Ria and Yuzuha's story:Third birthday【Ultra soul】 収束編〔4〕

「私が、アセリアを危険な目に遭わせたのか。私の歌が―――」
 普通じゃないと言われ続けた自分の喉が紡ぐ歌。
 唱うことは楽しく、喜ばしい。何を歌おうかと考えることは胸が躍るし、唱っている間は、他のどんなことをしているときよりも気持ちがいい。音に囲まれていると、時が経つのすら忘れていることがある。何度もそれで怒られた。
 怒られるのはかまわなかった。怒るのは、母や父やリナたちなどの自分をわかってくれる者たちで、怒らない者は―――自分を畏れた。
 自分の歌を聴いた者の、あの何とも言えぬ魂を抜かれたような表情。自分が紡ぐ歌がおかしいのか。それとも自分自身がおかしいのか。歌にそんな力があるのか―――。
 かつて、どんな歌にも力があると、そう教わった。
 そう教えられたから、好きなことは素直に表にだそうと、怯えるのはやめようと、そう思い、しかしそれでもなおためらって、唱う場所を選んできた。
 歌を聴いた者のなかには、気を失って倒れた者がいた。その者たちは目が覚めたあと、まるで女神を讃えるように自分の歌を誉めてくれたが、しこりが残った。
 いつかまた、自分の歌が何かを引き起こすのではないかという恐怖。
 それでも唱うことを捨てきれない。魔道に興味を持ったのも自分の歌からであり、ユレイア=エディ=アルト=セイルーンという人間は、これまで歌と一緒に、歌に拠って生きてきた。
 持って生まれたこの声―――この耳。
 ユレイアは激しく首をふった。振り払おうとしているのが不安なのか自分自身なのか判然としなかった。
「ユレイア―――」
 母親の呼びかけを遮るように、彼女は敢然と顔をあげる。
「教えてほしい、魔族。私がいったい何をしたのか」
 ゼロスが笑いながら、ふわりと再び窓際まで後退した。
 赤黒い筋がかろうじて残るだけの、もはや夜の空。
「親御さんよりものわかりがよくて助かります。僕の仕事を助けてくれたお礼も兼ねて教えてさしあげますよ」
 かの魔族がここまで愛想がいいのは、事実を教えることがユレイアにとって負の方向に作用するからだろうかと思い、リナは顔をしかめた。しかし、本人が説明を求めている以上、止める権利を持ちあわせていない。
「ユレイアさん、あなたはこのセイルーンを構成する魔道的な事象をすべて音に変換して現しましたね。セイルーンの地形から始まって、六紡星の魔道的な分解と再構築。ここにセイルーンがセイルーンとして存在する由縁たる数々の属性。もっとも原始的な形の呪文として詠唱されたそれが、結界を振るわせ、鍵を開けた―――。先祖返りもここまでくるとご立派です。魔法と世界の関係を本能的に察していらっしゃる」
「もっとわかるように話してください」
 いらいらとアメリアがゼロスの話を遮った。
「たしかにユレイアは歌がうまいです。歌のうまさと音感の良さを生かして魔道の研究もしています。でもどうして、たかだか歌を唱っただけで魔法が発動するんです !? 」
「説明が面倒くさいんでイヤですねぇ」
 ゼロスは小さく肩をすくめた。
「ユレイアさんがやっている研究と同じ事ですよ。すべての事象には定められた【音】がある―――。まあ、僕たち魔族にとっては音じゃないんですが、あなたたち人間が『世界』をなんとか認識できるようにと発達させた感覚器官のなかで、もっとも『それ』に近いものを捉えるのが耳ですからね、音と表現するしかありません」
 本筋から離れていくように思えるゼロスの話に、ユレイア以外のものが一様に眉をひそめた。
 ユレイアはといえば、大きく目を見張ったまま魔族の話を聞いている。自分が気にかけて研究していたものの答えが、ここに提示されている。
「『それ』は世界のあらゆる存在のなかに宿っています。というより、存在し続ける限り発される気配や波動のようなものです。『振るえ』というのが最も的確でしょうかね。振るえも音も気配も波動も、それを表す一表現にしかすぎませんが」
「だから、何なんです。わたしはあなたと存在の定義について問答する気はありません。さっさとわかるように短くすぱっと言ってください」
「わかるようにとおっしゃったのはアメリアさんなんですがねぇ」
 くすりと笑って、ゼロスは顎を引き、上目遣いにアメリアを見た。酷薄な笑みのその陰影が深くなる。
「さて、世界のあらゆる存在のなかに宿る『それ』に働きかけ、自分の望むとおりの結果を出させるのが魔法です。魔法の魔とは、本来この世に存在しない法則や力のことで、それを呪文によって生みだすことが魔法と呼ばれますが、ただの音の羅列にしか過ぎない呪文が魔法という現象を発生させるのは、存在の―――めんどくさいんで『振るえ』と定義しておきましょうかね―――その『振るえ』に、呪文の持つ『振るえ』が働きかけ、共鳴や共振を起こすためです。つまり、あなたがたが【音】や【光】と認識している波動の振るえこそ、もっとも基本的な力在る言葉なのですよ。混沌の言語だけがそうではありません」
「あんたの言いたいことって―――」
 リナがその目を細めた。
「歌が最も原始的な呪文ってこと? まるでどこかのオペラの一セリフみたいに陳腐ね」
「信じる信じないはご自由に。僕はあなたたちにもわかる言葉で、無数に存在する世界の律のひとつを話しているに過ぎません。少なくとも、そこのユレイアさんには思い当たる節がおありのようですが?」
 ゼロスが話している間中、ずっと唇を引き結んでその内容を聞いていたユレイアは、話をふられ、濃紺の瞳を揺らがせた。
 場の全員がユレイアの言葉を待っている。
 緊張に乾いた唇がひきつれたように動いた。
「私にとって、すべての呪文は歌にしか聞こえない。力在る言葉の独特のリズムと、音階と発音。それらを操ることによって、変化し乱舞する力の流れ………音楽は全世界を形作っている『振るえ』を通して描かれた地図だ。あなたが言うのはそういうことなのか? 私が唱う歌は………魔法だったのか?」
「ユレイアさんが昔の人間ならそうだったでしょうね。音律が直接的に魔法とされていたのは降魔戦争よりも遙か以前の話です。しかし、あなたがその方法で結界を開いたのは事実ですよ―――よい才能をお持ちですね」
 嘲るように言われ、ユレイアの肩が大きくふるえた。
「私、私は………そうやって、私は全部―――」
 自分が好きなことや、持って生まれたものを否定されるのか。自分が持つ能力や個性はは害にしかならないものなのか。そんなに逸脱するものなのか。狂っているとでも?
 アセリアがいない。自分のせいでアセリアがここにいない。誰よりも大事な、愛する姉妹がいない。ケンカなんかしなければよかった。ケンカしたけど、こんなつもりじゃなかった。相手を排除する為に仲違いしていたわけじゃない。自分のために楽器を覚えてくれたアセリア―――。
 こんな、誰かを傷つけるだけの才能なら、いっそこの声なんかいらない。
 やることなすことすべて害としかならない存在なら、塔の中に閉じこもって出てこないから。
 泣くのを必死に堪えているユレイアの右手を誰かが握った。
 歪んだ視界の中で、真っ青な色が鮮やかに映りこむ。
「ユレイアのせいだけど、ユレイアのせいじゃない」
「ティル………」
「ユレイアがそうしたんなら、また別に何とかすることもできるはずだ。そうだろ? それだけの力がユレイアにはあるんだから」
 見あげたその顔は、まっすぐゼロスに向けられていた。
「アセリアがここにいないのもユレイアのせいなのか? 違うだろ」
 魔族は肩をすくめて、面倒くさそうに答えた。
「うっかり巻きこまれたんでしょう。なんで聖堂にいたかまでは知りません。そこまで僕は責任持てませんよ」
「きっとそれも私のせいだ………」
 虚ろなその声に、アメリアが泣きそうな顔で娘を見た。
「ユレイア?」
「私が、叩いたりなんかしたから―――」
 双眸から涙が溢れ出した。
「全部、私のせいなんだ」
「なんでケンカするかなぁ………」
 傍らのティルトが困ったような顔で首を傾げた。
 この堆積した泥のような空気のなかで、あまりにも場違いに呑気な声だった。
「二人とも相手のことが大好きなくせに叩くのか? オレよくわかんねぇ」
 アメリアとゼルガディスが絶句する。親二人は、思わずと言った様子でそれぞれ顔に手を当てた。
 唖然としたユレイアは、握られていたその手を思いっ切り振りほどいた。
「そ、そういうことをいうから、ティルは嫌いなんだ………!」
 思わずそう口走った彼女に、ティルトは笑いかける。
 その顔を見るたびに、もう嫌だとユレイアは思う。あまりにも突き抜けていて頭を張り飛ばす気もおきなくなってくるのだ。タチが悪すぎて泣きたくなる。
「とりあえずアセリアも揃わないと、オレおみやげ渡せないし。さっさと謝れよ」
「言われなくてもそうする………!」
 泣きながらユレイアはティルトを怒鳴りつけた。これだからティルトはイヤだった。これでは、相争っていたことがまるで馬鹿みたいだ。互いに言ってはならないことを口にして、相手を叩きまでしたのに。
「泣いているひまがあったら、とっとと何とかしてアセリアにごめんなさいでも言うのね。ケンカどころじゃなくなったのは不幸中の幸い。泣くんじゃないわよ、ユレイア=エディ=アルト=セイルーン」
 情け容赦なくリナが言い、とがめの視線を向けたアメリアに、
「あんたたち、甘やかしすぎ」
「リナさんとガウリイさんだって、人のこと言えませんよ」
「他人の子どもだから言えるに決まってんでしょ」
 足を組んだリナは、頬杖をついてゼロスを見、目を細めた。
 いまは手元に何もない。魔血玉呪符タリスマンだけはかろうじて身につけているが、ただそれだけだ。剣も、鎧もない。あったところでゼロスに敵うわけでもないが、何の準備もしていないことはたしかだった。
 そもそも再び会うとすら思っていなかった。このまま何事もなく年を取って死んでいけそうだと、わりと楽観的に目論んでいたというのに。
 リナはふと苦笑する。どうやら自分の星はどこまでもそういう軌道を歩むようだ。
 唐突に笑ったリナに、場の全員が訝しげな顔をした。気にせずリナはゼロスに冷ややかな視線を向ける。
「説明ありがと。色々ごちゃごちゃ事情が入り組んでそうで、別になんでもないことがよーくわかったわ。単にあんたが仕事でこっちきてて、その仕事をユレイアがうっかり手伝っちゃって、うっかりアセリアがそのとばっちりくらっただけでしょ?」
「そうなのか?」
 初めて知ったとばかりに聞いてくる息子に、リナは頭痛を覚えながらも頷いた。
「それ以外にどう話聞けってのよ。―――それでアンタ、あたしたちにどうさせたいワケ?」
 ゼロスがうっすらと笑って答えずにいると、すっくとアメリアが立ちあがって彼を睨んだ。
「あなたが秘密にするんなら、わたしたちで勝手にアセリアを助けに行きます」
「ほう、どうやってです?」
「なんとかしますっ。大聖堂の地下にいるのなら、魔法で………!」
「地精道なんか使ったら結界が破裂するわよ、アーメーリーアー」
 子どもをしかりつけるようなリナの口調に、アメリアはムッとして二十年来の親友を見た。
「なんでですっ、あれは特に攻撃魔法というわけでも―――」
「消えた土がどこいくか、アンタ知ってんの?」
「…………」
「ちなみにあたしは知らないわよ。増えた分と減った分の採算があわない魔法を、不均衡な魔法っていうのよ。あんた、結界ごと自分の子どもにとどめさす気?」
「じゃあ、どうしろっていうんですかっ!」
 癇癪を起こしたように―――事実起こしたのだろう―――アメリアが久々に見るその仕草で、ゼロスをびしりと指さした。
「こんなのの力を借りて、うちの娘を助け出せっていうんですか。裏で何考えてるかわからないのに!」
「こんなの………」
 ゼロスが憮然として呟いたが、場の全員がそれを黙殺した。
「こんなのに借りを作るだなんて、絶対にイヤです! 話を聞いただけでもすでに借りなのに!」
「あんた、ゼルの考え方が感染うつってきたわね………」
 リナが呆れて言い、再びゼロスを見た。
「さて、そろそろはっきりさせなさいよ。話すだけ話して終わり、なんて、まさかアンタがやるはずもないし。アンタは等価か、もしくは自分の取り分が多い取引しか、しないわよね――――」
 真紅の瞳が剣呑な色に染まった。ティルトとユレイアがわずかに息を呑む。初めて見るリナの表情だった。
 柔らかでいながら鋭角な。猫科の獣のような、ひそやかな敵意。
 対するゼロスは、人とは相容れない笑みを浮かべて無言のままだった。
「話さないのも、策のうち――――?
 時間稼ぎが目的なら、あたしもアメリアに賛同して動くわよ」
「リナさんたちに何かさせたくて来たのではなく、何かしてもらっているから、お礼を兼ねてこちらに来たんですよ」
 唐突なゼロスの言葉に、ゼルガディスとリナが顔をしかめた。
「どういう意味だ」
「いえいえ、事の始末はそもそもの原因の方に自分でやってもらおうと思いまして。さきほどから言ってますけど、今回リナさんたちは本当に予定外だったんですよ。それはいまも変わりません。ここにいるのは、まあ―――単なるノリです。ところで話は変わりますが、そうしたほうが面白くなる場合、僕はわりと無償で動きますよ?」
「しっかり楽しんでいるくせに、どこが無償だ」
 ゼルガディスが言い捨て、ガウリイが無言でリナの前に立った。丸腰のリナとは違い、ガウリイとティルトはそれぞれ腰に剣を佩いている。
 彼らのその反応が先の、そもそもの原因云々という己の発言から来たのだと気づいたゼロスは、ああ、と笑い、手をふって否定した。
「いえ、そもそもの原因はリナさんではなくて。もちろんリナさんのあの呪文が原因でもありますが、それでもまだかろうじて余裕があったんですよ。でなければ二十年も保ちません」
「あんたの口調からすると、あたしの知ってるやつを問答無用に巻きこんでからここに来たってわけね。それで予定外とはよく言ったわ。あんたが何もしていないって言ったのは、たしかに事実よね。相変わらずのやり口だこと」
 リナの弾劾を笑って聞き流し、ゼロスは細い目を一層細くした。
「だいじょうぶですよ。もう、来てますから」
「―――?」
 疑念を抱き、一様に緊張した表情を見せたリナたちのなか、ただ一人、ガウリイだけが戸惑った顔で扉に顔を向けた。
「どうしたの、ガウリイ?」
「いや、外に―――」
 そう言いかけた途端、扉の外が騒がしくなった。入り乱れる人の声はだんだんと大きくなってくる。こちらに向かっているのだ。
「まさかイルニーフェでも………」
 目を覚ましたとか、容態がおかしくなったとかだろうか。そう思ってアメリアが扉のほうをふりむいたときだった。
 乱れた足音と共に、扉が勢いよく開かれた。制止の声を振り切って、走ってきた勢いそのまま体当たり同然で扉を開けたと知れる速度だった。
 ゼロスの笑みが深くなる。
 金色の人影が室内に飛びこんできた。ユレイアがこぼれんばかりに目を見開く。
「クーン姉上―――!?」
「母さん! アメリアさんッ! ユズハが―――」
 その声が、途中で途切れる。
 母親と同じ真紅の瞳がいっぱいに見開かれ、室内のある一点でとまった。
 部屋の最奥。すなわち、夜の窓を背に立つ魔族。
 止める暇もなく剣が鞘走った。
 ゆるやかに巻くその髪が主の急な動きについていけず、引きずられるようにひるがえる。
「クーン !? 」
 悲鳴のような声はアメリアだ。
 そのまま制止に飛び出そうとするのをゼルガディスが止める。いま飛び出したら、間違いなく斬られる。この勢いでは、寸止めできる理性も力も残ってはいまい。
「リア、やめなさいッ―――!」
 制止するリナの声は、喉にからんでかすれていた。
 ゼロスは飄々と笑みを含んで、迫り来る刃をただ見ている。

 空白。

 硬く鋭く、鋼の噛みあう音がした。
 脳髄に潜りこむようなその音と共に発された殺気は、受けた相手によって流され、散らされる。
 父親と鍔迫りあいながら、リアは歯ぎしりせんばかりの表情でゼロスに視線をやった。
「ユズハはどこ !? 」
「これからお教えしてもいいですよ。僕がここにいることと無関係じゃありませんし」
「この……ッ」
 さらに激昂しかけたリアは、母親の静かだが有無を言わせぬ声に、我に返った。
「―――リア」
 こぼれるように、真紅の瞳がひとつまばたきした。
 至近距離から見つめてくる、底なしの青の瞳。
「剣をひくんだ、リア」
「………はい………」
 張りつめていた気がふッとゆるんだ。互いの剣が離れて鞘に収まる。
 アメリアが椅子に倒れるように座りこんだ。
「ひ、ひさびさに心臓に悪い光景を見ました………」
「おれもだ」
 ゼルガディスが力無く同意した後で、思い出したように付け足した。
「クーン、宮廷内での許可無き抜刀は禁止されている」
「………すいません」
 いまとなってはかなり間の抜けた忠告だったが、現実世界というのはそういうものだった。こわごわ部屋を覗きこんだ衛兵たちを追い返し、完全に人払いをする。魔道士協会評議長と僧侶プリースト連盟の会長からそれぞれ使者が来ていると聞き、白魔法以外の魔法の使用を固く禁じる旨を言付けた。面会している暇などない。
 セイルーン側の二人が思い出したように公事にかかずらっている間にも、リアは固く唇を引き結んだままゼロスと相対している。。
 リナが血の気のない顔で娘と魔族を見比べた。
 魔族がただの剣で傷つくことはない。しかし、斬りつけられたという行為を以て報復に出ない可能性はない―――どころか、本来なら充分あり得ることだ。今回はいろいろな要因がからみあった結果、たまたまゼロスの気まぐれがそっちの方向に働かなかっただけだ。
 リナとしても、ここでゼロスがリアを害さないと予想することはできたが、それでも自分の子どもが魔族に無謀な攻撃を仕掛けている光景はあまり見たくない。とても心臓に悪い。見ているだけで、心胆寒からしめる光景だった。
 ゼロスがおもしろそうに笑う。
「前回といい、リアさんの挨拶はまず最初に斬りかかることなんですか?」
「あんた以外にやったことはまだないわ」
 リアは憮然として吐き捨てた。
「前にもやったのか !? 」
 ゼルガディスが愕然とし、リナはとうとう椅子から立ちあがった。
「ゼロス! あんたいったいいつうちの娘に手ェ出したの!」
 リアが半眼で母親を睨み、嫌そうに息を吐く。
「母さん、その言い方ものすごくヤダ」
 リナは血の気のない己を叱咤する代わりに、ぶすくれている娘のほうを叱りつけた。
「あんたもあんたよ! なんなの。三年ぶりに顔見て、背ぇ伸びて大人になったかと思う間もなくこんなのに斬りかかって! 斬る価値ないわよ、こんなやつ!」
 ゼロスが本日何度目かの、片頬を引きつらせる表情を見せた。
 たしかに斬ってもいっこうに堪えないような存在ではあるので、斬る価値はないのだが、なにやら違うことを言われているような気がする。
「ごめん。父さんにも母さんにも、ただいまを言ってる暇がないの」
 乱入してきたリアは、ゼロスに再び剣を抜き放つと静かに尖先をつきつけた。
 真紅の瞳が母親よりも深く、熾火のように濁って燃える。
「ユズハはどこ? 招待状通りに来てあげたわよ」
 突きつけられた剣先を指でそっとつまんで、ゼロスは首を傾げてみせた。
「おや、僕はあなたに招待状を出した覚えはありませんよ」
「―――ッ」
 怒りで絶句したリアに代わり、ティルトが口を開いた。
「あんたが巻きこんだのは、ユズハだな?」
 ゼロスが何度目とも知れぬ笑みを浮かべる。
 それはもはや、答える必要すら認めぬほどに明らかなことだった。