破烈の人形 (ファイア・ドール) 〔9〕
爆音が夜の街を揺るがした。
昔取った杵柄というべきか、裏の情報屋に接触して、この街を拠点にしている邪教集団がいると知ってからのゼルガディスの行動は早かった。
拠点が判明すると即刻、夜襲をかけたのである。
場所は現在使われていない、地下の下水道。
確かに暗くて大きくて、天井が低い。
剣を片手に駆け抜けるゼルガディスの隣りで、ユズハが宙をすべっていく。歩いていると、とてもゼルガディスには追いつかないからだ。
「な―――」
信者と思しき一般人に、ゼルガディスは呪文を放った。
「魔風」
なぎ倒されていく人々に、ゼルガディスは冷たく言い放った。
「死にたくなかったらさっさとどこかに行くんだな。こんな他力本願な宗教なんか崇めてないで」
その足元で、台座の上でガタガタ動いていたアンティークドールが踏み壊されるのを見た信者が悲鳴をあげる。
「ああっ何て罰当たりなっ。ヒューガ様を足蹴になど!」
「このガラクタのどこが魔族のお使いに見えるんだ!? 自分の頭でもう少しよく考えろっ」
「な、何だ貴様―――!?」
ゼルガディスの凍るような視線に射抜かれて、別の信者が息を飲む。
「何だもくそもあるか―――言っとくがこの場にいるアメリアとユズハ以外はどうなろうと俺の知ったこっちゃない………忠告はしたぞ」
奥へと続く通路から、剣を持った黒い神官が数人現れた。
蜘蛛の子を散らすように、一般の信者が逃げていく。
「言われた通りユズハを連れてきたぞ。渡すつもりは毛頭ないがな」
言いながらゼルガディスは神官たちへ斬りこんでいった。
同時に二、三人と斬り結ぶという芸当をやっていると、間合いの外から幼い声がする。
「ホノオ・よ」
一人の神官の衣服に火がつき、苦痛の悲鳴があがる。
「む、むちゃくちゃだ………!」
「何とでも言えっ」
炎に包まれた同僚を見た他の神官が動揺したところに、ゼルガディスは飛びこんだ。
またたくまに抵抗をねじ伏せて、ゼルガディスはユズハをふり返る。
「行くぞ」
「ン」
ひときわ大きな部屋で、不機嫌な顔のディスティが二人を待っていた。
ディスティの後ろには、わざわざ下水道の通路に取り付けたらしいドアが見えている。
ユズハによく似た赤毛の人形を腕に抱えていて、周囲にはゼルガディスが数刻前に壊したモノと良く似た安物の人形が無数に宙に浮いていた。
「悪趣味だな」
「重ね重ね失礼ね。あなた、時間も守れないの?」
「だれが誘拐の要求に素直に応じるんだ? こいつは連れてきたから問題ないだろう?」
ディスティの視線がユズハへと向けられる。
ユズハがディスティをにらみ返した。
「でぃすてぃ、キライ !!」
「………ユズハ、あなたにそんな風に感情を持たせてあげたのは誰だと思っているの。生意気な口をきくんじゃないわ」
「キライ。でぃすてぃ、キライ。ゆずはとおるは、ホノオから引き離した。人形に閉じこめた。人を殺させタ。りあもさらっタ………ッ」
なおも言い募ろうとするユズハを、ゼルガディスの手が押しとどめる。
「ディスティとやら………アメリアはどこだ?」
ディスティがクッと笑った。
宙に浮かぶ無数の人形へとたおやかな手をのべる。
「どれだと思う?」
「貴様―――ッ」
一瞬、頭に血が上りかけたゼルガディスを、ユズハの甲高い声が冷ました。
「違ウ! イナイ、りあ・イナイ! 返して。あめりあ・返して!」
甲高い声に応じて、火の球がほとばしる。
火球は一直線へとディスティに向かうが、かわされる。
だが、そこに出来た一瞬の隙。
宙を滑空したユズハが、ディスティの腕のなかから赤毛の人形を奪い取った。
ゼルガディスの手にその人形が押しつけられる。
「描いて! 逆サマの星、描いて!」
「な―――!?」
ユズハが叫ぶ。
「額に・早く!」
「んなこと言われて急に描けるか!」
描くものも何もないのに。指でなぞれと言うのならともかく。
「オルハっ、そのまま攻撃なさい!」
ゼルガディスの手から人形が飛び出した。
それに応じて、周囲の人形が一斉にゼルガディスとユズハに襲いかかってくる。舌打ちして、ゼルガディスはユズハを抱えて横に飛んだ。
急降下してきた人形が、方向を変えるため、ぎくしゃくと宙で静止したそのとき。
不意に声がした。
「六紡星でもいいですか?」
部屋全体に白い六紡星の魔法陣が浮かび上がり、消える。
ガシャンと音をたてて人形が次々と床に落下した。
たったひとつオルハの人形を除いて。
宙に浮かんだままのオルハの人形は砕け散り、その中から朱橙色の光が飛び出した。
すぐにそれは人型をとり、呆気にとられているディスティの頭上を飛び越えて、奥のドアの前へと降り立つ。
そしてそのドアが開いて、アメリアが姿を見せた。
「りあ!」
「アメリア!」
「ゼルガディスさん! ユズハ!」
前と後ろを交互に見たディスティが、狼狽した口調で叫んだ。
「オルハ、あなた―――!」
アメリアの傍らには彼女を守るように、人形から飛び出したオルハが立っている。
その姿はユズハと同じローブ姿に、朱橙の瞳と尖った耳。
ただ違うところは、燃えるような緋色の髪と、ユズハよりも年を重ねた十代前半の少女の姿をしているところだった。
「おるは、無事?」
ユズハが尋ねると、オルハは頷いた。
「どういうことだ?」
ゼルガディスの問いは、奇しくもディスティと同じものだった。
オルハの朱橙色の瞳がゼルガディスをとらえた。
「こんばんわ。私は、オルハ。ユズハと同じホノオから取り出された精霊。ユズハは偶然にも、生まれたばかりの精霊だったケド、私は違う」
「あなた、いつから………」
かすれた声でディスティが呟いた。
オルハがディスティを睨みつけながら、続ける。
「私タチ精霊はゴーレムと同じ。意思はあっても感情はナイ。ブロウ・デーモンの意識が混ざって、私タチにホントの自我をもたらした。ディスティは、私タチの自我が稀薄だと思いこんで、私とユズハにダケ洗脳処理ヲしなかった。ずっとずっと逃ゲるのヲ、待ってた」
ユズハよりもずっとなめらかなに、オルハは言葉を紡ぎ出す。
アメリアが口をはさんだ。
「オルハさんがわたしを助けてくれたんです」
「だ、そうだが、どうする?」
冷ややかな口調で、ゼルガディスはディスティに問いかけた。
ディスティが息を呑んで後ずさる。が、後ろにもアメリアとオルハがいることに気がついて、横へと移動した。
「邪教だなんて言語同断ですっ。あまつさえ何の罪もない人々を人形に変えるだなんて!」
アメリアが強い口調でそう詰め寄る。
いまにも泣きだしそうだったディスティが不意に視線を虚空へと投げた。
「グディアさま!」
懇願にも似たその口調に、ゼルガディスの背に戦慄が走る。
アメリアの肩越しに、空間が歪むのが見えた。
「アメリア、後ろだ!」
咄嗟にアメリアが今いるところから飛び退こうとする。
間に合わない。
「ダメっ!」
オルハがアメリアにぶつかるようにして、そこから突き飛ばした。
たたらを踏んでふり返ったアメリアが、息を呑む。
現れ出た白い小さな手はオルハの体を突き抜けていた。
「オルハさんッ」
「ア………」
幼児のような声が最後だった。
「おるはッ !?」
ユズハの悲痛な声が暗い空間に響き渡った。
オルハも具現化しているだけの精神体。あまりにもあっけなく、さらさらと、そこには何も無くなっていく。
塵と化していくオルハを、声もなくアメリアが見つめる。
その目の前で、空間を渡って人形が姿を現した。
否、人形のような形状の―――魔族が。
「お前が本当の教祖か」
ゼルガディスの問いに、魔族は人形の首をかくんと傾げた。
いつだったかリナたちと行った人形の塔を思い出す。あまり思い出したくない出来事があった塔だが、塔の主らしい魔族が抱えていた小さな人形に目の前のグディアは良く似ていた。もっとも、後でリナから聞いた話によるとあの小さな人形こそが魔族だったらしい。
出現した魔族の無表情な人形の顔が一瞬にして崩れ、朱い唇がニィっと笑った。
「当たり。私が本当の教祖サマ。この人間は私のただのお人形。この研究を教えたのも私だし」
アメリアが、たたたっと走ってゼルガディスのところまでやってくる。
そのアメリアの唇の動きに気づいたゼルガディスは、素知らぬふりで会話を続けた。
「どうして研究を教えて人形を作らせた」
「ただ食事をしようと思っただけよ。ずっと負の感情だしててくれるし、封じこめられている人間やエルフが発する負の感情って、けっこうオツよ? まあ精霊に関してはこの女が勝手に試したことだけど―――」
ゼルガディスとグディアの会話にユズハが割りこんだ。
「おるは・滅ぼした! ゆるさナイ!」
ユズハが叫んで火球を放つが、ユズハの炎は精霊魔法に準ずるもの。グディアは避けようともせず、火球がぶちあたっても平然とたたずんでいた。
だがそこに、予想外の呪文が重ねられる。
力在る言葉が解き放たれた。
「崩霊裂 !!」
「ぎゃあああああっっ!」
アメリアが放った怒りの呪文一発で、不意を突かれたグディアはあっさり塵と化した。
不気味な沈黙が辺りをおおった。
その沈黙をふり払うように溜め息をついたゼルガディスが、ディスティを見る。
「残念だったな」
「ひ………っ」
「俺たちにとって、魔族はたいしたことないんだよ」
ここで斬り捨てるのも後々面倒くさそうだった。アメリアも無事だったことだし、役人にでも突き出すか、とゼルガディスが何度目かの溜め息混じりに思ったときだった。
アメリアが黙ってディスティに近づいていく。
「おい、アメリア………?」
答えはない。
アメリアは壁を背後に立ちつくすディスティの正面に立った。
「おい、何を―――?」
アメリアが右手をふり上げた。
ブンと風を切る音がして――――
パァンッ !!
すさまじい音がして、ディスティが声もなく部屋の端まで吹っ飛んだ。
ただの平手打ちだ。だが、叩く瞬間に思いっきり手首にひねりが加えられていたのをゼルガディスは確認している。
音からして、並の音ではない。
いったいどれだけの力で叩けばあんな音が出るのだ?
「りあ………?」
ユズハの声に、アメリアは笑ってふり向いた。
「役人に突き出しましょうね」
「あ、ああ………」
ディスティのそばにしゃがみこむと、完全に失神しているのがわかった。
今更ながらに少し恐ろしくなって、ゼルガディスはユズハの隣りに立っているアメリアをふり返った。
「………何ですか?」
「いや、何でもない」
ディスティを抱え上げながら、アメリアを本気で怒らせることだけは絶対にやめておこうとゼルガディスは思う。
所在なげにたたずむユズハのクリーム色の頭にぽん、と空いている手をのせる。
「すまん。オルハを助けてやれなくて」
素っ気ないその言葉に、ユズハがゼルガディスを見上げた。
無表情なその顔のなか、炎色の瞳からぼろぼろと涙が溢れ出していた。
「怒る・さっきわかった。コレも、怒る?」
泣きなれていないため、小さな手が涙をもてあまして顔中をぐしぐしこする。
アメリアが、ユズハの前に膝をついた。
「それはきっと哀しいです。怒るのとはちょっと違いますよ」
「哀・しい?」
うなずいて、アメリアはユズハを抱きしめた。
「ごめんなさいユズハ、ごめんなさい………もう、帰りましょう? ね?」
「ン。帰る」
ユズハが小さくうなずいた。
立ち上がったアメリアの頬にゼルガディスは指をやる。
「お前は平気か?」
「だいじょうぶです。オルハさんが全部、猿ぐつわとかもほどけるように細工してくれてて………鎖は呪文で切っちゃいました―――って何してるんですか !?」
腕をつかまれてアメリアは思わず声を上げた。
つかんで持ち上げたその華奢な手首の内側に、案の定というべきか薄赤い擦過傷を見つけて、ゼルガディスは憮然としてアメリアを見た。
「どうせお前のことだから、目が覚めてからずっと切れもしないのにガチャガチャやってたんだろう?」
「う゛………どおしてわかるんです?」
「お前のことだからな」
当たり前のようにさらりと言われ、思わずアメリアは赤面した。