珠玉の孤立 / リア
幾つもの雨滴が葉を叩いて音を奏でる。雨と共に降る音。飽和してしまった大気。
重く濡れて光る枝葉に風が渡った。玉散る水滴。
首筋を伝い落ちて胸元へとたどりつく水は温く。
さまよわせていた視線は何の脈絡もなく、目の前の彼女に吸い寄せられた。
艶やかな紅茶色の髪が濡れはじめて色を変えていく。深さを増していく色に、先細った前髪からみるみるうちに水滴が膨れあがり、こらえきれずに、ぱたり、と落ちた。
その焦げ茶色の瞳を切り裂くように横切っていく水滴。
背後で鮮やかに落ちていくのは、開かれたままの傘。
見つめてくる双眸はひどく真っ直ぐで、無邪気で、どこか焦げついていた。焦がれて、焦げついて、灼けて、目隠しされて見えない一部分がある。そんな、見開かれた双眸。
可愛らしい美貌は物憂げで沈思的な表情に彩られていた。
ひどく華やかで、どこか危うい。
中途半端に持ちあげられた手。
触れようとしたまま途中で止めてしまったらしいその手が不自然で、ゆっくりと手を伸ばし―――何かに阻まれた。
ここにいて、そこにいるのに、隔てられている場所。
互いに触れあうことなく指と指が重なる。鏡のように。
そして何も、伝わらない。
(其処にいるの?)
いつまでいるの?
濡れそぼつ彼女はとても綺麗だった。
一瞬先にはどのように変わっているかわからない美。
次の瞬間には、勝ち誇ったように微笑してたとしても、いまにも泣きそうに顔を歪めていたとしても。
何も、どこも、おかしくなどない。
一瞬先の未来に迷う美。
(其処にいないの?)
いつからいないの?
その視線が自分を捉えているという確証は、どこにもない。
自分を突き抜けて向こうへと行ってしまう視線。
自分が見えているのかいないのかもわからない向こう側の彼女が、ふとたまらなく愛おしくなった。
この身を食い荒らしていくのは忍び寄る絶望と暴力的な愛情。
隔てられた壁にただ手のひらだけ重ね合わせて、
届かない向こう側へ呟いた。
「あなたにも、私は見えない?」
紅茶の髪が揺れ、首を傾げた彼女は、このうえもなく美しく微笑んだ。
射しこんだ光がその微笑を切り裂いて払拭した。
幻のように他愛なくその光景は溶けていった。
脈絡なく囁く、そう、まるで白昼夢のように。