Ria and Yuzuha's story:Third birthday【Ultra soul】 セイルーン編〔4〕
彼女が到着したのは、そんな状況下でのことだった。
本人同士がどう思っていようと、公式記録で彼女はセイルーンの王族であり、アメリアの義理の妹にあたる。本来いるはずのないセイルーン第三王女として、正式にマラード公国に降嫁したイルニーフェ=テュスト=ローゼ=マラード。
本人としても自分の無茶な肩書きを承知しているのか、過去、セイルーンに帰ってきたのはフィリオネルの戴冠式、一度きり。久方ぶりにセイルーンで見かけるその鋼色の髪だった。
継承権の無い養女の王族、という立場の彼女を、この状態で迎えることを危険視する声もあったが、そのような内情など、どこ吹く風で馬車から降りたイルニーフェは、わざわざ政務の合間をぬって迎えに出たアメリアの顔を見るなり、ひとこと言った。
「ひどい顔だわね。そんな顔をしていると、痛くもない腹を探られるわよ」
容赦のない酷評にマラードから付いてきた侍女と、出迎えに出てきた王宮関係者たちが一様に色を失うなか、言われた当の本人はただ苦笑した。
「相変わらず手厳しいですね」
実際、痛くないどころか痛すぎだ。本当の意味で痛くもある。
ゼルガディスの勘は当たっていた。通達した命令の結果、隔幻話のある街から報告されてきたデーモンの出没の有無は、その答えのほとんどが『有』というものだった。どれもたいした被害ではなく、目撃情報だけのものもあったが、頻繁に出没しているのは間違いがない。
そこでゼルガディスは、調査範囲をエスタルーンとラムリア・シティの間から、さらに広範囲へと広げた。現在はその報告待ちである。編成された軍は二つの街に向かっているが、さすがにまだ到着していない。
この情報がもたらす状況が、アメリアの勘に妙にひっかかってイライラさせている。
アメリアはアメリアでそれどころではないのだが。
日常的な執務の量に加え、式典用の決裁が彼女を待っており、そこに継承権問題と結界問題と来ては、ストレスが胃にくるのも無理のない話だった。
この歳になって生まれて初めて神経性の胃痛を経験するなど、脱力するしかない事態だ。
おまけに忙しすぎて、結界問題は全然進展が見られず、継承権問題は当事者たちに問題があって、進展が見られないどころか悪化しつつあった。
むりやり二人一緒にした居室の外では、ケンカが絶えない。
いちばん被害をこうむったのが、二人を同時に教えることになっている教師たちである。
互いを見もせず、憮然として授業を受ける。討論させようものなら主題からずれて、王位の争いになったあげく、口ゲンカになる。ただこれも肝心のところで二人が口を噤むらしく、口論になっても行き着くところまで行かないらしい。一度、本音をぶつけきってしまえば、後は好転するしかないものなのだが。
ユレイアのほうは個人的な希望から、専門的な音楽の授業が組まれていたが、こちらのほうは本人が自主的に授業を受けるのを辞退した。理由は「唱うとどうなるかわからないから」。自分ではなく、周りが。
事実、情緒不安定になっているせいか、たしかに聞く限り、いつもより声が深いような気はする。
外ではケンカの絶えない二人だが、逆に同居している部屋のほうに戻ると、お互い顔もあわせないらしく、シンとして何も聞こえてこない。時々ユレイアが歌っているのと、二人が連れこんだ互いの猫のケンカが漏れ聞こえてくるぐらいである。まさか猫に代理決闘をやらせているわけでもあるまい。
本当に式典までに継承権が定まるのか、疑わしくなってきていた。
王宮の雰囲気は、はっきりいって悪い。
その雰囲気の悪い王宮に到着したイルニーフェは、国王に到着の挨拶をすませると早々にアメリアの私室に招かれていた。
小柄なアメリアとほぼ同じ目線の高さを有する義妹は、ソファに腰を落ち着けると、彼女を見据えた。
「あのね、あたしは主国の跡継ぎがめでたく定まったその祝賀を述べに来たのよ。それなのに、当の跡継ぎ本人が謁見のあいだも胃に穴をあけそうな顔でいるんですもの。お祝いをしたくともできないじゃないの」
「………ちょっと、ダメです」
アメリアは目を閉じて眉根を寄せた。
「まさか自分が当事者じゃないのがこんなに辛いとは思いませんでした。当事者だと、どこまでも無茶できるんですけどねぇ」
イルニーフェは軽く顔をしかめた。
台詞の前半にも後半にもそれぞれ反論があったが、それを口に出すのは控えて、ひとつ嘆息する。
二人が黙りこんでいると、お茶を持ってきた女官が小さく一礼してから部屋を出て行った。
「それで?」
イルニーフェは話を促した。
積もる話もあるからというのが、招かれた理由の建前だったが、どうやら話はすぐにでも別の核心に飛びそうな勢いだ。
「あたしに話してもいいのかしら。次期王太子殿下?」
「妹が相談にのってくれるなんて、麗しい姉妹愛じゃないですか。テュスト=ローゼ=セイルーン公妃殿下?」
「………テュスト=ローゼ=マラード」
皮肉にさらなる皮肉を返されたイルニーフェは憮然として訂正した。
彼女が着いたと聞いて扉を開け放ってやってくるはずの影が二つ、いまだ見当たらないことから、だいたいの原因は察せられた。
「………ゼルガディスは?」
「ちょっといま色々あちこちたてこんでて忙しいうえに、遠回しな縁談を断るのに必死です」
「たてこんでるのはいいとして、最後は聞き捨てならないわね」
イルニーフェは当然といった口調で応じた。
「誰の、と訊くのも愚問ね。結婚できる王族が王宮に二人しかいないもの。どちらのかしら?」
「どっちもです」
無言で片眉をあげると、イルニーフェは嘆息した。
予想はしていたが、どうやら当たりらしい。
「一応、正面からちゃんと訊ねるわよ。アメリア王女、あなた今いったい何で頭を痛めていて、王宮は今何で揉めているのかしら?」
「空いた第二王位継承権の行方にです」
答えを聞いて、相手は小さく鼻を鳴らした。
「だから生まれた時に決めておきなさいって言ったのよ」
双子が生まれた際、継承権同列の話を聞いて呆れ怒り、真剣に忠告した彼女は容赦なくそう言ったが、返事がないアメリア王女の様子を見て、かなりの重症だと判断し、仕方なく矛を収めた。
自分の物言いは、相手に余裕がないと追いつめるばかりなのは承知している。
普段はそれでも遠慮しないのだが、今回は妥協することにする。
「いいからゼルガディスをいまここに呼びなさい。公務中だろうと何でもいいから呼びつけなさいな。でないとあたし、部屋に帰るわよ」
いまの王宮の状態では、自分の懸案を話すどころではない。
アメリアはソファのクッションを抱えこむと、そこに顎を埋め、恨めしそうな目をした。
「どうして帰るなんて言うんですかぁ………」
「いい年して、へたれないでちょうだい」
「へこたれてないですよーう」
二児の母親が、クッションを抱えてへたれている姿に十二も年下の友人は真剣に頭痛を覚えた。
「いいから呼びなさいったら。三人でお茶にしましょう。ええと、それから………あなたは温めた牛乳を飲みなさい。あたしの前で胃の痛そうな顔をしないでちょうだい」
思わぬ役回りを演じることになって、マラード公妃は内心憮然とした。
本来、こういう気配りめいたことは彼女の伴侶が得意とすることであって、自身の得意分野だとも、またするべきことだとも思っていない。
―――あたしじゃなくて、リーデが来ればよかったかしらね。
公国において呑気に書類を決裁しているだろう相手のことを思うと、何やら腹が立ってきたが、向こうは向こうで公妃が抜けた分の負荷がかかっているはずなので、これは八つ当たりに近い。
しかしアメリア王女にはああ言ったものの、まさかイルニーフェも双子たちが継承権のことで争うなど、思ってもみなかった。これに関しては、揉めずにどちらかに決まるものと思っていたのだ。
思えば馬車のなか、ちらりと昔のことを思い出したのは、予感めいたものだったのだろうか。
これではマラードから持ってきたいくつかの懸案を話せるのは、いつになることやら。
アメリアの溜め息が伝染したかのように、イルニーフェも軽く嘆息した。