Ria and Yuzuha's story:Third birthday【Ultra soul】 リナ編〔5〕

 翌日、まだ朝早い時分にアリサがティルトが泊まっている宿を尋ねてきて、丁寧に梱包された少女像を彼に渡した。
「昨日、とっても楽しかったから。そのお礼ということで、ティルト君にあげるわぁ」
 眠い目をこすりつつ階下に降りてきたティルトは、眠気も一瞬で醒めた表情でそれを受け取った。
「うわぁ、すげぇ嬉しい。ありがとうアリサさん」
 とっても楽しかったという、何やら引っかかる単語を聞いた気もするが、気のせいだということにしておく。
「大事にしてねぇ。といっても、大事にするのは君じゃなくて、そのセイルーンにいる双子さんたちかしらぁ」
「ん、だいじょうぶ。これまでオレがおみやげにしたやつも大事にしてくれてるから」
 その言葉に、アリサはにっこりと笑った。
 舞台の上のシオーネの笑みとは全然違うなぁ、これが役者っていうものなのかなぁ、なんだオレもしかしてちゃんと芝居見れてる?―――などと、その笑顔を見ながら、ぼんやりとティルトは考えた。
「そういえば、君の親御さんは? 君がおもしろいから、ぜひ親御さんのお顔も見ておきたかったんだけどぉ」
 何やらこのセリフも引っかかる。
「あー、父さんは起きてる………と思う。母さんは、寝てる、かな?」
 母親が寝穢いぎたないのは毎度のことだった。
 微妙な表情で首を傾げているティルトに、ならいいの、とアリサは軽く手をふった。
「セイルーンにお芝居しに行く機会があったときには、ぜひ見に来てねぇ」
「うん。シオーネじゃなきゃ見に行く」
「あら、どうしてシオーネはダメなの?」
 ティルトは束の間、手元の包みに視線を落としてから、少し憮然とした表情をした。
「オレ、なんかあの話納得いかない」
「あらぁ」
 アリサは少年の率直な感想に、少し目を丸くした。
「まあシオーネは、あまりティルト君の好みのタイプじゃないかもねぇ。演じてた私もあの話はどうかと思うし」
「ええ? シオーネ演じてるのにそういうこと言うの?」
「演技と私情は別よぉ。話がキライでも、女優がその役になりきらないでどうするの。まあ、やりたい話のやりたい役をできるのがいちばんいいんだけどぉ」
「この像がちょうどいいって言ったお芝居は、やりたい役なの?」
「そうよぉ、五人うちの二人のイメージにぴったりなの。一人五役、一度やってみたかったのよぉ」
 嬉々とした様子でアリサはそう言ったが、ティルトは別のことに驚く。
「一人五役ぅ?」
「そうよ。いまから三百年くらい前に、このあたりが、その当時からあったセイルーンとゼフィーリアとエルメキアを含めて五王国に分かれていた時代にね、一年間だけ五つの国全部が女王だった時代があるのよ。ゼフィーリア以外はみんな初の女性君主でね。その話を元に架空の五王国を設定して、女王五人を一人五役でやろうっていう話で………」
「うわぁ、オレ、見てもダメそう………」
「君が見ても、ちゃんと五人に見えるように演じ分けるのが目標なのぉ。公演延長されるぐらいすごいお芝居にしておくから、あとで見に来てほしいわねぇ」
 アリサは大まじめにそう断言した。
 二人が話しこんでいる脇を、宿を発つ旅人たちが通り過ぎていく。日が高くなるにつれ、どんどん気温があがっていくのがわかった。
 今日も良い天気だ。
 少し暑いくらいだが、旅立ちには申し分ない。
「アリサさん、今日もシオーネ?」
「そうよ。あとひと月はそれかしら。シオーネってねぇ、やってるあいだずっと、付け耳がいつとれるかすごく心配なのよぉ。何か勘違いしたお客さんも増えるし」
 ティルトは、アリサと出会った情況を思い出して、少し顔をしかめた。
「あんまり出歩かない方がいいんじゃない? アリサさん人気あるみたいだし」
「今度から監督が、街で歩く時には護衛をつけよう、なんて言い出しそうで嫌なのよぉ」
 話を聞いていたティルトは、不意に何か思いついた表情でアリサを見た。
「今度、アリサさんのお芝居を見に行く時はオレ、花冠を持っていくよ」
「わぁ、本当? 楽しみに待ってるわね。やっぱりもらう人によって、ありがたみって変わるものよねぇ」
 やはり、さらりとものすごいことを言いながら、アリサは公演時間が迫っているということで帰っていった。
「お姉さんによろしくね。あんまり怒らせるようなことしちゃダメよ?―――君の世界に祝福がありますように」
 別れ際に頬に軽く口づけされて、ティルトは真っ赤になった。



「結局、手に入れることはできたのね?」
 街を出て、青い空の下、街道を行きながらリナがティルトにそう尋ねた。
「うん。荷物のなかに入ってる」
 うなずいたティルトの前髪が、さらりとした風にもて遊ばれている。母親の髪も風に巻いていたが、長い分だけ重さのある父親の金髪はわずかに揺れただけだった。
「なんだ。結局、それを手に入れるのについでに賞金首も捕まえたのか」
「賞金はアリサさんと二人で分けた。あまりたいした額じゃなかったし」
「まぁ、二人でとっ捕まえて、突き出したわけだしね」
 先を行くリナが、ちらりとティルトの方をふり返って、少し笑った。
 その後を遅れて歩くガウリイが、首を傾げる。
「しかし、その像はひとつだろ。いいのか? 二人にひとつで」
「うん。この像は二人にだけど、他に別々におみやげあるから」
「アンタいつの間にそんなもの買ってたのよ」
「買ってない。拾った。えーと。賞金首捕まえたあとで、アリサさんと。なんか、落ちてたから」
 怪訝な顔のリナに、ティルトは洞窟で拾った金属塊を取りだして見せた。持って帰ったその日のうちに、土を洗い落として綺麗にしてある。
 洗い落としてわかったことだが、驚いたことに、自然のものであるにもかかわらず、不純物が見当たらない高純度の塊だった。おかげで見目がよく、置物として申し分ない。
 銀色よりやや鈍く沈んだ輝きが、太陽の光を鮮やかに弾いた。
「おー、綺麗な石だなー。二人とも喜んでくれるんじゃないか?」
 父親のほうは至って呑気にそう賛同してくれたが、母親のほうは無言のままだった。
「母さん?」
「ティルト………」
 その声のかすれ具合に、父親と息子は何事かと顔を引きつらせる。
 親子三人、思わず足が止まった。
「………ティルト、あんた、それを拾ったの?」
「う、うん………?」
「ふ、ふふふふ、そうよね………。アンタはわからないでしょうね。前に家にもあったけどあれは砂利みたいなもんだったしね。うっかり手の届くところに置いたままにしてたら、アンタとリアでおはじきなんかし始めたのよねぇ………」
「え………?」
 砂利。おはじき。銀色の。
 思い浮かぶ単語に記憶が刺激され、幼い頃の思い出が脳裏によみがえってきた。
 棚に置いてあった革袋のなかに、砂利みたいな銀色の粒がいっぱい入っていた。それがきらきらしていてキレイだったものだから、姉と二人して持ち出しておはじきして遊んでいたところ、何だかとてつもなく大事な代物だったらしく、見つかってお仕置きフルコースを―――。
 あの砂利みたいな粒の名前は何だっただろう。
「あ、あの……母さん、もしかして……これあの砂利と……同じ、だったり……する?」
「ふ、ふふふふふ………」
 低く笑ったリナは、次に息子の襟元を思い切り締めあげた。
「砂利じゃないいいいいッ! オリハルコンっ! オ・リ・ハ・ル・コ・ンよおおおおおおおおおッ !! アンタそれどこで拾ったのよ、戻るわよッ。街に戻るわよおおぉッッ !!」
「うわあああっ、待てリナ落ち着け!」
「これが落ち着いていられるかっ! 何よこの馬鹿みたいな大きさの塊は !? オリハルコンがこんなに成長した塊なんてみたことないわよ! 普通はせいぜい小石ぐらいで成長が止まるのにっ。きっと今までにないぐらい巨大な鉱脈が………ッ!」
 既に目の色が変わっている。
 ティルトは冷や汗まみれになりながら、それでも告げた。
 小声だったが。
「………ごめん。鉱脈………呪文で崩して埋めちゃったんですけど………」
「ぬぁぁぁんですってぇぇぇッ !?」
「あああッ! だってアリサさんが要らないって言うからっ」
「彼女がいらなくてもあたしが要るッ! それにオリハルコンは地精道さえあれば精製しほうだいなのよ! いまからでも戻………」
「だあああっ、リナっ、それだけはやめろっ!」
「あああっ、じゃあせめてその塊を寄越しなさいっ」
「ダメっ。これ、おみやげなんだぞ!」
「おみやげは別にその像があるでしょっ」
「でもダメったらダメだってば!」
 慌ててティルトが逃げ出した。
 リナがその後を追って走り出す。
 置いてけぼりをくらったガウリイが、二人を目で追いながらのほほんと呟いた。
「このあたりって、こんなものが採れるんだなぁ」


 ―――結局。
 途中の森で野良デーモンに遭遇したため、オリハルコンの所有権の有無はうやむやのまま、三人はセイルーンへと帰りつくことになった。
 ティルトが胸を撫でおろしたのは言うまでもない。
 帰りついたら帰りついたで、おみやげを渡すどころではなかったのだが。