たからもの(オンリー・ワン・ワールド)〔7〕
マークが我に返ったとき、すでに地震はおさまっていた。
だがすぐに何がどうなったのか理解できたわけではない。視界は閉ざされていた。目を開けているのか閉じているのかもわからない濃密な闇が、冷たく、じっとりと湿って、四方八方から彼を包みこんでいる。
だがその暗闇の向こうから、いくつもの息づかいや嗚咽が聞こえた。ひとりじゃない。そうだ、みんなは―――
「―――ポピー」
ふいに澄んだ声が仲間の名を呼んだ。まだ耳に新しいその声。リアの声だ。
泣いている様子はない。今日仲間に入ったばかりのとびきりキレイでお人形さんみたいに可愛い年下の女の子は、マーク自身や近所の子どもたちとはどこか違い、妙に超然として浮世離れした雰囲気があった。この闇の奥から届く声も、さきほど陽光の下で聞いたものと何ら変わらない響きを持っている。そういえば先刻、地鳴りと土砂が崩れる音にまぎれてリアが何か叫んでいたような気がする。
マークはうずくまった状態から起きあがろうとして、両膝にはしった痛みに呻き声をあげた。さわるとズボン越しでも何だかぬるっとしている。どうやら粗い床石で切ったらしい。
歯を食いしばって、マークはそろそろと体を起こした。暗い。本当に真っ暗だ。手を伸ばすと何かにぶつかる。やわらかくて、あたたかい。仲間だ!
「だれだ?」
「ティムだよ。………マークか?」
声だけではなく直接触れた相手の存在に心底ほっとした途端、マークは事態のおそろしさに気づいて、氷を呑みこんだような気分になった。生き埋めになったのだ。自分たちは。
「―――ポピー、へんじして」
リアの声が再び聞こえた。ややあって、怯えを隠しきれないポピーの声がする。
「な、なに………?」
「ライティング、となえて。くらくてなにも見えない」
「え………っ?」
何を言われたのかわからずポピーは呆気にとられたようだった。だがマークも闇のなかでひとり唖然としていた。たしかに自分の手さえも見えないような闇だ。明かりは欲しい。だが、そんなこと思いつきもしなかった。地震で通路の天井部分が崩れ、生き埋めになったらしいと理解するだけで精一杯で、そこからどうするか―――なんて。
リアの発言に度肝を抜かれたのは、どこかにいるガーディとティムも同様だったらしい。暗闇のなかで、幾人もの呼吸が乱れ―――やがてガーディの声がした。
「ポ、ポピー、となえろよ。たしかになんも見えねえよ」
「ま、待って。急にそんなこと言われてもあたし―――」
「待てよ。リア、呪文つかえるなら、おまえもライティングとなえられるんじゃないのか?」
ティムの声にしばらく沈黙があり、やがて闇のなかから答えが返ってくる。
「ダメ。いまはつかえない………」
「なんでだよっ !? ポピーにだけとなえさせんなよ、おまえもやれよ」
傍らのティムが声を荒げる。
「リア、どっかケガしたのか?」
マークの問いに、ティムが小さく息を呑んだ。その可能性に思い至らなかったらしい。だがリアの答えは皆の予想していないものだった。
「ううん………。リアいまべつの呪文つかってるから………ライティングむりなの」
「別の呪文?」
「この呪文やめたら、みんな埋まっちゃう………」
―――なんだって !?
マークは頭上をふり仰いだ。だが仰いだところで天地の感覚がなくなるような闇のなかだ。くらりと平衡感覚をなくしそうになって、マークは慌てて首を戻す。
「ポピー! ライティングとなえろ。何回失敗したっていいから絶対となえろ! あかるくすんのが先だっ」
マークに叱咤され、ふるえる声が呪文を唱えはじめた。舌がまわらず集中が続かず、丸暗記で発動できるはずの魔力の明かりは、十回近く失敗してようやっとぼんやりあたりを照らしだす。
明かりの効果は絶大だった。互いの視界に映ったそれぞれの顔が安堵のあまりくしゃくしゃになった。それまで魂が抜けたように茫然としていたシノンが、火がついたように激しく泣きだす。
尻餅をついているポピー、うずくまっているエリック―――あれではきっとマークのように膝が切れて血がでているだろう。マークの傍らで座りこんでいるティムに、四つん這いで踏ん張っていたらしいガーディ。皆それほど離れたところにはおらず、ほぼ一ヶ所に固まっており、その中心にぺたんと座りこんだリアとシノンがいた。
リアは胸元をぎゅっと両手で握りしめ、上をじっと見あげている。つられて上を見あげたマークは息を呑んだ。ポピーとエリックが細い悲鳴をあげる。ガーディとティムも息を呑んでいた。シノンだけが何もわからずに泣き続けている。
無数の石くれや土がいまにも落ちかかってくる―――と思ったのは錯覚だった。それらはぴたりとその位置から動くことなく、不自然な球形の輪郭線を描きながら、みっしりと詰まった断面を見せている。
「な、なんだよこれ………」
「これ、リアがやってるの………?」
リアを中心にぴったり円形。大きさはちょうど通路の幅ほど。土砂が壁となり天井となり、あたりをドーム状に覆い、まるで透明な玉のなかに閉じこめられているようだった。正確には三分の二ほどが土砂で、残りは闇に塗りつぶされている。
「うん、これ風の結界。みんないるよね………?」
上を見あげたままリアが言う。
「あ、ああ、全員いるぜ。リアおまえ―――」
「じゃあ、みんな結界の左側にうんとよって。立ちあがって」
言葉をさえぎられたことよりも、言われた内容について、マークは再び唖然として目の前で座りこんでいる少女を見つめた。
「それから、合図したら走って」
「待てよちゃんと説明しろよ!」
「この結界、ぜんぶは埋まってないから。こっちのほう、空いてる」
リアがかすかに頭をふって示した先は、土の代わりに闇が壁をなしている方だった。たしかにそこには押し潰さんばかりの土砂ではなく、先の見えない深い闇がわだかまっている。そちらへ―――走る? 何があるかもわからないのに?
「リア、こんなに長くこの呪文つかったことないの………いつまで続けられるかわかんない………」
ぞっとしてマークたちは顔を見合わせた。自分たちがどんな状況に置かれているか、あらためて理解が至ったのだ。この小さな女の子の集中が途切れれば、頭上にある大量の土砂に生き埋めにされる。
シノンはまだ泣き続けている。その泣き声を聞きながら、マークはぐっと拳を握りしめた。自分はこいつらのリーダーだ。まだ小さいシノンもエリックも、女のポピーもいる。何より自分よりもずっと年下のリアが自分たちの命を助けてくれているのだ。リアにできないことは自分たちがどうにかするしかない。
「よし………ポピー、言われたとおり移動しろ。そしてそこでライティングをもいっこつくれ。ティムとガーディはシノンの手を引いて、そちらからまわれ。エリックもだ」
「おいマーク―――」
「このケッカイってやつ、いつまで保つかわかんねえんだろ? じゃあ、リアの言うとおりにしたほうがいい。この先は埋まってねえんだから」
「ま、待ってマーク。リアはどうするの? 走れるの?」
ポピーの指摘にマークは愕然として、リアのほうを見た。相変わらず頭上を見あげたまま座りこんだリアは、困ったように呟く。
「たぶんできると思う………やってみる」
「待てよ! おまえが埋まったら意味ねえだろ!」
ティムが怒鳴り、兄の激昂にシノンがますます激しく泣きだした。マークは必死に思考を回転させる。
「よしエリック、おまえがガーディの代わりにシノンの手を引け。ガーディとオレは合図と同時にリアを引っぱって走る。いいな、ガーディ」
「わかった」
仲間のうちでいちばん腕力があるのがガーディだ。あちこちの擦り傷に顔をしかめながら立ちあがる。
「………あまり走らないでね。行き止まりなんだよね?」
すっかり忘れ去っていた事実を指摘され、マークたちははっとして顔を見合わせた。リアの言うとおり、この先は壁が崩れてふさがっている。自分たちはそれを掘っている最中だったのだ。
「………ちくしょう、地震がおさまってから掘りにくるんだった」
「そういう問題じゃないでしょ! ばかティム!」
「どっちにしろもう見つかっちまっただろうが。いいから走る用意しろ! シノンもだ、おまえうるせえ!」
ガーディが怒鳴り、シノンがひっとしゃくりあげる。
リアをはさんでガーディと向かいあったマークは唾を呑みこんだ。唇が乾いていることに気づき、舌でしめらせるとぴりぴりと痛みがはしった。どうやら揺れたときに噛んで傷つけてしまっているようだ。
「―――よし、おれが合図する。いちにのさんで魔法をとけ。いいな」
上を見あげっぱなしのリアが、視線だけを動かしてマークを見た。斜めから照らすライティングの光が瞳に射しこみ、奥まで届いたそれが双眸を燃えるような真紅に輝かせる。マークは一瞬、我を忘れてそれに見蕩れた。
「いいよ」
リアの声に我に返り、マークはリアの腕をつかんだ。反対側からガーディも同じようにする。―――あとは、合図だ。
「いくぞ。せーのっ、いち、にの―――さんっ!」
皆いっせいにその場から駆けだした。ざざあっと土砂が降る音が背後から聞こえる。その音に追い立てられるようにがむしゃらに走った。―――唐突にその場から光が消えた。ライティングの光が土砂に呑みこまれたのだ。突然の暗闇にシノンが金切り声をあげて泣きわめく。マークとガーディも思わず立ちすくんだ。土砂の音は止んでいた。
先程とは違い、完全な闇ではなかった。天井と壁でぼんやりとヒカリゴケが淡く光っている。だが、ゆらゆらと互いの影がうごめくだけで、相手の顔もわからない。どうやら盛大に土煙が舞っているらしい。埃っぽい空気に最後尾にいたマークとガーディは盛大にせきこんだ。その拍子にふたりともリアをつかんでいた手がはずれる。リアは何事か呟いていた。
「ポピー、また明かりつけろよ」
ティムがそう言いおわらないうちに、ぽうっと明かりがともる。シノンがびっくりして泣きやんだ。両手のあいだにライティングを生んで、リアがそこに立っていた。金の髪が光を受けて白く輝き、そのせいでよけいに明るいように感じられた。
リアは次々にライティングを唱えて、あたりを明るくすると、疲れたように息を吐いて座りこんだ。つられてマークたちも座りこんでしまう。背後をふり返れば、通路いっぱいに満たされた土砂だ。どこからか水の流れるような音がする。
とりあえず、みんないますぐに死ぬということはなくなったが、これからどうすればいいのだろう。
溜息をついたところで思いだしたように膝が痛みだし、マークは小さく毒づいた。
「マーク、ケガしてる? エリックも?」
めざとくマークのズボンの赤い染みに気づいて、リアがきゅっと眉を寄せた。
「おれだけじゃなくて、全員どっかケガしてるんじゃねえのか? おまえは?」
言われてリアは、そういえば足が痛いかもと顔をしかめた。手のひらを切っているシノンが再びべそをかき、兄のティムにおまえいい加減にしろと怒られてさらに涙ぐむ。みんな粗い石床のせいで大なり小なり、どこか擦りむいたり切ったりぶつけたりしていた。
リアはきょろきょろとあたりを見まわすと、腰を下ろせるぐらいの大きさの石のところまで来て、ぱたぱたと埃を払った。エリックを手招きして座らせるとズボンをまくりあげ、ケガした膝を露出させる。
「つめたいけど、がまんしてね」
慎重に位置をさだめながら、リアは呪文をとなえだした。今度は何をするのかと思っていると、ばしゃっと水音がしてエリックが悲鳴をあげる。
「つめたっ!」
「うん、つめたいってリア言ったよ?」
「いきなりなにすんのさ!」
エリックに食ってかかられて、リアは困った顔になった。
「えっとね、治癒かけるまえに傷あらわないと」
「治癒?」
何度目かの驚きとともに、マークが聞き返す。治癒ってやつは、たしか怪我を治す呪文のはずだ。以前マークが厨房で自分の足に包丁を落としてしまったときに、担ぎこまれた魔法医の診療所でこの呪文を唱えてもらったことがある。みるみるうちに怪我は治ったが、しこたま両親に怒られたこともあって、治ったときにはぐったりしていた。
「おまえ、傷とかまで呪文でなおせるのかよ !?」
「うん。でも治癒しかつかえないよ?」
「それだけで充分すごいわよ」
ポピーの言葉に全員がそろって首をたてにふった。リアは不思議そうに首を傾げただけだった。
「みんな順番でなおすから、待っててね」
静かに呪文を唱えるリアの声が地下の狭い空間に流れて漂う。ポピーのようにつっかえたりはしない。なめらかに途切れなく耳慣れない言葉の羅列は続いていく。
その様子を見つめていたマークのそばにティムが寄ってくると、そっと耳打ちした。
「………何なんだ、あいつ」
「わかんねえ………」
遊ぼうと誘ったときに名前と年齢のほかに聞きだしたことといえば、両親に連れられてやってきたことと、住んでいるところは前はエルメキアだったがいまはセイルーンだということ、去年の冬に生まれた弟がいるということぐらいだ。こんな―――魔法を使って崩れてくる天井からマークたちを守ったり、怪我を治したり、ポピーがつっかえつっかえ唱えるライティングを、お手玉みたいにぽんぽん作りだせるなんて聞いてない。当たり前だが。
「セイルーンのやつらって、おれたちよりも年下のやつでもみんな魔法をつかうのかな。白魔術都市っていうぐらいだもんな」
「なんかそれ、ずりぃな………」
ティムがぶすっとした口調でそう呟いた。
やがてエリックの傷を癒し終わると、同様の手順でマークたちの傷を治し、リアは天井を見あげて「出られなくなっちゃったねえ」と呑気に呟いた。
疲れきってしまい返事もできず、マークたちはその場に座りこんだ。風もない地下なのでまだ地上ほど寒くはないが、尻をつけたところから冷気がぞわぞわと這いあがってきて体を冷やした。
「はらへった………」
そういえば、どれくらい時間が経っているのだろうか。もう日は沈んでしまっただろうか。そろそろ夕食の時間であることを思いだしてしまい、だれかのお腹がぐうと鳴ると、つられて二、三人のお腹がきゅるると輪唱する。
「リア、おまえ何でそんなに平気そうな顔してるんだよ………?」
むすりとした顔でティムが問うと、膝を抱えて座りこんだリアはぱちぱちと瞬きをしてティムをまっすぐ見つめかえした。
「だってさっき、ここが崩れる前に上におとなのひとがいたよ? リアたちがここにいるってわかってすぐに助けてくれると思うよ」
マークたちは何度目か顔を見合わせた。驚きとともに明るい気色を互いの顔に見いだす。そうだ。おとながいたのだ。ならばすぐに助けが来るに違いない。
「で、でも、そのひともぼくたちみたいに埋まってたら?」
エリックの疑問にポピーが青い顔になるが、リアはいっこうに様子が変わらなかった。
「そのときは―――かーさんととーさんが来るよ」
「リアのお父さんとお母さん? でも、リアがここにいるって知らないんじゃないの?」
「知らないけど、リアがどこにいてもかーさん魔法で見つけるの」
「なんだよそれ」
尖った声を出したのは―――ティムだった。
リアだけでなく、ポピーやエリックたちまで驚いた顔でティムのほうを見るが、彼は地面に目を落としたまま目をあわさなかった。
「どこにいても魔法でわかるって、それ、ハナからここの場所がひみつだって約束まもる気ないんじゃねーか!」
「………あ」
思い至らなかったらしいリアが呆然と表情を凍らせる。マークもそのことに気づいて、はっとなった。たしかにティムの言うとおりだった。
「なんだよ。ひみつまもれるっていうからここに連れてきたのに。まもれねえんだったら最初からここに来なかったよ。そうしたらこんなふうに地震のせいで閉じこめられたりなんかしなかったのに!」
リアはライティングの明かりでもわかるほど顔を青ざめさせると、ぎゅっと胸元を握りしめた。さっきもやっていた仕草だった。
「えっと、えっと、あのねちがうの………」
「何がちがうんだよ」
「ちがうの。これリアが帰ってこないときだけなの。いつもずっとじゃないの」
「同じじゃねえかよ」
「ちがうもん!」
リアが必死な顔で言い募った。先程まで呪文を唱えていたお人形のような顔はどこにもない。シノンやエリックと何も変わらない―――マークが宿屋で見たときそのままの、とびきりキレイで可愛い女の子だった。ただし、いまにも泣きそうな。
ふいにティムに向かって別の方向から石が投げつけられた。ぎょっとしてティムが首をすくめる。石は見当違いの方向にぶつかって跳ねた。
「リアいじめるな!」
シノンが兄に向かってまた石を拾って投げた。
「うわっ、ちょっ! 何だよおまえっ。ふざけんなっ!」
「リアいじめるなよっ。にーちゃんのばかっ! シノンとにーちゃのケガなおしたのリアなのに! ポピーねえのおててもなおしたのにっ」
泣きながらシノンが兄につかみかかった。ティムがシノンを押し返す。あわや取っ組み合いというところで、マークとガーティがティムをとりおさえ、ポピーがシノンを引きはがした。
「こんなときにケンカしてる場合じゃないでしょ! もーあんたたち兄弟ときたら!」
「ティム、おまえが言いたいこともわかるんだけど、たぶんこいつがいなかったら、オレたち今ごろあの土ンなかで死んでるんだぜ?」
「だからガーディ、そもそもここに来たりなんかしなかっただろ !?」
「おまえらうるさい!」
狭い空間にびりびりと響いたマークの大声に、みなが一瞬動きを止めた。
「いまここでンなこと言ってたってどうしようもねえだろ。外に出るほうが先だ。………それに、オレたちがいてもいなくても、こんな地震が起きて埋まっちまった時点で、もうここダメだろ」
マークの言葉もどこか歯切れが悪い。ティムはガーディに取り押さえられたまま、そっぽを向いた。
本当はティムだってわかっているのだ。リアがいなければ、ここでこうして彼女をなじることさえできずにあの冷たい土の下に弟もろとも埋まっていただろうことぐらい。………こんな三つも下の、しかも女の子に助けられる自分が情けなかった。しかも弟は自分より今日仲間に入ったばかりのリアのほうに懐いている。自分が邪険にしたからだとはいえ、面白くない。昼寝から起こしてわざわざ遊びに連れてきてやったのは自分だというのに。
傷を治してもらっているあいだ、ずっと息が苦しかった。胸の奥でどろどろと渦を巻くの情けなさや悔しさが、ティムの内側を突き破って溢れだしそうだった。それなのに、この何でもできるキレイな女の子ときたら、自分が助けたんだとえらそうに威張るでもなく、何もできないでいるティムたちを怒るでもなく、淡々と呪文を唱えて黙々と傷を治しているのだ。―――まるで、自分がそうするのは当然だとでもいうように。
なんだよこいつ。なんでこんなに澄ました、お姫さまみたいなキレイな顔してやがるんだよ。なんで女のこいつのほうが何でもできるんだよ!
自分への情けなさは、カードの裏と表をくるりとひっくり返すみたいに―――いとも簡単に敵意へと変化した。感情のままに言葉を投げつけ、弟の思わぬ反撃にカッとなった。気づけば、どんどん自分がみじめになっていくだけだった。
リアは、両手で胸元を握りしめたままうつむいている。ライティングの影が落ちて、表情は暗くて見えない。ひとりエリックだけが途方に暮れた顔をしていた。
シノンを抱えこんだポピーが、黙りこんでいるティムをきつく睨みつけてくる。ティムはぷいっとそっぽを向いた。その仕草に腹を立てたポピーが口を開こうとしたときだった。また、ぐらっと揺れた。
思わず全員、言い争っていたのも忘れて身を寄せ合う。
「ど、どうしよう。助けが来るまえにまた地震があったら………」
いくらリアの呪文があったって、さっきみたいに都合良く土砂から抜けだせるとは限らない。そのときこそ今度こそ自分たちは生き埋めになってしまうだろう。
そのリアはぎゅっと唇を噛んでうつむいていた。泣いてないかと慌ててポピーが顔をのぞきこもうとして、ぶつかりそうになってのけぞる。
「またゆれる前に、そとに出よう」
いまにも泣きそうに瞳を揺らして、だけどだれにも反対を許さないような強い顔で、リアがきっぱりとそう言った。
「―――リアがやる。リアがみんなを外につれてくよ」