Ria and Yuzuha's story:Third birthday【Ultra soul】 リナ編〔4〕

 アリサが言ったとおり、その場所は街からそう離れていないにもかかわらず、大層わかりにくかった。
 地面がちょうど、すり鉢状になだらかに低くなっていて、そこに洞穴が口を開けているということがさっぱりわからない。都合良く、初夏の元気の良い緑に隠されてもいて、ますますわかりにくかった。
 灌木の枝を押しのけながら、ティルトが首を傾げる。
「よくこんなとこ知ってるね。わざわざこんなとこまで来て芝居の練習とかする………か、そういえば」
「何一人で納得しているのかしらぁ」
「いや、よくこういう場所でひとりで唱ってるから。そういうもんなのかなと、たったいま思った。あ、ユレイアのこと」
「一人で唱うのが好きな子なのねぇ。私の場合はここが落ち着くからなんだけど」
「違うよ」
 不意にきっぱりとティルトがそう言ったので、アリサは眠たげなまぶたでひとつ瞬きした。
「誰かに聞かせて唱うほうが、多分ひとりで唱うより好きだと思う」
「じゃ、なんで」
 ティルトは少し顔をしかめた。
「誰もちゃんと聞いてくれないんだ。オレとか父さんとかユズハとかは平気だけど。キレイだから。あんまりキレイすぎて聞こえない」
「………よく、わからないわ」
「ああ、まただオレ。………オレこんなんだから。オレはちゃんと聞けるけど、ユレイアの歌好きだけど、でもやっぱりオレじゃダメだから。オレは多分、聞いてるんじゃなくて、聞こえてるだけだから。そういうのってオレのダメな芝居の見方とほとんど変わらないと思うし」
「………たしかに君の言葉は通訳が必要かもねぇ」
 そう言って、アリサは続けた。
「でも困ったことに、何だか直球で大事なことを言っていることだけはわかるのよねぇ………。何となくお芝居やってるときの、俯瞰した世界からの情報を受け取っているような気分になるわぁ………」
「ごめん、アリサさんのそれもよくわかんねぇ。フカンってどう書くの」
「俯瞰っていうのは高いところから広い範囲を見下ろして眺めることよ。鳥みたいに、高いところからぐーっと丸ごと全部眺めるみたいに、自分のいる舞台を把握するのは、役者にとって大事なことなのね。全てと向き合うっていうか、物事を引っくるめてひとつに見るってのは。
 舞台に立ってて、一生懸命演技してるんだけど、ふッと、どこかすごく高いところからそれを見ている自分がいるの。お客さんはどうだとか、他の役者さんの様子はどうだとかって、ひとつひとつを冷静に把握しているわけじゃないんだけど、そういうのから割り出された情報がまとめてばーって頭のなかに流れこんでくるのね。そうすると、演技している自分がいまどういうふうに舞台の一部になってるか―――自分がどういうふうに舞台という世界に溶けこんで、どう影響を与えているかがわかるのね。そういう判断とは全く別のところで体は演技をしていたりするんだけど。
 ティルト君の言葉はねぇ、何だか向き合ってる世界から一斉に流れこんでくるその情報に似てる。感覚的な話で申し訳ないんだけど、わかるかなぁ」
 ティルトは真剣な顔でそれを聞き終わると、逆に聞き返した。
「それって水の中と同じってことかな?」
「はあ?」
 アリサがぽかんとした顔をすると、ティルトは慌てて説明をはじめた。
「あ、水の中ってのはオレがそう感じてるってことなんだけど。何だか、流れの速い川の底のまん中にぽつんと立ってる感じ。周りの流れは急なんだけど、オレは全然濡れたり流されたりしなくて、周りを眺めてるんだ。周りでは色んなものが上流から来て下流に流されてったり、魚が泳いでたり、流れが速いところとか遅いところとか渦を巻いているところとかあって、全部そういうのがわかるんだけど、オレは川の真ん中にいてそういうのを見てたりするんだけど、それはあくまでも周りのできごとで、オレとは関係ないって言うか。オレが手を出したりすると、流れが変わったりするんだろうなっていうのもわかって、どうしようか迷ってたりとかするんだけど、結局川は川で、オレはオレで、向こうはオレに関係なくどんどん流れていくだけで、それがわかるんだけど、わかるだけっていうか」
 アリサは川底で川に取り残されているティルトの姿を想像した。水の底にいるのに、髪は濡れず肌も乾いて、流れに流されることなく、どうして自分はいま脇を通った流木みたいに下流に流れていかないんだろうと、不思議そうに首を傾げて水面を見上げているような、そんな光景が思い浮かぶ。
 素直に感じたことを口にする。
「君の世界と周囲の世界は重なってないのねぇ」
「世界?」
 ティルトは首を傾げた。栗色の髪がさらりとこぼれて、森の緑に映える。
「お芝居で俯瞰するためにわざとズラした世界はすぐに直せるけど、君と世界のズレはそう簡単に直せるものじゃないわねえ。普通はズレないものなんだけど、ティルト君みたいな人ってたしかにいるのかもしれない」
「普通ってどんななの」
 あまりにも答えのない質問を何気なく問われて、アリサは胸元に刃物を突きこまれたような気がした。
 彼の姉が腹を立てる理由が何となくわかったような気がする。
「普通は自分を中心に世界が廻っているものなのよぉ。自分があって世界があって、世界からもたらされた情報を自分の視点から判断するの。でもティルト君はそんな感じしないんでしょ?」
「しない」
 あっさりとティルトはうなずいた。
「世界があれば自分はないだろ? だって自分は世界の一部なんだから。オレがやったことが世界に判断されて反映される。その結果で未来は決まるだろ?」
 アリサは溜め息と共にある種の畏れを胸元から吐きだした。
 あまり相手と相容れないと、人は怖くなるものなのだ。目の前の彼は、相容れないことを当たり前と思っている節があるが。
「普通の人はそうじゃないのよぉ」
「うん。そうみたいだ。だからオレ時々自分の頭おかしいんじゃないかと思う時があるけど。でも母さんとか父さんとかは何となくわかってくれてるみたいで、それで仕方ないと思ってくれてるみたいだし。何とかなってるから、これからも何とかなるんじゃないかと思う」
「君は別におかしくなんかないわよ。森が木に見えたって、それは真実のひとつで別に嘘ついてるわけじゃないでしょ。大多数の人はここを見て、森っていうかもしれないけど木でも別に間違いではないわけだし、たまには君みたいな物の見方する人もいるわよぉ」
 ティルトは少しはにかんだように笑った。
 年齢よりもやや幼く見える顔立ちが、そうすることで逆に年相応の少年のものに見えてしまうのが不思議だった。笑うことで目が小さくなるからかもしれない。
「アリサさんやっぱり変な人って言われない? こういう話真面目に聞いて答える人って、うちの母さんと父さんぐらいしか知らねぇけど、オレ」
 アリサが何か言い返そうとしたとき、ティルトが不意に表情を厳しくして洞穴のほうを見た。
「ごめん。静かにしなきゃいけないところで喋りすぎたかもオレたち―――ちょっと後ろ下がって」
 がらりと変わった口調に、アリサはおとなしく従った。
 アリサが下がるのに合わせて、ティルトも後ずさる。ぎりぎり洞穴の入り口が見えるところでティルトは剣の柄に手を触れて、わずかに身を低くした。
 息を潜めていると入り口から男が二人、姿を現した。身なりはよくないし、人相もあまりよくない。かといって盗賊という印象も受けない―――早い話がただのちんぴらだった。
「おい、誰もいねーじゃねぇか」
「っかしいな。たしかにガキと女の声がしたんだって」
 アリサの位置からだと声しか聞こえない。彼女は自分より前のほうにいるティルトの様子をうかがった。
 ティルトは気配を殺して微動だにしない。
 話し声はまだ聞こえる。
「おおかた街の人間だろ。こんな近くに入り口があるんじゃ仕方ねぇって」
「いつ見つかるかが問題だよなぁ。まったく兄貴もとんだもの見つけたもんだぜ」
 ティルトがアリサの隣まで後ずさって、小声で聞いた。
「………なんかあそこの洞窟、特別なものでも採れんの?」
「なんかあったかしらぁ………」
 まったく心当たりのないアリサは首をひねった。
 彼女がお気に入りとしているのは、このすり鉢状の場所自体であって、あそこの洞窟自体には一度か二度、足を踏み入れたきりだった。記憶は曖昧だが、入ってもすぐに行き止まりの小さな洞窟だったような気がする。
「どっちにしろ盗賊団ってわけでもないみたいだけど………どうしよう?」
「でも聞こえてくる分には、あまりいい人たちな会話じゃないわねぇ。だからといって、ここが私の土地ってわけでもないのよねぇ」
 アリサは顔をしかめた。
 追い出す大義名分がない。大人の決まりを知らない子どもが、私有地で好き勝手になわばり争いをしているようなものだ。
「いいんじゃん、別に」
 ティルトが呑気に呟いた。
「早い者勝ちだって。特に所有を主張する誰かがいるわけでもないんだし、『気に入らないから追い出す』でいーと思うけど」
 アリサは唖然としてティルトを見た。
 誰の土地だろうと正当性がなかろうと、子どものなわばり争いでいいじゃないかと言っているわけだ。まさに年相応の論理である。
 ここでアリサがうなずけば、ティルトは即座に動き出すに違いない。
 うっかりうなずきそうになった彼女にも問題はあるが。
 とりあえず聞いてみた。
「ティルト君、何だか向こうは人数が多そうなんだけど。いったん戻ったりはしないのかしらぁ?」
「あそこの洞穴、何人ぐらい入れそうなの?」
「ええとぉ………たしか五人も入れば狭いぐらいかしらぁ………子どもが二、三人でおままごとするのにちょうどいいぐらいの広さだったし、男の人たちが入ったら三、四人で窮屈に感じるはずよ。拡張されていなければ」
 ティルトは少し考えこんだ。
「じゃあ最低三人から、多くても六人はいないってことか。ん、じゃ何とかなるよ」
「え、ええッ !?」
 声をあげかけて、ティルトが慌ててアリサの口を塞いだ。
「ちょっとアリサさんっ」
「ご、ごめんなさい。だって………六人もいたら危ないわよぉ」
「………だから」
 ティルトは憮然とした表情でこめかみをかくと、彼を子ども扱いする年上の女性のほうをふり返り、それからおもむろに立ち上がった。
 鞘から抜き払った剣が、陽光にまぶしく光る。
「オレ、そこそこできるんだってば」
 変声期直前と思われる多少くすんだ声が、小さく呪文らしきものを呟きはじめた。
 止めるまもなく飛び出していく。
 呪文を放たれた一人がくたりと崩れ落ち、もう一人の方も剣の柄を腹に叩きこまれて白目を剥いて気絶する。
 ほんの数秒の出来事だった。
 剣の柄を叩きこんだほうにも何やら呪文をかけてから、ティルトはアリサを手招いた。
「ち、近づいても平気なの?」
「んー、スリーピングかけたばっかりだから、蹴っても起きないよ。少なくともオレがなか入って戻ってくるまでは寝てる。縛っておきたいけど紐ないから」
「この中に入るの?」
「アリサさんは外で待ってて。多分まだ何人かいると思うし」
「私も行くわ」
 きっぱりと言われて、ティルトは慌てて首を横にふった。
「危ないってば!」
「こんなところに女性を一人で残していく方が危ないと思うわよぉ。うっかり起きちゃうかもしれないじゃなあい。だいたい、こんな変なこと頼んだのは私なんだから、私がいかなくてどうするの」
「もしうっかりこの人たちが起きたら、中に入ってるほうが危ないんですけど………だからアリサさんが外で見張っててくれると助かったりするんですけど………」
 剣幕に押されて思わず丁寧語で答えてしまったティルトだった。家族構成上、押しの強い女性には徹頭徹尾、頭が上がらない。
 アリサは不満そうな顔をした。実年齢がいったい幾つなのか、人生経験の浅いティルトには判断できなかったが、だとしても子どものように頬を膨らませるのはどうかと思う。―――まあ、母親の友人であるアメリア王女も時々やるのだが。
「わかったわぁ。ティルト君、強いから信用する。ここで見張ってるから、危ない真似しないで、すぐ帰ってきてね」
「うん。わかった」
 素直にうなずいて、ティルトは洞窟のなかに入っていった。



 しばらくしてから、ティルトは両手で気絶した男を引きずって帰ってきた。
「っだー、重いッ」
 顔を真っ赤にしながらティルトは男を放り出す。
「こんなことなら気絶させないでここまで歩かせればよかった」
 殺伐としたセリフを吐いている少年に、何やら背筋が寒くなったが、とりあえず問いかける。
「怪我しなかった?」
「うん。だいじょうぶ。ごめん、アリサさん。街まで行って紐買ってきて。さすがにそろそろ起きるかも」
「ひ、紐?」
 問い返したものの、アリサは逆らわずに街へとって返して、荷物などを縛る紐を買ってきた。
 手渡された紐で手際よく男三人を縛り上げながら、ティルトは呑気そうに言った。
「こいつら賞金首だから、役所に着き出せば謝礼がもらえるよ」
「えええええッ !? 賞金首っ !?」
「正確には、こいつだけだけど。なんか自分の手配書持ってた。やっぱり自分のそういうのって、つい持っていちゃうものなのかな?」
「知らないわよぉ!」
 危険な賞金首だとは知らずに少年をけしかけた形となってしまったアリサは、半分ぐらい泣きそうになって叫んだ。
「そんな危険な相手だと知っていたら、ティルト君ひとりに頼んだりしなかったのにぃ」
「だーかーらー」
 ティルトがまたもや憮然とした顔で反駁しかけたが、アリサはそれを遮った。
「君が強いとか弱いとかそういう問題じゃないのよ。私は大人だから、ティルト君ぐらいの年の子を庇って守る責任があるの! 君にはもうちょっと甘ったれて遊んでてもいい時間が残されてるのよ。賞金首なんか捕まえなくってもいいの」
 理解できないといった困惑した顔でティルトがアリサを見ていた。
「でもアリサさんよりオレのほうが強いのは事実だろ?」
「だからぁ、そうじゃないのよぉ。年長者には年少者を危険から遠ざける義務があるの。たとえ年少者のほうが強くっても、わざわざ危険なことをけしかけちゃいけないと思うの。少なくとも私はそうだと思うの」
「それって歳は関係あることなの? 強い方が弱い方を危険から遠ざけるならわかるんだけど」
「だからぁ」
 言いながら、アリサは会話が噛み合っていないことを自覚した。
 アリサが話しているのは街の大人の論理で、ティルトが拠って立っているのは旅の傭兵の論理だ。どこまでいっても内容が交わるところはないだろう。
 ティルトがおそるおそる問うた。
「えーと、アリサさん、もしかして怒ってる?」
「もしかしなくても怒ってますぅ」
 言って、アリサは付け足した。
「安心して。君にじゃなくて自分にだから。―――なかにはもう入ってもだいじょうぶなのかしら?」
「あ。う、うん。もう誰もいないし」
 冷や汗を浮かべつつも、ティルトは自分には理解できないことだと深く追及しないことにしたらしく、縛りあげた三人に再度スリーピングをかけると、アリサを洞窟のなかへと案内した。
「なんか掘ってたみたいなんだ。ここで暮らしてたのか、本とか、何入ってるかわかんないズダ袋とか色々転がってる」
 ライティング片手にそう説明するティルトの後に続いて奥へと入り、アリサは顔をしかめた。
「ひどい匂い」
「………うん」
 酒瓶と食べ物の欠片が散っていることからして、このなかで寝起きしていたものらしい。よどんだ空気に腐臭が混じり合って、鼻が曲がりそうだった。
 倒れた酒瓶の脇には薄汚れた毛布。奥の方にはつるはしや金槌などの、壁を掘るための道具類の他に、何に使うのかわからない平べったい蓋のない容器や、ふるいなどが散らばっていた。
「土を掘っている横でよく寝ていられるわねぇ。信じられないわぁ」
 こっそり何かを採掘していました、というのがよくわかる状況証拠のなかで、一冊だけ落ちている本が違和感を放っている。
 触るのも嫌で、アリサは足で本をひっくり返して表にしたが、表紙には何の題名も書かれていなかった。
 ティルトが拾いあげて内容を見る。
「あれ、これ魔道書だ。あ、しかもここの魔道士協会の蔵書印が押されてる。盗んできたんだろうなぁ。でも何だって魔道書なんかがここにあるんだろ」
「どっちにしろ返したほうがいいんじゃないかしらぁ」
「うん。役所に突き出すときに一緒に提出すれば、自動的に協会のほうに返却されると思う。あ、ここだけページがよれよれだ………地精道ベフィス・ブリング?」
 土に穴を空ける呪文が書かれた内容を一読して、ティルトはわりと奥深くまで掘られている壁に目をやって呟いた。
「掘るのがめんどくさくなったのかなぁ」
「そもそも何を採っていたのかしら。ティルト君、この袋ひっくり返してみてくれる?」
「うん」
 たぶん自分では触りたくないんだろうな―――。
 そう思ったが口には出さず、ティルトは素直に言われた通りに袋を逆さにして中味をあけた。
 鈍い音と共に何かの塊が転がり出てくる。
「なんかすげぇ重い。石みたいなものが入って―――」
 土まみれのその塊がライティングの光を銀色に弾くのを見て、ティルトは黙った。
 金属だ。
 小さいもので拳大。大きいものなら手から肘までの長さがある。木の根状に成長したらしい金属塊だった。
「銀塊………?」
「でも何だか微妙に色が違うような………魔法の明かりじゃよくわからないけど」
 アリサがいちばん小さい塊を手にとって、土を払い落とした。
 銀塊にしてはわずかに輝きが鈍いような気がする。
「何だかよくわからないけど、これを採っていたみたいねぇ。売ればお金になるのね、たぶん」
「ええと」
 ティルトが困ったように首を傾げた。
「どうしよう、コレ。アリサさん、もらってっちゃえば?」
「ええ? いらないわよぉ、こんな石。私、女優だけでちゃんとご飯食べていけるものぉ。ティルト君のほうこそ、もらっていけば?」
「オレも正体不明の石なんか持っていってもなぁ………持っていくにしても、こんなにあると、めちゃくちゃ重くて旅できないし」
 言いながら何を思いついたのか、ティルトはしゃがみこんで鉱石を物色しはじめた。
「でも綺麗だから小さいの二つ、おみやげに持って帰ろうかな」
「さっき言ってた、アセリアちゃんとユレイアちゃんに?」
「うん。どうせだからアリサさんも、記念に一個どう?」
「記念って、何の記念よぉ」
 呆れながらも、アリサはちゃっかりひとつ、手のひらに乗るぐらいの大きさのものを選び出した。
 袋のなかの鉱石はより分けた後のものなのか、純度が高そうなうえに、やたら巨大な塊ばかりで、小さなものが少なかった。
 手頃な大きさのものが一つしか見つからず、穴のほうをわざわざほじくり返していたティルトが、不意に声をあげた。
「なんだこれ。この金属、すごい割合で混じってる」
 ティルトの後ろから覗きこんだアリサは絶句した。
 黒い土のなかを、まるで木の根のように銀色の筋が縦横に奔っている。ライティングの光を受けて、それが硝子の網のように燦然と輝いていた。
「このあたりに鉱山なんてないはずだけど………」
「………どうしようか?」
 目的の大きさの塊を掘り出した後で、ティルトが再びそう尋ねた。
「オレ旅してるから、この街に住んでるアリサさんに処分を任せるけど」
 アリサは眉をひそめた後で、あっさりと言った。
「ティルト君、自分の分は採ったかしらぁ?」
「え? いや。採ってない」
 アリサは鉱脈を掻きだし、手頃な大きさのものを取りあげてティルトに手渡した。
「じゃ、はい。君にひとつ、私にひとつ、セイルーンにいるっていうアセリアちゃんとユレイアちゃんにひとつずつ。あとは埋めちゃって」
「埋めるの !?」
 さすがに呆気にとられてティルトは聞き返した。
 アリサは心持ち唇を尖らせる。
「だって私、お金に困ってなんかいないし。女優のお仕事以外でお金もらう気ないし。こんなのがここにある限り、私はここの外の場所で台本の朗読とかができないわけでしょう?」
 なら、埋めちゃったほうがいいと思うのよぉ―――。
 間延びした声でそう言われては、任せると言ったティルトに反対する理由があるはずもない。
「呪文で、ぱあっと崩しちゃって」
「はあ………」
 とりあえず二人は、袋から出した塊を全部、協力して鉱脈の穴のなかに放りこんで上から土をかぶせた。
 それからアリサを先に外に出し、ティルトが振動弾ダム・ブラスを使って、奥の方から徐々に洞窟を崩していき、最後に入り口も振動弾を使って完全に崩して埋める。
 派手な音に目を覚ました柄の悪い男たち三人が、崩れた洞窟を見て何やらわめいていたが、アリサは意図的に聞こえていない様子で嬉しそうに手を打った。
「すっきりしたわぁ」
 釈然としないながらも、一応ティルトはうなずいておくことにした。