光の扉 (オープン・ザ・ゲート) 〔終〕

 リナは両手に持っていたオーブと再生装置を静かに床に置いた。
 慎重に置いたつもりだったが、それでも振動でオーブが台座から落ち、ころころと床を転がる。
 足下に転がってきただろうそれを、おそらく拾い上げたに違いない人物に、リナはふり向くことなく謝った。
「ごめん………」
 ゼルガディスがゼルガディスの論理で行動しているのなら、リナもリナなりの考えで動いている。それでも。
「勝手なことして、ごめん」
 リナがするべきことではなかったのだ。していいことでもなかった。
 オーブの砕ける乾いた音がした。
 リナは黙って脇に退いた。歩いてきたゼルガディスが、扉に手をかける。
「………いまさら、全てをシャブラニグドゥのせいにして赦すことなんか、到底できるわけがないんだ」
「…………」
 ゼルガディスは、少し憮然とした口調で付け足した。
「………怒ってはいないぞ」
「…………」
「少しばかり呆気にとられたが」
 リナは微かに笑った。
 少しだけ、扉が動く。
「………リナ、礼を言う。いてくれ、ここに。あいつの代わりに―――」


 ゼルガディスが、扉を開けた――――――




 リナは扉の横の壁にもたれて、苦笑混じりに小さく呟いた。
「………ごめんね、アメリア」
 とてつもなく大事な瞬間に、立ち会っている自覚くらいはあるのだ。それこそアメリアにはっ倒されても文句は言えないくらいに。
 帰ったら、クローラーとユリシスに連絡をとらなければ。こうなったら何が何でも協力してもらう。リナとゼルガディスだけではおそらく手に余る作業が、これから待ちかまえているはずだ。
「ごめん、リア。おみやげ無理だわ」
 それどころではなくなってしまった。
(代わりに、そう遠くないうちにセイルーンに連れていってあげる)
 リナはそう呟いて、目を閉じた。
 どれくらい待っただろう。
 扉が開いて、ゼルガディスがリナを呼んだ。
「来てみろ。お前や俺にとっては宝の山だぞ」
「―――もちろんよ」
 リナは笑って、部屋の中に足を踏み入れた。
 そうして目を見張る。
 扉のある壁を除いた三方に、天井まである棚が置かれ、そこにひとつずつ丁寧にオーブが収めてあった。
 目の見えなかったレゾの魔道書。
 狂ったレゾがどうしてここの破壊を命じたのか、もはやいまとなってはだれにもわからない。そのとき生きていたエリシエルにすらわからなかった。ましてや、今のリナたちにわかるはずがない。
 再生装置の置かれてある机には、埃一つなかった。見れば、傍らの床に埃まみれの布の塊が捨てられている。
 御丁寧に埃よけの布までかぶせてあったのだ。
「………どれ?」
 リナの言わんとすることを理解したゼルガディスが無言で、机の上に置かれた三つのオーブを指さした。棚にそのオーブの数だけ、空白ができている。
「もしかして、全部再生したの?」
 道理でかなりの時間、外で待たされたわけだ。
「残りはどうするの?」
「あとは関係なかった。必要になったらまた取りに来る。お前の好きにしろ」
「いいの? いまのは冗談ってのなしよ?」
 赤法師レゾの研究の成果の全てがここには収められているはずである。なかには既存の常識をくつがえすような技術も含まれているはずだ。
「俺はこれさえあればいい」
 ゼルガディスが丁寧な手つきでオーブを布にくるんでいく。
 手伝おうかとも思ったが、やめておいた。
 触ってほしくなさそうだと、何となく思えたからだ。
「本当にいいのね? もらうわよ」
「かまわん。礼だ」
 リナは首を傾げた。
「いったい何の御礼………?」
 まさかここにつきあったことでは断じてあるまい。さっきの勝手な行動に対してではさらにあるまい。
「そうだな………」
 ゼルガディスが考え込んで、それからおかしそうに笑った。
「なら、十年前、お前が賢者の石を横からかっさらっていったことにしておく」
 リナは目を丸くして、次の瞬間笑い出した。
 しばらく笑って、ようやく笑いを収めると、リナはわざとらしくゼルガディスを見た。
「感謝しなさい。あたしのおかげよ」
 ゼルガディスも笑っている。
「だから、礼だと言っただろう」
 到底、寄り添うはずのなかった奇縁の仲介者に。
 部屋をぐるっと見回したあと、リナはゼルガディスに視線を戻した。
「帰ろっか。リアとガウリイが待ってる」
(あたしにはね)


 もうすぐ雪が降るだろう。
 それを過ぎれば、溶けて芽吹いて、花が咲く春。
 緑が萌えだす、光散る夏。
 透ける薄青の空の秋。
 いつの季節かわからない。
 まだそれはわからない。

 けれど、確実にくる未来へ。


(あんたには―――)
「―――アメリアが、待ってるわ」


 光の扉が開く音を、確かに聞いたと思った。