Ria and Yuzuha's story:Third birthday【Ultra soul】 セイルーン編〔7〕
双子を叱りとばしたイルニーフェがアメリアの私室を訊ねると、そこには既に先客がいた。
「うわ、おひさし」
「おー、ひさしぶりだなぁ」
「あ、イルニーフェさん。なんだか、すげぇひさしぶりに顔見た。あ、ええと、ゴブサタしてます」
イルニーフェは無言で視線を、セイルーン組の二人に移した。超多忙のはずの王族二人は、どうにか執務を抜けだしてきたらしく、揃ってこの場でお茶を飲んでいる。
小さく肩をすくめて、夫の方がイルニーフェの無言の問いに答えた。
「ついさっきだ」
「今日帰ってきたばかりだそうです」
納得した彼女は視線を戻した。
「そう。おひさしぶりね。三人とも元気なようで何よりだわ。残りの一人とおまけは一緒じゃないのかしら?」
イルニーフェの挨拶は双子に対する怒りを多少引きずっていたためか、少々冷淡だった。
「おまけって………ユズハが聞いたら怒りますよ」
「いまはいないから大丈夫よ」
「あの二人は二人で勝手にやってるわ。気が向いたら帰ってくるでしょ」
軽い口調でそう言うと、リナは軽く目を細めてイルニーフェを見た。
「で、会ってきたんでしょ。何か言ったの」
どうやら既に事情のほうはアメリアたちから聞いたらしい。
イルニーフェは無言で空いた椅子に座った。
「言ってないわよ。馬鹿らしい」
「どういう意味だ」
ゼルガディスの問いに、イルニーフェは憤然として答えた。
「どうって、その通りの意味よ。口を出すことじゃないから黙っただけ。あたしは甘やかさないわよ。怒鳴らないだけまだ良いと思ってちょうだい」
なぜならイルニーフェは十二歳だった。あのとき、十二歳だったのだ。
あれから既に十年以上が経つ。あのとき私憤にかられた子どもは、出自など霞ませるぐらいに、上に立つ資格と覇気を持った女性へと成長を遂げていた。例え平民公妃と陰口を叩かれようと、揺るぎない芯が確固としてうちに在る。
どうやら怒っているらしいイルニーフェに対して、アメリアが何か言おうとしたが、それよりも早くティルトが首を傾げた。
「ニーフェさん帰ってきたし、今度はオレが行ってきていい? おみやげ渡したいんだけど」
「いまはおやめなさい」
とりつく島もなくイルニーフェがそう答え、リナがそれに頷いた。
「今回のは、二人が仲良くしてないと渡せないでしょ」
「だって、仲悪くないだろ」
ティルトの呑気な言葉に、いつもは笑ってそれを聞き流すはずのアメリアが目くじらを立てた。
「さっきした話のどこをどう聞いたら、あの二人がいつも通りに思えるんですかッ !? 」
剣幕に押されて、ティルトがひゃっと首をすくめる。
「いや、オレもいつも通りとは思わないけど………」
睨まれて、ティルトは首をすくめながらも続けた。
「でも、仲悪いとも思わないんだよな………」
「まったくだわ」
救いの手は意外なところからだった。
「イルニーフェ、どういうことです?」
マラード公妃はおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。
「あんまり馬鹿らしいから、教えないわ。あなたは絶対に怒りだすもの。あの子たちの口からじかに聞きなさい。二人に自力で解決してほしいならね」
ぐうの音も出ず、アメリアはそれ以上問うことができなくなった。
手の中でおみやげらしい包みをもてあそんでいたティルトが、焦れたように口を開いた。
「で、やっぱりオレ、おみやげ渡しに行っちゃダメ?」
「ダメです」
「さっさと渡さないと、母さんにとられそうで怖いんだけど」
「………あんたね、自分の母親をなんだと思ってるワケ?」
「とらねぇ?」
「今更とらないわよッ、うあ腹立つッ!」
「お前の日頃の行いが悪いんだろう」
ゼルガディスがさらりと言い足し、リナからものすごい目で睨まれた。
アメリアが黒髪を揺らしながら、小首を傾げる。
「リナにとられそうなおみやげって………また今度は何をもってきてくれたんです?」
「オリハルコンよ」
長椅子にどっかと体を預け、足を組んだリナがおもしろくなさそうにそう言った。
香茶を口に運ぶイルニーフェの手元が一瞬止まったが、そのままカップに口をつける。
「オリハルコンっ !? なんだってそんな代物を手に入れて、しかもうちの娘のおみやげにしようだなんて思うんですっ !? 」
「だいたい、おみやげにしようなどと思っても、そこらへんの道ばたに落ちてるような代物じゃないぞ」
呆気にとられたセイルーンの夫婦組から、なかば叱られるように問いつめられて、ティルトは困った顔をした。
「いや、落ちてたんだ」
「嘘をつくな、嘘を」
「ティルがゼルに嘘ついても、どうしようもないだろうが」
「それはそうだが………非常識さは、どっちに似たんだ?」
「ぜぇぇぇるぅぅぅ、実はあんた久々にあたしとケンカがしたいのね? そうなのね?」
地を這うようなリナの声に、ゼルガディスはどこ吹く風で肩をすくめた。
「ひとつ訊ねてもいいかしら、リナ=インバース?」
突然口を開いたイルニーフェに、全員の視線が彼女を向いた。
「いいけど、なによ?」
「あなたたち、今回はカルマートからの帰りなのかしら? それともラルティーグ? まさかクーデルアではないわよね?」
唐突な質問に、いささかリナは鼻白んだ。
「最初にあげたカルマートからよ。はじめはゼフィーリアに寄ったんだけど、あちこちうろうろしているうちに、最終的に帰りはそっちからになったんだけど………それが何なのよ?」
「イルニーフェ?」
アメリアのいぶかしげな呼びかけを無視して、イルニーフェは今度はティルトに問いかけた。
「そのオリハルコンはカルマートで?」
「そうだけど」
「イルニーフェ」
再び呼ばれたその名前は、今度はわずかに咎めの響きを帯びていた。マラードとセイルーンの関係がオリハルコンに拠る事実と、いまのイルニーフェの態度を結びつけたからだった。
マラード公妃は不機嫌な表情で押し黙ったが、すぐにまた喋りだした。
「アメリア王女、あたしはあなたの繰り上がりを祝いにも来たけど、急いで話したいことも幾つか持ってきたのよ。これはそのうちのひとつ」
「あとにしてください。何だってこんなところで話そうとするんです」
ここ何ヶ月かぶりに訪れた、ようやく肩の力の抜ける場に執務の話を持ちこまれ、その声が少々尖る。
「だって、いまリナ=インバースが持ってきた情報と、あたしが話したいことが無関係ではないもの。聞かれると、まあ多少は困るけど、あたしはリナ=インバースを信用しているわ」
「それはありがたい話だけどね………」
リナが困ったように鼻の頭をかいて、アメリアを見た。
「なんなら席外してもいいわよ? そろそろ家のほうに―――」
「今日は泊まっていってくれるんじゃないんですか !? 」
アメリアが悲鳴のような声に、リナは肩をすくめる。
「だって、普段使わせてもらっている部屋にはアセリアとユレイアがいるんでしょうが。それに何かね、今日あたりリアが帰ってきそうな予感がすんのよ。入れ違いになるのも嫌な話だし」
「それにしたって、もうちょっといてくださいよう」
「んー?」
リナはイルニーフェに視線を投げた。
「あたしが悪かったわ」
イルニーフェはあっさりと降参した。
「リナ=インバースにも聞いてほしかったのよ。あなたたちがそれをどう思うかはどうあれね」
「そういうことは早く言ってください」
ものすごく不機嫌にそう答えたアメリアの背中を軽く叩いてなだめ、ゼルガディスが話を促した。
「で―――?」
「話を蒸し返すようで悪いけれど、本当にセイルーンでオリハルコンは採れないのかしら?」
「採れません」
「んーもー、アメリア。あんたちょっと落ち着きなさいって。ケンカ腰でどうすんの。相手がイルニーフェだから、すぐに大ゲンカになるじゃないのよ」
「………リナ=インバース、それはフォローのつもりなの?」
「当たり前でしょ。ここで煽ってどーすんの」
「………そう」
イルニーフェは憮然として呟くと、腹を括って重要機密を暴露することにした。
「ここ何ヶ月かで、ラルティーグとクーデルアの二国にオリハルコン鉱脈が見つかっているわ」
「それはたしかか?」
公妃は小さく頷いた。
「マラードの情報網に引っかかってきた事実よ。ここまでは確かな話。そして、これから先は推測。―――新たに見つかった鉱脈、あたしたちはカルマートにもそれがあると予測した。リナ=インバースの話から、それが事実だとわかったわ。そしてマラードでも以前からオリハルコンが採れる。あたしの知りたいとこを知るには話しておく必要があるから言うけれど、マラードの鉱脈はセイルーンとの国境沿いに位置するのよ。そして新たに見つかったクーデルアの鉱脈も。他の二国を含めたこの四つの国の共通点は何か。それはこのセイルーンの周辺にある国だという事よ。
―――もう一度聞くわ、セイルーンでオリハルコンは採れないの?」
「領主が隠匿しているならともかく、採れたという話は聞いていません」
そう答え、疲れたように嘆息したアメリアに代わって、ゼルガディスが問うた。
「イルニーフェ、いまのお前の話には矛盾点がある。同じ周辺国のゼフィーリアとエルメキアはどうした」
「その二国は違うわ」
「なぜそう言いきれる」
「この王都セイルーンを中心に一定半径の円を描いた場合、この二つの国だけが入らないのよ。こういう偶然の一致とか、法則性とかを見出すのは嫌いなんだけれど、仕方がないわ。セイルーン国内でこの円周上に存在するラムリア領やエスタス領では、オリハルコンが採れたり、新たな鉱脈が見つかったりしていないのかしら?」
「ラムリア領に―――」
「エスタス領だと………?」
アメリアとゼルガディスの表情が変わった。
「採れるのかしら?」
得たりとばかりのイルニーフェの言葉に、アメリアは激しく首を横にふった。
「そんな報告はのぼってきていません。ちょっといま、別件でこの二つの領の名前が出てきていて………ゼルガディスさん、これは、どういう―――」
「待て、関係があるかわからん」
アメリアを制すると、ゼルガディスはその氷蒼の瞳をイルニーフェとリナたちに向けた。
「こちらからも質問していいか」
「まだこちらの問いにも完全には答えてもらってないけれど………まあ、いいわ」
「あたしたちも? 答えられる質問じゃなきゃやーよ」
「聞きたいことはひとつだけだ――――イルニーフェ、マラード領にデーモンは出ているか? リナ、ここに来る途中、デーモンに遭遇しなかったか?」
「………したわね」
リナの顔が真剣なものになった。イルニーフェはより一層、渋面をつくる。
「その話の流れからすると、別件というのはデーモン出没による討伐隊の派遣要請なのかしら?」
「答えになってないぞ」
「嫌な人ね。そうよ。マラードでは数ヶ月前からデーモンによる被害が多発しているわ。近衛兵まで借りだして駆除にあたっているところよ。今回は祝賀を述べる他に、オリハルコンの件とデーモンの件で相談したかったから来たの」
リナが思わしげに視線をさまよわせ、唇に指をあてる。
「こちらでも、帰ってくる途中でデーモンにぶちあたったわ。ただの野良デーモンだと思って適当に片づけたけど、思えばあの街を出てからすぐだったわね」
「これは偶然の一致なの?」
「偶然って三度までって言わないか?」
イルニーフェの独り言にのんびりガウリイが答えを返し、思い切り嫌そうな目で見られた。
「偶然でないのなら、その法則が導かれる原因を探らないといけなくなるのよ。ガウリイさん」
「勘でわからんかな」
「わかるんなら、ぜひ今すぐやってちょうだい」
そのやり取りを余所に聞きながら、考えが思わず口をついて出たという感じで、アメリアが呟いた。
「オリハルコンがあるからデーモンが? それとも、デーモンがいるからオリハルコンが………?」
「どういうことなかしらね。二つの問題がひとつになるなんて………」
リナが少々いらだたしげに、肘掛けを指で叩いた。