香澄みて 花の匂いと とりかえばや―――黒方の巻〈四〉
神無月(十月)の十五日は朝から時雨が降っていた。
そのせいで大気は濡れて冷たく、着こんだ袿が重く感ぜられる。
伏籠にかぶせた衣に触れると、指先がほんのりと熱を帯びる。その指を顔に近づければ、多めに混ぜこんだ白檀の移り香がぷんと聞こえた。
衣に香を薫きしめるなら、本当は晴れた日のほうがよい。空気が湿っていると、香りが衣に染む前にあたりに溶けていってしまう。
現にいまもきつい香りが廂の間に漂っていた。
香澄の狩衣に普段使いの香を薫きしめながら、桔梗はぼんやりとしていた。
檜皮葺の屋根に音もなく雨は降り、庇の間にいる桔梗には、御簾の向こう側で落ちる雨垂れの音もどこか遠かった。
内裏ではあと一月もすれば五節だった。五節は一年のなかでも大きな催しのひとつ。忌月の五月と同じく種々の祝い事を避けねばならない長月のあとだけに、皆華やかに盛りあがる。
もっとも宮中のそれも男性だけを中心とした行事なので、殿上することもかなわぬ下々の家から見れば、遠い話ではあるのだが。
香澄が任ぜられている侍従という役職は五節の運営には直接の関係はない。帝のそば近く仕えるのがその役目―――といえども、その役目は令外官の蔵人に奪われて久しいため、暇と言えば暇な役職のはずなのだが、桐耶に巻きこまれているのか最近はいつも帰りが遅い。
侍従のなかでは最年少で、この役職自体、官位は初冠(成人)に必要なものだからと、父親の故権大納言がほとんどおまけで賜ってきたようなものなのだが、別の意味で目をかけられてはいるようだった。
雅人も忙しそうだったが、彼が勤める近衛府はもともと、ことあるごとに忙しい役所であるため、そう珍しいことではない。咲姫から寄越された便りでは、真海も五節の役員である小忌の公達に選ばれたため、そちらも忙しそうにしているとのことだった。
聞けば桐耶もそうだというから、桔梗の知り合いで内裏に参内する者は華奈以外、皆忙しいということになる。
その華奈はといえば、既に内大臣邸に宿下がりして、暇を持てあましているようだった。本人は五節が終わるまで内裏にいたいとゴネたらしいのだが、こればかりは父親の内大臣が首を縦にふらなかった。
というのも、今年は藤壺中宮の縁者から五節の舞姫が出ることになり、その関係で中宮のもとに何かと人が出入りしているという。参内した舞姫の世話をする中宮がたの者たちの他に、行事の連絡調整役である小忌の公達なども頻繁に顔を出す為、これ以上、内大臣家の総領姫(長女)の顔をさらすことを嫌った内大臣は五節前に強引に華奈を退出させた。
おかげで華奈の立腹ぶりはすさまじいものがあったらしく、雅人が苦笑混じりに桔梗に話したところによると、帰ってきて父親と対面するなり御簾を跳ねあげ、膝をつき合わせて座り、理詰めで責めたのち反論も聞かずに切り上げ、それ以来、口も聞いていないというのだから恐ろしい。
たしかに華奈が話す五節の舞姫の帳台の試み、その他のきらきらしい一連の行事の様子は、桔梗が聞いただけでもとても面白そうだったから、見られるものを諦めねばならないとなったら、悔しいだろう。
そこを徹底的にゴネるあたりが実に華奈らしかった。
ぼんやりと衣の縫目などから洩れ立ち昇る香煙を眺めていた桔梗は、柚葉が妻戸を開けて廂の間に入ってきたことに気づかなかった。
「桔梗?」
「うわあ !?」
突然、背後から聞こえた柚葉の声に桔梗は驚いて悲鳴をあげる。
「桔梗。その悲鳴、ますらお」
ますらお、とは真名書きすると益荒男。字面のごとく「男らしい」という意味になる。たしかに姫君のあげる悲鳴ではない。
普通、深窓の姫君というものは何か恐ろしい目にあっても、悲鳴をあげる前にまず茫然自失、何が起こっているのかわからない、というのが常だから、やはりこういう意味でも桔梗は変わっているのだ。
どきどきと脈打っている胸を押さえながら、桔梗はゆっくりとふり向いた。
動いた室内の空気に、ゆらりと香煙の形が崩れる。
「何? 突然おどかさないで、びっくりした」
「桔梗、なにしてる?」
柚葉が可愛らしく、ちょこんと小首を傾げた。
「香澄ちゃんの衣に香を薫きしめているのよ」
「うむ」
「見てわかるでしょ?」
「ン、わかる」
わりと素直に柚葉は賛同し、でも、とそのあとを続けた。
「でも、雅人が来たぞよ」
「雅人兄さんが? 宿下がりしている華奈ちゃんが来るって文は来たけど、雅人兄さんが来たの?」
「そう」
「華奈ちゃんは?」
「も」
「も?」
柚葉の口調をそのまま再現して、桔梗がこっくり首を傾げる。
「も、来た」
「あ、はいはい」
桔梗は上に被せた狩衣ごと伏籠を脇に押しやった。ぱたぱたと柚葉や他の女房たちが立ち回り、脇息やら円座を運び入れて雅人と華奈の席をつくっていく。
これが初対面の客人なら、どこに席をつくるのか、廂か、簀子縁か、隔ての御簾は降ろすのか上げておくのか、さらに間には几帳を置くのか置かぬのかと、あれこれ女房たちと相談しながら部屋をしつらえねばならないのだが、頻繁に訪れる雅人と華奈の場合、とっくに応対は決まっているから柚葉たちの動きも素早い。あっという間に廂の間は片づいた。
終いとばかりに、狩衣といまだ煙を吐く香炉と伏籠を抱えた女房たちが一礼して部屋から去っていった。
伏籠は持ち去られたとはいえ、いまだ残り香はきつく聞こえている。桔梗はそれが気になったのだが、散らす前に、簀子縁を渡るさやさやとした衣擦れの音が近づいてきてしまった。
「桔梗っ!」
時雨の鬱陶しい空気を吹き払うような声と共に、年上の従妹が御簾をくぐって入ってきた。妹のために御簾をあげてやっていた雅人は、後に続いて中に入ろうとして、烏帽子の先を引っかけないように身をかがめている。が、桔梗が視認できたのはそこまでだった。
色鮮やかな袿の重なりが視界を占拠する。
衣鳴りの音も高らかに、華奈は嬉しそうに年下の従妹を抱きしめると、問答無用で頭を抱えて撫でこ撫でこしはじめた。
従妹の鮮やかな袿の袖褄に埋もれるがままにされながら、桔梗はのんびりと挨拶を返す。
「華奈ちゃん、お久しぶりねぇ」
「お久しぶりね。元気だった? 香澄にイジメられてない?」
「オレがそんなことするかよ」
簀子縁を通りがかった香澄が仏頂面でそう言った。御簾越しに華奈に一瞥をくれると、すたすたと渡殿を渡って寝殿の方に消えてしまう。
「あら、いたのね」
華奈はぺろっと舌を出した。
「いたんじゃなくて、いま帰ってきたんだ。お前、牛車の尻の方に乗っていたくせに、後ろに香澄の車がいたのに気づかなかったのか?」
円座に腰をおろした兄が苦笑し、妹のほうは悪びれず首を傾げた。
「あら、じゃあ途中の路で車が一緒になったのね。殿方じゃありませんから、いちいち傍近くの牛車を品定めしたりし・ま・せ・ん」
「定められる側だな」
兄に、露骨に結婚のことを揶揄された華奈は、鼻で笑ってそれを一蹴した。
「今更慌てて私を品定めしにくる殿方なんか、義理の弟にする気なんか端からないくせに」
「もちろんだとも」
このうえもなく麗しい笑顔でそう言い切った雅人だが、これが妹可愛さゆえではなく、単に馬鹿な同輩がとことん嫌いなだけであると理解している者は、あまりいない。
華奈と桔梗はそのことを知っている数少ない人物のうちの二人だったが、この兄の性格はいまに始まったことではないので、二人揃ってそれを黙殺した。
「ところで、そろそろ桔梗を離してやったらどうだ。傍目から見ると衣の色がうるさいだけだ」
「このきらきらしさがわからないなんて、無粋な少将殿ですこと」
そうは言いながらも華奈は桔梗を解放し、それからようやく、彼女のために作られた座に腰を落ち着けた。派手やかに重ねたくれない紅葉の五つ衣と、その上から着た紅葉の小袿の裾に絡む黒髪が床に散り、どきりとするほど艶めかしい。
派手にすればするほど、持ち前の怜悧な華やかさが引き立つ華奈の容貌だった。
雅人は檜扇を片手に、妹と従妹をそれぞれ見比べた。訪ないの当初から、もはや男女間を遮る几帳はあってなきがごとしの代物となっている。
桔梗は萌黄の単衣に、薄青と薄蘇芳の袿を無造作に重ね、香色の小袿を一番上に羽織っていた。重ねた袿の枚数も少なく、目に付いた衣を重ねましたという感じで、完全な褻(普段)の装束だったが、直前まで薫いていたとおぼしき薫香が部屋を洗うように満ちている。
色彩の明度と彩度といい、あまりにも対照的な二人だった。
「ところで、華奈ちゃんが来るのは聞いてたけど、雅人兄さんはどうしてここに? 五節が近くて色々忙しいんじゃなかったの?」
五節と聞いて、扇をもてあそんでいた華奈の手がぴくんと止まった。
「忙しいな。だが桔梗のところに来る余裕がないほどではないよ。用向きがあるときは特にな」
「用向き?」
桔梗が首を傾げた。香色の袿と同じ色の髪がさらりと肩から滑り落ちる。
「なあに?」
「もう忘れたのか」
雅人が苦笑した。
「先日、俺に頼んだだろう。三条邸の修理を。修理と言うよりは新築と言った方がいいかもしれないが」
それを聞いて、華奈が気遣わしげに桔梗を見ながら、話の途中に割りこんだ。
「ねぇ、本当に三条邸に移るの? ここを追い出されるんなら、前のようにウチに戻ってきてくれったっていいじゃない。そうすれば毎日会えるのに」
香澄の四条邸に移るまで、桔梗は雅人たちの邸である内大臣の二条邸で暮らしていた。もちろん裳着も、香澄との結婚も、その露顕(披露宴)もすべて二条邸で行ったのだ。
本来ならば婿が妻のところに通うのが本式だから、桔梗はそのまま二条にいるべきだったのだが、香澄の性別の都合もあって早々にこちらに移ってきたのである。
「そうすると、香澄ちゃんが大変よ」
華奈と雅人の両親である内大臣とその北の方は、香澄の正体を知らず、桔梗がごく普通の結婚をしたと思っているため、香澄にとって二条邸は内裏と変わらぬ場所だった。
それを思い、桔梗は三条邸を直させることにしたのだ。
「いいのよ。多少は苦労させておけばいいんだわ」
悪びれない華奈の言葉に、桔梗は口をへの字に曲げて、己の親友の弁護にまわった。
「いまでさえ充分苦労してると思うんだけどなぁ、香澄ちゃん」
「好きでやってる苦労なんだからほっておけばいいのよ。桔梗と一緒に暮らせるだけで充分報われてるわ」
「それは単にお前の本音なだけだろう」
雅人が淡々と口を挟んだ。兄の話の途中だったことを思い出して、華奈は口をつぐむ。
「色々こっちの都合で遅れていたが、準備もととのったことだから、そろそろ匠たちの手を入れたいと思ってね。明日と明後日は日が悪いが、その次の日には工事を始める。それを知らせに来たんだ」
桔梗は色々と何か言いたいことがあるらしく、しばらく首を傾げて黙りこんでいたが、やがてにっこりと笑って言った。
「そんなこと、文ででもよかったのに」
「華奈が行くというんだ、ついでにと思ったんだ」
「兄さんは私にかこつけて桔梗の顔が見たかっただけよ」
華奈がつんとして檜扇を広げる。雅人は苦笑して何も反論しなかった。
「施工に対して、何か注文があるならそれも聞いておこう」
「あまり派手にはしないでね。香澄ちゃんと住めればそれでいいから」
「心得ているさ。あまり鳴り物入りで工事をすると、またぞろ右大臣家の二の姫が血の道を起こす」
「由紀姫さまが? どうして?」
どうして桔梗が昔暮らしていた邸を手直しすると、由紀姫がヒステリーを起こすのだろう?
きょとんとした桔梗に対して、華奈は己の溜め息を聞かれまいとして扇で全面的に顔を隠してしまった。
当然と言うべきか、桔梗は由紀姫に対して悪印象を持っていない。それどころか、逆にすまなく思っているぐらいだ。
桔梗は桔梗なりに、好きな人が実は同性だと知ったらショックだろうなぁと、由紀姫からすると余計なお世話としか思えないことを考えて、香澄と一緒に申し訳なく思っているのだ。
何も知らない世間から見ると、桔梗が由紀姫の懸想していた相手を奪ってしまったことになる。想い人をとられてしまった由紀姫が、とった桔梗に対して嫉妬していると考えないあたりが、桔梗の桔梗たる由縁だった。どこか大事な思考の一部が抜けているとしか思えない。いや、そもそもとった自覚自体が桔梗に無いのかもしれないが………。
三条邸に手を入れてそこに引き移るということは、源侍従の国司である兄が赴任地から戻ってくるのを幸いに、留守を預かっていた邸を返還し、世の習いに従って妻方の財産である邸を受け継いで、そこで装い新たに夫婦仲良く暮らします、という意味になる。真実はどうあれ、世間的には。
工事が大々的になればなるほど、新生活に気合いが入っているということになる。
これで由紀姫がヒステリーを起こさないはずはない。
雅人は思わせぶりに笑った。
「世の中には工事が嫌いな姫もいるだろうさ」
桔梗は扇を片手に不思議そうな顔をしたものの、特に突っ込んで聞きはしなかった。
「あのね、雅人兄さん。あとね」
「………?」
彼女独特のふぅわりとした微笑を浮かべ、桔梗は告げる。
「お庭には手を入れないでね。荒れたままで、いいから」
咄嗟に何か言いかけた華奈を目だけで黙らせ、雅人はならば桔梗の言うとおりにと笑ってうなずいた。
そこでその話は終わりだった。
雅人が手みやげに持ってきた甘葛(蜜)と少量ではあるが幾種類かの香料を、桔梗はことのほか喜び、春に向けての梅花香を合わせてほしいという伯母の頼みを快く引き受けた。
その後は碁を打ったり双六をしたりして遊び、夕暮れどきに内大臣家の兄妹は帰っていった。
帰りの牛車のなかで、さっそく華奈は雅人に噛みついた。
「なんで昼間あそこで頷くのよっ!」
「お前、桔梗に臍を曲げられたいか。手に終えんことぐらい知っているだろう」
ぐっと言葉に詰まり、華奈は手にした檜扇で八つ当たりめいて牛車の壁やら床をばしばし叩き始めた。
「荒れたままの庭なんて、桔梗には辛いだけじゃない………!」
疫病で主が死んだ穢れのある邸とは言っても、八年も経てば、けしからん輩が入りこんで枝ぶりの良い庭木や、形の良い庭石を掘り出していってしまう。決して、もとあった庭がそのまま荒れたという風情ではないのだ。おそらく遣り水も埋まって池も枯れてしまっているに違いない。
おまけに庭の具合は、その邸に住む者をはかる物差しそのままとなる。初めて邸を訪れた客が邸のどこを見るかといったら庭と部屋のしつらえなのである。部屋や庭の整いぐあい、風情のあるなしを見て、その邸に暮らす者の人品を判断する。
そのことを思うと、華奈にとって愛する従妹の申し出はとうてい承伏しかねるものだった。
(だからウチに住めっていってるのに………! 香澄は夜離れさせりゃいいのよ)
とんでもないことを内心で考えながら、華奈は牛車の揺れに顔をしかめた。
「兄さん、陰陽師がお祓いするのに立ちあったんでしょう? どうだったのよ」
「一人目は死んだ者たちが成仏できずに邸にまだ残っているなどと抜かしたからその場で叩きだした。二人目はまァ普通に形式的に祭文を読むだけだったな」
「私が聞いているのは邸の様子よッ。そんな陰陽師は叩きだして正解だけど!」
雅人が陰陽師を呼んで祓いを行わせたのは、あくまでもそれが一般的な常識だからだ。妖物が住みついているとか、穢れがまだ残っているなどという噂は微塵も信じていない。恩を売りたいのか金品が欲しいのかは知らないが、邸の過去をあげつらって、怨霊がどうこうなどと聞かれもしないことを言いだす陰陽師は、解雇してくださいと自分から言っているようなものだ。
華奈が問うているものが何かわかっていながらも、わざと違うことを答えた雅人は、今度こそ正しく妹の疑問に答えてやった。
「そうだな。ひどい荒れようだったが、邸の梁や柱は上等なものだったから、まだそのまま使えるな。手を入れれば充分住める。庭もそう荒らされてはいなかった。ただ………」
「ただ?」
物見窓を扇でわずかに開け、雅人は眼を細めた。
昇ってきたばかりの満月で、夜道は冴え冴えと明るい。どこに向かうのか、気の早い夜歩きらしい公達の牛車と互いに距離を置いたまま行き違う。
「藤や桜の古木はさすがに持ち運ぼうとすると人の噂にならないはずがないからな、そのまま残ってはいたんだが………柳がなかったような気もする。南庭の池のほとりにあった………。若木だったし、枝ぶりがよかったから持って行かれたんだろう。他にも掘り返されたあとはいくつかあったな。何が植わっていたかまでは思い出せなかったが」
その怜悧な双眸をきらめかせて、妹は兄を鋭く睨んだ。
「どうするの」
「別の所から柳を持ってきて植える。あとは少し適当になんとかするさ。もっとも八年前の記憶じゃ俺もよくは覚えていないんだが、俺も覚えきれていないところをもっと幼かった桔梗が覚えてはいないだろう」
「端からそのままにする気なんかないじゃないのよ………」
呆れた華奈の言にも、雅人は悪びれなかった。
「そのままにするために手を入れるんだ。文句はあるまい?」
「ありません」
素っ気なく華奈はそう言い、扇をさっと開くと顔を隠した。
〈適当な用語解説〉(あくまで雰囲気をつかむためのものです)
※侍従……じじゅう。中務省の役職。位は従五位下。すでに用語説明したと思ってたんですが、してなかったみたいです(爆)。ジャパネスクの融がこれですね。ほとんど有名無実と化していた職らしく、具体的にどんなことをやっていたのか、まったくわかりません。実は文官職にもかかわらず、帯刀がゆるされていたらしーです。具体的に何をやってたかよくわからない職なので、香澄が出仕するシーンを書く度に、実は戦々恐々としています。早く除目で昇進させねば(待て)
※令外官……りょうげのかん。律令の外の官、という意味です。つまり法律には定められていない臨時職。臨時職という建前、必ず他の役職と兼任でつとめました。蔵人や検非違使、勘解由使などがそうです。臨時職にもかかわらず、その臨時職が幅をきかせていたのが平安時代なのですが………(笑)。
※蔵人……くろうど。もともとは皇室の文書、道具などを管理した役人でした。薬子の変で臨時に設けられ、定着した令外官です。後に天皇の日常生活に奉仕し勅使の伝達、天皇への取次ぎ、公文書の書写、諸事務など、天皇に関するありとあらゆる諸事を受け持つようになり、宮中における重要な存在となりました。五位および六位相当の役職で、本来なら五位以上でなければ清涼殿に上がれないのですが、蔵人は特別。六位であっても昇殿を許されたので中下流貴族の憧れの職でした。
※小忌の公達……おみのきんだち。すいません。これも実は実体がよくわかりません。私が勉強不足なのでしょうが、小忌の公達について書かれている手元の資料が枕草子のみ。文中で説明されている通り、五節の期間中のイベントスタッフです。といっても、良いとこの坊ちゃんが選ばれてたらしーのでそう大変な仕事はやってなかったんじゃないでしょーか。枕草子では、小忌の公達やってる実方の中将が女の子ナンパしてます(爆)
※五節の舞姫……ごせちのまいひめ。五節の舞を舞う姫といってしまえばそれまでですが(爆)。五節については黒方の巻〈一〉の用語解説のほうで説明してますが、そこの四日目、豊明節会で舞を舞う四人の女性のことです。三位以上の上達部クラスから二人、四、五位の受領クラスから二人ずつ出しました。源氏物語では、光源氏の乳兄弟だった惟光の、その娘が五節の舞姫として選ばれて氏の息子の夕霧が雲井の雁に似ているなーとちょっかい出してます(笑)。惟光は源氏の家司で、位も四、五位ですから受領層の舞姫というわけです。
※唐櫃……からびつ。フタ付き足付きの木箱です。主に衣装入れ。人が入れるくらいの大きさはありました。
※くれない紅葉の五つ衣……単も加えて下から順に、紅、薄青、濃青、黄、山吹、紅、と重ねる。
※紅葉の小袿……表、紅。裏、濃紅。 ……てか、上の五つ衣とあわせると、本当に目が痛いよ華奈………。ところで源氏物語や他の話でも衣装の色目はくわしく書かれていますが、たいてい、一番上の表着や小袿の色目ばかりで全体がどうだったかとは書かれていません。五つ衣の上からさらに重ねたはずの小袿や細長の色をどう合わせていたのか、さっぱりわかりません。勝手に桐生が着せておりますが、はっきりいって桐生さん、色彩センスなどないのですよ………(汗)
※萌黄、濃青、薄蘇芳、香色。……相変わらず地味ですねこの娘は(苦笑)。
※褻……け。ハレとケの褻です。今でもよく「晴れの舞台」「この晴れの日に」などと言いますが、この「晴れ」の対となる言葉が「褻」です。こちらは普段、日常といった意味でした。平安時代の女性の晴れの装束は裳唐衣の正装であり、褻の装束は小袿姿ということになります。
※露顕……ところあらわし。いまでいう披露宴。嫁側の人間を集め、婿の披露を行う宴でした。この時代の結婚の成立は、男が女の元へ三日続けて通うこと。親同士が決めた正式な結婚も、秘密の結婚もとりあえず最初の三日間は通ってくることが絶対条件でした。源氏物語の落葉の宮はうっかり夕霧に添い寝されてしまい(添い寝だけです)、それを結婚と誤解した宮の母君が次の日に夕霧が来てくれなかったことにショックを受けて(つまり遊びだったと思い)亡くなってしまいます。それぐらい、とにかく何が何でも最初の三日間は通わねばなりませんでした。香澄も桔梗のいる二条邸へ三日間通い、夜明け前に帰って後朝の歌を送り、三日目の夜に三日夜の餅というのを食べ、それを終えて露顕を行うという、正式な婿としての手順を踏んでいます(女同士ですが)。この露顕のない結婚は、ちゃんとやった結婚より軽くみられました。
※甘葛……あまずら。アマズラと呼ばれたツル性植物のしぼり液を煮詰めたものですが、アマズラがいかなる植物だったのかは不明です。平安時代の甘味料で、作中で書かれているように超高価でした。なにせ全国でいまの単位で約一石七升二合(え、えーと、約193リットル……かな・汗)前後しかとれなかったらしーです(未確認情報です)。香をあわせるときにも使いましたが、これを多く入れすぎると甘ったるい香の代物になったらしい………。
※梅花香……ばいかこう。六種の薫物のひとつ。春の香。梅の香に似たはなやかな香りの薫き物だったようです。源氏物語で紫の上が合わせていたお香です。
※夜離れ……よがれ。えーと……字を見れば一目瞭然ですね。早い話が離婚というか別れたというか。