破烈の人形 (ファイア・ドール) 〔7〕
ゼルガディスは、人ごみをさけるようにして細い路地を歩いていた。
自然とその足が早くなる。
ゼルガディスが調べていたこの街の伝承のなかに、百年ほど前の魔道士の話があった。
その魔道士が研究していたものは、無機物への精神と人格の転写による、不死の研究。
もちろん不死の研究は魔道士の間では禁忌とされているものだから、その魔道士は制裁を受け、追放されたという。
それだけならユズハとの関係を疑いこそすれ、確信まではしなかっただろうが、本を返しに行く途中ですれ違った、街の人間が話していた噂話の内容がひどく気にかかった。
二ヶ月ほど前からこのあたり一帯で行方不明者が続出しているという。
そして、三週間ほど前に見つかった二人分の死体。
曖昧な表現になっているのは、集まった肉片が一人分より多く二人分よりは少なかったという、かなりイヤな理由からだった。
ゼルガディスとアメリアがこの街に来たのも、三週間ほど前。
何らかの理由で、百年前の研究の内容が陽の目を見たのだとしたら。
鋭く舌打ちして、ゼルガディスは宿へと急いだ。
目を閉じていたユズハが、ゆるりとまぶたを持ち上げた。
その朱橙色の瞳が、窓の外へと向けられる。
もうすぐ陽が落ちる。
「目が覚めたみたいですね」
アメリアがユズハに笑いかける。
「お腹すいてます? いま下からお茶をもらってこようと思うんですけど」
「ぜる・は?」
「まだ帰ってません。よく寝てましたね。そんなにわたしの歌は寝やすいですか?」
たしかにゆったりとした曲調ではあったが、一番を唄っただけでいともあっさりとユズハは寝てしまった。
「ン。いい・気持ち」
ユズハが長椅子から降りてきて、とてとてとアメリアの傍まで歩いてくる。今回は転ばなかった。
小さな手がマントの裾をつかんで、炎色の瞳がアメリアを凝視した。
「りあ、ソレ・何」
「え?」
何のことがわからず、アメリアは首を傾げた。
黒髪がさらりと揺れて、その奥にあるものがチラリと覗く。
ユズハの小さな指が素早くそれを指差した。
「そ・れ」
「 !? 」
バッとアメリアが左耳を手で押さえる。
顔が真っ赤だった。
「何・ソレ。ゆず・見たい」
「ダメです」
アメリアが首を横に振る。
だがユズハはアメリアのマントをつかまえて離さない。
どうやらティーポット、剣、鏡、ゼルガディスの髪の毛に続いて、ユズハのハートをゲットしてしまったらしかった。
「見たい」
じりじりとアメリアは後ずさった。
「り・あ」
「あ、そうだお茶! わたし、お茶もらってきますから!」
「見・るうぅぅぅぅぅ」
逃げようとするアメリアの足首を怪現象のごとくユズハがつかまえる。
「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
しばらくズリズリとソレを引きずったあと、アメリアはあきらめて息を大きく吐き出した。
ティーポットをテーブルの上に置いて、床の上で水揚げされた巨大な魚のように転がっているユズハを拾い上げると、ひょいと長椅子に座らせて自分もその隣りに座る。
アメリアが耳からソレをはずすのを、ユズハがうずうずした表情で見守った。
「はい、壊さないでくださいね。壊したら当分の間ユズハにおやつもご飯もあげませんから」
ユズハが目をまん丸に見開いて、コクコクとうなずいた。
小さな銀細工がユズハの手に渡される。とても小さい。
極細の針金を細工して作られた球形のかごの中に、青色の珠が入っていた。
針金の細工は流麗で、風を表す曲線と花びらが一本の銀の針金を曲げて作られている。
銀の編み目の内側で、青の珠が自由に動いているのがわかった。
先に短い銀鎖と耳に留める金具が取り付けられている。
「これ・何。キレイ」
ユズハが珍しそうに、それを窓に向けてかざして、透かす。
銀の奥で静かに光を照り返す深い青の石。
「耳飾りですよ。中に入っているのは瑠璃です」
「ルリ」
目を輝かせて手の中の耳飾りを見つめていたユズハが、不意にアメリアの髪をひっつかんだ。
「ユズハ痛いです痛たたたた!」
「ナイ」
アメリアの右耳に何もないのを見て、ユズハは残念そうに呟いた。
「一コ・だけ」
「そうです」
「どして」
「かたっぽしかないのを工房のおじいさんからもらったんです。仕入れの人が、盗賊に襲われて片方落としちゃったらしくて、売り物にならないからって返品してきたんですって」
そこまで言った後で、不意にアメリアは顔を真っ赤にした。
「もう一個はゼルガディスさんが持ってます」
ううううん、とユズハが顔をしかめた。
「落と・した。どして、ぜる?」
知らない者が聞いたら何を尋ねているのかさっぱりわからない。
「おじさんが盗賊に襲われたとき、偶然助けたのがゼルガディスさんだったらしくて」
「ぜる、拾った」
「らしいです」
もう半年ほど前の話だ。
その偶然が、この旅の始まり。
それ以来、アメリアの宝物は二つに増えた。
どちらも対の欠けたアミュレットと耳飾り。
心を繋ぐもの。
「つけて・みたい」
「………それはダメです」
「う〜」
この件に関してはアメリアが譲歩しそうにないことを悟ったユズハが唸る。
「ああ、そうだ」
アメリアが思い出したようにユズハを見る。
「調べ物が一段落したから、ディスティとか言う女の人を懲らしめましょうってゼルガディスさんが言ってました」
アメリアの解釈はかなり歪んでいたが、総意は間違っていない。
「でぃすてぃ、キライ」
「わたしも嫌いです」
頬をふくらませるユズハをなだめるように、アメリアはクリームブロンドを撫でる。
本来なら、アメリアが襲われた時点で宿泊場所を変えるべきなのだろうが、ユズハの一件で長期滞在者用の部屋を借りてしまったので動くに動けなかった。
しかしその期限ももう一週間ほどしか残っていないので、今日ゼルガディスが帰ってきたらここを引き払う予定だ。
「ユズハ。あなたは狙われているんですから、気をつけてくださいね」
そう言って、アメリアはユズハの首にペンダントをかけた。
ペンダントトップは、丸い金属の板に六紡星を打ち抜いたものだった。
「護符です。気休め程度のものですけど。耳飾りの代わりということで」
ユズハが嬉しげにその瞳をまばたいた。
「りあ・から、もらった」
相変わらず無表情に近いが、顔ではなく、その朱橙の瞳に徐々に感情が現れるようになっている。
耳飾りをユズハの手から取り上げると、何気なくポシェットにしまいこみ、アメリアは立ち上がった。
「今度こそお茶もらってきますから、おとなしくしててくださいね」
そう言って、アメリアがドアのノブに手をかける。
そのときまでは、何の気配も感じられなかった。
ノブに、手を触れるまでは。
ぞわりと肌が粟立った。
ユズハが長椅子のうえで身を乗り出した。
「あめりあ、ダメ!」
強く、鋭い叫び。
「開けナイで !!」
「 !? 」
アメリアがユズハをふり返ろうとした瞬間。
部屋の中は光で満たされた。