たからもの(オンリー・ワン・ワールド)〔6〕

 名前を名告りあうと、最初のお約束としてしばらく質問攻めにあったが、それがすんでしまうと後はとびきり楽しい時間が待っていた。二つ年上のポピーは最初、面白くなさそうにつんとしていたが、そのうち普通に笑いかけてくれるようになったので、リアも嬉しかった。
 陣取りをして隠れんぼをして石蹴りをした。気がつけばいつのまにかフードは外れていた。何度か被りなおしたが、そのたびに脱げ落ちるのでそのうち面倒くさくなって背中に落としっぱなしにする。マメは最初痛かったのだが、そのうちそんなことが気にならないぐらい夢中になった。
 途中、高鬼をしていたときにガーディが猫の通り道を見つけて、みんなで後を追いかけようとしたが、五歳のシノンが塀を登れず泣きだしたので取りやめになった。他の子たちは楽しみを邪魔されていやあな顔でシノンを見たが、マークはちょっとだけそんな顔をしつつも、しかたないからもとの通りに高鬼続けようぜと言った。
 おやつどきを過ぎ、秋の陽射しがわずかにかげりだしたころ、ティムがちらちらとリアを見ながら口を開いた。
「おいマーク。そろそろ時間だけど、今日はどうすんだ?」
「今日か? うーん………」
 マークは少し困った顔で一同を見た。
「いいんじゃないの? リアも連れてこうよ」
「ポピー?」
「だってうちの父さんが昨日言ってたのよ。こないだの地震でこの街から遺跡が見つかって、それを調査しにえらいひとが今日やって来るんですって。遺跡ってのがもしあそこのことだったら、あたしたちもう入れなくなっちゃうわよ。ならさっさとたしかめに行っちゃったほうがいいでしょ」
 あれ? とリアは思ったが、口をはさむ暇もなくティムが反論した。
「ばーか、あそこが遺跡なわけないだろ。あれはすぐそばの空き家の地下蔵だよ。遺跡が街のまんなかにあるなんて聞いたこともねえ」
 言い返されて、ポピーは思いきりティムを睨みつけた。
 リアが何となく居心地の悪い思いをしていると、すっかり懐いたシノンがちょっと心配そうにリアを見あげた。何でもないよとリアは笑う。弟が大きくなるとこんな感じなのかもしれない。いつかこのぐらいの歳になった弟や双子の王女たちが泣きだしても、マークを見習って、嫌な顔しないで一緒に遊んであげよう。
「じゃ、こうしようぜ」
 しばらく考えてから、マークが口を開いた。
「これからちょっと様子を見に行く。いつもどおりなら、あぶないからって番をしているやつらはもういないだろ。これからすぐに暗くなって、だれもあそこに近づいたりなんかしないんだし。もしあそこがえらい人が調べてる遺跡だっていうんなら、きっといつもとちがって人がいたり、足あとがあったりするはずだ」
「もし、そうだったらどうすんだよ。あそこあきらめるのか?」
「なにいってんだ。調べに来たえらいやつだって、ずっとこの街にいるわけじゃないだろ。調べおわったら帰ってくんだから。そしたらまた掘りに行けばいいんだよ。もしあそこが遺跡だったとしても、街のまんなかにあるような遺跡が危険なわけないだろ。どうせあそこ空き家なんだし、ほったらかされるに決まってる。なんの問題もないぜ。まあ、ものすげえ危険だったらあきらめるしかねえだろうけど」
「そっか、そうだよな」
 ぐるりと一同を見まわして反対がないのを確かめると、マークはリアを見た。
「おまえ、秘密まもれるだろ?」
 リアはちょっと考え、それから首を縦にふった。いまのところ秘密だと約束したことを、約束した当人以外に話したことはない。リアは遺跡が危ないところだと知っているが、マークの言うとおり、街のど真ん中に遺跡があるとは思えなかった。このまま行って確認して、もし両親が入った遺跡のようだったら、マークたちに話をして引き返してもらおう。嫌な顔をされるかもしれないが、リアは両親と一緒に入った遺跡で、母が作った石人形(ゴーレム)に反応して壁から槍が飛んできたり、落とし穴が開いたりする瞬間を何度か目撃している。どれもわざわざ母が見せてくれたものだが、たしかに『ものすげえ危険』なのだ。
「じゃ、決まりだ。行こうぜ」
「早くしないと日がくれちまう!」
 ティムを先頭に男の子たちが走りだす。シノンが待ってと叫んで兄の手をつかんだ。
「どこ行くの?」
「ここからすぐよ! あたしたち、秘密基地作ってるとちゅうなの!」
 ポピーがウインクして、リアの手を引っぱって駆けだした。



 マークたちに案内されるがままたどり着いた場所は、街の真ん中近くにある白い瀟洒(しょうしゃ)なお邸だった。豪勢な造りをしているように見えたが、窓はすべて打ちつけられ、白い壁はすっかり黒ずんでしまっている。長いあいだ空き家となっているようだった。門のところの石塀が、昨日リアが街に入る時に見かけたものほどではないが、少し崩れて穴があいている。
 少し傾きかけた石塀と門のまわりにはロープが渡され、人が入れないようになっていた―――が、ロープ一本など子どもたちの前では障害物ですらない。持ちあげてくぐればお終いだ。
 てっきりそこからなかに入るのかと思っていたが、マークたちは石塀をまわりこんで一本裏の通りに出ると、開いている裏門から正々堂々と入りこんだ。正確には門にからめた鎖がゆるんでたるみ、押せば子どもが通りぬけられる程度の隙間が生じているだけなのだが、子どもたちからすればこれは立派に『開いている』と言うのである。
「ここ、だれも住んでないの?」
「ああ、何度か持ち主かわってるけど、いまはだれも住んでねえよ」
「ここ呪われてんのさ。最初の持ち主だった女のひとが何かヤバいことしてとっ捕まって、それから次々といろんな人が買ったけど、死刑になったこの女の人が恨んで主を次々にたたってとり殺すんだって」
 ガーディが意地悪な顔でリアを見た。このとびきりキレイで可愛い女の子を、ちょっと脅かしてやろうと思ったのだ。意図を察したポピーが思いきりガーディを睨みつけ、少し心配そうにリアを見たが、当のリアは首を傾げただけだった。
「お庭にいてもそのひと出てくるの?」
 怯えながら言えばしてやったりなのだが、ただ不思議そうにそう問われ、肩すかしをくらったガーディは面食らいながら答えた。
「い、いや。そんな話は聞かねえけど」
「じゃ、へーきだね。リア、浄化の呪文はまだつかえないの」
「は? なに言ってんだおまえ?」
「呪文って………おまえ、魔法なんて使えんのかよ?」
 ティムに疑わしげに言われリアは少しむっとしたが、すぐにマークが割ってはいる。
「そういえば、おまえの母ちゃん魔道士のカッコしてたよな。教えてもらってんのか?」
「うん、そう」
「へえ、いいなあ。あたしも魔道士協会にかよってるのよ。ライティングぐらいなら楽勝なんだから」
「何だよ、ライティングぐらいでいばるなよっ」
「なによ、そのライティングも唱えらんないんじゃないのっ。それでリアうたがうほうがどうかしてんじゃないのさ」
「やめろ、おまえら。さわぐと見つかるだろ! ほら暗くならねえうちにさっさと行くぞ!」
 マークがリアとシノンの手を引いて歩きだした。慌てて残りの四人が後を追う。
 庭をぐるりとまわりこみ、そのまま邸の表に出るかと思いきや―――マークたちはさっと壁際に身を潜めた。ガーディとティムが角からそっと表の様子をうかがい、すぐに戻ってくる。
「やっぱり。さっきもだったけど、門のところだれもいないぜ。いつもどおりだ」
「ここの見張りテキトーだよなー」
「人ン家の庭にまで入ってくるようなヤツなんてあんましいないからだろ」
「じゃ、はやく行こうよ―――あっちだよ」
 エリックがリアに指でさし示した先は、かつては芝目が綺麗だったのだろうと思うような野っ原だった。雑草の茂みに埋もれるように、ところどころに大理石の像やアーチなどがあるが、地震のせいか歳月のせいか、すっかり傾いてしまっている。
 たどりついた先でリアは目を丸くした。
 庭のちょうど中央あたりに、すり鉢状に陥没した大地とその壁面でぽかりと口をあけている洞窟があったのだ。この庭の下を通っていた空洞が、地震によって天井が抜けるなり崩れるなりして地上に露出したのだろう。正確には洞窟ではないが、雰囲気はそれに近い。
 陥没した際の土砂で入り口はなかば埋まりかけていたが、マークたちがせっせと掘り起こした努力の跡がそこかしこに見てとれた。子どもなら楽々入れる程度の穴があいており、きつい傾斜が地下へとずっと伸びている。足下はしっかり踏み固められ、崩れそうなところには石が埋めこまれていた。
「このなか、どうなってるの?」
「入ればわかる。石づくりで、酒蔵になってる」
「だから、酒蔵じゃないってば!」
「遺跡のほうがマズイだろ!」
 ティムとポピーが言い争いながらなかへと入っていく。リアは少し戸惑ったが、うながされて後に続いた。穴は天井近くにあいているらしく、流れこんだ土砂が階段代わりの傾斜になっている。ここにもマークたちが等間隔に板きれを埋めこんでいて、足掛かりになるように工夫してあった。
 慎重に両手も使ってなかに降り立ったリアは、かびくさい土の匂いにくしゃみをひとつして、それからあたりを見まわした。いまごろの陽射しの角度がちょうど良いらしく、入り口のほうから斜めに射しこんで、広い範囲を照らしだしている。
 リアが立っているところは通路のようだった。幅は子どもが四人並んで歩けるぐらいで、高さは―――母は余裕だが、父はぎりぎり。そんな高さだ。
 床は石が敷かれているが、切りだされたままの粗いもので、はだしでは足の裏が傷だらけになりそうな感じである。壁の部分は、リアの目線ほどの高さまでは石で補強されているが、残りは土が剥きだしで、天井もところどころ補強されつつ、やはり剥きだしだった。
 視線を奥へと転じると蛍光色のまだらな光が見えた。崩落で日光があたるようになってしまったこのあたりのものは枯れてしまっているが、どうやらヒカリゴケが生えているらしい。
「このヒカリゴケ、マークたちが持ってきてうえたの?」
「いや、最初からあったぜ」
 リアはちょっと顔をしかめた。たしかにあまり遺跡っぽくはないのだが、かといってとても酒蔵には見えない。酒蔵にヒカリゴケはないような気がする。
「この奥はどうなってるの?」
「すぐそこの左のカベにドアのない小さな部屋があって、あとはまっすぐ続いてる。方向からして、きっと邸に続く階段があるんだと思う」
「………行ってないの?」
 西日を背に受けながら、マークは小さく肩をすくめた。
「横のカベがくずれてきて、ちょっと道をふさいでんだ。いまそれをみんなでどけてる。毎日この時間にしか作業ができねえからな。ちょっとずつ進めてるんだ」
 ………地精道(ベフィス・ブリング)つかえるけど………という言葉をリアは呑みこんだ。あれを使うと、どけたい岩や土以外のちゃんとした床にも壁にも見境なしに穴があいてしまう。発掘作業で逆に地精道は御法度なのだと、母が前にちょこっと話をしていたような気がする。
 それに、後からぽっとやって来たリアが、いきなり魔法を使ってマークたちが掘っていた石をどけてしまうのは―――何だかとてもズルをしているような気分だった。
 マークたちは今日出逢ったばかりのリアを秘密を守れる仲間だとみなして、ここまでつれてきてくれたのだ。なら、一緒に手伝ったほうがいいに決まっている。
 西日が射しこんでいるとはいえ、本来なら地下道にあたるこの通路のなかは薄暗かった。いちばん幼いシノンが怯えたように兄のティムの服をつかもうとしたが、早く作業にとりかかりたいティムは邪険にそれをふりはらった。泣きそうになった弟をティムはわずらわしげにリアのほうへと押しやる。兄はあてにならないと判断したシノンが、涙目でリアのマントの裾を握りしめた。リアはシノンのくるくるした巻き毛の頭をなでてやる。
 ポピーが二、三度言い間違えては唱えなおし、ライティングを発動させた。―――どうやら、ここに父と母は来ていないらしい。リアはそう判断し、ならここは遺跡ではないと結論づけた。
 ライティングで照らされた奥は、すっかり土砂で埋まっていたのだ。父と母がここから潜ったのだとすれば、土砂はとりのけられているはずである。
 遺跡じゃないと知って、リアはほっと安堵した。こんなところで父と母に出遭ったら、怒られること間違いなしなので、少しばかりどきどきしていたのだ。
「ここ、あとでランプとか食料持ちこもうぜ」
「毛布もいるぜ、冬が来るから」
「あとカップとか水差しもあったらべんりだよ。このおうち、うらに井戸があるし」
「おいリア、シノン。おまえたちも手伝えよ。おれたちが石とか土をどけるから、それをここまで持ってきてすててくれ」
「エリックがわかってるから、それとおんなじことやってちょうだい。大きめの石は同じところに集めといてね、あとで補強とかにつかうから」
 左の部屋に隠していたらしいシャベルや板きれ、手桶などの道具類をティムやガーディが引っぱりだしてくる。リアはシノンの手をひいてそちらへと近寄った。
 ―――不意に、日がかげった。
 雲に日がさえぎられたのかと思ったが、そうではなかった。土を踏む音とともに入り口にぬうっと影が出現し、野太い声が降ってくる。
「おい! そこに誰かいるのか !?」
「やべっ、見つかった !?」
「バカ黙ってりゃわかんねぇよ!」
 一斉に皆ふり返り、大慌てで立ちあがりかける。
「どこの子どもらだ、お前たち―――!」
「うわマジでヤバいっ」
「かくれろ! とりあえずシノンとリアをかくせっ」
 ぽつり。リアは、不意に頬にぱらぱらと雨粒がうちかかってきたことに気づいて顔をあげた。
 雨? 頭上にあるのは石と土の天井だ。なぜそこから雨が―――
 遠くどこかから鈍く重い地響きが近づいてくる。気づいた皆が困惑したように言葉を途切れさせた。人影が狼狽したように叫ぶ。
「まずい、地震だっ。お前たち早く地上(うえ)に」
 その叫びが終わらぬうちに、どおんと衝撃が突きあげてきた―――大地の下から。
 視界が上下に激しく揺れる。幾人かが立っていられず転倒して尻餅をついた。だれかが悲鳴をあげたような気がするが、声さえも轟音に揺すぶられてその一部になった。とっさにリアはしゃがみこんで呪文を唱えはじめた。
 降りかかる雨は激しくなる。
 見あげたリアの視界いっぱいに、暗く激しい音とともに滝のような土砂が降り注いできた。