たからもの(オンリー・ワン・ワールド)〔8〕

「―――なるほど、こんなとこに出るワケね。隠し通路作りすぎだっつーの」
 顔をしかめて穴から出てきたリナは、ぐるりとあたりを見まわし溜息をついた。空は薄群青と薔薇色に二分され、なかば沈みかけた太陽が街を赤く染めている。
 リナに続いて穴から窮屈そうに出てきたガウリイが、やはりあたりを見まわして首を傾げた。
「ここって、街の入口じゃないか?」
「そうよ。昨日、入口近くで塀が崩れてるとこあったでしょ。あそこよ。………ったく、どーやら地下に隠し通路が走ってるところが地震のせいであちこち陥没したり崩れたりしてるみたいね………っと」
 再びぐらりと揺れた大地にわずかによろけ、リナは眉をひそめる。体の埃を払いながら、ガウリイがふと顔を曇らせた。
「さっきのはでかかったなあ」
「あれは、さすがにあたしもヒヤッとしたわね」
 密閉された狭い地下通路での地震だったため、生き埋めになることをなかば覚悟した。もし埋まったとしてもさほど深くはない地下、詠唱ができるわずかな隙間と空気さえあればどうにかなる。ガウリイが必ずそれを確保してくれることを知っていたので焦りはしなかったが、庇いこんでくれる相棒の負傷だけが心配だった。さいわい地精道(ベフィス・ブリング)は発動させる必要もなく、被害は落ちてきた土埃でガウリイが埃まみれになったぐらいですんだので、リナはひそかに胸を撫でおろしていた。
「今回の地震はなかなか終わらないな」
 ガウリイが困ったように呟く。ディルスなどの山がちな半島北部に比べ、平野部の多いセイルーンは比較的地震が少ないのだが、今回はけっこう大きいものにあたってしまったようだった。
 手にした羊皮紙を巻きとりながら、リナは軽く舌打ちした。
「めずらしくゼルもアメリアも判断ミスったわね。地震がおさまるまで調査はムリよ。急いであたしたちに頼む必要もなかったんだわ」
 十日ほど前に起きた地震のせいで、セイルーン王宮は各所からあがってくる被害報告とその対応に追われている。揺れたのは聖王都とその近辺。北西部のほうがより揺れが強かったらしい。王都ではたいした被害は出なかったが、都市の六紡星を構成する城壁の一部が崩れ、アメリアがめずらしく血相を変えていた。
 六紡星結界は建国当初からある歴史的建造物で、もともと常にどこかしら補強や補修が行われているような状態だったが、フィリオネル王子はこれを良い機会として、結界をはじめとした都市内の街路や広場などの全面的な補修計画を立ちあげることにしたらしい。ほとんど都市設計の見直しとなる大事業である。―――任されたのはゼルガディス。彼の頭のなかに入っている来歴不明の膨大な知識群を考えれば、これ以上はない適役である。過去の苦労の賜物なのかどうかは不明だが、地理・地質・建築関係にやたらと強いのだ。他にも色々な思惑あっての人事だったが、彼はこれを引き受けた。まだセイルーンに慣れない彼の補佐として、アメリアがついた。
 そういうわけで現在、被害への応対と並行して、ふたり揃って事業計画の立案と技術者の確保に奔走しており、多忙を極めている。出発にあたって子ども部屋にいたのは、あれは涙ぐましい時間のやりくりの賜物なのだ。結婚してからこっち、あのふたりの身辺は本当にせわしなく、落ち着いた頃合いを見てリナは王宮を引き払おうと思っているのだが、いったいそれがいつになるのか見当もつかない。
 プライアム・シティから報告があがってきたのは、ちょうどそんなときだった。―――もと領主の城にある隠し通路の一部が地震によって穴があき、どうやらそれが偶然にも別の遺跡につながってしまったらしい。
 あいにく、遺跡の発掘に詳しい魔道士はプライアム・シティの魔道士協会にはいなかった。このあたり一帯は建国のときから王都周辺部として開発されてきているため、遺跡などはほぼ出尽くしていると考えられており、突如として街中に出現した遺跡にプライアム・シティの行政官は対応に困り、直接王都へ裁量を仰いだ。
 セイルーン側としても王都の都市設計に魔道的な要因が含まれている以上、近接した町の遺跡を無視できるものではない。建国時からの六紡星である。もしかしたら遺跡も何か関係があるかもしれない。だが、調査のための魔道士や技術者は現在ほとんど大補修の事前調査に動員されており、人手を割く余裕がない。
 結果として、ある程度歴史考古の知識があり、遺跡探索などに場慣れしていて、的確に状況判断を下せる現在手すきの魔道士―――ということで、リナにお鉢がまわってきたのである。
 これまでに何度かセイルーン側から頼まれて、こういう事前調査を引き受けている。とりあえず本格的な調査が必要なものかどうかだけ見てきてほしいと言われ、二つ返事でオーケイしたのだが、今回は少しばかり判断が甘かった。さすがに自然現象まではどうにもならないが、まだろくすっぽ調査もしていないうちからこの有様である。この分では、さっきの地震でアメリアたちも補修箇所の大幅な見直しを迫られていることだろう。
「今日はもう帰るわよ。いい時間だし、ちょっとリアが心配だわ」
「ああ」
 部屋でおとなしくしているなら特に問題はないのだが、十中八九それはないと睨んでいるので、少しばかり不安がよぎる。ガウリイも異存はなく、ふたりは心持ち急ぎ足で宿へと向かった。
 地震のせいもあり、街は早々に各所に明かりが灯されていた。再び揺れがあった場合、火は怖いと魔法の明かりが多い。街灯当番と思しき魔道士がひっきりなしに声をかけられ、手間賃を渡されてはライティングを唱えている。何ヶ所か小火も起きているようだが、すぐに消し止められているようだった。
 宿のある通りまで来たリナとガウリイは思わず視線を交わし、一呼吸おいて走りだした。
「やっぱし何か騒ぎ起きてるしっ」
「リアとは関係ない―――」
「―――わけないじゃないっ。あの子どんだけ誘拐やら何やら騒ぎ引き起こせば気がすむのよ !?」
「おまえさんの娘だもんなぁ」
「あんたに似た顔のせいよ!」
 皓々と明かりの灯された通りには、通り沿いの店の主や使用人と思しき人々が焦った様子で行き交い、女たちは青ざめ、男衆は手にクワやらシャベルやらを担いで走り去っていく。商店街そろっての呼びこみ活動にはとても見えない。
「あっ、お客さん!」
 宿の前でエプロンを揉みしぼりながら立っていた女将が、駆けよってくるリナとガウリイの姿を見つけて声をあげた。
「どうしたの、何があったの?」
「ああ、お客さんすいません。どうしましょう。うちの息子とお預かりしていたリアちゃんが―――」
 青い顔をいっそう青くして泣きだした女将にリナが内心イラっとしたとき、そばにいたウェイトレスが話を続けてくれた。
「さっきの揺れで女将さんとこのマークと、あと近所の子どもたちが何人か、立ち入り禁止のところで落盤に巻きこまれてしまったようなんです。リアちゃんも一緒に遊んでいるのを靴屋の奥さんが見かけてますし、まだ帰ってこないところをみると、たぶん一緒に………」
「どこ? 案内して。あたしなら呪文で土を掘れる」
 間髪入れずリナが明快な答えを返すと、ウェイトレスはぱっと顔を輝かせ、女将に一声かけてすぐさま走りだした。
「あンの馬鹿。遺跡には近づくなって………!」
「リナ………おれが思うに、遺跡ってのは立ち入り禁止の隠し通路の奥にあるんであって、隠し通路自体は遺跡じゃないんじゃないか?」
「何であんたはいらんときだけ賢いのよっ !? あーもうっ、たしかに隠し通路は隠し通路、遺跡は遺跡で別モンよ! ったく!」
 そういくらも走らないうちにウェイトレスが指し示したのは、白い瀟洒な邸だった。いまは崩れた石塀と門のところからひっきりなしに人が出入りし、庭にかなりの数の明かりが灯されている。
「………ぬかったわ。お散歩圏内にこんなとこがあるなんて」
「だからひとり歩かせるのは危ないって―――」
「その話はあと!」
 庭に駆けこんだリナとガウリイは、複数の子どもの泣き声が聞こえてくることに気づいて、安堵と不安が同時にわき起こった。すでに救助は成ったらしい。だがおかしい。入口と思しき部分はいまだ土砂で塞がれたままで掘りおこされている最中だし、一部の男たちは何やら深刻な顔で話しあっている。
 娘の姿を探して視線をはしらせたリアは、ひとりの子どもと目があった。顔に見覚えがある、たしか宿の―――
「リアの父ちゃんと母ちゃんっ!」
 少年はおとなたちの手をふりきると、一目散にこちらに駆けてくる。
「宿屋の子よね? ええと、名前は………」
「マークっ! なあ、リア助けに行ってくれよっ。魔法でリアの居場所わかるんだろ?」
 泣きそうな顔でマークがリナのマントに縋りついた。
「マーク、どういうこと?」
「おれたちを上にあげてくれたのリアなんだ。リアが魔法で助けてくれた。だけど最後のひとりってときに、ぐらってまた揺れて! リアだけ穴に落ちたんだ!」
 ばらばらと他の子どもたちも駆けよってきたため、リナとガウリイに気づいた幾人かがこちらへと近づいてくる。救助の指揮を執っている男にもリナは見覚えがあった。午前中、城で顔をあわせた街の警備隊の隊長だ。
 リナは立ちあがって歩きだした。つられて子どもたちが後に続く。事情を聞きながら地形を検分する。すり鉢状の陥没はだいたいちょっとした部屋程度。そこから少し外れたところ、陥没をまぬがれた大地の上に丸い穴があき、周囲にひときわたくさんの灯火がともされている。―――おそらくあれが(リア)の地精道だろう。あそこからひとりずつ浮遊。最後のひとりというときに先程の余震。
「最後のひとりは?」
「先程ロープで救助しました。あとはご息女だけですが………」
 隊長は言葉をにごした。リナとガウリイの視線に気押され、ようやっと口を開く。
「通路の先は崩れており、どうやら調査をお願いした遺跡へと続いているようです。そちらに落ちてしまったらしく―――」
 マークが状況を説明する。
「最初、カベがくずれて道が埋まってたんだ。でもさっきの地震でとおれるようになって、リアも呪文つかってジャマになってる土を消してくれた。オレたち道のさきに階段があるって思ってたから、そっちから外へ出られないかって行ってみたら、道がなかったんだ。だからリアが呪文で天井に穴をあけて、空を飛んでくれたんだけど―――そこ、深そうな穴になってて、水が流れる音がした」
 リナは慄然と息を呑んだ。地下水脈………!
「そこに落ちたの !?」
「どうしてそれを先に言わない!」
 ガウリイが怒号し、隊長が恐縮する。その場にいた者がいっせいにこちらをふり返った。子どもたちがびくりと怯え、次々に泣きだす。
「あ、ああ………悪い。おまえさんたちに言ったんじゃないよ。リアと遊んでくれてありがとな」
 ひとり泣くのを我慢しているマークの頭をガウリイが撫でると、彼ではなく隣りにいた別の少年がいっそう激しく泣きだした。
「落ちそうになったのオレなんだ………! リアがしがみついてくれたから落ちなかった。手ぇ伸ばしたのに………っ」
「―――ガウリイ、ここでもう少しこの子たちから詳しい話聞いてて」
「リナ?」
「宿に戻って探索の呪文を使うわ。本格的に探索をかけるには道具や触媒がいるから、ここじゃできない」
 リナは子どもたちの頭を順番に撫でてやると、警備隊長と遅れてやってきた街の役人に向かって口を開いた。
「これから調査とは別に遺跡に入ります。あたしたちの娘はあたしたちが助けに行きます」
「何かこちらで―――」
「では、セイルーンへ調査の中止の連絡を。地震が終わるまで調査なんてムリです。あと………」
 リナは表情ひとつかえずに断言した。
「もし、あたしの娘を助けだすときに遺跡の破壊が必要な場合は、それがどれほど貴重なものだろうと容赦なく壊します。依頼を受けていようが受けていなかろうが破壊します―――そのつもりでいてください」
 とっさに反論しかけた役人はリナの目を見て声を呑みこみ、黙ってうなずいた。
「ま、そんなことにならないのがいちばんですけどね」
 肩をすくめ、リナはすり鉢状になっている中央部まで滑りおりた。何事かと一同が見守るなか、そのまま大地に片手をつき、力あることばを解放する。
霊呪法(ヴ=ヴライマ)っ!」
 土砂が寄り集まり、ねじれ、瞬く間に人型の巨人をつくりあげる。周囲からどよめきが起きた。
土人形(ゴーレム)! そこの土砂を空間が貫通するまで真っ直ぐ掘りすすんで。貫通したら引き返してきて、脇にどいてからそのまま待機!」
 ごっ、と土人形がうなりをあげて、鈍い動きで作業を開始する。慌ててクワやシャベルを持った男たちが脇へと退いた。
 リナが視線をあげると、陥没している穴の縁からガウリイと子どもたちがこちらを見ている。軽く片手をあげて合図をし、リナは高速飛行の術で夕暮れの空へと舞いあがった。