君がためにと ()る花は 〈四〉

 彰子に見送られて、昌浩は貴船へと向かった。
 ついでに蛍の具合を確認してくるよ、と言うと、彰子は少しはにかみながら笑ってうなずいた。
 以前は貴船に行くというと、どことなく複雑な面持ちをしていたのだが、蛍を見に何度か一緒に出かけてからは、その表情もやわらいできているような気がする。
 二人とも昨夜のことなどなかったかのように振る舞い、いつものように見送り、いつものように出かけた。出かけに物の怪が玄武にちらりと視線をやり、何やら玄武が冷や汗を流していたようだが、詳しくは知らない。
「―――それじゃ車之輔、行ってくるよ」
 送り届けてくれた式に手をふり、昌浩は山道を登りだした。
 五月に入ったばかりの貴船山は、さすがに京とは空気が違う。夏とも思えぬ涼気が張りつめ、いささか肌寒い。
「思ったより冷えこんでるなあ、これだと蛍はもうちょっと後かな?」
 本宮手前にかかる橋のたもとで、昌浩はぐるりとあたりを見まわした。いつもは蛍が飛び交う橋の上なのだが、いまはまだ一匹も見あたらない。本当ならばあと十日もすれば見頃になるはずなのだが、この様子だとさらに十日は後だろう。
 橋を渡りきり、昌浩は背筋を伸ばした。
 今日は自分から出向くのではない。招請を受けての参上だ。最近では直接かの龍神が姿を現すことは少なくなったが、今宵は必ず顕現するだろう。
 気合いを入れて本宮に入り、船形岩のほうへと向かう。顕現した勾陳と六合、本性に戻った紅蓮が後に続いた。
 本宮の空気がぴん、と張りつめる。
 清冽な神気が立ちのぼるように岩の上に(こご)り、ほのかにきらめいた。気配そのものが輝くかのような鋭さだ。
 場を浄めるかのように凛とした風が吹いたかと思うと、人身をとった貴船の祭神が船形岩の上から昌浩を見下ろし、うっすらと微笑していた。
「なるほど、そういう季節か」
 開口一番に言われ、昌浩はまばたきをしたあとで、己が持っている瓶子のことだと気づく。慌ててそれを差しだすと、龍神の通力がふわりとからみつき、瓶子が神の手のひらへとおさまった。
「蛍はまだ先だ、人の子よ」
「そのようですね」
 貴船の祭神にまで蛍の具合を案じられてしまい、昌浩は複雑な顔になった。それほど毎年蛍を見に来ることを、おもしろがられているのだろうか。
 瓶子を置きながらそのまま岩の上に座した神は、悠々とした風情で昌浩とその背後に控える神将を一瞥(いちべつ)し、微笑した。
「さて、人の子よ。報恩の機会をくれてやろう。―――少しばかりこの高淤から頼みがある」
 来たぞ、と昌浩はつい身構えた。
 とても人にものを頼む態度ではないが、相手は神である。基本的に彼らはこちら側の事情には頓着しない。これぐらいの物言いはあたりまえのことだ。背後で紅蓮や勾陳が無言で眉を動かしているが、昌浩としては充分許容範囲内である。
 しかし、神直々に彼を招請しての頼み事とは穏やかでない。
「案ずるな、たいしたことではない」
「………この俺に、できることでしたら」
「でなければお前を呼んだりしない」
 ぐっと言葉に詰まり、昌浩は無言で一礼した。神将たちから険しい視線が貴船の祭神に向けられるが、神は無造作に足を組みかえただけである。
「―――この高淤と、縁を結んだ人間がいる」
 唐突な言葉に、昌浩と神将は無言で目をみはった。
 勾陳が一歩前に進みでる。
「失礼だが高神よ、それは今生(こんじょう)の者か?」
 神と縁を結んだ人間など、滅多に存在するものではない。
 斎院や斎宮など、特殊な条件下で神と関わる者たちはいるが、彼女たちとて、人が神に捧げる祭祀のなかでの(かんなぎ)としての関わり方であり、個人が神と結びついているわけではない。だから代替わりする。神将たちの主とその孫は、かなり特殊な存在なのだ。
 神世の人間ではなく当代の人間なのかと問われ、国譲りより以前からこの世に存在する天津神は小さく肩をすくめてみせた。
「ああ、いまも生きているようだ」
 素っ気ない口調でそう答える。
 基本的に神は自ら働きかけたりなどしないから、昌浩のように参拝などで定期的に消息を伝えない限り、縁を結んでもほったらかしなのだろう。
 しかし、貴船の祭神自らが縁を結ぶとは余程のことだ。
「陰陽師や宮司(ぐうじ)のような、その筋に関わる者なのか?」
「いや、ただの人のようだな」
 ますます驚く昌浩たちに、目の前の神は涼しい顔をして言ってのけた。
「少しばかり面白かったからな」
 この神の好悪の基準のなかで、「面白い」というのはかなり大きな要因のようだ。
 同じく面白いと評される少年は、その相手に対して何となく微妙な同情心を抱きながら、神が語る経緯を拝聴した。



 話を聞き終えた昌浩は、思わず半眼になりかけたところをかろうじてこらえ、慌ててまばたきをしてごまかした。
 必死に表情をとりつくろっている少年の背後では、胡乱(うろん)な顔を隠そうともせず紅蓮と勾陳が貴船の祭神を見あげている。六合は無表情だったが、おそらく考えていることは同じだろう。
「それはまた………天津神ともあろう神が、ずいぶん安易に縁を結んだものだな」
「何、お前の行動ほど軽率ではなかろうよ」
 涼しい顔で痛烈な皮肉を返され、紅蓮の顔から血の気が引く。傍らの勾陳になだめるように腕を叩かれ、かろうじて怒りを抑え、一歩下がった。
 凶将二人のやりとりにもさして興味を示さず、貴船の祭神は昌浩を見ながら、面倒くさそうに告げた。
「生じた繋がりを通して、こちらまで五月蠅(うるさ)くてかなわん。何とかしてもらおう」
「………承知しました」
 ぎこちなく昌浩はうなずきを返した。
 かなり頭が痛い頼み事だったが、否とは言えない。
 酒も奉納したし、蛍の具合も確認した。神からの依頼も受けた。今夜の貴船での用はもうこれですべて済んでいる。帰って、神からの依頼について解決策を話し合ったほうがいいだろう。早期解決を望まれてしまっている。どうやら播磨から帰ってくるのを待ちかねていたようなのだ。
「では、俺はこれで―――」
「ときに、人の子よ」
 辞去の挨拶をしかけた昌浩に、不意に神が思いついたように口を開いた。
「藤の姫は息災か」
「………っ、はい」
 突然、神から彰子の話題を持ちだされ、昌浩は小さく息を呑んだ。これで終わりだとばかり思っていた神将たちも、虚を突かれた顔になる。
 貴船の祭神は、無言のまま目を細めて昌浩を見つめている。
 なかば微笑しているので機嫌はいいのだろうが、神の視線を受けるというのはあまり心安まるものではない。
「………あの、何か」
「この高淤には何の報告もないようだが、妻問いはしたのか」
 唐突な神の言葉に、昌浩は一瞬何を言われたのかわからなかった。―――妻問い?
 それが何を意味するのかを理解し、ついでに今朝この神が見せた夢まで思いだし、昌浩の頭のなかは真っ白になった。
「つっ、ま………っ !?」
「何だ、まだなのか。人の生はまばたきするほど短いと思っていたが、存外長いようだな」
 絶句している昌浩に向かって、なかば感心するかのような神の言葉が紡がれる。どう聞いても、悠長なことだと揶揄(やゆ)されているのだが、完全に思考が停止してしまった昌浩はそこまで頭がまわらない。
 紅蓮が冷ややかな視線で磐座(いわくら)()す神を見あげた。
「貴船の祭神ともあろう存在が、ずいぶん俗なことに興味を示す」
「なに、私は一応縁結びの神だ」
 そういえばそうだった。
 今更のように神将たちはその事実を思いだし、同情をこめて昌浩の背を見つめた。
 何の報告もないようだがと言われてしまっているからには、ことのあかつきには報告しなければならないということだ。
 ―――結局、昌浩が満足な答えを返せずにいるうちに、さっさと言いたいことだけ言って神は姿を消してしまい、彼はぐったりと気疲れして貴船を後にした。
 がたがたと心配してくる車之輔に、力なく笑い返す。
「………だいじょうぶ、ちょっと疲れただけだから。じゃあ、戻り橋までお願い」
 後から物の怪が乗りこむと、昌浩は精神的な疲労感をにじませながら壁にもたれかかっていた。その様子に少しばかり哀れを覚える。
 まさか神から進捗状況を問われてしまうとは。
 神直々に妻問いはしたのかと問われるほど、当然のように捉えられている二人なのだといえるかもしれないが、貴船の神公認とは、ある意味心強いような、そら怖ろしいような。
「………で、どうするんだ?」
「うーん、とりあえずどこの誰かを突き止めないと、話が進まないよねぇ………」
 いや、俺が聞いたのは彰子のほうなんだが。
 そう思いはしたものの、特に混ぜ返すことなく物の怪は昌浩の話の内容に話題を合わせた。こちらもこちらで問題だったからだ。



 貴船の祭神から聞いた話はこうだった。
 かの神は本来水神なのだが、そこから派生して火伏(ひぶせ)や縁結びなども司るとされている。特に縁結びに関しては、昌浩の心の傷となっている丑の刻参りが行われるほど熱心に信仰されている。
 その女も、丑の刻参りに来た一人だったらしい。
 つれなくされた。捨てられた。想いが届かぬ。心変わりした相手が憎い。もう一度自分をかえりみてほしい―――。
 男に対する女の念を一心にこめて行われる民間呪術だが、神からすると人が勝手に行っている雑念のひとつだ。呪詛の念は穢れであるし、応える義務もなければ、興味を惹かれることもない。
 それに、そらおそろしいほどの闇のなかを男を呪いたい一心で夜毎やって来る女の念は、神が力を貸さずとも、きっかけさえあればそれだけで呪として発動するほど凄まじいものだ。貴船の神が力を貸して呪いが成就したなどと勘違いされるが、単にたまたま環境や条件が揃って呪が発動しただけの話なのである。
 なので、最初その女がやって来ても、神は特に気を惹かれることもなく放っておいた。
 そのうち勝手に釘打ちをはじめ、気が済んだら帰るだろう。わずらわしいことこのうえない。
 そう思っていたのだが、その女は本宮の手前までやって来ると、そこで呆けたように足を止めてしまった。
 ちょうど、蛍の季節だった。
 橋の上では川の(おもて)にも蛍が映りこみ、天地の感覚がわからなくなりそうなほどの光が闇のなかを舞っていた。
 女はそれに見とれ、そしてそのまま動かなくなった。人を呪いに来たはずなのだが、たっぷり一刻はそこに立っていた。―――あきらかに本来の目的はどうでもよくなっている。
 人を呪いに来て蛍に見とれる女などそうそういない。たいてい憎悪に目がくらんで、蛍など視界に映らなくなっているのである。人を呪うというときに、蛍を愛でる余裕があるほうがおかしい。
 女は、一刻過ぎても動く様子がなかった。
 時を忘れ、夢見るような面持ちで蛍の群舞に見とれている女に、さすがに神も呆れ、興味を覚えた。
 これでこの後、釘打ちを始めるならたいした度胸である。
 さてどうするのかと事の次第を見守っていると、女はやがて我に返ったものの、いまだ夢を見るような視線を闇にさまよわせて―――歌を詠んだ。

  物おもへば 沢の蛍も我が身より
           あくがれいづる(たま)かとぞみる


 さすがにこれは神の予想外だった。
 夜の貴船まで男を呪いに来たにもかかわらず蛍に見とれ、挙げ句、歌を詠むという、余人の想像を絶するその女の行動が面白く、意表を突かれ興がった高神は、つい―――



「返歌をした、と」
 昌浩は半眼になってうめいた。
「何を考えとるんだあの神は」
 物の怪が隣りで憤然と呟いている。
 その気持ちはわかる。
 呼びかけに応じてはいけないというのは、陰陽師にとっては基本的すぎる事柄だ。たとえ結界を張っていたとしても、応えたり招いたりすればそれは無効となる。かつて彰子が異邦の妖異の呼びかけに応えてしまったことでその呪詛が発動したように、「呼応する」というのは、かなり強固な(しゅ)なのだ。
 ましてそれが神と人では、盟約にも等しい。
 思いつきで返歌をされたほうは、さぞ驚いただろう。聞いた限りでは、結局丑の刻参りはとりやめて、そのまま帰って行ったらしい。
 神も自ら縁を結んだことは理解しているから、今回その相手が呪詛を仕掛けられていることを知って、昌浩に助力を求めた。―――縁を結んだことによって生じた繋がりから、神のもとにまで呪詛の気配が流れこんできて、わずらわしいというのが大きな理由かもしれないが。
「そもそも、その女も人を呪いに来て普通、歌を詠んで帰るか?」
「うーん、普通じゃないから貴船の神様も思わず返歌しちゃったんだろうし………」
「だいたい返歌までしておきながら、どこの誰かもわからないってのはどういうことだーっ !?」
「まあ、神様ってそういうことを気にしないもんねぇ………」
 言いながら、思わず視線が遠くなってしまう昌浩だった。
 歌を返したものの、当然ながら貴船の祭神は女の素性なぞ気にもとめなかった。知ってどうなるというものでもない。人の世など興味はないし、それで不自由はない。
 おかげで、いま昌浩はとても不自由している。
 どうやらその人物は現在、誰からか呪詛を受けているようなのだ。それを何とかしろと、昌浩は神から命じられてしまった。
 にもかかわらず、それがどこの誰かはわからず、生きて京にいることぐらいしかわからないのである。
 頭が痛くなろうというものだった。
「とりあえず、帰ったら占じてみよう………」
 相変わらず占は苦手だったが、それでも右京にいるか左京にいるかぐらいはわかるだろう。………おおざっぱすぎると自分でも思うが。
 車之輔に礼を言って戻り橋で別れ、昌浩は邸へと戻った。早めに安倍邸を出はしたが、貴船への往復にけっこう時間を食ってしまってる。夏の短夜というやつで、あと一刻もすると空が白んできてしまうだろう。
 自室の妻戸を開けて、昌浩は軽く息を呑んだ。
「―――彰子 !?」
 灯台の近くで書物を開いていた彰子がぱっと顔をあげた。端近に控えていた天一が同じようにこちらを見あげて微笑する。
「あ、昌浩。おかえりなさい」
 貴船に行くだけだから、心配しないで先に休んでていいよと言っておいたはずなのに、安堵したように笑いかけてくる。
「―――何で。先に休んでてって」
 昌浩の口から出た問いかけは、言った本人ですら思いもよらないほど尖った気配を帯びていた。
 物の怪が瞳をきらめかせ、無言で昌浩を見あげる。
 彰子はびくりと肩をふるわせてうつむいた。
「ごめんなさい。つい気になって………」
「あ、うん。ご、ごめん。別に怒ってるわけじゃ―――」
 言い過ぎたことに気づいた昌浩も口ごもり、しばらく気まずい沈黙が漂う。
「ほんとは休むつもりだったのだけど。ごめんなさい。貴船に行くだけだからすぐに帰ってくるかしらって………」
 ばつが悪いのか、目を伏せながら彰子が言い訳する。灯台の炎の揺らめきに彼女の輪郭も揺れ、生じたその頼りなさに昌浩は目を奪われた。
 橙色の灯りを受けて、黒髪がとろりとした艶を帯びている。頬に落ちる睫毛の影と、明かりを映して星が宿ったように光る静かな瞳。
 何で、こんな。
 ただ在るだけで光り輝くような。
 先刻の貴船の祭神の言葉が、ほとんど呪詛のように昌浩の身を縛りつけた。
「………っ、俺、もう休むから」
 ようやくそれだけを口にして、昌浩は彰子の脇を通り過ぎて唐櫃に向かう。
「………昌浩?」
「彰子も、もう休みなよ。夜明けまで、あまり時間がないし」
 昌浩を追ってふり返る衣擦れの音。彼女のほうを見ることなく手甲をはずしながら、昌浩はそっけない口調で告げた。―――そうしないと、動揺のあまり声すら裏返ってしまいそうだった。
 彰子はしばらく何も言わなかった。
「………そうね。もう休むわね。昌浩も、もっくんも、おやすみなさい」
 消え入るような声がそうささやくと、さらさらと衣が鳴り、彰子の気配が遠ざかっていく。天一が戸惑ったような視線をこちらに向けながら、その後に続いた。
 妻戸が閉じられる。昌浩はふり返ることができなかった。
 手甲を唐櫃に放りこみ、いらだたしげに蓋をする。
「ああもうっ、高淤の神が変なことを言うから………っ」
 その呟きに物の怪は一切無言のまま、ぱたりと一度だけ尾をふった。勾陳と六合も沈黙を守る。
 昌浩はしばらく黙りこんだ。
「あああああっ、もうっ!」
 もう一度叫び声。
 神将たちはやはり無言。
 ほどいた髪を指で掻きあげ、昌浩は小さく溜息を落とした。
「………ほんとにもう」



 足早に自室に戻る彰子を、天一は気遣わしげに追いかけた。
「―――姫」
 彰子は足を止めることなく妻戸を開けて中に入った。天一がその後に続く。
「姫、あまり気に病まれますな」
「昌浩は休んでてっていったのに、無理して私が待っていたから………」
 うつむいた彰子は、小さく唇を噛んだ。
 本当は貴船に行くと知ったときから、休むつもりはなかったのだ。
 毎年昌浩は貴船の神様に礼を尽くしに行くし、彰子も蛍を見に連れて行ってもらう。かの女神が彼に厚意を持っていることも承知しているつもりだが、それでも貴船の神様の話になると顔が固くなる。いまではずいぶんやわらかく笑えるようになったと思うが、不安は消えない。何度かじかに言葉を交わしているからこそ、神という存在が気まぐれで自分勝手なものだと肌で感じている。我が身の卑小さを思い知らされる、圧倒的なあの存在感。
 だからこそ心配で。
 だけど昌浩を怒らせてしまった。心配ないよって言っているのに、それでもまだ不安がるのは、ややもすると彼のことを信じていないということに繋がる。
 ほんのささやかな行き違いが、いまの彰子には大きな悔いとして受け止められる。
「どうして私、こんなに不安なのかしら」
 気がつくと、ぽつんと呟いていた。
 昨日、昌浩から海をもらって。とても幸福で。笑顔をもらって。とても胸がいっぱいのはずで。
 もう何年も、この安倍の邸で皆から大切にしてもらって。とても、満たされていて。
 それなのに。いや、だからこそ。
 小さなことでさえ、何かとてつもなく大きな不安となってしまう。昨日があれほど幸せで胸が騒いだ分だけ、よけいに。
「昌浩………播磨で何かあったのかしら?」
 気のせいではなく、やはり昨日から様子がおかしい。
 どうして目を合わせようとしてくれないのだろう。
 たったそれだけで、自分はこんなにも胸が騒ぐ。
「姫………」
 おろおろと気遣う天一に微笑を返し、彰子は大袿を手にとった。
 この心優しい姉のような神将を不安がらせてはいけない。
「ごめんなさい、天一にも無理を言ってしまって。昌浩の言うとおり、もう休むわ」
「はい………、あの、姫」
「だいじょうぶ」
 そんなに心配そうな顔をしなくてもいい。これはおそらく贅沢な不安だから。
 彰子は微笑する。
「だいじょうぶよ、天一」