Ria and Yuzuha's story:Third birthday【Ultra soul】 収束編〔3〕
「私が………?」
「そうです」
ゼロスは軽く笑って、今度は足元を杖で軽く叩いた。
「限界が来るよりも早く、結界に一瞬ですが、穴を空けましたね?」
「わ、たしは………そんなことなど………!」
「おや、してないと言い張りますか」
ユレイアは言葉に詰まった。何もしていないとは言い切れないことをしていた自分があまりにも情けない。
先刻の、いてもたってもいられぬ不安と焦燥感。
その正体を、この突然現れた魔族は―――知っている。確実に。
口のなかが干上がっていくのを感じた。
何を答えればいい。
そして何を、問えば。
彼女が次の言葉を見つけられずにいるうちに、父親のほうが会話に割って入った。
「こいつに、そんなことができるはずないだろうが。だいたい何だ、ここのこれは穴が空くような類の結界か?」
呆れたその口調を、ゼロスは鼻で笑って一蹴した。
「おや、ゼルガディスさんらしくもないですね。血が連なる存在には目が眩むものなのですか?」
紫闇の瞳が、心持ち光ったような気がした。
「だいたい、こちら側としては、今回の動きはあなたがたセイルーンの尻ぬぐい以外の何ものでもないんです。感謝されこそすれ、嫌がられる筋合いはないですね」
それに対して、アメリアが噛みつくように反論する。
「もし仮にそうだったとしても、だいたい何であなたがた魔族が、わたしたち人間の後始末をしてまわってるんですっ !? 」
「まあ、こちらにも色々と事情がありまして」
「どーせ、神族が怖いからしばらくじっとしてようとか何とか考えたんでしょ」
ゼロスの顔がわずかにひきつった。
「ま、あんたが動く理由なんかどうでもいいわ。あたしたちに関係なけりゃね」
リナが長椅子の肘掛けに体重を預けるようにして浅く腰掛けた。
「ヘタに動かれちゃ困るんなら、さっさと言いなさい。あんたが話すもの話してくれないと」
唇に軽く指をあて、リナは剣呑に目を細めた。
「何するか、わからないわよ?」
「おやおや。困りましたねぇ」
それすらも楽しむかのように、魔族は微笑を返す。
「すっげぇ、魔族を脅してる………」
ティルトが感心したように呟いて、ゼルガディスに黙れと頭をこづかれた。
「まあ、そろそろ食傷気味ですし。ゼルガディスさんとアメリアさんの胃が焼き切れないうちにご説明しましょうかね」
「最初からそうしてりゃいいのに前置き長すぎんのよアンタは………」
リナがぶつぶつ言っている間にガウリイも戻り、一同はとりあえずそれぞれ話を聞く場所を定めた。リナが長椅子の肘掛けに行儀悪く腰をかけ、ガウリイがその傍らに立つ。
「アセリアは無事なんでしょうね?」
居ても立ってもいられないアメリアから睨み殺されそうな表情でそう問われ、
「まあ、無事じゃなくなったときは結界が崩れたときですから、皆さんもろともでしょうね。結界が崩れると、僕も言われた仕事をできなかったことになりますし」
ゼロスは内心でこっそりと付け足した。
(―――それに招待客が、がんばっていますしね)
アメリアがきつく拳を握りしめた。
母親の己がここでただ漫然と座って話を聞いている間にも、アセリアに何が起こっているかもわからない。それなのに、どこまでも信用できない魔族の言葉を聞き終えてからでなければ行動に移れない。この灼けつくような焦燥感。
完全に納得などできようはずもないが、アメリアは椅子に落ち着いた。ゼルガディスがその傍らに立ち、肩に手をおく。その手に己の手を重ね、アメリアはわずかに表情をゆるめた。
扉のところに立ちつくしていたユレイアは、手招かれて、ティルトの隣に座りながら、そのまま深くうつむいた。
何が起きているのかわからない。ただ、恐怖だけがある。
ゼロスと名乗った魔族の存在が、先ほどから怖くてたまらないのだ。徹底的に相容れない次元の違う存在に対する、根源からくる恐怖だった。同じ部屋にいることが耐えられないほどに。ティルトが平然としていなかったら、おそらく両親に泣きついていたに違いなかった。
うつむけた顔が、どうしてもあげられなかった。
アセリアがいない。ここにいるべきもう一人がいない。捜しているのに。どこにもいない。わけがわからない不安に突き動かされて、闇雲に捜しまわった。疲れて両親を訪ねたら、そこには話に聞くだけだった魔族がいて、自分がここに来たのはユレイアが原因なのだと告げられた。
わけがわからなくて、ただ怖くてたまらなかった。
自分は決定的に『何か』を引き起こしてしまった。自覚なしに。
それだけはもう既に、わかってしまっている。
心当たりは、たったひとつ。この歌。この声。自分自身。
(私は。ただ。何で。でも。どうして。どうか―――)
言葉にならない渦巻く疑問に、ユレイアはきつく目を閉じた。
(取り返しのつかないことになっていませんように)
いまはただ、それさえ保証してくれればよかった。誰でもいいから。
夜を背に窓際に立ち、ゼロスはさて、と気楽な口調で話しだした。
「―――もともと、セイルーンの六紡星結界の魔力容量に限界が来ていたのが今回の原因なんです。何とかしてこいと言われて、仕方なく僕が来たんですが、どう考えてもこんなものを作ったアメリアさんのご先祖さまのせいでしょう。こんな時期じゃなければ、僕たち魔族はセイルーンが壊滅するのを喜んで眺めてますよ」
アメリアがムッとした表情になったが、ゼルガディスに肩を叩かれ、結局何も言わなかった。
代わりにリナが尋ねる。
「結界に魔力容量があんの?」
「この場合はあります。僕たち魔族が作り出す、あなたたちが便宜上『結界』と呼んでいる位相のズレは違いますが。六紡星や五紡星といった図形が作り出す魔法陣は一定の魔力容量を持っています。魔法陣を通して背後の術者が持っている場合もありますけど、そうでない場合は、どうやって魔法陣から増幅やら相殺やらの力が働くんです? 先立つものがないと何も出来ないのは、物質界も精神世界も変わりませんよ」
「ああ、なるほどね」
リナはつまらなさそうに頷いた。
「―――で、不均衡な力を殺いで、均衡を保つ力に増幅を与えるココの結界に、どーして限界がくんのよ? いままでンな話一度も聞いたことないわよ」
「それはそうですよ。こんな広範囲に影響を及ぼす魔法陣はここにしかありません。これを作ったアメリアさんのご先祖も、こんな巨大な結界に限界がくるなんて思ってもみなかったでしょう。―――ところで、リナさん?」
「何よ」
「殺がれた分の不均衡な力は、どこに行くと思いますか? また、増幅されるとしたら、その増える分の魔力はどこから与えられると思います?」
唐突なゼロスの問いに、リナは胡乱な表情で答えかけた。
「は? ンなもん、右から左に決まって―――」
その言葉が途切れる。
「み、右から左?」
ティルトが左右を見渡すのを、手だけ伸ばしてその頭をはたき、リナは苦い顔をした。
「―――あたしのせいだと言いたいわけ?」
「なんだってリナのせいになるんだ?」
「需要が供給を下回ってしまったのよ」
苦い表情のまま、リナは長年の相棒に答える。
「あたしが昔ここで使った、魔血玉を使って増幅した竜破斬と―――神滅斬のせいでね」
もっとも、それだけじゃないだろうけど、とリナは小さく付け足した。
もう二十数年前の話だ。
セイルーン王宮内。魔族の結界に閉じこめられたアメリアたちを助けるために、当時未完成だった神滅斬を。
その後、セイルーン上空に浮かんだ庭園の中で、魔族カンヅェルを斃すために、やはり不完全な神滅斬を。
そして戦闘後、セイルーン上空に落下しかかったその庭園を破壊するために、リナは増幅した竜破斬を使用した。
「ゼロス。貴様が言いたいのは、以前は釣り合いがとれていたはずの、相殺された魔力と、増幅される魔力の比率がおかしくなったということか?」
「現在、結界は破裂する寸前の風船の様なものです。入ってきた魔力の量はとんでもないのに、使われる魔力のほうは治療呪文とライティングぐらいでしか消費されないとしたら、それは増える一方でしょう。魔法の種類から言えば、増幅されるより殺がれる類の魔法のほうが数が多いんですから」
「吹きこぼれる鍋のフタの上か」
ゼルガディスが納得した様に呟いた。
「で、あなたはわざわざ御丁寧にガス抜きをしにきてくれたわけですか、ゼロス?」
アメリアの冷ややかな問いに、獣神官は小さく肩をすくめた。
「一応はそうです。でも、ユレイアさんのおかげで仕込みの必要がなくなったので、いまは取りたてて何もしていませんよ。面倒くさいことは嫌いですしね。ダメそうだったら腰をあげましょうかねぇ」
「こ、のっ、お役所仕事………!」
リナが歯軋りせんばかりに唸った。
この魔族がアセリアの安否など微塵も気にかけていないことなど、最初からわかってはいたのだが、改めて口に出されて腹が立たないはずがない。
そこで、会話に参加していなかったティルトが初めて口を開いた。
「だからどうして、ユレイアが何かしてるんだよ?」
ゼロスは笑ってティルトを見た。
「じかにご本人には聞かないんですか?」
「だって、そういうことを言い出したのはあんただろ。ユレイアが何かしたからココに来たんだろ、魔族。だからあんたに聞く。ユレイアにはそれからだ」
「僕は事実と結果しか言ってませんよ。どういう経緯でそうなったかまでは知りません」
ゼロスは飄々と肩をすくめてうそぶいた。
「私は………」
言いかけたものの接ぎ穂が見つからず、ユレイアの言葉は途切れた。
「だから、どうしてユレイアにそんなことができる? 魔道をかじっているといっても、ユレイアはリナほど化け物じみた魔力なんか持っていないぞ」
余計な引き合いに出されたリナが、半眼で発言者を睨んだ。
「ゼールーぅ」
「見事に目が眩んでますねぇ」
「さあ。どうかしらね?」
リナは素っ気なくそれだけを言った。魔道の師として言える点は、たしかにユレイアの魔力は基準より上だが、リナやリアよりは遙か下であり、アメリアやゼルガディスよりも下だということだった。崩霊裂を二、三発も撃てば疲労困憊―――崩霊裂を撃てるぐらいの最大魔力はあるが、総量としての魔力容量は小さい。
しかしそれは、持てる魔力だけに限った話だった。そうではない魔道的な可能性なら、ユレイアは―――。
息子とは違い、ゼロスに尋ねるなどという無益なことを避け、リナは直接本人に問うた。
「どうなのよ、ユレイア。心あたりがあるの?」
ユレイアはさらに深くうつむき、それから意を決したように顔をあげた。
「あります………」
アメリアとゼルガディスが目を見開いた。
ガウリイが穏やかに尋ねる。
「ユレイア。アセリアを捜してここに来る前は、何をやってたんだ?」
「歌を………唱っていました」
「いつものことだろ?」
「違う」
首を傾げたティルトに、癇性に首をふることで答え、ユレイアは泣きそうな声で呟いた。
「唱ったのは………セイルーンの魔道式なんだ………」
獣神官が、くすりと笑った。
なんのことかリナたちにはわからない。
魔族の紫の瞳がユレイアの濃紺の瞳を覗きこみ、その視線を絡めとる。
「あなたは稀代の魔道士になれますよ。ユレイアさん?」
「やはり私の、せいなのか………?」
(私がアセリアを―――)
ユレイアの双眸に紫の影が映りこんで、暗く陰った。