時の旋律 第17章 救い手

 苦い口調でゼロスが呟いた。
「女神リナ・フレイア、直々のお出ましですか………」
 部屋に視線を巡らして、ゼロスは苦笑する。
「ガウリイ・トールに、シルフィール・エイル、おまけに運命の三女神のフィリア=ノルンですか。すごい顔ぶれですね。何事です?」
「あんたがロクでもないことしてくれるからでしょう?」
 リナがゼロスを睨みつけた。その横では、ガウリイが彼の武器である光の剣を油断無くゼロスに向けている。
 シルフィールがアメリアとシグルドの傷を癒して、フィリアがこの場にいる人間に守護の結界を張っていた。
「シルフィールさん………?」
 微かなアメリアの声に、シルフィールはそっと囁く。
「もうだいじょうぶです。いま、怪我を治していますから」
「ゼルガディスさん……ううん、シグルドさんは………?」
「無事ですよ」
 アメリアは微笑んだ。
 リナとゼロスの会話は続いている。
「セイルーンから手をひきなさい。今回は失敗したって、あんたの女王さまに報告すんのね」
「手をひいたらそのブリーシングのタリスマン、返してくれます?」
「やぁよ」
 ゼロスの言葉にリナは即答した。
「これはあたしがあんたから正当にまきあげたものでしょーが。それとこれとは別!」
「まきあげのどこに正当性があるんですっ !?」
 思わず声をあげるゼロスに、リナが言い返す。
「やかましい。なんでヴァン神族のあんたに正当性を力説されなきゃなんないのよ。とにかくこれは返さない! あんたが手をひかないって言うんなら、この場の全員で力ずくで叩き出すまでよ!」
「とにかく死者を連れ帰らないことには戻れません! 怒られるじゃないですか!」
「あんたねえ………怒られるって、お遣い忘れた子供じゃないんだからさあ………」
 リナが呆れた顔をする。
 その手が、スッと掲げられた。
「ま、いいわ。やる気なら相手するまでよ。知らないからね。今回は特別バージョンなんだから。アメリアとゼルに怪我させた分は、きっちり返させていただくわ」
 ゼロスがきょとんと首を傾げた。
「さっきからゼルガディスさんの名前を連呼してますね………。まあアメリアさんが飛びこんできたあたりから、そんな気はしてましたけ、ど!」
 言い終わると同時にゼロスが力を放った。
 リナとガウリイは左右に飛んで避ける。
 ゼロスの攻撃はフィリアの結界にぶつかって中和された。
 ガウリイがゼロスに打ちかかる。力をまとわせた錫杖でその光の刃を受け止めて、ゼロスは片手に魔力光を出現させた。
 顔を灼こうとするそれをガウリイはかわして、横薙ぎに剣を一閃させる。ゼロスは後ろに飛んでそれを避けた。
 その耳に、微かに呟かれるリナの呪が届く。
「アナク・ソ・ナム ナタク・サ・クリム――――」
「なっ……神聖ルーン魔法 !?」
 リナが不敵な表情で、クスッと笑った。
 まきこまれまいとガウリイがゼロスから飛び離れた、瞬間。
「―――カオティックディスティングレイトっ !!」
 部屋が純白の閃光に包まれた。続いて蒼い光がふくれあがり、爆発する。
 アメリアたちがいる壁とは反対側の壁に、ゼロスが吹き飛ばされて、打ちつけられた。
「言ったでしょ。特別バージョンだって!」
 リナの言葉に呼応するように、ゼロスがゆっくりと立ち上がる。
「なるほど………。確かにそのようですね。ルナさんから力の信託を受けてきましたか」
「そゆこと♪」
 光の剣から撃ち出された光刃をゼロスの錫杖が弾き飛ばす。光の刃の後を追うようにして斬りこんできたガウリイが、ゼロスに攻撃の余裕を与えない。
 その間を縫って、リナの呪文が響く。
「遙かなる暁暗ぎょうあんの海のなか。ユグドラシルの細き根のみが触れ降りる、すべての世界の御奥つ城みおくつき。かの御姫君の隠し名に、我乞い願うは始源の力―――」
 どんなに微かな声でも聞き逃すことのできない、力に溢れたその韻律に、ゼロスの目元がぴくりと動いた。
 錫杖がガウリイの光の剣の柄の部分を真下から跳ねあげる。わずかに空いた空間に、ゼロスは膝蹴りを叩きこんだ。
 ガウリイが後ろによろめく。そこに衝撃波が襲いかかった。飛ばされたその体がフィリアの結界に叩きつけられる。
「ガウリイさまっ」
 シルフィールの声。
 リナは詠唱を止めない。
「悪夢を統べしその力。我が神気と意志をもて、召喚のしるしと成り代わさん」
 殺気のこもったゼロスの瞳が、リナをとらえた。
 その目を真っ向からリナは睨み返す。唇が最後の呪を紡いだ。
「喚び奉るは汝が愛子まなご。そは混沌、そは始源! この場にすべての力は満ちたり。いざや来たらん漆黒の剣!」
「させません!」
 力を生み出しながら、ゼロスが叫ぶ。
 そこに予想外の声が重なった
「ぉぉおおおおおおおっディフラッシャーっ !!」
『な―――!?』
 ゼロス以外に、シルフィールたちの声もハモった。リナも目を見張る。
 黄金色の光球が一直線にゼロスに向かう。
 その予想外の一撃を、かろうじてゼロスは避けた。
 そこに隙が生まれる。リナはそれを見逃さなかった。
 手の中で呪文が発動する。
「ラグナ・ブレェェェドッ !!」
「―――ッ!」
 黒い刃が、手応えもなくゼロスの右腕を斬り落とした。落ちた腕は、床に届く前に虚空で塵と消えていく。
 返す刀で再び斬りかかるリナから、ゼロスは後ろに飛び離れた。
「よくもやってくれましたね………」 
 がっくりと床に膝をついて、ゼロスが苦痛に顔を歪める。
「あんたやっぱ強いわ。すんでのところで腕だけにとどめるんだもの」
 リナが虚無の刃を消しながら、おもしろくなさそうに言った。
「まだ、る?」
 リナの問いに、ゼロスは首をふった。その姿がまたたく間に消え失せる。
 部屋のなかに声がだけが響いた。
「僕の負けです。セイルーンからは手をひきましょう」
 そう言うと、残っていた気配も部屋からフッとかき消えた。
 リナはふん、と鼻を鳴らした。
「セイルーンからは、ね。どっか別んとこ行ったわね………あいつ」
 よそで起きるだろう騒動を止めるのは、また別の問題だ。とりあえずセイルーンは無事を確保できた。
 ガウリイが剣の光を消す。フィリアが結界を解いた。
 リナはアメリアに駆け寄った。
「アメリア、平気!?」
 戦乙女の少女が黙ってうなずいたの見てホッと息をつくと、リナはフィリアに詰め寄った。
「フィリア、あんた戦闘能力ないんじゃなかったの? 何なのあれ !?」
 フィリアは困ったように笑った。
「あれって………何のことです?」
「へ?」
 そう声を上げたのち、しばらくリナは沈思黙考して呟いた。
「スクルドね」
「………私が覚えていないんなら、そうなんでしょうね」
「で、ウルドでもスクルドでもいーんだけど、あんたが生み出したあの光球は何?」
「リナさんが言っているのは多分、旧・神族全員が持っている護身能力のことじゃないかと思うんですけど………」
 リナが嫌なことを思い出したように顔をしかめた。
「あー、そういやそんなんあったっけ。喰らったことあるわ、昔」
「ウルドがやたら利用するのは知ってるんですけど、私は使ったことありません」
 そう言って、フィリアは視線をアメリアとシグルドに向けた。
「さてっ、生ゴミ神族も追い払ったことですし!」
 リナが思わずよろめいた。
「お、お願いだから、いきなしウルドに代わらないで………ついてけないから」
「そんなこと言われても困りますっ。大部分は私の仕事なんですよ !? だいたい私以外の私は、聞けば最高級茶葉やら古代レティディウスの壺やらに目がくらんで、このことを承知したって言うじゃないですかっ。そりゃ私だってお二人の幸せを願ってやみませんけど、何もこんな方法をとることないじゃないですか!」
「わかってる。わかってるからそんな大声出さないで」
 ウルドに代わった途端、何やらわめき出したフィリアを軽くあしらって、リナはガウリイとシルフィールを見た。
 二人とも、黙ってリナにうなずき返した。