時の旋律 終章 新しい現在

 セイルーンの街の門をくぐろうとして、リナは少女から小さなブーケを渡された。
「………これは?」
 めいっぱい着飾った少女が、笑う。
「今日のお祝いに、セイルーンに来た人みんなに配ってまわってるんです。遠慮せずにどうぞ」
 その言葉に嘘はなく、一緒に門をくぐってきた旅人はみんな街の少女から花のブーケを受け取っている。
 街中が磨かれ、飾り付けられていて、それは陽気で賑やかな光景だった。
 手渡された花束から漂う香りが、街中に溢れかえっている。
「この花は王女さまの花なんですよ」
 無邪気に少女がそう教えてくれた。
 リナもそれに笑い返す。
「知ってるわ」
 少女は、驚いた顔をしたもののすぐににっこりと微笑みかえす。
「そうですか、それは何よりです。あ、お連れさまもどうぞ」
「ありがとう」
 傍らのガウリイも、ラベンダーのブーケを受け取った。
 会釈して街へと入っていく二人の背中に、少女の声がかかった。
「昼になればパレードが始まります。どうぞ、私たちの王女さまの花嫁姿を御覧になっていってくださいね!」



 石造りの広い大聖堂はそのいちばん奥に主神スィーフィード・オーディンの神像が祀られ、その周囲の壁に他の神々の肖像画が飾られている。
 その大聖堂全体を見下ろす高い天井近くに、神気をまとって姿を消したリナとガウリイの姿があった。
 いままさに大聖堂の重い扉が開いて、参列者のつくる人の壁の間を父親と腕を組んだ花嫁が壇上で待つ花婿のもとへと歩んでいく。
 雪の結晶のような白いヴェールに白いドレス。淡い紫の花のブーケ。
 恋に落ちた王女と騎士。
 吟遊詩人が唄うにふさわしい物語の結末が、いまここにある。
 リナとガウリイの耳には、行儀の悪い参列者の囁きが聞こえてくる。
(さっきから殿下は滂沱の涙を流しっぱなしですな)
(それはもう。花嫁はもとより花婿も実の息子のような存在でいらっしゃいますから。何より殿下の命の恩人でもありますし………)
(殿下を暗殺者より助けもうしたのは、彼ですからな。残念ながらもう一人の騎士シグルドは名誉の死を遂げましたが………)
(この結婚によってアルフレッド殿下にも恩赦がかかります。誰の血も流れずに結構なことです)
(しっ、いささか不吉な話題はこの席では控えるべきでしょう)
「………っさいな。だったら黙って見てりゃいいのに」
 ぼそっとリナが呟いた。ガウリイが苦笑する。
「ま、いいじゃないか。それよりほら、式が始まるぞ」
 父親から花婿へと、花嫁の手が渡される。
 父親からしてみれば色んな意味でかなりたまんない瞬間ではないかとリナは思い、ちょっと笑った。
 花嫁と花婿が視線を合わせて、ヴェール越しに少し微笑んだ。
 壇上の神官が二人の前で祝福の祈りを捧げ始める。
 それを見て、リナは傍らのガウリイを見上げた。
「悪いわね。わざわざあんたの未来犠牲にしちゃったみたいでさ」
 その言い様にガウリイは苦笑して、リナの頭に手のひらを乗せた。
「あんまし悪いと思ってないだろ?」
「わかる?」
「まあ、いいかげん長い付き合いだしな」
「まだ続くわよ?」
「そのつもりでオレはいらないと言ったんだが?」
 リナがそっと目を伏せて、微笑んだ。
「わかってる………ありがとう」
 祭壇での儀式は宣誓の言葉へと移動していく。
 幼さの残る優しい声と少し低めの柔らかな声が交互に紡ぐ、永遠の誓い。

『ゼルガディス=グレイワーズと』
『アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンは』

『たずさえたその手を生涯違えないことを』
『共に未来へと歩み続けることを』

『お互いに誓いあいます』


   (幸せに幸せになりなさい)


『時の果て、無限の輪廻が巡ろうとも』
『いつしか再び巡り会い』
『幸福なくちづけをこの場で交わさんことを』

『ここに宣誓します』


   (もうとっくの昔に誓われているから)
   (だいじょうぶ。だから―――)


 神官が聖水を二人にふりかけ、祝福の文句を述べる。
『死が二人を分かとうとも、果てのない輪廻の先までも、この祝福されし一対、共に在ることを神に誓わん』


   (幸せに幸せになりなさい)


『この一対の糸の織りなすさまを、どうか見守りたまえ』

 ブーケが、空高く投げ上げられた――――