破烈の人形 (ファイア・ドール) 〔4〕

 少し時間はさかのぼる。
 アメリアはあちこちのお店を見てまわったあと、最後にユズハへのおみやげを決めかねていた。
「どうしたらいいんでしょう。あの大きさならベビー服とか余裕で着られそうですよね。なんか代わりの服とかにしようかな」
 ちょうど通りの隅のほうの露店で、女の人が手作りらしいベビー服を売っていたので覗いてみる。
「そんなに若いのに、もう子供がいるの?」
「へ?」
 言われて、アメリアは真っ赤になって思いっきり首を横にふった。
「あら、ごめんなさい。じゃあ、プレゼント?」
 違う、と答えようとして、ある意味その言葉は正しいことに気がつく。
 だってユズハは生きているのだ。少なくとも意志はちゃんとある。
 プレゼントと言うのもあながち間違ってはいない。
「ええ、そんなものです」
 アメリアが選んだのはクリーム色のワンピースだった。ドレスと同じ色だが、それよりも遙かにシンプルな造りをしている。
 帰路について、もう少しで宿に着くという時だった。
 西日の射す路地を曲がると、女の人が立っていた。
 ごく普通の服装に茶髪に茶の瞳の、ごく普通の女の人だった。
 だがアメリアの心に何かが引っかかる。
「こんにちは。それとも、もうこんばんがかしら」
 夕陽に照らされて、茶色の髪が飴色に輝いている。
 油断無くアメリアは女性から距離をとった。
「何か御用ですか?」
「ええ。ずっとあなたを探していたの」
 クス、と女性が笑った。
「ユズハを返してちょうだい」
「ヤです」
 驚いた表情もせずに即答したアメリアに、女性がわずかに目を見張る。
「面白いコ。驚きもしないのね」
「だってあなたの気配、おかしいです」
 初めて女性が、声をたてて笑った。
 平凡なその容姿と出で立ちが、威圧感あふれるものへと変わる。
「鋭いのね。気に入ったわ」
 そう言うと、女性は一歩アメリアへと近づいた。
 アメリアは一歩後ろに下がって距離を保つ。
「わたくしにユズハを返してくださらないかしら。あれは大切なわたくしのお人形なの」
「ユズハはわたしのものじゃありません。ユズハはユズハです。帰る気になれば自分で戻ってくると思いますよ」
 平然とそう言うアメリアに、女性が目元をピクリと動かした。
「まあ、憎らしい。ならユズハを返してくれるまで、あなたを返すわけにはいかないわ」
 かくん、とアメリアの体が一瞬だけ下へ引っ張られ、首から下が全く動かなくなった。
「な―――!」
 慌てて目だけを動かして足下を見ると、いつのまにかアメリアの影に小刀が突き刺さっている。影縛りシャドウ・スナップ………!
「動けないはずよ。ねえ、ユズハを返してくださらない? わたくしとっても困っているの」
 ゆっくりと女性がアメリアに近づいてくる。
 スッと伸ばされた手が、アメリアの口を塞いだ。
「ライティングはダメよ」
 睨みつけるアメリアを見て、女性は愉快そうに笑った。
「あなた良いコになりそうね。ユズハの代わりに、あなたがわたくしのお人形になってくれる?」
 アメリアの額に、その指が触れようとした。
 そのときだった。
「ダ・メ !!」
 甲高い叫びがして、女性とアメリアの間に鮮やかな朱色の光が飛びこんできた。
 同時に息の詰まるような高温の空気。
 女性が腕をあげて顔を庇い、一歩退いた。
「―――ライティング!」
 隙をついて唱えた最大光量のライティングが相手の目を焼き、アメリアの体に自由を取りもどさせる。
 飛びこんできたものの正体とその全身に浮かんだ異様な魔法陣の正体を悟り、アメリアは即座に次に唱える呪文を選択していた。
「………ユズハ!」
 女性が忌々しげに声を張りあげ、アメリアが唱えている呪文に気づいて顔色を変えた
「おやめなさい!」
崩魔陣(フロウ・ブレイク)!」
 発動した破邪の術に、場に飛びこんできた人形は一瞬にして砕け散った。
 ふわりと中身を失ったクリーム色のドレスが地面へと落ちる。
 女性とアメリアの間には、空中にわだかまる朱橙色の光だけが残った。
 すぐにその光は、五、六歳の幼い少女の姿へと変わる。
 着ているものはクリーム色のローブ。その顔は人形だった時と何も変わらない。
 変わっているところは、たった一箇所。
 そのクリームブロンドから顔を覗かせている尖った耳だった。
 ユズハは女性には見向きもせずにアメリアの腰に抱きつくと、その朱橙色の瞳でアメリアを見上げた。
「あ・めり・あ、ブジ?」
 ユズハが喋った。子どもと何も変わらない、幼い舌足らずな甲高い声。
「器を壊したわね………」
 女性が顔をゆがめて、憎々しげにアメリアを睨んだ。
 ユズハをすばやく抱きげ、アメリアは後ろに飛びすさる。
「どうしてユズハを人形にしたんですッ」
「答える必要はないわ」
 冷ややかに女性が言いきって、スッと手を掲げた。
 アメリアが呪文を唱える。
「遅いわ」
 女性が手をふり下ろそうとして、横に飛び退いた。
 銀の光がいままでいたところを一閃する。
 逃げ遅れたスカートのすそがざっくりと裂けた。
「何ッ !?」
「これ以上、人形が増えてたまるかっ」
 ゼルガディスが続けざまに、女性に向かって剣を降りぬく。
 その速さに女性がたじろいだとき、アメリアの声が響き渡った。
青魔烈弾波ブラムブレイザー!」
「くっ!」
 青い光条をかろうじてかわすと、女性は不利を悟ったらしかった。ゼルガディスからもアメリアからも大きく間合いをとると、苦々しげな表情でアメリアにしがみついているユズハを見る。
 ユズハの朱橙色に光る瞳がまっすぐに女性の視線をはね返した。
「しかたないわね。しばらくそのコを預かっていてちょうだい。そのうち迎えにくるから」
「勝手なこと言わないでください!」
 ユズハを抱きしめたアメリアが叫ぶが、その言葉を聞かずに、女性はスッと路地裏に消えた。
 剣を収めたゼルガディスがアメリアに駆け寄ってくる。
「アメリア!」
「だいじょうぶです。ユズハが助けてくれましたから」
 んしょ、とアメリアがユズハを地面に下ろす。
 姿の変化にともなって、体重も普通の子供並みに重くなっていて、腕がしびれてしまったのだ。
 ちゃんと自分の足で地面に立ったユズハが、アメリアのマントをつかまえた。
 ゼルガディスがそれを見下ろして、眉をひそめる。
「ユズハなのか?」
 こくん、と少女がうなずいた。
 ふっくらとした唇が動いて、言葉を紡ぎだす。
「ゆず・は」
「どうしてこんな姿に?」
 ゼルガディスが尋ねると、アメリアは首をふった。
「わかりません。急に魔法陣にユズハが飛びこんできて………」
 アメリアが地面に落ちている人形のドレスを拾い上げた。
「おみやげ、ムダになっちゃいましたね………」
 苦笑したアメリアのマントが、くいくい、と引っ張られた。
 相変わらず無表情だったが、その朱橙色の瞳がすまなさそうにアメリアを見上げている。
「ゴメ・な・さい」
 アメリアは笑って首をふった。
「あやまらなくていいんですよ。元に戻れたんですから、そっちのほうが嬉しいです」
「元に戻れたと言うのもどうかと思うがな」
 ゼルガディスの言葉に、アメリアはそれはどういう意味なのかと顔をあげる。
「詳しい話は宿に戻ってからだ………なんだ?」
 とてとて、と駆け寄ってきたユズハがゼルガディスの前で両手を広げた。
「抱っコ」
 ゼルガディスは黙って顔をひきつらせた。