夢飾り (ツイン・ラピス) 〔終〕
二十日後。
リナがアメリアを訪ねると、非常に珍しい光景がそこでは繰り広げられていた。
「………何の騒ぎよ?」
「あっ、リナさん!」
純白のドレス姿のまま、アメリアがリナに抱きついた。
当初の予定より十日ほど式を遅らせたのは、突然の変更に対応が間に合わなかったせいもあるが、ゼフィーリアからリナたちの到着を待つためでもあった。
「ありがとうございます! 大好きです!」
「それはあとで聞くとして………あれ、何?」
ユズハとイルニーフェが睨みあっている。
ユズハは滅多に物事に固執しないし、イルニーフェはユズハに対して声を荒げることがプライドに障るらしく、まともに応対しないはずなのだが、二人とも一時的にその信条をくつがえしているようだった。
「リナ=インバース!」
こちらに気が付いたイルニーフェが、ここぞとばかりにユズハを指さした。
「あなたからもこの半精霊に言ってやってちょうだい! ベール持ちなんかしたらベールとドレスの裾踏んづけてアメリア王女ごとすっ転ぶのは目に見えているって!」
「よくわかんないけど、やるのッ。」
「ベール持ちの意味がわからないならおとなしくしてなさい!」
「ヤ!」
二人はここぞとばかりに睨みあった。
「………なるほどね」
「最初はイルニーフェだったんですけど、ベール持ちが何かイイものだと理解したらしくって」
「たしかに裾踏んづけてすっ転ぶかも………」
「ええ………」
ふと思い直したように、アメリアはリナを見た。
「ガウリイさんと、リアちゃんは?」
「ゼルの方に会いに行ったわ。リア、すっかりゼルに懐いちゃっててね」
アメリアがぷうと頬をふくらませた。
「ずるいですぅ。わたし、まだリアちゃんの顔一度も見てないのに」
「後で連れてくるわ。ああ、そうだ。喧嘩両成敗ってのはどうかしら?」
リナの提案にアメリアは、イルニーフェとユズハを見て、それからうなずいた。
「気の毒だけどそうします」
「ならいまから連れてくるわね」
出て行きかけたリナに、アメリアは声をかけた。
「リナさん」
「ん?」
「リナって呼んでも、いいですか?」
一瞬軽く目を見張って、リナは笑った。
「もちろんよ」
アメリアは息を吸って吐いて、それから口にした。
「リナ。あなたがいないと、きっとわたしはこの衣裳を着られませんでした。ありがとう。必ず、御礼をさせてください」
リナがくすりと笑った。
「楽しみにしてるわ」
人で埋め尽くされた神殿前に、王宮から花嫁を乗せた馬車が到着するとすさまじい歓声が湧き起こった。
雲ひとつない碧空から、白金の陽光が飾りのように降り注ぐ。
若葉色の木々の葉も純白の神殿も、全てが色鮮やかに浮きあがって鮮明な絵画のようだった。
馬車から降りたアメリアは、神殿の入り口前で待っているフィリオネルに手を預けると、泣き笑いの顔で謝った。
「わがままでごめんなさい」
エルドラン国王はゼルガディスとさらにリーデットも加え、三人揃って説得に赴いて、どうにか許してもらった。
その間中、ずっと何も言わないで黙っていたくれたフィリオネルのことを考えると、アメリアは泣きそうになる。
ずっと五年間、自分のやることを黙って見守ってくれた人。
あなたの娘であることが、嬉しい。
フィリオネルが淋しげに苦笑した。
「わしもわがままでお前の母さんと一緒になったからの」
神殿の扉が開かれていく。
アメリアは父親の頬にキスをした。
祭壇のところで待っている花婿に、花嫁の手が渡される。ベール持ちをしていた金髪の少女が両親のところに戻っていって、父親の腕に抱き上げられた。
内にも外にも、溢れんばかりの人。
天蓋から降り注ぐ夏の光。
透けるベールの奥で、銀と瑠璃の飾りが光を弾いた。
祝福の祈りを捧げる神官長の方を向きながら、ゼルガディスがこっそり囁いた。
「スィーフィードなんか、どうでもいい」
「はい」
アメリアは小さく笑った。
祈りを捧げる相手は自分自身と傍らの存在に。
誓う相手も、神ではなく、魔でもなく。互いに。
誓いの口づけをうながす神官長に、ふたりは互いに向き合った。
そこで二人とも式進行にはなかったことをした。
花婿が、ベールをあげた花嫁の耳元に、常に欠けていた瑠璃の飾りのもう片方をつけてやる。
ようやくそろった一対の瑠璃飾り。
心底嬉しそうにアメリアが笑った。
「いまここであなたに誓います。スィーフィードなんかアテになりません」
誓って、そうして、ずっと隣りにいたい。
あなたがいなかった間の出来事を、話したい。
わたしがいなかったあなたの時間を、知りたい。
ゼルガディスがフッと目を細めて、アメリアを見た。
「俺もお前に誓うよ」
「はい」
誓いの口づけに、瑠璃の飾りがきらきらと揺れた。
(すべてをのみこんで、のりこえて。胸にとどめて、だきしめて)
(わたしたちは未来へと歩き出す)
Fin.