君がためにと ()る花は 〈三〉

 翌日、安倍邸の眠りは孫の悲鳴で破られた。
「うわあああああぁぁっ !?」
 叫ぶと同時に跳ね起きた昌浩に、傍らで丸くなっていた物の怪も仰天して飛び起きる。
「何だ! どうした昌浩 !?」
 背中の毛を逆立てて血相を変えた物の怪の問いにも答えず、昌浩は(しとね)を這いでて唐櫃をあさり、とりあえず手に触れた一枚を引きずりだして着替えはじめた。(まげ)も結わず、手水(ちょうず)も済ませていないのにである。
 いや、それ以前にまだ起きるには少しばかり早い。
「って、待て、昌浩。着替えるにしても(はかま)からだろうがっ。狩衣はいちばん最後だろうっ! おまけに出仕するなら直衣だ! 落ち着け、寝惚けているのかっ !?」
「寝惚けてないっ。貴船! 貴船に行かないと………っ!」
「はあっ?」
 物の怪の丸い目がさらに丸くなった。
 呆気にとられている物の怪の目の前で、昌浩はばたばたと広くもない部屋のなかを慌ただしく動きまわっている。動きまわっているのだが、動きのわりに支度がいっこうにはかどらない。
 動転しているうえに、寝起きで頭が働いていないからだろう。だいたい、今日は物忌みでもなんでもなく、昌浩は出仕だ。播磨行きの正式な帰還報告をしなければならない。朝っぱらからどこに行こうというのだ。
《―――何事だ?》
 さすがに騒ぎを聞きつけて、勾陳が隠形のままで部屋に降りたった。
 しばらく無言で昌浩を眺めた後、おもむろに物の怪に尋ねてくる。
《騰蛇、昌浩は被髪(ひはつ)のまま烏帽子をかぶろうとしているように見えるが………。ああいうかぶりかたもあるのか。知らなかったな》
「そんなわけないだろう」
 呆れて物の怪が否定すると、勾陳は小さく肩をすくめた。
《盛大な悲鳴だったな。邸の皆が起きてしまったぞ。―――彰子姫が心配してこちらへ来ようとしているが》
「さすがにまずいと思われるので妻戸のところで止めておいてくれ」
《わかった》
 勾陳の気配が薄れ、すぐに妻戸の向こう側でまた強くなる。
「やれやれ―――」
 物の怪はひとつ溜息をつき、しばらく無言だったが、支度が整った(と自分で思いこんだ)昌浩が妻戸を開けて簀子に出ていこうとするにあたって、おもむろにその足を引っかけてそれを阻止した。
 几帳も巻きこんで、物の見事に昌浩がすっ転ぶ。早朝から近隣に迷惑な物音がした。
「いいかげん目を覚ませや、晴明の孫」
「っ、孫言うな!」
 反射的にそう怒鳴り返し、簀子と激突した顔面を押さえながら昌浩が起きあがる。
「それにっ、俺はちゃんと目を覚ましてるっ」
「ほーう、その出で立ちのどこをどう見て俺にそう思えと言うんだ?」
「どこをどうって………っ、えっ?」
 きょとんとした昌浩が目をしばたたき、次いで己の胸元に視線を落とした。頭の上にのせただけの烏帽子がぱさりと落ちてくる。
「狩衣に下袴(したばかま)、髷も結わずになぜか烏帽子。おまけにどういうわけだか手甲だけは()めて、不思議なことに懐には扇」
 参内ときの服装と夜警のおりの恰好の合わせ技のような出で立ちである。とてもではないが彰子には見せられない。
「さて昌浩や、自分の恰好に何か言うことはないのかね」
「そう言われれば、変な気も………」
「めちゃくちゃ変だっ! こんな恰好で大路を歩いてみろ! 陰陽生安倍昌浩この夏の暑さと湿気で変になった説大流行だぞ!」
「あれ? 俺なんで髷結ってないんだ?」
 今頃になって頭に手をやって首を傾げている昌浩に、物の怪は深い溜息をついた。この寝起きの悪さはいささかどこではなく、かなりの問題だ。
「だいたいお前、慌てて飛び起きたと思ったら、泡食ってどこに向かうつもりだったのよ? お前、今日は出仕―――」
「そうだ! 貴船に行かなくちゃ!」
 飛びあがるようにして立ちあがった昌浩に物の怪はすかさず足払いをかけ、再び簀子に撃沈させた。
「だーかーらー、この俺にきちんと説明しろや? ん?」
「………今度こそ目が覚めました」
 にっこり笑って見かけは可愛らしくぱたぱた尾をふる物の怪に、したたか腰を打った昌浩は息も絶え絶えにそう答えた。
 とりあえず扇やら手甲やら烏帽子を室内に戻し、なぜかこれだけはきっちり閉めていた狩衣の受け緒をはずして襟元をくつろげたところで、遠慮がちに妻戸が叩かれる。
「もっくん、昌浩………もう、入ってもいい?」
 困ったような彰子の声に、昌浩がざっと青ざめた。
 がばりと御簾向こうの空をふり仰ぎ、まだ起床には早い時刻であることを確認し、さらに青ざめる。
「え? 彰子? え、何で?」
「何でか教えてやろうか、昌浩や?」
 硬直している昌浩の顔に、ぱふんぱふんと尻尾をたたきつけながら、物の怪は至極おだやかな口調で説明した。
「お前は安倍家の皆々様が健やかに眠っているところに、いきなりとんでもない悲鳴をあげて飛び起きたあげく、取るもの取りあえず、というより、取らんでいいものまでひっつかんで、寝惚けたままどこぞの貴船におもむこうとしていたのだよ。ちなみにお前の悲鳴でこの邸の人間全員が目を覚ましたと思われる。以上」
「………全員?」
「全員」
 石がこすれるようなぎこちない声で昌浩がくり返し、物の怪もそれを受けて律儀にくり返してやる。
「ほれ、彰子もこうやって起きてるし。いちばん離れた部屋のどこぞの年寄りも、眠りは浅いし直線距離では近いしな。部屋が近い露樹と吉昌は当然だろ」
「………悲鳴?」
「なんだ、お前自覚なかったのか? すごい悲鳴あげて飛び起きたから、俺も仰天してだな………と、昌浩。お前とりあえず狩衣脱いで何か羽織れ。彰子が立ち往生しとる」
 関節に土でもつまっているような動きで、昌浩が夜具代わりの大袿を拾いあげて羽織る。それを確認して物の怪は妻戸の向こう側へと声をかけた。
「おう、いいぞー」
「………昌浩?」
 心配そうな彰子が妻戸から顔をのぞかせた。袴をはいて単をまとい、薄物の(うちぎ)を肩からかけている。
「昌浩、どうしたの? ものすごい悲鳴だったけど………だいじょうぶ?」
「お、起こしちゃったんだよねっ? ごめんっ!」
「もうすぐ起きるところだったから、それはかまわないんだけど………どうしたの?」
「ち、ちょっと夢を見てっ! 貴船に行かないといけなくて。うん、それでちょっと慌ててて………っ!」
「貴船?」
 彰子が不思議そうに首を傾げた。
 先ほどから貴船、貴船と連呼している昌浩に、物の怪が半眼になって問う。
「昌浩、もしかしなくてもお前、高神から夢告を受けたのか?」
「………たぶん。ちょっと来いって」
「ただの呼び出しであんな悲鳴をあげるのか?」
「………聞かないで、もっくん」
 半眼だった物の怪の双眸が糸のように細くなった。いったい貴船の祭神は昌浩にどんな夢を見せたのだ。
「とりあえず、だいじょうぶなのね?」
 昌浩がうなずくと、彰子は妻戸の背後の廊をふり向いた。
「だいじょうぶみたいです。貴船の神様から夢でお告げを受けて、それで少し驚いてしまっただけだそうです」
 このうえもなく明朗、かつ、とんでもない彰子の言動に、昌浩は顎を落とした。
「あ、あの彰子さん? つかぬことをうかがいますが、廊にはどなたがいらっしゃるのでしょうか………?」
「露樹さまと吉昌さまよ。―――あ、露樹さまが朝餉はどうしますかって。昌浩、出仕はどうするの?」
「………うむむ、彰子の剛胆さにも少しばかり問題があると思われるなぁ」
《露樹も似たようなものだ。問題あるまい》
 昌浩の足元でこりこりと頭をかきながら呟いた物の怪に、勾陳が平然と答える。
 妻戸の隙間から、(くりや)の方角に消えていく露樹の背と、彰子の口にした内容に唖然として言葉もない吉昌の姿が見えた。



「昌浩や。夏の短夜ぐらい、もうちっとゆっくり寝かせてもらえんものかのぅ」
「………申し訳ありません」
 朝餉の席で晴明に言われ、昌浩は小さな声で謝った。
 祖父の言う通りなので、まったくもって合わせる顔がない。
 吉昌はといえば、複雑すぎる顔つきで黙々と箸をすすめている。とりあえず朝餉の支度が整うまで懇々と説教をしていたので、言うべきことは言ったのだが、もはや何をどう問うていいのかもわからなかったので、肝心のことを問うてない。
 その肝心要のことを昌浩に問いただしたのは、肝の太さで一族中かなう者はいないと思われる大陰陽師、安倍晴明だった。
「で、貴船の神は何と仰せられていたのだ?」
 瓜の塩漬けをぱりぱりといい音をさせながら食べ、吉昌が恐ろしくて聞きあぐねていたことをあっさりと尋ねる。安倍家は晴明の方針で、出仕前にしっかり朝餉を食べるので、参内する前にこういう話が出来るところが便利と言えば便利だ。
「はあ………」
 箸を持ったまま、昌浩はしばし言葉を選んで考えこんだ。
「えっと………俺に用事があるので来てほしいそうです」
「それだけか?」
「はい」
「にしては、すさまじい声のあげようだのう。いったい貴船の神はどのような夢をお前にお見せしたのだ?」
「…………っその」
 昌浩が言葉に詰まったところで、ちょうど彰子が厨から姿を現した。
「昌浩、湯漬けのお代わりはどうするの?」
 がっちゃん。
「まあ、昌浩。行儀の悪い」
 箸を膳の上にとりおとした昌浩を露樹がたしなめる。
 何となく想像がついた晴明と物の怪、吉昌の三人はこれ以上の追求はやめて、昌浩を食事に専念させることにした。



「わが息子ながら、いつまでたっても成長の見られないというか………」
 息子を見送った吉昌が、食後の白湯を手に深々と溜息をついた。
 晴明が苦笑いを浮かべながら、彼の孫が出て行った戸を見やる。
「やれやれ、話す機会もあらなんだ。まあ、この分だと話してもまず気づかんだろうて」
「父上、そのことなのですが………」
 吉昌は表情を改めると、やや声をひそめた。
「これは先方の意向と見てもよいのでしょうか」
「さて、どうかのう」
「父上―――」
 はぐらかすように答えた晴明に吉昌が顔をしかめる。
「ただわしが(つかさ)を得るだけじゃて。左大臣さまの引き立てによって、な」
 晴明はさらりと言い放ち、美味そうに白湯を飲んだ。
 何とも白々しい父親の言葉に、吉昌は何度目かの溜息をついた。
 昌浩の留守中に、内々に伝えられた左大臣の意向。
 蔵人所陰陽師を退き、現在何の官位にも就いていない晴明を、左京権大夫(さきょうごんのだいぶ)に。
 ただそれだけといえばそれだけだが、ここ二、三年の安倍家の官位の昇進はかなりのものがある。
 一昨年、すでに晴明は従四位下の位を(たまわ)り、吉昌は陰陽助(おんみょうのすけ)に昇進している。
 そしてとうとう今年の正月に、吉昌は陰陽頭となった。先に助となっていた兄の吉平ではなく弟の吉昌が頭となったことで色々周囲にうるさく言われもしたが、安倍一族内には晴明の意向が伝えられ、ひとまず何事もなくおさまっている。
 これ以外にも事あるごとに占いだの祈祷だのを請われては、その度に(ろく)やら官位などの引き立てに与り、昌浩自身も陰陽生としては異例の正八位上を得ている。
 そして今度の安倍家の昇進―――。
「………昌浩は、普通に祝ってくれるでしょうな」
「単純に喜ぶだけだろうて」
 沈黙が落ち、やがてなかば呆れた口調で晴明が呟いた。
「そろそろ、こちらにも祝わせてくれんものかのう………」



 当然ながら、昌浩はそのまま出仕した。
 朝いちばんに行っても、宮司も禰宜(ねぎ)も起きだしているだろうし、へたをすると参拝客がいないとも限らない。そんなところに自ら呼びつけたとはいえ貴船の神がご降臨あそばすはずがない。
 行くとしたら今日の夜だ。
 そういうことを物の怪から指摘されるまで、すっかり気が動転していた昌浩は気づかなかったわけなのだが………。
 結論。気づいたからとて、気が動転しないわけでもない。
「俺、何かしたかな。今年のお供えはまだだけど、それの催促なんてするはずないだろうし………って、そうだ今年の御神酒も持って行こう。帰りに市によって買わなくちゃ。行ったついでに蛍のぐあいも確認できたらいいけど、ああでもいったい何の用事なんだろう………」
 状態の悪い書物の書写をしながら、先刻から同じようなことをくり返し呟いている昌浩に、物の怪は呆れた。
「そうこうしていると書き損じるぞ」
「いまは墨摺ってるだけからだいじょうぶ」
「あ、そう………」
 数年前に目をつけ………いや、目をかけられて以来、あれやこれやで世話になってきた貴船の神に、昌浩は年に一度、酒を奉納して礼を尽くしている。奉納ついでにその年の蛍の具合も確認して、後日彰子を連れて再訪するのが恒例となっているのだが、そのことに関して、かの神から特にお言葉はない。―――おもしろがって観察している可能性は非常に高かったが。
「―――安倍殿、安倍の学生(がくしょう)殿」
「あ、はい」
 昌浩が顔をあげると、天文生の一人が足早にこちらに近づいてくるところだった。
(かみ)から、退出時でかまわぬので顔を出すようにとの仰せです」
 吉昌は頭と天文博士を兼ねており、頭となったいまでも天文生が用事を言いつかることが多い。いまだにうっかり博士と呼んでしまう天文生もいるらしい。敏次が頭になったその日からきっちり呼び変えているのはさすがである。
「わかりました。わざわざこちらまでありがとうございます」
 昌浩がぺこりと頭をさげて礼を言うと、天文生は驚いたように軽く目をみはり、慌てて会釈して立ち去っていった。
 人好きする顔だちに加え、礼儀正しさと真面目な気質もあって、昌浩の評価は悪くない。
 本人は直丁気分が抜けていないのか、まだまだ下っ端のつもりでいるようだが、この歳で陰陽生、しかも正八位上というのは、父吉昌が天文得業生だったころに従八位上だったことを考えると、かなりの昇進速度である。実際、雑用係の時には披露しようがなかった実力の一端も、わずかとはいえ覗かせつつあるので、総じて寮内での昌浩に対する評価は高まりつつあった。
 それでも、さすが父や兄たちに劣らぬ才能の持ち主―――といった評価なので、物の怪は不満たらたらなのだが。
「父上からの呼び出しだなんて、どうしたんだろうね」
「まあ、退出時でいいってことは急ぎじゃないんだろ。お前、さっさと書写終わらせないといつまでたっても退出できないぞ。市行って酒買うんだろ」
「うん。………あ、もっくん」
「どうした?」
「俺、いま持ち合わせないよ」
「…………」
「………よし。父上に借りよう。家帰ればあるし」
「吉昌も持ってるとは限らんが………」
 出仕のときに貨幣となる金品を持ち歩いているかといわれると、微妙である。
「そのときはおとなしく、いったん帰る」
 重々しく宣言し、昌浩は気持ちを切り替えて書写に専念しはじめた。
 保存を前提とした書写なのだから、読みやすい字で間違いがないように書き写さねばならない。そのうえで内容も知識として頭にたたきこんでいくのだ。
 とりあえず貴船のことを頭から追いやり、仕事に没頭しはじめた昌浩を横目に、物の怪は小さく肩をすくめた。
「俺たちに取りに行かせるという発想がないのは、正式に下してないからかね?」
《………いや、下したとしても、思いつくかどうか微妙だな》
 勾陳が苦笑し、無言の六合が賛同する気配がした。



 退出間際、父の元に顔を出した昌浩は父親の目の前に真新しい瓶子(へいし)が置かれているのを見て目を丸くした。上つ方ともなると、酒を飲むのも仕事のようなものだが、陰陽寮でそんなことをしては占も星読みも正常な判断を下せない。祭事のときはともかく、吉昌が寮で呑むなどありえなかった。
「―――父上、それは?」
「ああ、来たか」
 末息子の姿を認め、吉昌は目元をゆるませた。続いて入ってくる物の怪には軽く目礼し、正面の円座を手で示す。
「つい先ほど右大弁様のところまで行っていたのだが、そこで頂いた。よかったら持っていくといい」
「行成様のところにですか?」
「近々、改元が行われるだろう? そのことについて私と歴博士にな」
 納得はしたものの、なぜそこで酒をもらってくるのだろうか。
 首を傾げている昌浩に、吉昌は苦笑した。
「実は内々の話だが、父上が左大臣様からのはからいで官を賜ることとなってな。聞き及んだ行成様が気の早いことだがと、前祝いで下さったのだよ」
「えっ、じい様が?」
「何だと?」
 寝耳に水のことに昌浩と物の怪が目をみはる。
「内々のことだ。まだ他言するなよ」
「あ、はい。もちろんです。じい様すごいなあ。あとできちんとお祝いしないと」
 呑気に呟く昌浩に吉昌が小さく息を吐くのを、物の怪はしっかり見てとっていた。
 さすがに瓶子をぶらさげて大内裏から退出するのは外聞が悪いので、昌浩は少し思案したのち、六合の霊布を借りてそれに包んで持つことにした。吉昌は息子の頼みごとのあまりの内容に唖然とし口をはさもうとしたが、顕現した六合が無言で布を貸してしまったので、しかたなくそのまま閉じる。
「お前の息子は、だんだんと晴明に似てきているぞ」
 どうでもいいような他愛ないことを俺たちに頼んでくるあたりがな、と続ける物の怪に、吉昌は深い溜息をついた。
「豪胆なのは父上似だとしても、あれの呑気なところは母親似でしょう。いささか呑気すぎますが………」
「先のお前の溜息はそれか」
 出ていった昌浩の行方をたしかめるように、物の怪はちらりと廊に目をやる。
「この時期に晴明が昇進する理由だが………」
「おそらくそうでしょう」
 物の怪に皆まで言わせることなく吉昌がうなずく。陰陽頭となって職務上の苦労も増えただろうが、それ以上に末っ子の行く末に頭を悩ませているに違いない。胃の痛そうな顔だった。
 以前から、昌浩の周りでは昇進が相次いでいる。本人は当事者たちの実力を知っているので、やっと上に力量が認められてのことだと単純に喜んでいるが、世の中それだけで官位はあがったりしないのである。
 物の怪は軽く目を細め、苦笑した。
「お前の息子にこういう除目(じもく)の裏を読めというのは無理な話だと思うぞ。いっそ、直接言ったらどうだ。何なら俺から―――」
「ちょっと、もっくん! 何やってるんだよ。俺、(くつ)まで履いちゃったじゃないか」
 物の怪がいないことに気づき戻ってきた昌浩が、霊布の包みを片手に文句を言ってくる。
 吉昌と物の怪は目を見交わし、揃って溜息をついた。
「あっ、ちょっともっくん、何溜め息なんかついてるんだよ。父上まで!」
「何でもない。貴船に行くんだろ、ほら。じゃあな、吉昌。しばらくは様子見だ」
「ほらって、ちょっと、もっくん!」
 今度は先に出て行ってしまった物の怪に、慌ただしく昌浩が吉昌に一礼して後を追う。
 吉昌は眉間に軽く皺を寄せ、そう背丈の変わらなくなってしまった息子の後ろ姿を見送った。




 高淤の神の正式名はUnicodeを直接文中に埋めこんで表示しています。ただどの環境でも表示されるのかがちょっとよくわかりません。携帯では表示されませんし、もしかしたら他にも一部文字化けして見えているひともいるかもしれないので、ここでちょっと断り書きをしておきますね。
 文字化けしてうまく表示されないという方がいらしたらご一報下さい。どうにか言い回しを工夫して御名を出さないよう努力してみます(笑)