第2話 黒の学院 [1]

 自己紹介をしあったあと、早くも問題が持ち上がった。
 すなわち月羽をどう行動させるべきか?
 さらに言ってしまえば、瑳雪サユキのあの問題発言のせいで、ようやく揃った選徒六人はこの部屋を出ることさえまかりならなくなってしまった。
 選徒は有名人だ。選定の基準が何処にあるかは別として―――それは永遠の謎だ―――天帝に選ばれた者として、衆目を集め、一挙手一投足が注目される。
 月羽をのぞく五人も選ばれる以前は無条件に選徒を特別視していた一般人の一人であったから、選徒になったいま、そのことをよく理解していた。
 翠璃スイリが冷たく紅乃コウノを見やる。
「この馬鹿娘が選定烏が来たことを騒ぎ立てたおかげで、いまや一年以上遅刻してきた黄国の選徒は学院中の有名人よ。どこにいっても人だかりが出来ること間違いないわ」
「だってだってぇ。あのときはまさか月羽ツキハちゃんがこうだって知らなかったんだもん。それにさっき翠璃ちゃん、あたしのせいじゃないって言ったじゃない〜」
 半泣きの紅乃をよそに、紫音シオンが腕を組む。
「かといってこの部屋から出ないわけにもいかないだろう。我々全員ここで飢えるわけにもいかないし、きちんと部屋を割り当てられているからにはそこにたどり着かねば」
「あなたも何当たり前のことをいっているのかしら? わたくしが心配しているのはそんなすぐ先の未来じゃなくてよ!」
 癇癪を起こしたように翠璃が紫音を怒鳴りつけた。
「いいこと? 遅かれ早かれ月羽の体が透過している事実は皆に知れ渡ってよ。秘密とはそういうものだわ。瑳雪はわたくしたちに何を課したと思っていて? 月羽を、六人目の選徒を、この学院に―――事情を知らない一般生徒に、わたくしたちで紹介しなさいと言っているのよ! わたくしたちのやりようによって月羽の学院内での評価が決まるのだわ! 後ろ指をさされるか、ただの珍しい選徒だと思われるかのどちらかに! あなたたちそれがわかっていて !?」
 あまりの剣幕に、紅乃が怯えて燈海トウミの背中に隠れた。
 白煉ビャクレンが珍しいものを見たような表情で、碧国の選徒を見やる。
「わかっているわよ。翠璃、落ち着いて。貴女らしくもないわね」
「わたくしはただ瑳雪に腹が立って仕方がないだけよッ! わたくしたちがそれほど頭が悪くて協調性にかけるのだと、彼女が思っていることがまるわかりだわ! そんなこと言われなくてもやるに決まっているじゃないの!」
 天井に向かって吠えた翠璃に、しみじみと紫音が頷いた。
「この一連の言動を聞いていると、翠璃姫がどれほど善い人なのかよくわかるというものだ」
「うんうん。優しいよね」
 紅乃が相づちをうつ。からかい混じりの紫音と違い、こちらは心の底からそう頷いている。
 翠璃が怒りを爆発させる前に、白煉が実にさりげない呼吸で割って入った。
「言われなくてもやるのは私たちも一緒でしょう? とりあえず、部屋を出て茶室あたりにでも移動しない? もうすぐ夕食だし、それまでそこにいればいいんじゃないかしら」
「………六人揃っていれば、声をかけてくる勇気がある者はそうはいないでしょうね」
 怒りの発露を抑えこまれた翠璃がムッとした様子でそう続けた。
 そのとき、それまで黙っていた燈海が軽く手を挙げて皆の注意を引くと口を開いた。
「あたし思うんだけど、これは瑳雪さんが出した課題なんでしょ?」
「ええ、おそらくそうでしょうね」
「だったら、課題な以上、あたしたちは採点されるってことだよね?」
 燈海の言葉に残りの四人は顔を見合わせた。一人、何が何なのかわかっていない月羽だけが軽く首を傾げている。
「それは、月羽を学院内にどう落ち着かせたかという結果を問われるのだろう?」
「待ってよ」
 燈海が遮った。
「もしかしたら、その課程も含まれてるかもしんないよ?」
「つまり、どういう方法を使ったかということ?」
 翠璃が盛大に舌打ちした。
「冗談ではないわ。どうしてこんなわけのわからない課題を課せられなければならないの。ようはわたくしたちの対人関係の話でしょう?」
「それだわ」
 白煉が鋭く指摘した。
「ようは対人関係でしかないのよ。だったら、点を取ろうとして何か対策を練ること自体が間違っているわ。瑳雪様は私たちにタチの悪い引っかけを用意しているのよ。ここは普通でいいんだわ。普通に―――そうね、月羽を除くと一番最後に入ってきた紅乃と同じ過程をたどればいいんだわ」
「えええっ、あたしぃ !?」
 急に話をふられて、紅乃が慌てて自分を指さした。
「紅乃、ここにやってきてから数日の間はどうだったか思いだしてみると良い」
「え? ええっとね、みんなと出会ってぇ………そうだ。あたし、学院を案内してって言ったんだよね。白煉ちゃんがすっごい優しくって、翠璃ちゃんがめちゃくちゃ面倒くさがって―――」
「余計なことまで思い出さなくてもよろしくてよ」
「そんでね、一日目はずっとみんなと一緒だったんだよね。ご飯も一緒に食べたし。二日目もそうだったかな。でも、だんだん別行動するようになってって、その頃には、みんなと一緒にいたときとか、ご飯食べてたときに話しかけてきた人たちってのがいて、授業の終わりとかにはおしゃべりするように………ああ、そうかぁ」
 何やら納得したように紅乃が頷きかけたとき、燈海が脇から口をはさんだ。
「そのときさ、紅乃って第二姓を訊かれたよね?」
 二つの姓と三つの名で構成される〈まったき名〉はよほど特別の間柄でない限り、明かされることは滅多にない。日常的には最初の第一姓と五番目に位置する呼び名の組み合わせか、あるいは四番目と五番目に位置する名前二つ―――たくし名と呼び名を名告なのりあうだけで事足りる。
 二番目の姓―――第二姓はその家が属する階級を表すから、それを訊かれたのは身分を訊かれたのと同義だった。
 紅乃の第二姓は〈〉―――神官階級であること表している。
 セン家の紅乃コウノ。紅乃がもしこう名告りをあげたとしたら、祭祀職にある泉家の玻=紅乃という者であることが、すぐにわかる。もっとも同音の表意文字は多いから、書き表してもらうまでわからない者もいるだろうが。
 紅乃は腕組みしながら、何やら難しげに頷いた。
「うん。そう。たしか、選徒に選ばれる前は何やってたかって訊かれたんだよね。そっかぁ、あたし普通にそのまま答えちゃったけど、月羽さんはそうしていいのかなぁ」
「貴女の場合も普通に答えて良かったのかどうか、疑問が残ってよ」
「ええっ、だって嘘つくのは良くないじゃない?」
「………貴女は、いったい自分が学徒間でどう言われているか知らないの?」
「たしか、家の借金のカタにめかけにされそうになった寸前に選定烏せんていうに助け出された紅国の選徒、だったっけ?」
 燈海の言葉に、紅乃は目を丸くした。
「ええっ。あたし妾になんかなってないよぅ。そもそも妾って二番目の奥さんのことでしょう? 私が蹴っ飛ばした縁談は一応、初婚だったって話だけどぉ?」
「…………」
「………どこまで話したかしら、翠璃」
「紅乃の階級の話よ。白煉、わたくし自分に責任があるのは認めてよ」
 頭痛をこらえるような表情で会話を交わす二人の横では、「ねぇ、月羽ちゃんは妾って知ってる?」と訊く紅乃と、それに首を横にふる月羽の姿があった。大いに問題のある二人の会話が続くのを止めたのは燈海で、白煉と翠璃は内心彼女に拍手をおくる。
「さっさと話を戻しましょう。月羽、さっきハク家だと言ったわよね?」
 白煉の問いに月羽が小さくうなずいた。
 唸り声が部屋の中に洩れた。それぞれ、紫音と白煉と翠璃だった。特に白煉と翠璃は眉間に皺まで寄せている。
 紅乃がきょとんとした表情で首を傾げた。
「どうかした?」
 白国と碧国の選徒は互いの意志を確認するかのように、ちらりと視線を交わしあった。二人の代わりに紫国の選徒が口を開く。
「月羽は、第二姓を訊かれても答えない方がいいということだ」
「………ええ、そうね」
「まず、名告るとまずいでしょうね」
「上流階級のお二人さんだけで理解しないでほしいんだけど。こっちはめっちゃくちゃ庶民なんだから」
 憮然とした口調でそう言った燈海を、苦虫を噛みつぶしたような顔で翠璃が見た。
「珀家は黄国でも有数の名門でしてよ。それこそ白における白煉のコウ家のようにね。黄国の家とハク家はいざとなれば王位にも就ける」
「………珀家に女子がいるという話は聞いてないわ。そういうことよ」
 それで燈海も紅乃も理解した。
 ―――いなかったことにされた存在。
 それこそ、選定烏が来なければ名家の暗部として、誰にも知られることなくひっそりと生を終えただろう子ども。
 燈海が前に進むのに邪魔な枝を押し退けるような口調で告げた。
「でも、それがなんなわけ?」
 石核が彼女の口調に同調するかのように手の甲でキラリと輝く。
「とりあえず、あたしのやることは決まったよ。月羽を一般学徒の友達のとこに連れていって紹介する。そのとき当たり前に透過してるっていうよ。
 ―――とりあえず、あたしに一任してくれない?」
「どうするつもりなの、とは愚問だわね。友人知人がいちばん多いのは貴女だし」
「敵がいちばん多いのは翠璃姫だな」
「貴女はいつも一言多いのよ。キツ家の紫音シオン
 紫音を睨みつつ、翠璃は嫌味たらしくそう言った。
 碧と紫の選徒のあいだにささやかながら散っている火花を無視し、白煉が燈海に了承のうなずきを返した。
「そうね、とりあえず燈海と一緒に行動してまわるのがいいでしょうね」
「でもでも、とりあえず今日のご飯はみんな一緒に食べるよね?」
「紅乃、その問いは愚問だ。理解しあわなければいけないのは私たちも同じだ。ずっと一緒に決まっている」
「ほんとに六人全員揃ったんだねぇ………」
 しみじみと紅乃がそう言って、月羽の手をとって花のように笑った。
「ね、とりあえず荷ほどきにいこ? 白煉ちゃんの隣りの部屋だよね? そういえば、月羽ちゃんはどうやってご飯食べるの?」
「どうって口で………」
 不思議そうに答えた月羽に一瞬皆が黙り、次に盛大に吹き出した。
「それはそうね。あなたの答えたことは正しくてよ」
「紅乃ぉ、それはたぶん紅乃の聞き方が悪いよ」
「えええっ、だって他にどう聞くのっ」
「紅乃が聞きたいのは、布をとって食事をするのかということだろう?」
 紫音の助け船にこくこくとうなずいて、紅乃は改めて月羽を見た。
 月羽はそこでようやく自分の体が見えないことが問題にされているのだと知り、慌てて布の上から両手で頬を押さえた。
「食事のときは………布と仮面をとってから……」
「仮面?」
 怪訝な顔で燈海が月羽の布をひょいと両手で持ちあげた。
「あ、ほんとだ。仮面してる。暑くない?」
 月羽はあまりのことに、声もなく固まった。
 冗談ではなく心臓が止まるかと思うぐらい驚いた。
 自分の顔を覆う布に対して、こんな扱いをされたのは生まれて初めてだった。―――もっとも、黄国の館にいた頃は頭から被る大きな布のような衣を与えられていたので、こんなきちんとした頭巾を被りだしたのはごく最近のことなのだが、それにしても何のためらいもなく自分に触れてくる者などいはしなかった。
 ぺしん、と軽い音がした。
 翠璃が折れた扇子で燈海の頭をはたいたのだ。彼女にしては珍しく、心の底からと思われる冷ややかな表情で燈海を睨みつけている。
「いきなりあなたという人は何をするのかしら。失礼にもほどがあるではなくって?」
「月羽じゃなくたって、かぶっている帽子を断りもなくとられれば、嫌な気分がするものよ燈海」
「そうだよっ。燈海ちゃん、月羽ちゃんに断ってから持ちあげなきゃ、ダメじゃないの!」
「紅乃、問題はそこではない」
「ええっ、違うのぉ?」
 紅乃が眉尻を下げて情けない顔になった。
 皆から寄ってたかって怒られた燈海は、ばつの悪そうな顔で月羽の被り布をととのえてから謝った。
「ごめん。あたしが悪かった。………月羽?」
 固まったままの月羽に、慌てて燈海が目の前で手をふる。
「月羽、月羽っ?」
「あ………」
 呆然とした月羽は慌てて首を横に振ると、己の仮面に手をやった。
「暑くないです………」
「え?」
「特に暑いとは思ってないですけど………」
 場を奇妙な沈黙が覆った。
 あまりに異様な雰囲気に、月羽はまたしても己が何かしでかしたのかと怯えたが、彼女恐慌状態に陥る前に燈海がぷっと吹き出した。
 つられたように残りの面々が笑い出す。
「そう、暑くないんならいいや。いきなりごめん。驚いた?」
「はい」
 どうやら自分が原因ではないらしい。月羽はほっとして頷いた。
「ええと、何の話をしていたのだったかしら?」
「月羽の食事の仕方についてではなかったかだろうか」
「ああ、そうだったわ」
 白煉が疲れたように頭を軽くふった。
「で、食事は布と仮面をとってから、そのまま食べるの?」
「はい」
 うなずいて、月羽はそこで思いだしたことを付け足した。
「でも、瑳雪さま以外の人たちは、わたしが食事するとき一緒にいたくなかったみたい………」
 〈黒の学院〉に来てから、月羽は初めて己の姿を鏡で見た。そのときの衝撃はいまでも忘れられない。自分はたしかに鏡の前に立っているはずなのに、鏡には背後の景色しか映っていないのだ。自分は本当はここにいないのではないかという恐怖に身がすくんで声もでなくなってしまった月羽を、瑳雪はなだめるのに苦労していた。
 衣服をまとうようになってからは当然ながら鏡に映るようになり、そのことに安堵したが、すると今度は首から上だけ何もない人物が鏡の前に立っていることになり、どうにもおかしかった。
 ましてその状態で食事をするとなると、月羽自身は見ることはできないが、食物が空中で消えていくという異様な光景が展開することになる。他人が見たがらなかったのも無理はない。月羽だって見たくない。
 いま目の前にいる五人もそういう態度をとるかもしれないことに、月羽は言ってからようやく気がついた。
「あ………もしかして、みなさんもそうですか?」
 だったらわたし、ひとりで………と月羽が言いかけたところを、燈海の口が塞いだ。
 正確には仮面の口にあたる部分を塞いだだけだったが、それでも驚いた月羽は言いかけた言葉を飲みこむ。
「そんなの一緒に食事してみなきゃわかんないに決まってるじゃん。もっとも、最初は違和感あるかもしんないけど、そんなのずっといりゃ慣れるに決まってる。どうせずっといなきゃいけないんだから」
 こともなげに言い、燈海は「ねぇ?」と背後をふり返った。
「燈海の言っていることは非常に正しい」
「そうね。慣れるでしょう」
 翠璃が肩をすくめて同意した。
「でもぉ、あたしたちは慣れても学院のみんなは慣れるかなぁ」
 紅乃がもらした余計な一言に、翠璃の冷ややかな視線が飛んだ。
「どうせ、そうさせるための瑳雪の試験なのでしょう」
「してやられたわね………」
 白煉が苦笑し、驚いて硬直しているらしい月羽の仮面の下の素顔に向かって話しかけた。
「瑳雪さま以外の人たちが、あたなと食事をしようとしなかったのは誉められたことではないけど、許してあげて」
「許す………?」
 月羽は首を傾げた。
 許すも何も、それが当たり前なのではないだろうか。誰だって、こんな自分と一緒に食事をするのは嫌に違いない。邸にいたときも食事は卓の上に用意されるだけで、月羽が一人で食べ終われば下げられるものだった。
 月羽の困惑を悟って白煉は溜息をついた。これは瑳雪でも手を焼くだろう。一年経ってもこれでは、選定当時はどれほどだったのか考えるだけで胸が痛む。
「とにかく、あなたがこれからずっと私たちと一緒なのは理解しているわよね?」
 被り布の下の顔が無言で頷いた。
「だからあなたが遠慮する必要はないの」
「遠慮………?」
 遠慮とはどうやって「する」ものなのだろう?
 だって、自分は普通ではないのだ。姿が見えないのだから。自分以外にこんな者はいない。自分だけがおかしい。だから自分以外の普通の人たちがすることのなかには、普通ではない自分がしてはいけないことがある。やってはいけないことがある。
 そう言われ続けてきたし、何の疑問も抱かなかった。
 それが当然のはずだった。
 白煉は実に根気強く、同じことを繰り返した。
「今日から、誰もあなたと食事をするのを嫌がったりはしなくなる。私たちがそうさせない。あなたは何も悪くないのよ。すぐに自分が悪いように思ってはダメよ。本当にそうかどうか、まず考えて」
 呆然と月羽はその言葉を聞いていた。
 だってみんな自分がいけないのではなかったか。母親が泣くのも、弟が死んだのも、全部自分がいたからではないのか。
 自分がいけないから、世話役の老人と老女は話しかけても何も喋らなかったのではないか。
 自分がいけないから、あの光の射さない部屋にいたのではないか。
 何も悪くない?
 自分は何も悪くない?
 自分が悪いと思う前に、それが本当かどうか自分で考える?
 誰もいままでそんなこと言ってくれなかった。
 実は瑳雪も似たような言葉で同じことを彼女に言っていたのだが、瑳雪の言葉は月羽には難解で理解できないことが多かった。
 白煉が言っていることはわかる。
 食事を一緒にとるのを誰も嫌がらない―――食事の度に申し訳なさに身を竦ませていた月羽にとってはとても安堵することだった。
 そして、いままで自分が悪いと思っていたことも、本当にそうだったかどうか自分で考えてみる―――。
 真っ先に考えたことは死んだ双子の弟のことだった。
 思わず呟きが洩れた。
翼陽ヨクヒが死んだのは、わたしが悪かったの………? 違うの?」
 聞き慣れない名前に白煉は首を傾げたが、続く「死」という言葉に険しい顔になった。
「人の死は誰の責任でもないわ。その方が亡くなられたのは、あなたが悪いわけじゃない」
 責任が存在する場合もあることを白煉はわかっていたが、いまここでは言わなかった。その翼陽という人物に月羽が怪我をさせたとか、殺そうとしたというなら話は別だが、目の前のこの黄国の選徒は足元の虫さえも避けて歩きかねない人物だった。
「ほんとに………?」
 気がつくと月羽は縋りつくように尋ねていた。
「本当にわたしは悪くないの………!? 翼陽が死んだのはわたしのせいじゃないの?」
 驚いたように白煉が目を見張り、慌ててすぐに頷いた。背後では四人が事の成り行きを、どうなることかと見守っている。
「ええ、あなたは何も悪くない」
「双子なのに? 双子は一緒に死ぬんでしょう?」
 翠璃が無言で唇を引き結んだ。紅乃と燈海も息を呑む。紫音は無表情のまま、軽く眉を動かした。
 双子は死を分かちあう―――あながち間違いとも言えないから困るのだ。双子はその生まれ石も一緒だ。血を分けた同じ石は強い共振を起こす。片方が砕ければ、もう片方も高い確率で変調をきたしてしまう。
 五人に同じような思いが矢のように突き立った。月羽は違う。何かがおかしい。
 だが、間違いなくいえることがある。それでも彼女は何も悪くない―――。
 顔色をなくしながらも、白煉は力強く頷いた。
「それでも、あなたに罪はないのよ。あなたの姿が見えないのはあなたが悪いわけじゃない。死を分かちあわなかったのも、あなたのせいではないわ」
「わたしは悪く―――」
 ほとんど喘ぐように月羽は呟いていた。
「わたしは悪くない………!」
「そうよ。あなたは何も悪くない」
 月羽のなかで何かが音をたてて吹き飛んだ。
 肩をふるわせて泣きはじめた月羽を白煉抱きしめた。白煉にとって何も知らない月羽はほとんど幼子のように思えた。
 何も知らない。自分の名が持つ意味も。自分がどういう素性を持ち、その事実にどういう価値があり、それが周囲のどんな反応を生むのかも。それを知るすべも。
 そしておそらく、この世界の遙か下にもうひとつ、翼を持たぬ者が住む大地があることすらも。
 本当に何も知らない。ひどく無垢で無知だった。
 彼女は選徒に選ばれた。罪咎あるものを天帝が選びたもうはずはない。なぜ透過しているのか、なぜ解呪できないのか。わからずとも、それでも月羽自身に何の罪があるというのだろう。
 やがて、近づいてきた燈海が彼女にしては珍しく、注意深い動作で月羽の手をとって笑いかけた。
「とりあえず、一緒にご飯食べに行こっか。料理長さんが奮発してくれるんだってさ」
 翠璃が溜息混じりに呟く。
「貴女はそのまえに浴室に行くべきでしてよ、燈海」
 蒼国の選徒は片手を額にあてて舌打ちした。
「―――忘れてた」
 月羽を除いた一同が、呆れたように嘆息した。