Ria and Yuzuha's story:Third birthday【Ultra soul】 セイルーン編〔2〕
窓辺に立って外を眺めていたアメリアは、扉の開く音に室内をふり返った。
十三になる二児の母親にもかかわらず、その挙措は相変わらず娘時代の面影を残して愛くるしい。いまもその動きを受けて濃藍色のドレスの裾が軽やかにひるがえったが、挙動とは裏腹、その表情は重苦しかった。
「どうでした?」
「すでに影響が出始めている。年頃の息子を持った貴族は急用で次々と領地に帰っていったぞ」
「どうせすぐに戻ってきますよ。息子同伴で。二十六公爵家に結婚適齢期の男子は何人いましたっけね?」
「紋章院に聞いてみるか?」
「いいです。言ってみただけですから」
そう言ってアメリアは重いため息をはき出すと、両手で顔をおおった。歩み寄ったゼルガディスは、その頭をおのが胸に抱きこんでやる。
「お祖父さまやクリストファ叔父さまの気持ちがわかります」
腕のなかで、アメリアが小さく呟いた。
「お祖父さまだって、叔父さまだって、自分の子どもが王位で争うなんて思ってもみなかったに違いありません。セイルーン王家が呪われているのは自分の代以前のことで、自分たちはそうならない、自分の子どもたちはそうならないと、わたしのように思っていたに違いないんです」
「アメリア―――」
「わたしだって、あの子たちが王位なんかで争わないと信じたから、継承権を同位に―――」
「アメリア!」
ゼルガディスが強く制すると、彼女は目元を拭ってから夫を見上げ、その濃紺の瞳をきらめかせた。
「本宮の三階に続き部屋がありましたよね? 応接間の左右に一部屋ずつ書斎と寝室のある………」
「ああ。リナたちが来た時に客室として使っている部屋だろう?」
突然の問いに怪訝な顔をして答えたあとで、ゼルガディスはアメリアの意図を察した。
「人を呼んで手配させよう。二人付きの女官も変えるのか?」
「いえ。さすがにそうするとあちこちに差し障りがでてきます―――ゼルガディスさん」
出ていきかけたゼルガディスを呼び止めて、アメリアは己の頬を両手ではさんだ。
「わたし、嫌な顔してません?」
「いいや?」
「なんだか、王位が近づいてくるたびに、どんどん宮廷大臣の気持ちがわかってくるようになるんです。娘時代のわたしが、どんなに子どもっぽくて頭の痛い存在だったかわかるんです。わたしが間違っていたとは、それはもう絶対に思わないんですけど、それでも時々、あの子たちに、あのときわたしが言われたくなかったことを、うっかり言ってしまいそうになる。歳はとりたくないものですね」
「…………」
「アセリアとユレイアに嫌なことを言いそうになったら、あなたが止めてくださいね」
ゼルガディスは苦笑めいた表情で、アメリアのもとまで戻ってくるとその頭を軽く撫でた。
「お前は言わないさ」
「だって、いまだってあの子たちに黙って、部屋を一緒にしようとしています」
「そうしないと何を吹きこまれるかわからんだろう。アセリアとユレイアで王位継承権を争う派閥ができると、もっとまずいことになる」
「わかってます」
アメリアは深くうなずいた。
娘たちはあの場でのあの口論が、どんな影響を周囲に与えたのか、全然わかっていない。
あの口論で、大臣や貴族たちはアセリアとユレイアのうち、どちらが王にふさわしいのか、またどちらについたほうが自分は得なのかを計算しはじめてしまった。
当事者たちはまだそれに気づいていない。
そうなることが予測できないほど、二人はまだ子どもだということだ。もう少し宮廷内のことが判断できれば、あんなところで継承権に関するケンカはしない。絶対できない。
権力中枢には、必ず闇の部分がある。
双子たちのどちらか一方を盛り立てることで己の栄達を謀り、周囲を陥れようとする輩がいないとも限らない。
そうなると、ことは単なる姉妹ゲンカでは済まず、セイルーンが二つに分かれ、本人同士は仲直りしたくとも、それぞれに付き従う者たちがそれを許さないという状況にまで陥ってしまう。
これを避けるには、事が片づくまで当事者たちを、彼女たちの歓心を買おうとする者たちから遠ざけておくのがいちばんいい。
普段は互いのことを常に気にかける仲の良い姉妹だけに、こんなことで修復不可能な亀裂が入るなど、絶対赦せないことだった。
さっさと仲直りしてくれればいいのだが。
二人のうちのどちらが王になればいいとは思わなかった。どんな結論が出ようとも、あの二人の間に溝ができなければいいのだ。アメリアたちのほうから継承者を指名するのは、できればやりたくない最後の手段だ。
選んだ相手の身分がたまたま王族だっただけのゼルガディスがしみじみと呟いた。
「難儀な家業だ」
「そう言ってくれるのはあなただけです。誰も国王が因果な商売だなんて思ってくれないんですから」
夫婦は二人揃って嘆息し、事態を最小のものに押さえるためにそれぞれ部屋を出ていった。
血相を変えた双子が、それぞれ別々に母親のもとに抗議にきたとき、彼女はまだ執務中だった。
ちょうど、執務室の隣りに付属した応接室でセイルーンの魔道士協会評議長と僧侶連盟会長、王宮神殿の副神殿長を相手にしているときだった。
この三人がそろって面会を申しこんでくるなど珍しい。
朝、その日の面会人の予定を侍従から聞かされたとき、アメリアは何事かと思ったほどだ。
この三つの役職にあるものは、伝統的に仲が悪くも良くもない。
魔道士協会はいわずとしれた、半島規模で展開する魔道士の相互扶助を目的とした組織である。地方によっては、当の領主すらしのぐほどの発言権を持つ場合があるが、セイルーンでは僧侶連盟の方が幅をきかせているために、それほどの力は有していない。
しかし、それでも宮廷魔道士を通して繋がりはあるし、王宮内の隔幻話の設備や、ライティングによる街灯の管理・調整などをセイルーン側から依頼されて受け持っているので、安定した支持基盤はある。評議長に就任すると、自動的に行政議会に議員として名を連ねることができる。
僧侶連盟のほうは、王都セイルーンを中心に展開する各神殿の横の連帯を図る組織で、こちらのほうは魔道士協会ほど有名ではなく、大々的にも展開していない。むしろセイルーン国内のみで活動していると述べたほうが、正しいかもしれない。
各神殿の神官長が連盟の会員として名を連ね、相互に人材の派遣や情報の交換などを行っている。
他にも、僧侶や民間人のなかから希望者を募っての魔法医の育成なども行っており、セイルーンにある神殿の施療院や診療所の管理を一括して引き受けている。そのおかげで白魔術都市と謳われるセイルーンにおいて、各方面に多大な影響力を持っていた。
連盟の会長、副会長、理事長はそれぞれ、こちらも議会に名を連ね、困ったことに絶大な発言力を有している。
アメリアを初めとする行政の人間からすると、当たり障りなく、長らくお付き合いを続けていきたい人物たちだ。
「なんだってお三方ともお揃いなんですか」
アメリアがそう言ったのも無理はなかった。
魔道士協会と僧侶連盟は、互いに協力して治療魔法の開発チームを組んだり、魔法のノウハウを売ったり買ったりして、表面上は笑顔で手を取りあっているものの、テーブルの下を覗けば互いの足を踏んづけあっている仲である。
これは協会のほうで連盟に対するコンプレックスがあるのと、連盟が内心で己の威勢を笠に着ていて、それが態度に表れてしまっているせいなのだが、理由はなんであれ、二人揃って何かを訴えてくるということは、まずない。
しかし、それでも日頃から交流のある二者とは違って、全く接点の見えないのが副神殿長だった。
セイルーン王宮と融合するようにして建っている中央神殿は、一応、国王が最高神殿長を兼ねている。その下に置かれ、実質的な神殿長の役割を担うのが副神殿長である。王家とも近く、格式高い職だが議会に席はない。
また僧侶連盟の会員に自動的に名を連ねはするが、たとえ満場一致で可決されようとも会長や理事長などに就任することはできない。―――こちらはセイルーンとは何の関係もない、僧侶連盟内での規約だが。
何だってこの三人が揃ってアメリアの元を訪れたのか、さっぱり予測がつかなかった。
挨拶やご機嫌伺いなどの一通りの社交辞令をすませると、まず僧侶連盟の会長が口火を切った。
「アメリア殿下におかれましては、魔道に詳しいと聞きおよんでいます」
「はあ。まあ、王家の人間では詳しい部類に入るでしょうね。わたしの夫のほうがもっと詳しいですけど」
いったい何の話だろうと思いつつ、アメリアは相づちをうった。
「でも、それを言うならラメド評議長の方が本職でしょう?」
「ああいえ。私を別として、この王宮で立場ある方のなかでという意味でございます」
アメリアはますます怪訝な表情になった。
「いったい何の話です?」
「やはりというか、もしかしてお気づきではいらっしゃらない?」
アメリアは眉間に皺を寄せたまま沈黙した。
魔道的な事柄において、国王近くの人間が気づいていなければいけないことなどあっただろうか。
ただひとつ、王宮内で魔道的な事象があるとしたら、精霊と邪妖精の合成獣たる某存在のことなのだが、そのユズハも数年前から留守にしていて王宮内は静かなものだ。
双子の娘のうち、ユレイアが魔道に凝ってはいるが、あれは常識の範囲内での凝りようだし、特に問題も起こしていない。
「魔道的なことで王宮内に特に変わった出来事も起きていませんし、陳情もありません。陳情はいま、あなたたちの口からされるのかもしれないですけど」
そう言ってアメリアが三人を一瞥すると、それぞれ我が意を得たりとばかりにうなずいた。
いままで黙っていた副神殿長が口を開く。
「では、代表してわたくしからお話させていただきます。アメリアさまは、このセイルーンが六紡星結界のおかげで、白魔法に関してはその効果に増幅のあることは既知のことと存じます」
「ええ、もちろんです。代わりに『不均衡』な魔力や魔法の類はその力を殺がれますね」
王都の区画全体が巨大な結界だ。
セイルーンという国の象徴そのものである、調和と安定の六紡星。
結界内での歪んだ魔力の流れを正し、また均衡を取ろうとする魔法には魔力を付加し、その働きを助ける。
だから摂理に反する存在であるユズハが王宮に留まり続けるのは危険だった。リアについていくと言い出したとき、内心で安堵した部分もあったのだ。
ユズハはいま、どこでどうしているだろうか。
ちらりと思考が脇に逸れたアメリアにはかまわず、副神殿長は話を続ける。
「それなのですが、本日、我々三人がこうしてアメリアさまのもとに陳述にうかがった理由なのですが………ここ何ヶ月か、白魔法の効果がおかしいのです」
「―――効果がおかしい?」
問い返したアメリアに、三人は同時にうなずいた。
「いつからとは、そうはっきり申せませんのです。しかし、子どもの背丈が伸びていくように、徐々に少しずつ、効果が過剰気味になっているのは確かかと」
アメリアは心持ち背筋を伸ばして、椅子に座り直した。
どうやらこの面会以降に予定されている執務は、翌日までずれこみそうだった。
もし本当だとしたら、大変な事態だ。下手をすると、とてつもない大事に発展する可能性がある。
「もっと詳しく話してください。お三方とも、それぞれいつ気づいたんです?」
「私のほうに、魔法医や神官を含めた下の方から訴えがきたのです」
最初に僧侶連盟の会長が話し出した。
「どうやらだいぶ前から、魔法医や神官などの間で噂になっていたようですが―――」
「噂?」
アメリアは軽く片眉をあげた。
「どんな噂です?」
「よくある他愛のない噂です。年々、白魔法の効果が大きくなっているような気がする、魔力の消費が減っているような気がするという、毎年よく聞く、いつ頃から言われているかもわからない与太です。アメリア殿下も巫女頭時代にお聞きになったことがあるのでは?」
「そういえば―――」
たしかにそんな噂を聞いたことがあるような気もする。なかば伝説化している根強い噂話の類だ。
気分やその日の体調によって魔法の効果が違うのは―――特に噂話が好きな女性にとっては―――よくあることだから、そういった事実が積もり積もって他愛のない噂になったのだろうと思っていたが。
「もちろん、これらはあくまで噂の範囲を出ないもので、私も見習い時代から知っておりますが、気にとめたこともありません。しかし、三日ほど前に中央地区南の診療所で、効果を弱めてかけたはずの治癒で患者の体力が尽きかけたというのです」
アメリアの顔が強ばった。
一般に広く普及している治癒の呪文は、傷を治す代わりに患者の体力を奪い取っていく諸刃の剣だ。加減を見極めて正しく使用している限りは問題がないが、下手をすると死ぬこともある。
「幸い気づいた魔法医がすぐさま魔法を中止し、大勢で復活をかけたおかげで一命は取り留めたらしいのですが、それ以後も同様の事態が相次ぎまして、とうとう私の方まで話が上がってきたのです。いくら何でも、これはおかしいと」
たしかに、おかしすぎる。
「しかし、いくら不審を感じようとも事は魔法陣ですから、ここはやはり本職に話を聞こうと思いまして、評議長のほうに連絡をとったところ、やはりこちらでも不審を感じていたとのことです」
評議長に話がふられ、アメリアは視線を真ん中に座る連盟会長から、その右隣りに移した。
「私のほうでも、魔道士たちの間で妙な噂がはやっておりまして。会長殿に相談を持ちかけられるまでは気にもとめなかったのですが」
「これもまたどんな噂なんです?」
「魔力への圧迫がなくなってきていると」
アメリアは無言で軽く目を見開いた。
「それは事実なんですか?」
「うちの会計を勤めている魔道士がこんなものを提出してきまして―――あ、本来は破法封呪などの魔法陣の研究をやっておる者なのですが―――彼は噂を本気にしまして、酔狂にも数年前から魔力の圧迫されぐあいを調査しているのですが………これが調査結果です」
テーブルの上に提出されたレポートを手に取り、ざっと目を通してアメリアは唸った。
「………事実のようですね」
「もともと、ここの協会の魔道士は、魔力を圧迫された状態で魔法を使うのに慣れている者ばかりです。無意識で威力を適正にして魔法を唱えようとしますが、ここ最近は加減を見誤る者が出てきたようです」
「結界が作用しなくなっているということですか?」
「いえ。原因はわかりませんし、白魔法の方は通常通り増幅がかかっているようですから、何とも言えません。原因がわからずとも充分由々しい事態と判断しましたので、こうして三人で伺候したという次第です」
「そうでしたね。結論を急ぎすぎました―――エルオーデ副神官長のほうは?」
アメリアが巫女頭だった当時、中年の司祭だった老人は、彼女にうながされて居住まいを正した。
「白魔法の具合がおかしいという話は、ハサル殿のおっしゃられたことと何ら変わりありません。やはり魔法が効き過ぎるという噂が流れておりました。幸い施療院のような事態は起きておりませんが………」
ちらりと寄越された視線に、連盟会長のほうが渋い表情になる。この二人の場合は互いの地位からくる不和というより、どうやら個人的にそりが合わないらしい。
「ご存じの通り、我が神殿とそれに続くアメリアさまたち王家の方々がお住まいの本宮は結界の中心地です。もっとも強く結界の作用が顕れます」
「………何がありました?」
アメリアはふと不安になって、ドレスの裾を意味もなく直した。
お茶はすっかり冷めている。
「近寄れません。というより、そこに行きたくないと言う者が後を絶たぬのです」
「………? どこにです?」
眉をひそめかけ問い返したアメリアは、瞬時に脳裏に答えがひらめいた。
「まさか………聖堂ですか?」
「ご明察の通りです」
「よりによってあそこですか !?」
声が知らず上擦った。
聖堂はセイルーン王宮と神殿のちょうど真ん中に存在する、ステンドグラスの丸天井を持つ空間だ。
この執務室からでも、行くのにそうたいした時間はかからない。雨が降っていたとしても濡れることなくたどり着ける。
天蓋の頂点に向けて優美な曲線を描く壁には、連続して描かれる、装飾を兼ねた魔道文字。完全な正円を描く空間の中央にあるのは巨大なスィーフィードの神像、ただ一柱のみ。
あとは、王宮と神殿それぞれに続く回廊の入り口が、壁にアーチ状の穴を開けているだけである。
聖堂と名を冠されてはいるが、掃除や像の手入れをお勤めとして受け持つ神殿の者以外、普段はだれも足を踏み入れない場所である。回廊の入り口に扉はなく、出入りも自由だが、ここを通り抜けて本宮と神殿を行き来しようとする者はいない。
忘れさられたようにある場所ではあるが、この六紡星の都市で何より重大な意味を持つ空間だった。
此処こそが、真の意味でのセイルーンの中心。
結界の中央―――最も強く魔を退け、力の均衡を保つ地点。
それを利用して、いつだったかリナと二人で魔族を罠にかけた場所でもある。
そして、ユズハが絶対に近寄らなかった場所だ。
「なんだって誰も近寄りたがらないんです」
「それが理由を問いただしても要領を得ませんで………ただ何となく行きたくないなどと申す者ばかりで」
「何となくじゃお勤めをサボる理由にはなりませんよ」
巫女頭として神殿に勤めていたアメリアは、修行の一環としてやらされる日々のお勤めがどのようなものかよく知っている。早い話が雑用だ。
呆れたようなアメリアの言に、慌てて副神殿長は手をふった。
「もちろん馬鹿なことを言うものではないと叱責を加え、別の者を行かせましたが、やはりその者も三日もすれば似たようなことを言い出して、勤めを渋る始末です。そこで、実際に自分で行ってみたのですが………」
副神殿長は言葉を濁した。
「やっぱり、あなたもそう感じたと?」
「ええ………おそれながら。恥を忍んで申しますが、こう………底なし沼か薄氷の真上に立っているような………」
生真面目な人柄で知られる副神殿長とも思えぬ言葉に、アメリアは顔をしかめた。
これはただごとではない。
しかも、これだけ近くに問題が起きていながら、自分もゼルガディスも何も感じなかったとは。呪文を使う機会もとみに減ったとはいえ、ここまで魔道的な動きに対して勘が鈍くなっていたとは、我ながら信じられない。
「―――いま申し上げたことは、どれもひとつだけ取りあげてみれば取るに足りぬ与太話でございます。わざわざ多忙なアメリア殿下のお時間を割くに値するものではありません。しかし話を総合しますと、結界に何らかの変化が起きていることは間違いないかと存じます。僭越を承知で申せば、六紡星の結界はこの王都の象徴。異常が起きているなら、早急に対策をとる必要があるかと存じ、こうして参った次第でございます」
僧侶連盟の会長に、アメリアは小さくうなずいて賛同の意を表した。
セイルーンを形作る結界について、アメリアが知っていることはそう多くない。生まれたときから存在し、また過去何百年と不動のものであったがゆえに、何も不明な点はないのだとこれまで思ってきた。
これは―――詳しく調べる必要がある。
もしリナが帰ってきたなら、彼女にも相談したほうがいいかもしれない。
「お三方ともよく知らせてくれました。労をねぎらいたいところですが、もう少しだけお付き合いください。これから一緒に聖堂に行ってみませんか?」
当然といえば当然の申し出だった。
三人が承諾し、一同が腰を浮かせかけたところで、隣りの執務室が何やら騒がしくなった。
押し問答をする侍従の声と、甲高い子どもの声―――。
「あれは………」
副神殿長が呟き、アメリアが顔をしかめたとき、勢いよく扉が開いた。
「―――失礼します母さま!」
扉を開けたアセリアは、客が三人もいることに気づいてうろたえたが、無言でドレスの裾を摘むと客人たちに一礼した。
「………公務中は私用で来ないようにと言ってありますよ」
アメリアはこめかみを指で揉みほぐしながら、扉を閉めるように指示し、手元に呼び寄せる。
成り行き上、仕方なく三人に娘を紹介する。
「娘のアセリアです。ラメド評議長殿とハサル神官殿は、お会いするのは初めてでしたね」
呆気にとられていた評議長と連盟会長が慌てて一礼した。
「おお、あなた様がアメリア殿下のお子であるアセリア殿下でいらっしゃいますか。お母上によく似ておられますな。お初にお目にかかります。僧侶連盟の会長を務めております北区スィーフィード神殿神官長のハサルと申します」
「お噂は城下でも常々うかがっております。またリナ=インバース殿のご息女ともお親しいとか。私は魔道士評議会の評議長の―――」
評議長の自己紹介は途中で途切れる羽目になった。
閉じられたはずの扉が再び勢いよく開く。
「執務中に失礼いたします母上!」
目の前のアセリアと全く同じ顔の出現に、二人の目が一様に点となる。
「まったくもうあなたたちは………」
こめかみを揉むアメリアの指に、さらなる力がこもる。
どうやら聖堂に行くのは後回しになりそうだった。