている、ただ広いばかりの殺風景な場所である。
 遺跡の入口からは少々離れたところで足を止め、リナは不敵な笑みを浮かべた。
「ここいらの盗賊たちが、この遺跡に手を出さなかった理由はね―――」
 おもむろに一歩、前に踏みだす。
 途端に周囲からいくつもの気配がわき起こり、無数の影が扉を守るように現れた。
「なるほど、ゴーレムの守護者か」
「そーいうこと。地静霊呪(ダグ・ブレイク)は―――ムダでしょうね」
 魔道的な仕掛けをほどこされて長い年月起動し続けているゴーレムだ。普通の石人形(ゴーレム)とは存在している理屈が違うだろう。
崩魔陣(フロウ・ブレイク)は?」
「やってみて?」
 うながされ、アメリアは進みでると浄化呪文を唱えた。白くやわらかな六紡星の光が下方からゴーレムたちを煽り、一瞬だけ動きが止まる。だが、ただそれだけで後は何の変化はない。以前としてのろのろとした動きで確実に距離をつめてくる。
「で、リナ。どうするんだ?」
 ガウリイが手にした剣の柄から低い唸りが洩れた。使い手の意志を受けて、刃が顕現するその前兆。ゼルガディスが剣を抜き放つ。
「どうもこうも、やるしかないでしょ。こんなもんサクッと片づけて、とっととなかに入るわよ」
 にっと笑うリナの唇が、詠唱を開始した。
 手袋に包まれた細い腕の先―――伸べられた手のひらに鮮やかな魔力が集束していく。
「さあ、行くわよ―――火炎球(ファイアー・ボール)ッ!」
 炸裂する光球を合図に、四人は一斉に散開した。
振動弾(ダム・ブラス)!」
塵化滅(アッシャー・ディスト)!」
「―――光よ!」
 渦を巻いて弾け散った炎を割って、飛びこんできた光の刃が上から下へとゴーレムを断ち割った。赤い光と漆黒の闇が、吹き荒れる煙風と混ざりあい炸裂し、岩を石へ、石を砂へ、そして塵へと変えていく。
「入っちゃえば追ってこないはず。正面突破するわよ!」
 続いて紡がれた呪文にリナの意を察し、ゼルガディスとアメリアの唇から、同じ響きの詠唱が流れだす。
 一足早く術を完成させたのは、リナ。
風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!」
 さすがに重量のあるゴーレムを吹っ飛ばすほどではないが、指向性のある風がゴーレムたちを弾き飛ばしよろめかせ、密集していた陣形を切り裂くようになぎ払う。
 アメリアとゼルガディスは無言で互いの目を見交わし、右と左にわかれて大地に手をついた。
氷窟蔦(ヴァン・レイル)―――!』
 拡がり奔る氷の蔦がゴーレムを絡めとり動きを止めると、そこには樹氷の並木に縁どられた一本の道が出現していた。
 昼の陽光にまぶしく輝く道を、四人は一直線に走りぬける。
 遺跡の入口にたどりつきざま、リナは石造りの扉にたんッと両手を押しつけた。
黒魔波動(ブラスト・ウェイブ)っ!」
 盛大な崩壊音とともに扉が一瞬で崩壊し、ひと一人くぐれる大穴を開ける。アメリアがライティングをかけた石を放りこみ、ゼルガディスがすばやく扉をくぐる。
「入ってすぐにトラップなどはなさそうだ。早く入れ………リナ?」
「中までは追ってこないとは思うんだけど………リスクは減らしておくべきよね」
 リナはけわしい表情で、内部からくわえられる衝撃によって徐々に白く濁りはじめた氷を睨んだ。
「―――めんどいから、ここで一気に片づけるわ」
「何だと?」
 反問しかけ、何かに気づいたゼルガディスが顔色を変えて呪文を唱えはじめた。
 リナが両手をかかげ、目を伏せる。増幅の呪文が唇からこぼれ、呪符(タリスマン)が光を放ち十字を描く。
 ゼルガディスに首根っこをひっつかまれて表に顔を出したアメリアは、いったい何事かと面食らっていたが、リナが詠唱する呪文を聞いて合成獣の青年の意を察し、こちらも慌てて呪文を唱えはじめる。
 詠唱完了は、ほぼ同時。
「―――烈火球(バースト・フレア)っ!」
 青白い光の球が、氷から抜けだそうとしていたゴーレムたちの只中に出現した。直後、ガウリイがリナを抱えて遺跡のなかに引きずりこむ。
封気結界呪(ウィンディ・シールド)!」
砕氷塵(グレイバスター)!」
 ゼルガディスとアメリアが力あることばを紡ぐと同時に、青白い炎の舌が遺跡の外を蹂躙した。谷間を揺るがす爆音とともに、余波が結界越しに伝わってくる。
 弱冷気呪文のかかった結界のなかで、ゼルガディスが憮然とした顔でリナを見下ろした。
「………お前な、これで谷が地滑りでも起こして帰り道が埋まりでもしたらどうする気だ?」
「そのときは地精道(ベフィス・ブリング)で道作りながら帰りゃいいじゃないのよ。燃えるものもなかったし、火事の心配もないでしょ。竜破斬とかで片づけるより、こっちのほうが崖が崩れる可能性は低いでしょーが」
「そりゃ竜破斬よりはマシだろうが………」
「あによ。そんなに心配なら、ちょっと表の様子見てから遺跡潜ればいいだけの話でしょ」
 揉めてるよりは即行動―――とばかりに、リナは増幅版の浮遊を唱えると、風の結界ごと遺跡の表に出た。
 白煙、黒煙。焦げた岩肌、熔けたゴーレム。いまだふつふつと泡だつ守護者の成れの果てを見て、アメリアが顔をひき攣らせる。
「うっわあ………たしかに跡形もないですね」
「延焼もナシ、と。んじゃ、すっきりしたところで行きますか」
 再度、一行は遺跡のなかに潜りこんだ。浮遊と風の結界が解除され、壁を失ったアメリアの砕氷塵があたりに漂い、ひんやりと流れていく。
 ショート・ソードにかけたライティングを掲げ、リナが通路の奥に向かって目をすがめた。魔法の明かりを受け、睫毛の先が光の粒子をともすように透ける。目元に濃く長い影が落ちる。
 浮かぶ笑みは、何とも挑戦的で鮮やかに。
「―――あんな守護者がいることからして、けっこう物騒な感じのとこだけど? ま、あたしたちなら、たいていのことは何とかなるわよ。さあ、さくっと探索して、次の街に美味しいものを食べに行くわよ」
「そうですね」
「だな」
「結局そこか………」
 それぞれの口調でリナに応え、彼らは遺跡の奥へとその一歩を踏みだした。
 ―――いつものように、四人で。


 〈Fin.〉