楔―くさび― 第四章
破壊の中心地までやってきたアメリアとゼルガディスは、木にもたれるようにして意識を失っているガウリイを見つけた。
「ひど………」
その怪我のひどさに、アメリアが思わず声をつまらせる。ゼルガディスは黙って眉をひそめた。
「爆発の中心地にいたんだ、無理もない。アメリア、ガウリイを頼む。俺はリナを捜す」
ゼルガディスの言葉にこくんとうなずいて、アメリアは復活を唱えだした。
ゼルガディスはそれを確認して、背後をふりかえる。すり鉢状に巨大な陥没ができていて、その周囲にはいくつもの亀裂。亀裂が途切れた大地には、陥没と亀裂を囲むように放射状になぎ倒された木々。
間違いなくあの圧倒的な力が放たれたのは、陥没の中央だ。
ガウリイの状態を見る限り、あそこからここまで飛ばされてきたのは間違いないだろう。
だとしたら、一緒にいたはずのリナは?
冷たい感覚が背筋をはいあがるのをゼルガディスは自覚した。
ガウリイより体重の軽いリナが、より遠くまで飛ばされていることを考慮しながら、なぎ倒された木々の環をゼルガディスがぐるっと一周してアメリアのところに戻ってくると、すでにガウリイは体を起こしていた。
「リナは………?」
ガウリイの問いに、ゼルガディスは黙って首をふった。ふっただけでは誤解されかねないので、一言つけ足す。
「少なくとも衝撃で吹き飛ばされたわけではなさそうだ」
ガウリイは、苦い表情でゼルの背後の大地の陥没を眺めた。
「なら、多分あそこに落ちたんだろうな」
言って立ち上がろうとするガウリイをゼルガディスは鋭い視線で押しとどめる。
「何があった?」
ガウリイは黙って首をふった。
「わからん」
「わからんと言われても、あんたより遠いところにいた俺とアメリアにはもっとわからん。あんたに事の真相を説明しろとはいってない。経過をくわしく話せ。でないと三人でリナを捜すことができない」
ガウリイは体を後ろの木にもたせかけた。まだ本調子ではないらしく、その動作はひどくゆっくりとしている。
「リナが、急に驚いた顔をしたんだ」
「…………?」
アメリアとゼルガディスは顔を見合わせる。
「オレを見てひどく驚いて、すぐにが表情が険しくなった。様子がおかしいと思って、腕をとろうとした瞬間、離れろとあいつが叫んで、気が吹き出た」
「気が吹き出た !?」
「魔族かなんかの攻撃じゃないんですかっ !?」
ガウリイは首を横にふった。
「じゃあ、あの力は、衝撃波はなんなんですか」
再びガウリイが首をふる。
「わからない。だが、たしかにリナから、ただ溢れ出たんだ……魔力が………」
アメリアが蒼白な顔で唇をふるわせる。
「あれが……あの凄まじい、圧倒的な力が、リナさんの魔力なの………!?」
それは人の限界をはるかに超えている。
人間の魔力は魔族や神族にとって微々たるものでしかなく、だからこそ人間は魔法を使わねば世界の理に干渉できない。
魔族ならば、にじみでる瘴気だけで植物を枯らしたりできるだろう。人を毒することができるだろう。
けれど、人間には無理なのだ。
魔力だけでは人は世界と接触できない。破壊などできない。癒したりなどできない。それは、リナのキャパシティを持ってしても克服できない種の限界。
しかし、ガウリイの話が事実ならば。
「魔力の暴走………」
ゼルガディスが呟いて、無惨な破壊の跡をを見回した。放たれた力の大部分は上空に逃がされていることに、彼はアメリアをかばったときすでに気がついていた。でなければこれで済むわけがない。竜破斬を連発できるほどの魔力の持ち主なのだ。
「リナの様子がここのところおかしかったのはこのせいだったようだな」
「そんなに落ち着いている場合じゃありませんっ。早く、何とかしないと………!」
アメリアが慌てて立ち上がる。何をどうすればいいのか具体的にはよくわかってはいないが、リナを捜さないことにはどうにもならない。
大地の陥没に向かう途中、ゼルガディスが独り言めいて呟いた。
「魔法は暴走することがある。だが、魔力が暴走するなんて有り得るのか?」
「あいつは魔法を唱えてなんかいなかった」
ガウリイの言葉に、ゼルガディスはうなずく。
「それはわかってる。あんたと話している最中に呪文を唱える必然性はあまりないからな」
お前さんが何かしたんなら別だがな、と心の中でゼルガディスはつけ足して、続ける。
「だが、たとえ暴走だとしても、暴走するほどの魔力を人間が手に入れられるものなのか?」
さっきの力は精神世界面から無作為に放たれた魔力が、行き場を求めてこっちの世界に適当に具現化しただけのものにすぎないだろう。人が制御してやる魔法と違い、それにはかなり無駄が多い。大部分の力も上の方へそらされていた。
それなのに、あの威力。
確かにリナのキャパシティは尋常でない大きさだが、それでも暴走するほどではない。現に、いままでは完璧に制御していた。魔法を暴走させたことはあるが、それは後にも先にもあの呪文一回きりだろうし、あの場合、悪いのは魔力でなく呪文そのものだった。
それがなぜ急に………。
「考えたってわかりませんよ。とにかくいまは、リナさんを捜すほうが先です。リナさんに直接聞けばいいじゃないですか」
「いままで隠してたんだぞ。言うと思うか?」
「う゛っ………」
アメリアは言葉に詰まる。
「で、でも、バレちゃった以上、話してくれるんじゃないんですか。そんな、水くさいじゃないですか」
「それは俺に言うな。リナを見つけた後、直接言ってくれ」
陥没の周囲をめぐりながら、三人は降りられそうなところを探した。だが、いくらも歩かないうちに、ゼルガディスがすり鉢状に陥没した一番深いところを見て、声をあげる。
「おい……ただの陥没じゃないぞ。穴が開いている」
リナが力の中心にいたのなら、あそこに落ちた可能性が高い。
無数の岩塊と土砂にはばまれた空洞を見て、アメリアは即座に浮遊を唱えだした。ゼルガディスがそれに風の結界の呪文を唱和させる。ただの浮遊では落盤の危険から身を守れない可能性がある。
焦りの表情を押し殺しているガウリイをちらりと眺めやり、ゼルガディスは結界の呪文を完成させた。
そのままふわふわと穴の中を降下していく。
「………先にライティングか何かにかけておくべきでしたね」
忘れていた自分たちがあまりに間抜けに思えたらしく、アメリアが力の抜けた口調でそう言った。
外は満月の月の光でかなり明るかったため、うっかり失念していたのだが、穴のそこに降りれば降りるほど、月の光などは届かなくなる。
浮遊と風の結界をそれぞれ維持している状態では、新たに明かりを唱えることなどできなかった。
それに、まさかこんなに深いとは誰も予想もしていなかった。
「ガウリイ、見えるか?」
隣りにいるはずのガウリイをふりむくが、もはやすぐ近くの相手の顔さえわからない。
「…………あまり」
それでも見えることは見えるらしい。
しばらく闇雲に降下すると、結界に頻繁に何かにぶつかって、がっくんがっくん揺れた。おそらく岩だろう。
「おいアメリア」
「無茶言わないでください〜。何も見えないんですよ、よけられません〜」
情けない声でアメリアが答えを返す。
「ガウリイに岩をよける指示を出してもらえ」
そう言った瞬間、真下からひときわ強い衝撃が来て、これ以上降りることはできなくなった。
どうやら、一番底についたらしい。
アメリアに浮遊を維持させたまま、ゼルガディスは風の結界を解き、ライティングを唱える。
照らし出された光景に、三人は目をみはった。
重く濡れた空気。苔。つららのような鍾乳石からしたたり落ちる水滴。白くなめらかな骨がつながりあったような、圧倒的な奇観。
「地下の鍾乳洞とつながっていたのか………」
ゼルガディスが呆然と呟いた。
アメリアが平らな着地できそうなところを選んで浮遊を解こうとするが、穴が開いた衝撃で上から崩れ落ちてきた大量の岩と土砂のせいで、なかなか思うようにいかない。
移動しながらふわふわと漂っていると、不意にガウリイが固い口調で言った。
「血の匂いがする」
「…………ッ」
アメリアが、びくりと体を強張らせた。ゼルガディスが尋ねる。
「どっちだ」
「………ちょっと左行って、戻ったところ。南西の方角だ」
その方向に浮遊を操作したアメリアが、首をふる。
「そっちがいちばん岩塊が多くて、魔法を解けません。別の場所で降り立ってから向かった方がいいです」
「ダメだ。あそこで解いてくれ」
ガウリイが、かたくなにそう主張する。見かねたゼルガディスが口をはさんだ。
「俺たちはなんとか着地できても、呪文を解いているアメリアは無理だ」
「じゃあ、オレだけでいい」
「んな器用な真似ができるんならとっくにしている。いいかげんにしろ!」
自分が怒鳴られたわけでもないのに、アメリアがビクッと肩をすくめた。少し口調を和らげて、ゼルガディスは続ける。
「落ち着け。俺たちだってリナのことが心配に決まってる。それに、あんただけ降りても、白魔法を使えるアメリアがいないとどうにもならないだろう?」
ガウリイが告げたように血の匂いがするのなら。
「わるかった………」
「気にするな。アメリア、さっさと着地するぞ」
結局、落盤箇所からだいぶ離れたところで、アメリアは魔法を解いた。すぐさまガウリイと、明かりを持っているゼルガディスが走る。アメリアもライティングを唱えて後を追った。
すぐに立ちつくしている二人を見つけるが、いくつもの岩塊が邪魔で思うように前に進まない。
ようやくたどりついて、二人の後ろから覗きこんだアメリアは、声もなく硬直した。