光の扉 (オープン・ザ・ゲート) 〔2〕

「ところでガウリイはどうした。剣は見つかったのか?」
 下生えをざかざか踏み分けながら歩いていくリナの後に続きながらそう尋ねると、答えは娘のリアのほうから返ってきた。フードをとったゼルガディスを見ても、泣き出すどころかユズハと一緒で髪の毛を触りたがるのだから、さすがリナとガウリイの娘と言うべきか。
「とーさんはおしごと」
「んー、なんか近くで賞金首が出たから捕まえに行かせた」
「仕事か、それは………?」
 ゼルガディスが思わず突っこむと、リナが笑いだした。
「ホントはいまでもわりとしょっちゅう出歩いてんのよ。リアがいるからあんまし遠出はできないけどね。それで剣はね、見つかったわよー。聞いて驚け斬妖剣ブラスト・ソード
「………お前、実はバックに何かついてるだろう」
 ゼルガディスのうめきに、リナが勢い良くふり返った。
「ちょっとそれどういう意味よっ !?」
「言葉通りだ! 光の剣の次は斬妖剣だと !? いったいどうやったらそんなもんをほいほい手に入れられる !?」
「しょうがないじゃないの。そうなんだから!」
 たしかに、いつだって騒ぎの渦中にいた二人だが、同時に何か憑いているとしか思えない運の良さを持ち合わせていた二人だった。
 ゼルガディスは懐かしい会話の感覚に、少し苦笑した。
「しかし、どうやって見つけたんだ?」
「ま、それもゆっくり話しましょ」
 気を取り直したリナが再び先を歩き始めた。
「他にも、アメリアとかアメリアとかユズハとかユズハとかのこともね」
 ゼルガディスは慌てることなく落ち着いて冷静にリナに反撃した。
「しかし、子どもまでいるとは思わなかったぞ」 
 撃沈。
「………言うな。頼むから」
 見れば首筋まで真っ赤だった。
 こういうところはアメリアもリナも変わらない。それどころかアメリアよりもリナの方が、そういう反応は顕著だった記憶がある。
 それが娘までいるのだから、世の中というものはわからない。
「リアはいくつなんだ」
「あのねー、もうすぐごさいになるのー」
「素質の方はどうなんだ?」
「やっぱ気になる? あ、そうだこの子の前で迂闊に魔法を唱えないでね。簡単なやつだと一発で暗記しちゃうから」
「おい、ちょっと待て………」
「さすがあたしの娘よね」
「もはやそういう問題か………? 頼むから、竜破斬だけは当分教えないでおいてくれよ」
 頬に汗を浮かべて、ゼルガディスはそう呟いた。




 案内されたのは、森の中あるという点以外はごく普通の家だった。
「どうしてこんなところに住んでいる?」
 床の上にリアを降ろして、リナはゼルガディスをふり返った。
「研究はね、さすがに街中だとやりにくいし。かといってあまり辺鄙だと不便だし」
 たしかに最初ゼルガディスが歩いていた間道を抜けて街道へ出れば、魔道士協会のある比較的大きな街へと行くことができるし、村も森を抜けたすぐのところに存在する。
「何の研究をしているんだ?」
 興味本位から尋ねたゼルガディスの問いに、リナはクスッと笑った。
「ま、それは後のお楽しみということで。あんたずっと旅の空だったんでしょ? 一晩ぐらいはゆっくりしてきなさい。たぶんガウリイも帰ってくるから」
「おい、俺はそんな悠長な―――」
「わかってるわよ」
 そのセリフを遮って、リナはイタズラっぽくゼルガディスを覗きこんだ。
「アメリアも待たせてるしね?」
「アメリアってひとは、リアにおはなししてくれるおひめさま?」
 リアが二人の間に割って入ってきた。
 母親の服の裾にまとわりつくように、ちょろちょろと危なっかしく動き回っている。
「そうよ、セイルーンのお姫さま。はいはい、危ないから向こう行っててくれる? あ、外出ちゃダメだかんね」
 言いながらリナは手早くお茶の用意をする。
 しばらくするといい匂いのするカップがゼルガディスの前に置かれた。
「ねー、かーさん」
「何? どーしたの」
 ゼルガディスの正面で、香茶のカップを片手にリナが娘を見やる。
 その光景を眺めながら、ゼルガディスは香茶のカップに手を伸ばした。
 リアは母親の袖をとらえて訊いてくる。
「アメリアってひとは、セイルーンのおひめさまなんでしょ?」
「そうよ」
 リアの小さな指が、ぴっとゼルガディスを指差した。
「じゃゼルはおーじさま?」
 ぶほっ。
 ゼルガディスが飲みかけていた香茶を吹き出した。気管に入ったらしく、盛大にむせかえる。
 リナが爆笑した。
「あっはっはっはっはっ、リア最高!」
 ゼルガディスがものすごい目つきで睨むと、リナはよじれて痛いお腹を押さえて必死に彼から視線をそらした。
「そ、そーね、ある意味そうかもね………くふふっ……」
「かーさんどーしてわらってるの?」
 無邪気なリアが追い打ちをかける。
 非常に形容しがたい表情をしているゼルガディスを尻目に、リナはまだ肩をふるわせている。
 と、そこにガウリイの声が加わった。
「なに笑ってるんだ、リナ」
「あ、とーさん!」
 とてとてっとリアが戸口の方へと走っていく。
 目尻の涙を拭いながら、切れ切れにリナが言った。
「あ、おかえり。それが聞いてよリアがさー」
「言わんでいいッ !!」
 顔を紫色にしたゼルガディスが、力いっぱい怒鳴った。



「早いもんね」
 夜も更けて、ライティングの明かりにその横顔を照らされながら、リナが笑った。
「ゼルと出逢ってから、もう十年か」
「そんなになるか?」
 リナがガウリイを睨んで一言、言葉を撃ちだした。
「くらげ」
「お前ら、相変わらずだな」
 ゼルガディスが苦笑した。
 静かに持っていたカップをテーブルに置く。
「でもまあ、そんなになるか。あんたと逃げ回っていたとき、あんたは十五だと言ってたからな」
「そうね」
 リナが目を細めた。
「もう十年経つわね」
「元に戻る方法を探し始めてから、それだけ経っちまったってわけだ」
 リナがテーブルの上で組んだ両手に顎をのせてゼルを見た。
「何か、見つかった?」
 小さくゼルガディスが首を横にふる。
「あまり有力な情報はない。いまは基本にかえっているところだ」
「というと?」
「レゾの隠れ家を探し歩いている。あいつがどんな方法で俺をこんな体にしたのか詳しくはわかっていないんでな。知ればそれが最大の手がかりになるだろう」
 ガウリイが横目でちらりとリナを見たあと、静かに訊ねてきた。
「それで、この近くにそれがあるのか?」
「ああ。このあたりにもひとつあったらしい」
 リナが怪訝な表情をする。
「どういうこと?」
「何せ全国を渡り歩いていた流浪の賢者さまだ。いったい幾つの根拠地を持っていたのか、下で動いていた俺にも見当がつかない」
 その口調には以前ほど毒も棘もない。鬱屈したレゾへの感情が、ゼルガディスの中でどういうふうに変化しているのか、リナは知らない。
 少し、知りたいと思った。
「もしかして、数年前にあたしたちと別れてから、ずっとレゾの隠れ家をしらみつぶしに探してた?」
「ああ。ときおり遺跡に行ったり独自の調査もしたがな。もっとも、九年もかけているから、レゾの足跡を調べていない残りの国はここエルメキアとゼフィーリアだけだ」
 ガウリイは話にちゃんとついてきてるのか、それとも聞き流しているのかわからなかったが、とにかく静かではあった。
 リナがぴっと指をたてる。
「んで、こんなゼフィーリアとの国境近くまで来たところを見ると、エルメキアはあらかた調べ終わったってことね?」
「ああ」
「ゼフィーリアなら、何とかあたしのコネがきくと思うけど………どうする?」
「頼む」
「オッケー。何かやたらと殊勝じゃないの」
 リナがクスッと笑った。昼間とは違って、結い上げていたその栗色の髪を降ろして背に流している。そうやっていると、本当にあの頃と何も変わっていないように見えた。
「で、このあたりの隠れ家とやらにはもう行ったの?」
「いや、まだだ。行こうとしたらリアが道の真ん中に座りこんでいたんでな」
 それを聞いたガウリイが、じとりとリナを見た。
「お前、また目を離しただろ」
「いや、その………」
 リナが、あらぬ方向へ視線を逸らす。
 その様子を、ゼルガディスが笑いを噛み殺しながら見ていることに気がついて、リナはそっちの方を軽く睨んだ。
「なに笑ってんのよ」
「気にするな。何でもない」
「ふーん」
 面白くなさそうにリナが唸って、続けた。
「じゃ、あたしも一緒に行かせてもらうから」
 ゼルガディスは一瞬何を言われたのかわからず、軽くまばたきした。
「何だと?」
「あたしも一緒に行った方がいいでしょ。目的が魔道のノウハウなんだから」
「それはそうだが………お前、リアはどうするんだ? まさか連れてくとか言い出すんじゃないだろうな !?」
 リナがひらひら手をふる。
「ンなワケないでしょーが。ここ置いてくわよ。ガウリイと一緒に」
「おい………」
 今度はガウリイが抗議の声をあげた。
「だって、二人揃ってゼルに同行したらリア連れてくしかないでしょーが。久々にあたしが外に出るわ。最近研究ばっかしで体なまってきてるし。だから、ガウリイはリアといてちょうだい。あのコ、最近あんたに遊んでもらってないって、スネてんのよ?」
 最後の一言が、ガウリイを黙らせた。
 呆気にとられているゼルガディスに、リナが軽く片目をつぶってみせる。
「そーいうわけで、明日一緒にそこに行きましょ」
「………いいのか?」
 どちらかというとリナよりはその隣の保護者に向かって発せられた問いだった。
 ガウリイは軽く肩をすくめる。
「一人で盗賊のアジトに行かれるよりは、お前さん付きのほうが何倍もマシだな」
「………子ども産んでもまだンなことやってたのかあんたは………」
 呆れ返ったゼルガディスの言葉に、リナはあっさり頷いた。
「当たり前でしょーが。でなきゃゼフィーリアの実家の方で暮らしてるって。あの辺りはもうあらかた潰しちゃってて、だーれもいないのよねー」
「………愚問だった、忘れてくれ」
 結婚しようが子どもを産もうが、リナ=インバースはリナ=インバースだった。
「………それで? 俺に話したいこととは何なんだ?」
 その言葉に、リナの表情がスッと変わった。
 迷いはないが、痛みは残っているその目の光に、ガウリイが気づいて名前を呼ぶ。
「リナ………?」
「うん、あのこと。タリスマンを砕いたワケを話すには、どうしても言っておかないといけないしね………」
 二人のそのやり取りから、自分と別れた後も騒動に巻きこまれていたことが容易に想像がついた。
 リナが、肩にかかるその髪を背中のほうへ、さらりと流す。
「ゼルに聞いてほしい話があるのよ。あんたたちと別れた後、剣を探してたあたしたちにはね、新しい仲間ができたの………。ルークとミリーナって言ったわ―――」

 それは、過去形だった。