カオスレギオン 【新たなる旅路】――5

 その夜、アーシアとノヴィアは揃って修道院に一泊した。
 聖師士として贅沢な宿を提供されそうになったアーシアだったが、晩餐の約束だけを了承して宿のほうは断り、〈銀の乙女〉として修道院に宿泊したのだった。
「お夕飯を準備しなくてもいいなんて、何だか変な気分………」
 湯浴みをすませ、生乾きの髪をひとつに編みながら、ノヴィアはそう呟いた。
 ひとりで晩餐に招待されるなんて冗談ではないと、アーシアがジークともどもノヴィアも引っぱっていったため、台所を借りて料理をする必要がなかったのだ。
「たまにはいいんじゃないの?」
 ひとり晩餐に出席せず、トールと一緒に肩の凝らない夕食をすませたアリスハートが、ハンカチの毛布を片手に欠伸を噛み殺す。
「狼男だってたまには、味よりは見た目が普通なものを食べたいかもしれないわよぉ?」
 からかわれ、ノヴィアの顔が真っ赤になった。
 ジークの食事を作るようになってもう二年になるというのに、味はともかく、見てくれが一向に上達しないノヴィアだった。むしろ、味が上達すればするほど、見た目のほうはより異様になっていく気がしてならない。
「あー、さっぱりした―――どうしたの、ノヴィアちゃん。顔真っ赤にして。湯あたり?」
 部屋に戻ってきたアーシアのきょとんとした顔に、
「違うわよぉ、ノヴィアの料理の腕前の話をしてたの」
 止める間もなくアリスハートが答えると、屈託のない笑いが返ってくる。
「今日の晩餐より、ノヴィアちゃんの作る料理のほうが美味しかったわよ。ジークも絶対、そう思ってるって」
 アーシアの手放しの賞賛に、ノヴィアはさらに顔を赤くしてうつむいた。意味もなく手がいじいじと動き、そのせいでせっかく編んだ髪が台無しになってしまう。
 手巾で無造作に己の髪を拭っていたアーシアだったが、ほどけたノヴィアの髪を目敏く見つけると、
「私にやらせて?」
 そう言って、返事も待たずに櫛をとりあげ、背後へとまわりこんだ。鼻歌交じりにノヴィアの髪を梳き、手際よく、癖がつかないようゆるめに編んでいく。
 旅暮らしのため、充分な手入れをされているとは言いがたかったが、それでもノヴィアの髪は傷みの少ない艶やかな栗色をしていた。こまめに切り揃えているせいかもしれない。
「私も髪、伸ばそうかしら」
「アーシアさんが?」
「前はほら、私も長かったでしょ?」
「そういえばそうだったわねぇ」
 ジークたちと出逢った直後、アーシアは命を落とした仲間への手向けとしてその髪を断ち切り、それ以来、肩につくかつかぬかという短髪で通していた。
 おとなしくアーシアが髪をいじるままにさせていたノヴィアは、出逢ったばかりのそのときに、髪の長いアーシアを見たジークが彼女・・の名前を呟いたことを思いだし、少々複雑な気持ちになった。
 髪や瞳の色の他に、性格やまとう雰囲気までもがあまりに違うため、普段は似ているという気を起こさせないのだが、よくよく見れば、アーシアは顔の造りが彼女・・に似ていないこともない。
 彼女も、髪は長かった―――。
「ノヴィアちゃんはどう思う?」
 突然そう訊かれて、ノヴィアは飛びあがった。
「はいっ、何でしょうっ」
「何でしょう………って、だから、私の髪の話なんだけど」
 目を丸くしているアーシアに、
「あ、その………ど、どちらでも似合うと思います」
 思わずしどろもどろになるノヴィアだった。気がつけば髪は、寝転がってもからまったりしないように、きれいに編まれて端を紐で結ばれている。
「ありがとうございます、アーシアさん」
「ううん、よかったらまたいじらせてね」
 この一年のあいだに、アーシアとノヴィアは以前よりもいっそう仲良くなっていた。
 共に死地をくぐった仲でもあるし、聖都ロタールでは、ノヴィアが顔を出せない合議に出席していたジークよりも、〈銀の乙女〉として共に復興にたずさわっていたアーシアと一緒に過ごすことが多かったせいでもある。
 何より、ノヴィアにとって同性の年長者という存在は、とても貴重なものだった。
 母を早くに亡くし、以来、アリスハートという親友はいたものの、ジークの従士としてひとつところに留まることのない旅暮らしをしていたせいで、ノヴィアは同じ年頃の少女が当たり前に身につけている常識や知識がかなり欠けていた。
 それを補ってくれたのがアーシアであるし、相談にのってくれたのも彼女だった。
 同じように同性の年長者とはいえ、エレミア師はあまりに恐れ多くて、いざ相談となると気後れしてしまうのだが、その点、アーシアはかまいたがりというのか、頼まずとも向こうのほうから、まるで妹を可愛がるように世話を焼いてくれたので、ノヴィアはとても気が楽だった。
 もし自分に姉がいたとしたら、こんな感じなのだろうかとも思う。
 アーシアは年長者ぶりたがるくせにそそっかしく、時折、飛んでもないことをやらかしてはノヴィアにたしなめられることもあったので、どちらが姉でどちらが妹なのか一概には言えないのだが、それぞれ姉である部分と妹である部分を、お互いに対して、うまい具合に持っているのだろう。
「故郷かあ………」
 ふとアーシアが、沈黙の隙間をぬうようにぽつんと呟いた。
「いいなあ、ノヴィアちゃん。こんなきれいな故郷があるなんて………」
 思わずといったように零れた、切なげな囁きだった。
 彼女の里であるミーメはドラクロワに焼かれ、生き残りの遊軍として彼女と共に動いていた若い男たちもみな命を落としていた。里に残っているのは、わずかな年寄りと女子どもだけだった。
 だから「きれいな」というその言葉に、滅ぶことなく無事であるという意味や、人々が暮らし、土地そのものが活きているという意味がこめられているのが、ノヴィアにはわかった。
「アーシアさんの故郷も、きれいになります。これから、きっと」
 ノヴィアの励ましの言葉に、アーシアは己の呟きを恥じるように苦笑して、それからうなずいた。
「………うん。あなたも私も、まだ帰れないけれどね。ジークだって、ずっと旅を続けるだろうし」
「狼男は旅が故郷だよぉ、きっと」
 アリスハートが言い、アーシアとノヴィアは揃って笑い声をたてた。
(私はいまの立場で充分だけど………いつか、近づいて………そして越えたい)
 そんな想いがほのかにある。まだ、とても小さな種のようなものだったが。
(でも、まだ―――従士でいい)
 ジークがいつか剣を棄てる日が来るまで、自分は従士でいるのだとノヴィアは内心そう決めていた。
 この地に帰ってきて、そのまま二度と旅立たない日がやって来るのだとしたら、それは自分が従士をやめるよりも遙かに遠い未来でのことだった。もう、自分は双王の片翼ではないのだから―――。
 いまはアリスハートも含め、四人でこうやって旅を続けていられるが、アーシアは聖師士だ。ノヴィアたちとは別行動をとる日も、やがてやって来るだろう。
 その日ができるだけ遠ければいいのにと、ノヴィアは願う。
 故郷に帰る日が、まだまだ先のことであるのと同じように。
 いまは、共に旅をしていたかった。



 翌朝、アーシアとノヴィアは揃って、議長や数人の議士代表がいる待ち合わせの場所へと向かった。
 待ち合わせの場所へと近づくに連れて、アーシアの顔がしだいに青くなっていく。聖地をあずかる者たちの姿を認めるころには、緊張のあまり、ほとんど白っぽくなってしまっていた。
 議士代表者のなかには昨日のレノの姿もあったが、知った顔がいるからといって緊張がほぐれるわけでもない。
 隣りでは、ノヴィアが既に来ていたジークに対して朝の挨拶をし、続いて議士長たちに向かってぺこりと一礼している。
 昨日の晩餐には同席していなかった何人かの顔見知りの議士たちが、ノヴィアを見てその顔を輝かせた。
「おお………ノヴィアさまにはおかわりなく」
「はい。アーシアさんのおかげで、再びこの地を訪れることができたことを嬉しく思います」
 あくまでも単なる逗留だと暗に告げ、ノヴィアはにっこりと笑うとジークの後ろに控えた。元廷臣の議士たちが何を言う隙もない。
 身も蓋もないその様子に、アーシアの緊張がわずかにほぐれる。
「トール、おはよぉ〜」
「おはようございます、アリスハート」
 律儀にそう返した男の肩へ当たり前のように居座ると、アリスハートは足をぱたぱたさせながら聖堂を見あげた。
「いつ見ても、おっきな聖堂だねぇ」
 以前シャイオンに滞在していたときに、レオニスの葬儀を始め、戦死者の合同葬儀などで何度か通った聖堂だった。
 議士長を先頭に聖堂の内部に入ると、天窓のステンドグラスから射しこむ、色とりどりの朝の光が一同を出迎えた。光は大気の細かな塵をきらきらと浮かびあがらせながら、床や壁にあたたかそうな日溜まりを作っている。
 一同は礼拝堂を横切ると祭壇の裏手にまわり、厳重に封じられた地下への扉の前に立った。
 議士長が重々しい動作で鍵を取りだし、鍵穴に差しこむ。
 聖印ハイリヒを刻まれた特別の鍵は、鍵穴に刻まれた聖印と呼応し、淡い光を放ちながら、カチリと音をたてて、解錠を告げた。
 この鍵は普段は城の一室にある金庫のなかに厳重に収められており、金庫の鍵だけで三つ、部屋の鍵で二つ、合計五つの鍵を議士代表が一人ずつ管理することで、悪用を防いでいるという。
「………鍵の聖印まで補強しろとか言われたりしないわよ、ね?」
「堤防を保つ聖印や水流を操作する聖印とは違って、鍵や扉などの抑えこまない・・・・・・聖印は消耗が少ない。ほぼ永久に効果が持続する」
 蒼白な顔で呟いていたアーシアは、いきなり背後から聞こえてきた声に飛びあがらんばかりに驚いた。
 ふり返れば、淡々とした顔でジークがこちらを見つめている。
「気負うな」
「無理よ………っ! 聖印の原盤げんばんから原型げんけいを取りだしたことなんてないんだものっ」
 ほとんど泣きそうになりながら小声で言い返すと、隣りでノヴィアがにこりと笑った。
「だいじょうぶですよ。アーシアさんならきっとできます」
「うう、頑張るわ………」
 ほとんど空元気でそう返すアーシアだった。
 不意に、ノヴィアがあっと声をあげた。
「どうした」
 ジークの問いにもふり向くことなく、ノヴィアは扉の向こう側をたまま、蒼白な顔で告げていた。
 自分の見たものが信じられなかった。
「聖印が………ありません。ひとつ残らずです!」
 ほぼ同時に、先を行く議士長たちから、驚愕の叫び声があがった。
 ジークとトールが無言で地下への階段を駆けおりる。アーシアとノヴィアがその後に続いた。
 最後尾のノヴィアは一度ふり返ると聖堂をぐるりと見回し・・・、異常がないことを確認すると、それから扉を閉め、アーシアに続いて階段を下りた。
 下り立った先は聖堂とほぼ同じぐらいの広間となっていた。中央に祭壇が置かれている以外は何もない石造りの空間だったが、本来ならば、その祭壇の上には、この聖堂に代々継承されている十五種の聖印の原盤が並んでいるはずだった。
 しかし、いまその祭壇の上には何もない。
 十五種の聖印の原盤―――十五枚の金属板は、跡形もなくなっていた。
 いまにも気を失って倒れそうな議士長たちが、祭壇の前に立ちつくしているだけである。
「本当は、この祭壇の上に聖印があるはずなの?」
 アーシアが困惑した顔で誰にともなく呟いた。
「最後に聖印を確認したのはいつだ」
 表情こそ変えないものの、血の気をなくしているトールに向かって、ジークが鋭く問いかける。
「それは………、議士長?」
 答えを持っていなかったトールは、自らも議士たちに問い直すはめになった。
 レオニスの廷臣たちのなかでも、もっとも人望を寄せられていた穏やかな気質の議士長は、蒼白な顔を冷や汗まみれにして、トールとジークを交互に眺めた。
「は、半月前に一度………原型を取りだせないかと………そのときはたしかにあったのです!」
 震える声で、終いには叫ぶように答えれば、周りにいた議士たちも呪縛が解けたように、次々にうなずいた。
「その後、鍵はそれぞれがたしかに保管していたのか」
 その問いに対しても、鍵の保管を受け持っていた残り四人の議士は勢いよくうなずいたが、
「合い鍵を作られた可能性が絶対にないと言い切れる者はいるか」
 続くジークの問いに、それぞれ戸惑ったように顔を見合わせてしまった。レノが苦渋に満ちた表情で首を横にふる。
「その可能性はないと言い切れる者はおりますまい。保管の方法は個々に任せております」
「あなたはどうしている」
「自宅の金庫に」
「絶えず鍵を身につけている者はいるか」
 その問いには議士長が手を挙げたが、彼も眠る際には外して枕元の鍵付きの箱のなかに収めておくとの答えだった。
 議士の一人が喘いだ。
「し、しかし………たとえ一人が鍵を盗まれようと、五つ揃わねばこの聖印の鍵は取りだせないはず、どうして、じゅ、十五もの聖印が」
 その言葉が、議士たちのあいだに恐慌を引き起こした。
 代々継承されてきた十五もの聖印の存在は、この聖地の繁栄と常に不可分のものだった。豊穣をもたらす聖印、堤を補強する聖印、水の流れを誘導する聖印、聖性を付与する聖印………どれが欠けてもいまのシャイオンはない。
 これが一度に失われてしまったら―――。
 何より、春の増水期を控え、早急に補強を必要としている堤防は、いったい。
 トールには議士たちの恐怖が手に取るようにわかった。
 このまま聖印が失われれば、ようやく立ちなおりかけていたシャイオンはそれこそ、たったひとつの堤の崩落が堤防全体を洪水で押し流すように、もろく崩れ去っていくだろう。
「動じるな」
 不意にジークが、その場の全員の動きを止めるような声を放った。
 全員の視線を浴びながらジークは淡々と後を続ける。
「原盤が勝手に消滅するということはない。ここにない以上、聖印は盗まれたということだ」
「い、いったい誰が盗んだというのです!」
「聖印を欲しがる者は大勢いる」
 ジークの言葉に、議士たちは一斉に黙りこんでしまった。
 ノヴィアも思いだしていた。どこまでも一緒に歩いたナデッタの民―――彼らとともに新天地へ運ばねばならない聖印を、欲に目がくらんだ隣国が手に入れようとしていたことを。
 聖印がひとつの土地に集中しすぎると、その周囲の土地は聖性を奪われ不作となる。それでも己の土地さえ豊かになればと、聖印を求めて足掻く様は、おそろしいほどに醜悪だった。
 十五種もの聖印が伝わる土地は滅多にない。大陸で一、二を争うと言っても過言ではない。
 それが、そっくりそのまま、既に聖印を持つ他の土地で使用されたら………?
 その最悪の想像にノヴィアは小さく肩を震わせた。同時に決然とした思いが、体の奥底から湧きあがってくるのを感じた。
 シャイオンを護らなければ。
 レオニスが遺してくれた土地を。自分の故郷を・・・・・・
「―――聖印は、まだ聖地を出てはいません」
 きっぱりとしたその言葉に、傍らのアーシアも含め、地下にいた全員の視線がノヴィアへと集中した。
 当分、聖地での目立った行動は控えようと思っていたことなど、ノヴィアの頭から吹き飛んでいた。紫の双眸が、真っ直ぐにジークを見つめる。
「十五の聖印はまだシャイオンにあります・・・・・・・・・・・・。そうですね、ジーク様」
「そうだ」
 ジークが力強くうなずいた。
「狼男もノヴィアも、どうしてそんなことわかるのよぉ?」
 場違いと言えるほどのんびりしたアリスハートの声が、一同の雰囲気をいくらかやわらげた。
「原盤の移動は困難を極める」
「それじゃわからないわよ」
 アーシアが唇を尖らせて文句を言う。
「土地に結びついた聖印の原盤を移すには、何人もの司祭の力でその聖性を保護しなければならない。下手に移動させると、聖印そのものが歪む。この土地にも影響が出るはずだ」
 その言葉にトールを除いた聖地側の人間の表情が、ぎょっとしたものになった。
 いままで沈黙を護っていたトールはひとり、静かにジークに向かって問い返した。
「いまのところ、この地に目立つ変化は見られない。ゆえに、聖印はまだ聖地にあると考えられるのですね」
「そうだ。まだ盗まれてからそれほど日も経っていないはずだ。領界の外に運びだす機会を狙っているんだろう」
 トールが決然とした表情でうなずいた。
「探しだします。何があっても」
 聖地の代表者たちが、その言葉で我に返った。
「そ、そうだ。いますぐに議会を招集して―――」
「いや待て。事が公になると民たちに恐慌が」
「この場にいる者だけで事にあたったほうが………」
「しかし、探索で人を動かすには議会にかけねば………」
「かといって公表すべきではありません。内密に動くべきです」
 レノが強硬に反対する。
 アーシアが焦れるほど長い時間揉めていた代表者たちは、軍を管轄するトールがこの場に居合わせたことを幸い、議士長命令で内密に捜索に当たるよう下命することでようやくまとまった。
 冷や汗まみれの議士長がトールに向きなおり、捜索の命令を下す。彼は無言で拳を胸にあてると一礼した。
 それから議士長は、すがるようにジークを見た。
「ジーク殿にも………お願い申し上げる」
 彼が無言でうなずいてみせると、にわかに安堵の気配が議士たちのあいだに広がった。
 あらためてジークに対する聖地の者たちの信頼を目の当たりにしたアーシアは、続いて自身にもその眼差しが向けられたことに驚いた。
 しかしすぐにその視線が、ジークへのものとは違い、こちらを伺うような、媚びを含んだ嘆願の視線であることに気づく。
「アーシア殿………どうかこの件、聖法庁へは内密に願いたい」
 聖印の管理に対して、聖法庁は非常に厳しい。今回のことがもし知られれば、シャイオンの落ち度として咎められることになるだろう。代わりの聖印が十五種も与えられる可能性など、無いに等しかった。
 当然ながらアーシアもそのことを知っている。
 議士長が必死に嘆願してくる気持ちも、わからないでもない。
 わからないでもないのだが―――議士長の嘆願に、アーシアはぷつんと切れた。
「そんなことを私に願うより、草の根分けても聖印を探しだすほうが先でしょうッ!」
 アリスハートが、かこんと顎を落とした。ノヴィアが何とも言えない顔になる。ジークとトールの表情は変わらなかったが、トールのほうは無表情ながらも淡々と驚いていた。議士長、レノ、他の議士たちに至っては、ぽかんと口を開けてアーシアを見つめている。
「聖地からまだ運びだされていないなら、何としてでも十五種無事に見つけだすのよ! 聖法庁への言い訳なんて、その後で考えなさい!」
 つい、いつものように息巻いて、気炎をあげたアーシアは、議士長たちの唖然とした表情に気づいて我に返ったが、既に遅い。
「あ、いや、その―――」
 あたふたと意味もなく顔の前で手をふるアーシアに、
「聖師士の言う通りだろう」
 ジークが真顔で、助け船とも泥船ともつかないようなことを言っていた。
 いまここで、あらためて彼女が聖師士なのだと思い知らせなくてもいいだろうに。
 思わず、その顔を引っ掻いて黙らせたい衝動にかられたアーシアだったが、その内心を知ってか知らずか、
「聖法庁とシャイオンは和平を結び、協力の関係にある。聖地の危機に、聖法庁の代表として、俺たちも聖印の発見に力を尽くす」
 ジークはそう言うと、さっさと踵を返して階段を上っていってしまった。一礼したトールが静かにその後を追う。
 彼の肩から飛び立ったアリスハートは、何気なくノヴィアのもとまでやって来て、その表情にぎょっとなった。
「ノ、ノヴィア?」
「許さない………」
 宝杖を握りしめているノヴィアは、怒ったとき特有のぞっとするほど透きとおった眼差しで呟いた。
「絶対に、見つけだしてみせるわ。レオニスが護ったものを滅茶苦茶にするなんて………絶対に許さない」
 言うや、ジークの後を追ってそのまま階段を上っていく。
 置いていかれた形になり、途方に暮れたアリスハートは困ったように首を傾げた。
「でもぉ………いったい誰が、いつ、どうやって、重い金属の板を十五枚も盗んだりなんか、するのよぉ?」
 アーシアは、アリスハートに向かって無言でうなずいてみせた。
 誰が、何のために盗んだのか。
 それが、問題なのだ―――。