序章 それぞれのはじまり [3]

 〈六星ろくせい〉は浮遊大陸。
 〈へだての海〉と呼ばれる広大な空海をはさんで、下にはパルディーラと呼ばれる広大な大地が存在する。
 空の大陸に住むは翼晶族よくしょうぞくと呼ばれる石の翼を持つ種族。パルディーラの大地に生きるは何の力も翼も持たぬ人間。
 下で生きる者たちが空を見上げれば、遠く青い空の高みが時折わずかに陰ることに気づくだろう。〈六星〉が空海の上を移動しているのである。
 翼晶族が空海を覗きこめば、澄んだ青い硝子のような海水を透かして遙か下にある大陸の形を見てとることができる。空海は文字通り虚空に浮かぶ海。世界を上下に二分する広大な水の広がりだ。

 翼晶族は、不思議な種族だった。
 空海と六星の大陸を創り、翼晶族そのものも創りたもうたと言われる神帝――天空父神は、彼らを自らの芸術作品として創りあげたのだと言う者もいる。
 翼晶族は、その背にそれぞれの生まれの石の翼を持って生まれてくる。髪の色も目の色もそれに準じ、生きているときはそれらの翼や髪はごく普通のものなのだが、死ねば彼らはその生まれの石へと変じるのだ。翼や髪から、羽根や毛髪が抜け落ちても同じこと。主の意思が及ばぬところに離れた途端、それらは石へと性質を変化させる。
 彼らはその石の色ごとに六つの国に別れて暮らしている。
 現在では行きかう民も増えて、その色も混じりつつあるが、生まれた石の色がその者の属する国となることは変わらない。
 もともと六星大陸は父神が翼晶族に与えるために創ったといわれている、六つの角を持つ、美しい星の形を成している大陸で、この六芒星の六つの角の頂点に、北から順に左回りに、白国、紅国、黄国、碧国、蒼国、紫国が存在する。
 そして、その六国に取り囲まれるようにして、黒地と呼ばれるどこの大陸にも属さない広大な大地が存在していた。
 黒地には大陸最高峰の学院である〈黒の学院〉が存在する。
 古来から各国に逸材を輩出してきた、どこの国にも属さない教育機関で〈黒学府〉、〈黒〉、〈黒学院〉などと呼ばれることもある。
 黒の学院で学ぶには、各国の王立学院や領立学府で主席やそれに近い成績を維持し、なおかつ、そこの学校から推薦されて試験を受け、これに合格しなくてはならない。
 黒学府の生徒たちは、卒業すると高位の神官や国の要職に就いたり、そうでないものは学院に残って後輩たちの指導にあたり、大陸最高峰という謳い文句の維持にあたる。
 そうやって、難関をくぐりぬけて構成される学院の生徒たちだったが、ここには他にも〈選徒〉せんとと呼ばれる奇妙な制度が存在した。
 選徒は大陸六国から各一人だけ選ばれる。そのため、選徒は常に必ず六人だった。
 〈選定烏〉せんていうと呼ばれる銀色の鴉がその六人を選ぶ。神帝の遣いと言われ、有史以前からずっと存在するこの六羽の鳥が、どうやって、どんな基準で選徒を選ぶのかは明らかにされていない。ただ、その選定が絶対のものであることだけは事実だった。
 この六人の選徒だけが、何の条件も課されず黒の学院に入学を許される。否、選ばれた以上、絶対に入学を果たさなければならなかった。学院で選徒は最高峰の教育を受け、また選徒にしか許されない知識を授けられる。
 そうして学院を出た選徒は国の至宝とされ、黒地に存在する父神の聖地で各国代表の大神官の地位を務めたり、そうでない者は王族と婚姻を結んだりして、非常に重んじられる。
 選徒の選定は、百年に一回。
 翼晶族はだいたい二百年ほどで寿命を迎えるため、代替わりとしてはぎりぎりの周期といっても差し支えなかった。
 今年が、ちょうどその百年目だった。


 しかし、黒の学院に姿を現した選徒の数は一人足りず、一年経っても、やはり選徒は五人のままだった―――