正しい台風の過ごし方  後編

 嵐が来る、嵐が来ると喜んでいたものの、いざ来てみるとやはり風の唸りはおそろしく、窓に叩きつける雨粒の勢いに、ガラスに顔をくっつけんばかりにして外を覗いていた双子は慌てて踏み台から降りた。
 外は真っ暗で、室内では皓々とライティングが輝いているから、窓には自分の顔しか映らない。外の様子が知りたくとも窓を開けたらお終いだから、結果として鼻頭をぺったりくっつけるほど近づいて覗きこんだりする。
 だから、風がひときわ強く吹きつけたときなど、窓にぶつかる雨の衝撃に驚かされたりするのだ。
 ガラスを二重に隔てていたはずなのに雨粒が顔や鼻にあたったような気がして、双子は互いに鼻や顔を撫でてみて、濡れていないことに安堵する。
 ユズハはどこに行ったのか姿が見えない。猫たちはもはや完璧にふて寝してしまった。
 風が唸っている。窓ガラスがふるえ、ときにはどこか遠くでもの悲しい唸りが聞こえたりする。
 両親はまだ見えない。お付きの侍女たちも、いまは城内の自室にいるか、でなければ嵐がはじまる前に城下の実家に戻って、家族と蝋燭を囲んでいることだろう。
 ユズハもいないし、猫も静かに寝ている。
 双子はふと顔を見合わせた。
「ユレイア、もしかしてこわいですか?」
「そういうアセリアこそ、こわいのか」
「こわくなんかないです」
「私だって、べつにこわくなんかない」
「ですよね」
「そうだ」
 頷いて、どちらからともなく寝台に走ると、先を争ってクッションを抱きかかえた。
 風が轟々と荒れ狂っている。ばたばたと窓に叩きつける水の飛礫。庭から飛んできたらしい葉っぱが一枚、二重ガラスの向こうにぺたりと張りついていた。
 ひときわ強く、風が唸った。
 クッションを抱えたアセリアが、ぽつり、と言った。
「こわい話、とか」
「………いきなりなにを言いだすんだ、アセリアは!」
「おもいだしちゃったんですけど」
「おもいだすな!」
「だってえぇ」
 アセリアは口をへの字に曲げた。
 風の唸りが不意に甲高くなり、ユレイアはびくりとした。
 唸りに合わせて己の肌が粟立ったような気がした。距離を超え、音叉と音叉のあいだで交わす共振のような。
 そういえば、嵐の音はいつも不思議だ。
 凶暴で縦横に荒れ狂う低音と高音と、目まぐるしく入れ替わる緩急。どこか心ざわめかせ、普段とは違う気分にさせるような。
 空の色でさえ、陽は沈んだはずなのにどこか光を帯びたように薄赤く、大地は暗くて空が明るい。
 嵐の夜に。
 ときどき、そのただなかで声を張りあげて唱ったら、どんな気分だろうと思うことがある。さすがに試す気にはなれないが。
 嵐の夜は、唱って過ごすものじゃない。
 好きな人と絨毯に座って、好きな本を読むものだから。
 そう教わった。
「ユレイア、なにひとりでわらってるんですか。ひとがこわい話をおもいだしちゃったっていうのに」
 むくれたアセリアがクッションをぶつけてきた。
 肩にあたったそれはたいして痛くはなかったが、ムッとしたユレイアもクッションを投げ返す。
「かってにアセリアがおもいだしたんだろう」
 さらにクッションが飛んできた。今度はユレイアの顔にヒットする。
「にぁ」
 さすがにそれはマズイと思ったのか、投げた当人が間の抜けた声をあげた。
「………やったな」
「やりましたよ」
「このっ」
 瞬く間に、手に持っていたクッションはおろか、猫が寝ていたそれや形良く整えられて置かれていた枕までも手にとって、投げ合いが始まった。ユキハとクレハが抗議の声をあげながらクッションの上をすべり落ちる。咄嗟に二匹が出した爪が縁の房飾りに引っかかって、先がほつれた。
 きゃあきゃあと歓声をあげながら二人が枕を投げ合っていると、不意に扉が開いた。
 二人ともハッとして動きが止まる。
 いままさに投げようとしていた瞬間だったアセリアの手の枕がすっぽ抜け、あらぬ方へと飛んでいった―――いままさに扉を開けた人物の、顔に。
 ばふっと音がし、それから胸元にずり落ちる枕を被害者が手で受けとめる。
 手元の枕を見、双子を見、部屋中に散らばった枕やクッションを見、それから最後にまた双子を見た。
「か、かあさま?」
「二人とも、何をやってるんです?」
「え、と、その、ですね………」
 ユレイアがしどろもどろになって部屋の惨状を見渡し、釈明しようとして口をつぐんだ。ユレイアは黙って何も言わない。この娘は悪く言えばあきらめが良すぎるところがある。それでも最初にぶつけてきたのはアセリアだと訴えないあたり、双子の姉妹とは仲が良かった。
 アメリアは静かに扉を閉めると、手にしていた数冊の本をテーブルの上に置いた。飼い主の横暴を訴えるかのようにもの悲しく鳴いているユキハとクレハを拾いあげ、ソファの向こう側、枕が飛んでこないところに隠してやる。それから、また改めて双子を見た。
「枕投げなんかして。なんて行儀が悪いんですか」
 夜着とは言えないまでも動きの楽な服装のアメリアが、靴を脱ぐ。
 口調とは裏腹、濃紺の瞳がいたずらっぽく笑っていて、それに気づいたアセリアとユレイアは、罰の悪さなどすっかり忘れて、わくわくしながら続きを待った。
 目にも留まらぬ早さでアメリアが足元のクッションを拾う。
 先ほどの枕と拾いあげたそれが、アセリアとユレイアに向かって勢いよく飛んだ。
 歓声をあげて二人がそれを受けとめる。
 すぐに枕の軌道を追いかけてやってきた母親が勢いよくおおいかぶさり、二人はベッドに押し倒された。
「お仕置きです。くすぐりますよっ」
 悲鳴と笑い声が重なり合う。猫たちは薄目を開けると、うるさそうに耳を寝かせて、また目を閉じた。
 そのうち、はしゃぎすぎて何が何だかわからなくなってきたところで、ゼルガディスが扉を開け、やはり枕の洗礼を受けると問答無用で巻きこまれた。
 しばらくして河川の増水の報告を受けたゼルガディスがこれ幸いと逃げ出すと、それをきっかけとして大騒ぎは終わり、だいぶ気を発散させた双子たちは今度は眠そうにベッドに潜りこんだ。
 そうしてみると、騒いでいたときにはまったく聞こえなかった風の唸りが改めて耳につく。
「かぜ、すごいですね」
「そうですね」
「気になってねむれません」
「まあ、あれだけ騒いだのに、まだ寝ないんですか」
 くすくす笑いながら、アメリアが左右に添う双子の頭を撫でた。こうしないと、どちらが母親の隣りに寝るかでケンカを始めるのだ。
 相変わらず風の唸りはもの悲しく、ときたま響く甲高い啜り泣きのような音は怖かったが、こうして母親の傍にいるかぎりは安心だった。どんなことも不安ではない。
 父さまもいてくれるともっといいのに、とアセリアは思い、ちょっと唇を尖らせる。
 目敏くアメリアがそれを見つけた。
「どうしました?」
「とうさまもいてくれるといいのに」
「ゼルガディスさんは照れ屋なんですよ。許してあげてくださいね」
 本人が聞くと卒倒しそうなことを言いながら、アメリアは娘の頬に口づけた。
「あ、アセリアずるい」
「はい、ユレイアも」
 双子は満足そうに笑って、それぞれ母親の腕を抱きしめた。
「ははうえ、お話してください」
「きょうは何のごほんですか」
「二人に手をつかまれてたら、お話する本が持てませんー」
 アメリアが言うと、ぱっと左右の腕がともに解放される。
 双子を残して寝台から降りると、アメリアは本のなかから一冊をとりあげ、ライディングに布をかぶせて光量を調節してから、また戻った。
「今日はゼルガディスさんがいませんから」
「きょうも、ですぅ」
 むくれたアセリアの言に、アメリアは苦笑した。
「はい。今日もゼルガディスさんがいませんから、今日読んだ本のことはゼルガディスさんには内緒ですよ」
「ナイショ、ですか」
 ユレイアがひとつまばたきした。
 いままで母親が、読んだ本の内容を口止めすることなどなかった。もともと父親のほうから本の内容を問うてくることなどないので、翌日アセリアとユレイアが二人して父親の足元にまつわりついて、昨日は何を読んでもらっただの、なんで一緒にいなかっただのとさえずっているのだ。
 アメリアは神妙な顔で、アセリアを見て、ユレイアを見た。
「ナイショです。これから読む本は、わたしが大事にしている本です。アセリアとユレイアだから見せるんですよ。ここにいないゼルガディスさんには内緒にしておいてくださいね」
 母親のまじめな表情につられて、双子も神妙な顔で頷いた。
「くやしがらせるんですね」
「そうです」
 アメリアは姿勢を変えて、うつ伏せになって両肘を立てて体を起こした。双子もならってうつ伏せになって、枕や腕の間に顎をうずめる。
 淡いライティングが表紙を開くアメリアの指を照らし、白い敷布に濃い影を落とした。
「タンポポとライオン―――」
 柔らかな声で題を読むと、アメリアは双子たちに本の挿絵がよく見えるようにしてやった。



 寂しがりのライオン。ライオンは何もしてないのに、ライオンであるだけでみんなから嫌われた。哀しくて寂しい。ライオン、住んでいたところを出て行った先でタンポポに出会う。太陽のようにぽっと咲いている、一輪の花。


 タンポポは喋らない。ライオンを怖がらない。ライオンの傍で、風に揺られて小さく頷くだけ。それでもライオンはそれが嬉しかった。初めて自分を怖がらずにいてくれた。寂しくて哀しかったくせに、いままで泣けなかったライオン。
 ぱたりぱたりと涙がこぼれる。涙の理由はわからないけれど、こうして頬が濡れるのは、きっとタンポポがライオンにくれたもの。



 母親の声の合間に、風が唸りをあげて泣きながら通り過ぎる。どれだけ外で風が泣いても。雨が入れてくれと、窓を叩いて脅かしても。
 怖くない。
 ここは温かで、優しい。
 アセリアとユレイアは目をこすって、母親がページを繰るその手を追う。



 ライオンは毎日タンポポのところに通った。のたりのたりと吊り橋を揺らして、いつもおみやげを持ってくる。タンポポによく似た色の果物や、石。ライオン自身が食べるようなものは、タンポポには見せたくなかった。タンポポは無言でさらさら揺れて、ライオンを迎える。いつしか、タンポポの周りは金色でいっぱいになった。



 そこまではうとうとしながら聞いていた双子だったが、続きのことばに眠気も途端に覚めてしまった。
 どんなときも、ライオンはタンポポのもとに通うことをやめなかった。雷鳴が響いて、ライオンが渡っている途中の吊り橋を落とす。
 ちょうど、こんな嵐の夜に。



 痛くてつらくて、谷底から見あげる空は遠くて狭い。
 泣かなくていい。泣かすものか。
 平気だ。全然平気だから。
 涙の冷たさなんか、タンポポ、お前は知らなくてもいいんだ。



 双子は目ばかり大きくして話の続きを待っている。ライオンは助かるのだろうか。小さな手がぎゅっと枕のはしを握った。
 アメリアは少し不安げな声で続きを読みあげる。
 とても大事な本だけど、読んで聞かせるには、少し哀しいから。



 もし生まれ変わったとき、こんなライオンの姿でなくて、同じ色したタンポポのお前みたいになれば、愛してもらえるのかなぁ。
 ぼんやりとライオンは考える。
 もう、だいじょうぶだなんて言えないけど、不思議と淋しくもつらくもない。
 きっとお前がいるからなんだろう。



 左にいるアセリアの目からまたたくまに涙が溢れだした。
「そういうこと言っちゃダメなんですぅ」
 右にいるユレイアはぎゅっと唇を噛んでいる。本当に泣かない。この娘は。
 アメリアは読み進める。
 寂しがりのライオンとタンポポの話を。



 相変わらず涙の理由はわからない。だけどライオンは、もうその答えを自分はとっくに知っているような気がしていた。
 そうして、季節は巡り、やがて春が訪れ、谷底まで金色の花が溢れて咲く。
 あたりを埋め尽くして咲く花。もう、きっとライオンは淋しくなんかない。
 風に揺れるタンポポの花は、ライオンにとてもよく似ていた。



 挿絵は一面の金色の花。
 その頁を母親の手が閉じる。泣いているアセリアとユレイアの頬に口づけを落として、涙を拭ってやってから、両腕でかかえこむようにしてそれぞれ二人を抱きしめた。
 泣いてぐずる二人の頭を撫でながら、小さくささやいた。
 はい。お話はこれでお終いです。ゼルガディスさんには内緒ですよ………。
 ライオンがかわいそう、ライオンがかわいそうと、半分眠りながら繰り返し訴えていた双子は、夢うつつのなかで母親の声を聞いたような気がしていた。
 ………タンポポのほうも可哀想だと思いますよ………。
 なぜと考えるには眠すぎて、風の泣く声だけが耳に残り、やがて二人は眠ってしまった。
 双子の寝顔を見おろして、アメリアは幸福さに微笑する。
 信じられないほど愛しくて、このまま抱きしめていたら、あまりにも可愛すぎて離しがたくて、抱きつぶしてしまいそうだ。
 計り知れないほど、大切で愛しい、何か。そんなものをこの世界に生み出すことができて、死ぬほど嬉しい。そんな感情。
 嵐の夜は、己の幸福さとそれに至ることの出来た幸運さを改めて実感する時だ。
 本の表紙を眺めて、アメリアは苦笑した。
「この本を読むと、ゼルガディスさんに甘えたくなるんですよね………」
 なぜかは教えない。
 だから一生、秘密にしておく。



 そして、この話は母娘の宝物になった。



 王宮で最も高い露台に王女はたたずんでいた。
 ここまで生きてきた人生のなかで、既に見慣れてしまった嵐が来る前の空。
 薄い灰色の空と黒い雲。大気全体が浮き足立っているように、下や上から舞いあがる風。心ざわめかせる、ふるえを帯びたような大気。
 短い黒髪を揺らし、なびかせながら、目を細めて彼女は城下を見ていた。
 平地に築かれたこの星形の王都は、統治者の目線もあまり高くない。視界の端まで街並みは広がっている。
 ゆるやかに吹いていた風は徐々に強くなり、草や木がざわめきはじめた。早く流れゆく幾層もの雲に遮られ、大地は暗くなる。
 水の匂いがした。
 湿ったその風に、白い巫女服の裾がばたばたと激しくはためいた。
 何をするでもなく王女はそこにいる。
 やがて、その背後から声がかかった。
「ここにいたのか」
 相手を確かめる必要もない。ふり返らない王女の唇にゆっくりと笑みが浮かぶ。
「嵐が来ますよ」
「そうだな。作物の心配はしなくてもいいのか」
「もう、終わりました。それにわたしがしなくても、母さまたちが」
 短くそれだけを言って、王女は相手が自らの隣に来るのを待った。
「嵐が来ると唱いたくなる。世界がそう状態だからだろう。浮き足だっているんだ」
 隣に並んだ相手が街並みを見ながらそう言った。王女よりも遙かに長い髪が、尾のように風に跳ねて遊ぶ。
「唱ってもいいですよ」
「やめておく」
 かぶりをふって、相手はわずかに微笑んだ。
「嵐の夜は唱って過ごすものじゃない」
「好きな人と絨毯に座って、好きな本を読むものだから」
 後を続けて、そこで初めて王女は傍らの相手の方を向いた。
 寸分違わぬとはもはや言えなくなってしまったが、それでもよく似た同じ顔。闇色の髪。伸びた手足に、年経て帯びるべき丸みを帯びた体つきと背丈はなぜかそっくりで。
 濃紺の瞳に、氷蒼の瞳。
 内面に宿すものの違いが表に現れた互いの顔つきは、はっきりと違っている。
「宮廷魔道士殿」
「何か。王太子殿下?」
 その視線を絡ませて二人は黙りこんだ。
 不意に雨のひとしずくが互いの鼻先にあたり、それを合図に戯画的な緊張はとけた。二人して、くすくすと笑い出す。
「久しぶりに床の上で本を読もう」
「嵐の日の執務はお休み。ユレイアは魔道書以外の本ですよ?」
「当たり前だ。机以外の場所でだぞ?」
「もちろんです。寝転がって読むんですよ」
 ひとしきり笑いあった後、二人は期せずして降りだした空に目をやった。
「何でしたっけ。あの本」
「ああ、ライオンの話だったな。あれだろう? 母上が読んでくれた」
「そうです。なぜかあれだけは、読んでくれた光景をすごく鮮明に憶えてるんですよ」
 入れてくれと、風が泣きながら窓を揺さぶる夜。
 外では風と雨が世界を蹂躙して荒れ狂っていた。
 それとは裏腹に、肌に触れる敷布と枕の感触。そして母親の体温と匂いで、このうえもなく幸せだったあの時間。耳に響く独特のやわらかな声。
「二人して泣いたな」
「読むたびに泣くのに、読んでもらいたがったから、母さまは呆れてしまって」
 それからユレイアが目を細めて、嵐の向こう側を見つめた。
「それでも読んでくれた」
「ええ」
 風に逆立つ髪を押さえて、アセリアは中に入ろうと促した。
 促しながら口にした。
「母さまが、あれを読むたびに父さまに甘えたくなるの知ってました?」
「知ってる」
「たぶん、ライオンが父さまに思えるんでしょうね」
「………アセリア、それ誰から聞いた?」
「リナさん」
「やっぱり」
 二人して顔を見合わせて、苦笑した。
 今更ながらにして、母親が父親には内緒と言った理由を悟る。
「ああもう。どうしてうちの母さまってば幾つになっても可愛らしいんでしょう」
 アセリアの言に、ユレイアが横で吹きだした。
「いまならあのとき母さまが言ったことも、何となくわかります」
「えっと………何か言っていたか?」
「ユレイアは憶えていませんか? タンポポのほうが可哀想って」
 記憶の底から夢うつつの声がよみがえってきて、ユレイアはわずかに目を見張った。
「………憶えている」
「小さい頃はライオンが可哀想で、ものすごく哀しかったんですけど、いまではタンポポのほうがとても可哀想に思えるんですよ。何ででしょうね」
 ユレイアは沈黙した。
 答えを知っていたが、問うたアセリアもまた答えを知っており、言葉にすることは痛みを浮き彫りとする行為だった。
 だから黙る。
「私は、どちらも哀しい」
「………そうですね」
 庇の下に入り、それでも吹きこむ雨粒に、二人は片手をあげて顔をかばった。
 初めてライオンとタンポポの話を知ったあの夜と、同じように巡る夜。嵐の夜。
 ただ、あれからすでにもうどれだけの時間を過ごしてきた?
 互いに十七になるこの年まで、いったい幾つの夜を過ごして、そのうちいったい幾つの夜が嵐だった?
 そのとき隣りにいてくれる相手に変化はありつつも、こうして変わらずここにいる。
 痛みも苦しみも、それとは相反する喜ばしいことも、確実に増えてはいるけれど。
「今日読む本はそれにしよう」
「いいですよ。探してきます」
 二人は静かに王宮へと入っていった。
 外では荒れ狂う風と雨。
 多分、何年経っても、何度読んでも、二人は泣いてしまうだろう。
 寂しがりやのライオンとタンポポの話。
 二人の宝物。
 何度目かの嵐の夜を過ごすために、二人は王宮のなかへと入っていった。



 ――End.