香澄みて 花の匂いと とりかえばや―――黒方くろぼうの巻〈五〉

 今日は帰れないと香澄から文が来たのは、戌の刻(午後八時頃)になってからだった。
 宿直とのい以外の外泊をことのほか嫌う香澄にしては珍しいことだったが、泊まり先が桐耶とうやの邸と知って、断り切れなかったんだろうなァ、などと桔梗は思ってしまった。香澄にしてみれば、どこに泊まろうと自邸以外では心休まらぬだろうが、桐耶たちからすれば「たまには付き合え(いい加減付き合い悪いぞ)この野郎」ということになる。おそらく桐耶の他に征雪まさゆきなどの、昔からの幼なじみも一緒なのだろう。
 対屋たいのやが違い、互いの生活は完全に独立しているとはいえ、同じ敷地内には由紀姫も北の方も内大臣もいる。
 気の毒に………。
 しみじみとそう思い、桔梗は文の使いに酒を出してねぎらうように指示し、効果があるかどうかはわからなかったが、香澄が途中で逃げ出しやすいように、帰ってこないことを少し皮肉った返事を持たせてから返した。
 秋の夜長とはもう言えないが、冬に入ったばかりの神無月十六夜の月は中秋の名月に勝るとも劣らぬ良い風情で輝いている。
 冴え冴えとした白い光を放って、御簾越しにも外が大層明るいのがわかるほどだ。前栽せんざいの草木がいささか寒そうに月の光を浴びては、その影を庭に落としていた。
 御簾越しに外を眺めていた桔梗は室内をふり返って、ふと苦笑した。
「香澄ちゃんと、甘葛煎葛湯あまずらくずゆでもいただこうと思ったんだけどな」
 使者のおとないのざわめきを香澄の帰宅と勘違いしてしまった桔梗は、葛湯を作るよう頼んでしまったのだ。
 軽く嘆息して、桔梗は女童の柚葉を手招いた。
「せっかく作ってもらったし、一緒に食べよっか」
「よいの?」
 柚葉が黒目がちのをまん丸にして、己の主を見あげた。
 昨日、雅人が手みやげにと持ってきた甘葛を使って作った葛湯は、甘葛自体が高級品ということもあって、非常に贅沢な食べ物だった。湯に甘葛をたっぷり入れて、葛粉で練る。甘くて、とろりとしていて、温かくて、おいしい。
 このなかでも甘いということが、最大の要点だった。ときたまもらう唐菓子も餅も、米や麦の甘みはあるが、甘葛はそれとは比べものにならない。
 普段から何かと食べているお菓子などを柚葉にくれる桔梗ではあったが、こんな上等なものはもらったことがない。
 この邸では、手に入った甘葛のほとんどが桔梗の香合に使用されることもあって、甘葛煎葛湯などは滅多に膳の上にのらないのだ。
「いいよ」
 折敷おしき(角盆)の上に乗った蓋付き椀を示した桔梗は、はんなりと笑って頷いた。
 柚葉の頬が灯台の淡い明かりのなかでも、ぱあっと紅潮したのがわかった。
「―――でも、もしよかったら、柚葉がお願いを聞いてくれると嬉しいかも」
 その言葉に、箸にのびかけていた柚葉の手がぴたりと止まった。
 さっきまで喜色に輝いていたその目に、いまは警戒の色が浮かびあがっている。
「何ぞよ」
「ひどい、そんな顔するの?」
「だって、桔梗のお願い、あまり真っ当じゃなし」
「いいのよ。あたし自身が真っ当じゃないんだから、お願いも真っ当じゃなくて」
 さらっと滅茶苦茶な理屈を吐くと、桔梗は自分の椀を手に取った。
 蓋を開けると白い湯気がふわりと立ちのぼる。甘葛も湯も透明だから、黒塗りの椀の底が透けて見えるところに、葛粉のとろみで艶が加わり、灯台の明かりをきらきらと反射する。
 柚葉の目が椀の中味に釘付けになった。
「………桔梗、それはとっても意地悪いといけず
「うん。あたしは意地悪いけずよ?」
「ううっ」
 しばらく唸りながら椀の中味を凝視していた柚葉は、とうとう目先の欲望に根負けしたのか、恨めしげに桔梗を見あげた。
「お願い、何」
「あのね、いまからお出かけしたいの」
「いずこに?」
 出かけること自体を止めようとしないのは、過去に何度か付き合わされたことがあるからだ。問題は行き先だ。行き先次第でどうにでもなる。桔梗は時々とんでもないところを指定するのだ。
「あたしのおうち」
「桔梗のうち、ここ」
「そうじゃなくて……ああ、柚葉は知らないのね。これからお引っ越しする予定の、昔あたしが住んでいたおうち」
 それはたしか昨日、雅人が来て話していった、これから建てなおすという邸のことではないだろうか。これから、ということは今現在は邸があるわけじゃなくて、荒れ放題で………。
 柚葉の目が再びまん丸に見ひらかれると、勢いよく首が横にふられた。
「ダメ。ダメ。否。許さじ」
「ダメ?」
「ダメ」
「どうしても、柚葉は行かない?」
 その言動にとてつもなく引っかかるものを感じて、柚葉は桔梗を見あげた。
「………えと、桔梗?」
 ふんわりと、相変わらずの笑みを浮かべて、桔梗は柚葉を見ている。いつもの笑みだ。押しても引いてもどうにもならない、梃子でも動かない極上の微笑。
 いけずだ、と柚葉は思う。この笑みに、みんなだまされて引き回される。雅人も華奈も香澄も柚葉も誰も彼も。桔梗のこの笑顔を見たら、いてもたってもいられなくて、何かしなければいけないような、ぎゅうっと衣ごと抱きしめたくなるような、そんな気になって翻弄される。
 それで柚葉は悟ってしまった。
 柚葉が行かなくても、桔梗は行く。もう夜のドライブに行く気満々だ。柚葉がダダをこねたときには、桔梗一人で行くことを既に決定してしまっている。
 柚葉はぶすくれて、椀を見、次に桔梗を見た。
「……………………………………行く」
「ほんと? 嬉しい」
「だから、食べてヨイ?」
 笑って頷くと、桔梗は自分の箸を持ち直した。
「冷めないうちに召し上がれ?」
 甘葛煎葛湯は温かくて、なめらかで甘くて、おいしかった。
 ―――とっても、意地悪いけずだ。



 十六夜の月が皓々と明るい。出歩きには何の不都合もない明るい夜だ。夜歩きの公達きんだちの牛車が急いたように角を曲がって小路を折れていく。
 しかし、月が明るいとはいっても京の都は物騒で、強盗や追い剥ぎなどはのべつまくなしに横行している。そういうのに出くわすか出くわさないかは、もはや運だった。気にしていたら都の公達は恋人のところに夜な夜な通うこともできない。
 車輪が石にあたるたびに大きく揺れる牛車のなかで、柚葉は口を真一文字に引き結んで桔梗にしがみついていた。
 小柄な桔梗と子どもの柚葉の二人しか乗っていない牛車の内部は、広さにかなりの余裕があるのだが、それでも柚葉はぴったりと桔梗にくっついて座っている。仕える者の使命感として主の外出にとりあえず同行するとは言ったものの、やはり怖いらしい。
 柚葉が小声で主に問うた。
「桔梗、どうして三条邸に行く?」
 簾の外からほろほろと射しこむ月明かりのなか、柚葉を抱きしめるようにして桔梗は微かに笑った。
「あたし、雅人兄さんがどんな人か知ってるもの」
「桔梗?」
「自分がやろうと思ったことに関しては、人の意見なんか聞かない人だもの。きっとお庭に手を入れる」
 従者ずさが持つ松明まつの明かりがゆらゆらと赤く、火の粉が爆ぜる音とともに、牛車の中の陰影が変わる。
 そのたびに柚葉が怖がっているのがわかり、桔梗は連れてこないほうがよかったかと思う。―――もっとも、柚葉は何が何でもついてきただろうが。
「だから?」
「ん………?」
「だから見に行くの?」
 薄暗がりのなかで桔梗はすぐには答えなかった。
 どうして建て直す前の邸を見に行こうとするのか、自分でもその心うちがよくわかっていなかった。
「うん………たぶんね、何もかも雅人兄さんに任せていたほうが、あたしは辛い思いをしなくてもいいんじゃないかなとは思う」
 そうすれば、庭は荒れた庭ではなく、荒れた風情・・の庭として桔梗の目の前に提供されるだろう。風流人が露を置かせて見るために、わざと前栽を刈らずに放置しておいたような。
「でもね、今まで放っておいたのはあたしなんだもの」
 両親が生きているうちに邸から連れ出され、そのまま戻ることなく伯父の二条邸に引き取られた桔梗は、父母が死んだ後、邸がどうなっているかもわからないまま、人づてに地券を渡され、三条邸を引き継いだ。
「母さまや父さまが、まだあのお邸で生きているような気がして、ぼんやりとしていたのは、あたし」
 床に伏した姿すら見ていない。まして火葬の野辺の煙など見ていない。法会はしたけれど、こまごまと面倒を見て指揮をとったのは伯父夫婦で、法会のどこにも父と母を思わせるようなものはなかった。
 元気だったまま、あるときふっと姿を見せなくなって、それきり。
 桔梗と両親の別れはそんなだった。
 だから、両親を始めとした家の者たちはみな姿を隠しているだけで、実は生きているのではないかという気持ちが消えなかった。女は日頃、暮らしている邸の外に出ないだけに、なおのこと、そう思えた。
「ちゃんとわかってはいたんだけどね」
 行ってもいないと。
 何もないのだと。
 理解しているのだけれど、それでも自分にわからせておきたかった。
「これから、うつつに足をつけにいくの」
 自分は夢と現のあわいを漂っているようなものだから。
 いつもどこかに、あるはずのない身の軽さを感じている。ふわりと風に飛ばされて、香の煙と混じり合って消えてしまいそうな。
 流れに棹ささぬ浮船にも似ていた。香澄や雅人や華奈が、自分を現に繋ぎ止めている艫綱ともづなだ。
 どこか自分だけが日常から遊離してしまい、別の時間を生きているような気がしている。
 ふわふわとしたこの身も特に辛くはないけれど。
「なんとなく、かな」
「なんとなくで普通、姫は夜歩きせず」
 暗がりの中でもそうとわかる渋面で柚葉がぼやいた。
 やがて、牛車の歩みが遅くなり、怖々とした萩丸の声が御簾越しにした。
「姫さま、近くまで参りましたが………人ひとり、犬の仔一匹おりませぬ」
「人も犬も、いるいないは時柄タイミングの問題でしょ。いま、どのあたり?」
「町尻小路と六角小路が交わる辻を通り過ぎたところです。姫さま、今からでも遅くありませんよ。引き返しましょうよ〜」
 牛飼童の萩丸は桔梗の素性をよく知らない。内大臣家ゆかりの姫だとしか知らないから、鬼が出ると有名な邸跡に桔梗が向かうことを、正気の沙汰ではないと思っているようだった。
「ここまで来て? 東門の手前で止めてちょうだい。降りるから」
「降りるッ !? 」
 そんな予定など教えられていなかった萩丸は、声まで青ざめたようだった。
 いままで黙って松明を持って従っていた他の従者たちも、必死で止めにかかる。だいたい、貴族の北の方というものは滅多に外出しないものなのだ。外出しても、外で牛車を降りるということはほとんどない。それこそ石山詣でで舟に乗り移るときぐらいだ(そのときだって牛車ごと乗り移る場合すらあるのだ)。聴講に出かけたとしても、物見に出かけたとしても、すべて車のなかから見聞きする。
 それをこの少々風変わりな北の方は、いくら月が明るいとはいえ、夜中に鬼殿の前で牛車から降りるだと !?
 何とか思いとどまらせようと従者たちが立ち止まったため、牛車はいくらも行かぬうちに止まってしまった。
 桔梗は物見窓を細く開けて、外の様子を確かめる。
 崩れて、亀裂にそって草の生えた築地塀ついじべいが見えた。行く手に門とおぼしき暗がりを確認すると、桔梗はそのままここで降りて歩く決心をかためる。
「草履は?」
「あるけど、やめたし」
「柚葉はいいのよ、ここにいて」
「んや、桔梗にやめてほしい」
 懐に草履を抱えて、柚葉は首を横にふる。
「あたしはやめないから」
 しっとりとした口調でそう言われ、柚葉はあきらめたのか、暗がりのなかでひとつ唸った。
 前から降りようにも、牛はくびきにつながれたまま、ながえがおろされる気配もない。もっとも、いったん牛を外すと帰るときが面倒くさいので、桔梗は後ろから降りてしまおうと簾を持ち上げた。
「柚葉は、来る?」
「……………」
 しばらく迷っていた柚葉は、やがてぽつんと呟いた。
「怖い」
 少し泣きそうな声に、桔梗は手を伸ばしてその頭を撫でてやる。
「柚葉はここで萩丸たちと待っててね。怖いことなんかないのよ。鬼が出たとしても、それは昔、あたしをかわいがってくれた人たちだもの」
 柚葉は強く首を横にふった。
 手を離して、桔梗は思い切って牛車から飛び降りた。髪はたくしあげたうちぎに着込めて、さらに上から薄衣をかづく。護身用の懐剣の感触を確かめた。
「姫さま―――」
「お方さま、せめて松明を」
「月が明るいからいらない。あると、かえって闇が濃くなるわ」
 片手にまとめた袿の裾を持ち、もう片手でかずいた衣を押さえた桔梗は、月明かりが透ける薄衣の淡い影のなか、微かに笑った。
「誰もついてこなくていいよ。すぐに戻るから」
 もはや一同、言葉もない。
 従者と牛の横をすっと通り過ぎ、桔梗は静かに門をくぐった。
 邸は荒れ放題だった。
 八年分の草が溢れ、濡れるような青い月明かりのなか、夜露が星を置いたようにきらめいている。
 鬱蒼とした藪の向こう側に、屋根の傾いた車宿りと侍所さむらいどころの建物が見えていた。
 東中門を抜けて南庭に出ようとして、桔梗は少し怪訝な顔をした。
 草は好き放題にしげり、洛外の原のような有様を見せているにもかかわらず、東中門まで細く踏み分けた道ができている。
 もっとも、荒れた邸とはいえ立ち入りを禁止しているわけではないので、出入りがあってもおかしくないのだが、ここは鬼が出ると有名な邸だ。豪胆な者もいたものである。
 袴と袿の裾を夜露に濡らしながら、桔梗は南庭にでた。
 一気に視界が広がった。
 一町の広さを持つ、標準的な貴族の邸である三条町尻第のその広大な南庭全てに雑草がはびこり、松、楓、桜といった以前からの庭木が、黒々とした影となってそびえている。
「ああ………」
 桔梗は唇から、声にならない声がこぼれた。
 松も楓も桜も、すべて記憶のなかの枝ぶりのまま、記憶通りの場所に生えている。
 変わってしまったのは白砂を敷き詰めていた南庭。枯れゆく秋草に埋もれ、水底であったところにも草が茂り、もはやどこに池があったのかもわからなくなってしまっている。
 荒涼とした庭の風景を、中天にかかった十六夜の月が皓々と照らし出していた。
 冷たい風が渡るたびに、なかば枯れかかった草たちが一様に、うねり、さわさわと音をたてる。
 草を踏み分けながら、桔梗は庭を歩いた。
 花の散った萩とおぼしき草や薄が袖でのけられていくたびに、ぱしぱしっと音をたてて、露が光とともに散っていく。
 一瞬、自分が京ではなくどこか別の世界を歩いているような気がした。
 洛中でも洛外でもなく、どこか、果てのない野の原。
 うつつに足をつけるどころか、このまま溺れてしまいそうなこの夢のなかのような光景は何だろう。
 こんなところに自分は住んでいたのだろうか。
 月ばかり、青くて。
 やがて桔梗は、なかば崩れかけた藤棚の下までやってきた。
 支えに組んだ竹はところどころ割れて壊れてしまっているが、藤の木は健在でそこにある。
 すでに葉も落ちて、とぐろを巻いた蛇のような枝が頭上に広がっている。ごつごつした木肌に手を触れて、桔梗は微笑した。
 小さい頃、香澄とよく藤棚に登った。
 見つかると怒られたから、こっそりと素早く。花の咲いている季節に登ると、蜜のような甘い藤の匂いが腰を下ろしたところから立ちのぼってきた。
 最初、登りはじめたのは香澄で、そのうち香澄が桔梗をひっぱりあげた。
 しかし、桔梗も登らせたのはいいものの、二人とも降りられなくなって顔を青くしている香澄の隣りで、高く広くなった視界を喜んで、呑気に自分は足を揺らしていたものだった。
「いままで、ほったらかしてごめんね………」
 この邸を離れているあいだに、自分はもう藤棚に登るような歳ではなくなってしまった。
 見る者もいない庭で、この藤は昼も夜も花を咲かせ、散って、葉を落とし、また次の年に花を咲かせ、そしてまた散って………。
 八年。
 桔梗はそっと目を伏せた。
「来年から、また花を愛でるから………」
 幹を撫で、桔梗は藤棚の下から離れた。
 月明かりのもとへ出たとき、不意に声がした。
「へえ、とうとう鬼が出たか」

〈適当な用語解説〉(あくまで雰囲気をつかむためのものです)

前栽……せんざい。庭に植え込んだ草木。これを軒先に植えて、雨だれ受けにしていたこともあったみたいです(by蜻蛉日記)

甘葛煎葛湯……あまずらくずゆ。ここで断っておきます。こんなものを食べていたという記録は、少なくとも私は本で読んだことはありません。これは、田辺聖子先生の「王朝懶夢譚」という小説のなかに出てきた食べ物で、なんだかとってもおいしそうだったので「花と」にも登場させました。

地券……ちけん。土地の権利書。

聴講……ちょうこう。お坊さんの説教を聞きに行くことです。枕草子に、庭まで牛車がびっしりで云々という記述があるんですが、それって牛車のところまでお説教は聞こえてたんでしょーか(笑)

鬼殿……おにどの。実際の現実の平安京でも、鬼が出ると有名だった邸です。鬼殿というのは鬼が出るお屋敷という意味だったので、実は桔梗の邸がある左京三条二坊十三町だけでなく、あっちこっちにありました。この話の桔梗のお父さん貴峰氏は実際の家主とは何の関係もありません。フィクション平安なので、一応、歴史上の人物は(万葉古今以外)でてこないことになってます(笑)

築地塀……ついじべい。土壁で出来た塀。土塀ですね。土ということは、当然ほったらかしにしておけば何か生えてきます(笑)。ちなみに花山天皇は、築地塀のてっぺんに撫子をずらーっと植えて、人々を仰天させたらしい(笑)

牛車……ぎっしゃ。「花と」の第一話の壁紙がそのままそれですが、いろいろと種類があって、乗れる身分や人が細かく決まっておりました。ここでははしょります(というより、この小説で網代車以外が出てくることってあるんだろうか・笑)。ここでは、牛車の乗り方&座り方を。通常、後ろから乗って、目的地についたら牛を外して前から降りました。文中でうんぬん言っているのはそのせいです。本来は四人乗り。先に乗って、先に降りる人が目上です(つまり、前方に座る人)。牛車を正面から見て左側に目上の人(または男性)、右側にそれよりも目下の人(もしくは女性)が座りました。あと、桔梗が飛び降りてますが、実はわりと高さあるんです(笑)。通常は、榻(しじ)という踏み台を使って乗り降りしました。

車宿り・侍所・東中門……くるまやどり・さむらいどころ・ひがしなかもん。どれも家の建物の名前です。ここで説明するより、古語辞典の巻末ページや国語便覧の寝殿造り図を見てもらったほうが早いかもしれない……(笑)。始めから順に、車庫、警備の詰め所、南庭に入るための東側の敷地内にある門、です。