Shining tear  〔中編〕

 その後、ちょっとしたすったもんだになったが、どうにか事態を収め、アメリアは満面の笑みで従者たちに断りを入れた。
「ちょっとリナさんたちとお夕飯食べてきますからー」
 正直にそう告げたら、どうしてだか、皆だくだくと涙を流しながら頷いた。反対してこないのはリナが怖いのか、いまのアメリアに言っても無駄だとわかっているからか。どちらにしても失礼な。このまま旅に出たりは―――今回は、たぶんしない。
「遅くても明日には帰ってきますから、よろしくお願いしますね」
 出立は午前中の予定だったが少し遅らせることにし、アメリアは手をふって宿を後にした。
「いいの?」
 呪文で派手に呼びだしたくせに、リナがちらりと背後をふり返りながら確認する。
「いいんですっ。せっかく久しぶりに会ったんですし、ご飯くらいいいじゃないですか!」
「そうね♪ 久しぶりに会ったし、ここはひとつセイルーンの王女さまがご飯を奢ってくれるともっと嬉しいんだけどな〜♪」
「あ、いや、それはちょっと………今回あまり持ち合わせが」
「んなもん前みたいに印籠でツケときなさいよ!」
「勘弁してください〜っ、これ以上この国につけこまれるわけには。また何言われるか―――」
 言いかけてアメリアは、はっと口をつぐんだ。
 結婚話がどうこうと口にするわけにはいかない。どうにかこうにか切り抜けてきたし、これはもうリナたちにはどうすることもできない問題だ。無用の心配をかけてしまう。
 急に黙りこんだアメリアに、リナはわずかに片眉をあげたが、何も追及してはこなかった。
「―――ま、別にいいけどね。こないだ盗賊団ひとつ潰してきたばかりだから、懐あったかいし」
 内心ほっとして、アメリアは笑みを浮かべる。
「リナさんってば、相変わらずですね」
 どうしてこの街に、とは結局まだ訊けていない。三人一緒に旅してるんですか、とも訊けなかった。
 逢えた、ただそれだけで嬉しい。はずだから。そうでなければいけないのだから。
「でも、リナさん。盗賊たちの成敗だなんて、そんな軽装でですか?」
「前とそんなに変わんないわよ? 一応、マントの下に薄い肩当て入ってるし」
 並んで通りを歩きながら、アメリアはあらためてリナを観察した。
 以前と変わらないのは額のバンダナと耳元のイヤリング、襟元の宝石の護符ぐらいだろうか。後の装備はほとんど一新されている。魔道士のマントは相変わらずだが、ショルダーガードが見あたらないだけで、驚くほど身軽に見えた。膝丈のローブの裾が歩みにあわせて、軽やかに揺れる。
 そして同じく動きに合わせて、ゆらゆらと揺れているのは―――
 昼下がりの陽光を鮮やかに弾く緑色に、アメリアの口元が自然とゆるむ。
 これはもう、追求しないと逆に天罰がくだるというものだろう。
「と・こ・ろ・で〜? リナさん、それ、何ですか?」
 声までにんまりしたアメリアの問いに、リナの反応は顕著だった。「それ」とは何だと問い返しすらせず、瞬く間に左手を後ろに隠す。心なしか顔が赤い。
「いったい何のこと?」
「まったまた〜。隠してもダメですよ〜!」
 笑いながら、ちらりと背後に目をやれば、ゼルガディスと並んで歩くガウリイの左手にもやはり同じ色彩。こちらも装備を一新しているが、それよりも何よりも目を惹くのが―――揃いのブレスレット。
「ガウリイさんからもらったんです? リナさんから? それともお揃いで買ったんですか? いつからしてるんです? 教えてくださいよ〜!」
「だあああああぁっ、何でもないったら何でもないわよ! ただの飾り!」
「んもう、そんなわけないじゃないですか。じゃあ、何だってお揃いで―――」
 逃がさじとばかりに食いつくアメリアに、リナはやけくそ気味に声をはりあげた。
「ああもうっ、もらったのもらったの! 姉ちゃんからもらったの! もらったからには着けなきゃいけないでしょっ。それだけっ!」
 アメリアは、ぱしぱしと目をまばたいた。
「え、リナさんのお姉さんから? ガウリイさんの分もですか?」
 自らの失言に気づいたリナが、思わず口元を手でおおう。彼女らしかぬそのリアクションはいまとなっては起爆剤でしかない。
「っきゃーっ! てことは、ゼフィーリアに行ったんですかっ、ガウリイさんと! リナさんが! 一緒に !?」
「いやあの違―――っ」
「違わないですよねっ、そういうことですよねっ! もっと詳しく―――」
 さらに聞きだそうと詰め寄ったアメリアは、後続が盛大にすっ転んだ気配に、思わずそちらをふり返ってしまった。
 耳の縁まで赤く染めてぶんぶん首を横にふっていたリナも、驚いて背後を返り見る。
 ゼルガディスがもろにコケた姿勢で石畳の上に突っ伏していた。
 彼がここまで体勢を崩して転ぶなど珍しい。さすがにリナが眉をひそめる。
「ちょっと、どうしたのよゼル?」
「だいじょうぶですか、ゼルガディスさん。何か踏みつけたんです?」
 埃っぽくなってしまった白装束をあちこちはたきながら、ゼルガディスが身を起こす。
「いや………ちょっと馬に蹴られただけだ………」
「馬? 馬なんていませんよ?」
 怪訝な顔でアメリアはあたりを見廻す。その横ではリナがなぜか、ものすごい目つきでゼルガディスとガウリイを睨みつけていた。
 ガウリイひとりだけが屈託なく笑っている。彼独特のつかみどころのない、ふわりとした柔らかな笑みは相変わらずだ。
「まあ、今夜はぱあっとやろうぜ」
 つられたようにアメリアも笑った。
 いつものように。いつもどおりに。
「そうですね! 久しぶりに正義の仲良し四人組が勢揃い、ですもんね!」
「それは違う………」
「それはヤメロ………」
 アメリアの言にリナとゼルガディスがうめき、二人して顔を見あわせる。アメリアはくすくす笑って、リナの手を引っぱった。
 何も変わらない。変わらないことが嬉しい。
 また、不意にきゅうっと胸が苦しくなるが、かすかに息を殺して、アメリアはそれをやりすごした。


 ―――真夜中にひとり、アメリアは目を覚ました。
 暗闇のなかで目をこらすと、ベッドの上で壁にもたれるように座っているガウリイと、彼に寄りかかるようにして眠っているリナの姿が見える。
 視線をはずせば、床に直に座り、壁に体を預けて顔を伏せているゼルガディス。
 あんな寝方をしたら、翌朝あちこち痛いだろうに。
 アメリアはそっと笑って、うつぶせていたテーブルの上から身を起こした。テーブルの上には乱立する酒瓶の林。酒精の匂いが鼻につき、わずかに顔をしかめる。
 音をたてないように窓際に椅子を運ぶと、アメリアは静かに窓を開けた。
 するりと夜気が忍び入り、その冷たさに最初は身をすくめるが、やがていっぱいに窓を開くと深呼吸をする。酔いにほてった肌に、冷たい空気が心地よい。
 そのまま椅子に座って、膝を抱えた。
 先刻までの時間に思いをはせながら、窓枠に頭を預ける。
 四人での食事の後、しゃべり足りないリナが仕切り直しを申し出、彼女たちが止まっている宿の一室でささやかな酒宴となった。
「リナさんたちとお酒を呑むのって、そういえば初めてかも」
 以前は食事時に軽く酒を入れることはあったが、リナはもともと酒にそれほど強くないし、ガウリイはリナを止めるために呑まずにいたし、ゼルガディスは多少口にしていたが、一人で勝手にやっていたようだ。
 アメリア自身はといえば、本格的に酒の特訓をしはじめたのは王宮に戻ってからで、当時はまだおそるおそる呑んでいたような気がする。
 初めてだが………なぜか初めてではないような、不思議な感覚があった。ずっと以前から自分たちはこういうことをしてきたような。
 アメリアは目を細め、自分自身の胸の奥に探りを入れた。再会の嬉しさに寄り添って離れない、このたまらない寂寥感はなんなのだろう。
 酒の、せいだろうか―――
 窓の外は寝静まった夜の街。ほつほつと明かり。街よりも、星がきらめく夜空のほうが明るいような気もしてくる夜更け。
 風が髪を撫でていく。
 ふと壁際のゼルガディスがわずかに身じろぐ気配がした。ふ、と呼吸が乱れる音。
 しばらくためらった後、アメリアはそっと声をかけた。
「………ゼルガディスさん?」
 名に反応して、彼が顔をあげる。かすかに髪の鳴る音。闇のなかで、わずかな星明かりをとらえて、薄い色の瞳がきらりと光る。
 アメリアの、鼓動が跳ねる。
「ずっと起きていたのか」
 部屋の反対側で眠っているリナとガウリイに目をやり、低い声が怪訝そうにそう呟いた。
「いえ、さっき目が覚めて。外の空気が吸いたくて………。起こしちゃいました?」
「いや………単に目が覚めただけだ」
 寄りかかっていた壁から体を離すと、ゼルガディスは溜息をついて体勢を変えて座りなおした。あんな寝方をするからだ。
 このひと、全然変わらないな。
 ふとそう思って、途端にまた胸がきゅうっと引き絞られるように苦しくなった。ああもう、いったい何だというのだろう。
 先程から制御を離れようとする自分自身の感情に、アメリアは内心顔をしかめる。
 この宿に向かう途中、連れだって歩きながら、気づけば口をついて出た疑問―――
『―――ゼルガディスさんも、同じ宿なんですか?』
『いや、こいつらには今日偶然であった』
 その答えを聞いたときも、やはり同じ痛みに息が詰まった。だが理由はわからないながらも、それを表に出したくなどなかった。
 だから、安堵したような、ひどく失望したような、混沌とした心中をまばたきひとつでぬぐい去り、それから笑ったのだ。

 ―――そうですか、じゃあ素敵な偶然ですね!

 どうして。どうして。
 笑うたびに、なぜだか寂しくてたまらないのだ。置いていかれているようで、ひどく不安になる。そんなはずはないのに。
 目が冴えてしまって、この夜が長い。
 アメリアはゼルガディスに声をかけた。
「こっちに来ませんか?」
 相手がすうっと目を細め、こちらを見つめてくる。
 試すように量るように、それでいてどこか冷ややかな熱を感じさせるこの視線にさらされるのも、本当に久しぶりだった。胸がさわさわと落ち着かない。
 窓から吹きこんだ風がふと髪を揺らして、彼のほうへと流れた。
 やがてゼルガディスは静かに立ちあがり、無言でアメリアの傍らにやって来ると、窓辺に並んだ。
 呼びはしたもののその後が続かず、アメリアは黙ったまま、窓の外を眺め続ける。
 そのうち視線を感じて仰ぐと、どこか憮然とした相手の顔に行きついた。
「何ですか?」
「お前、けっこう呑んでなかったか」
 唐突に言われ、アメリアは記憶をたどる。
 憶えているのは果実酒の瓶を三本空けたところまで。だが、その後は寝てしまったので、それほど呑んでいないはずだ。
「そうですか? 普通の量だと思いますけど」
「あれでか」
 呆れた口調で言われ、アメリアはちょっと笑った。
「王族が酔いつぶれていたら話になりませんから」
 事実その通りだった。会食や夜会の席で当たり前のように出されるワインで酔っていては、どんな失態を犯すかわからない。どれほど酔いがまわろうとも、理性の糸だけは手放すなと、酒を口にするたびに耳にタコができるほど聞かされた。
 だから今夜は、自分がこんなに気持ちよく酔えるとは思わなかった。ちょっとした新発見だった。
 アメリアは笑ってゼルガディスを見あげたが、彼は少し言葉に困るように「そうか」と呟いただけだった。
 ふい、と視線を逸らされ、何かまずいことを言っただろうかと慌てる。
 もともと以前から会話がスムーズに進むとは言いがたい相手だったが、再会してからこっち、うまく会話できている気がしない。
 もしかして―――
 心変わり、してはいないだろうか。
(―――っ!)
 考えないようにしていた可能性に、肺が縮んだ。
 さっき、変わらないな、などと感じたのは、ただの錯覚でしかなく。託した護符が、単なる重荷でしかなくなっていたら。
 再会の嬉しさも正体不明の寂寥感もすべて噴き飛んでいく。いまこの場所にいることがたまらなく怖くなった。 
 自分はだいじょうぶ。だいじょうぶだけれど。
 いま、隣りにいる彼は。
「………ゼルガディスさん」
「何だ?」
 素っ気ない返答。問うのがひどく怖くて、それでもアメリアはどうにか唇を動かした。
「………アミュレット、は………いえ、その」
 結局、そのまま抱えた膝のあいだに顔を落とした。
 数年前の最後の夜。最後の記憶はそのまま、今この夜に直結している。
 何もかも変わらないようでいて、時間だけは確実に経っている。遠く隔たっているあいだに、変化がないはずなどない。リナとガウリイだって、相変わらずの彼らでありながら、確実に関係を変化させて笑っているのに。
 過ぎた時間は、自分と彼のあいだをどう変えただろう―――
「宿だ。今日こいつらに偶然会って、そのままお前のところに来たからな。荷物のなかに入れてある。………万が一、見つかってリナに散々からかわれるのは御免だ」
 ―――返ってきた返答は、最後の夜と同じくぶっきらぼうで、以前の自分であれば気づかないような本当に微かな照れが混じっていた。
 泣きたいほど安堵しながら、アメリアは笑ってみせた。
「………そうですね。私、リナさんを思いきりからかいましたし」
 ゼルガディスの背中越しに見える二人は、いつのまにかリナがガウリイの膝を枕にしていた。
 その様子に笑みがこぼれる。酒の席でどれだけ自分がからかっても、リナはブレスレットを外そうとしなかった。よほど姉とやらが怖いのか。それとも。
 揃いのブレスレット。喜ばしくてたまらないのも事実だが、うらやましいと思う気持ちも否定できない。つきん、つきん、と甘やかに痛む胸。
 痛みを隠して、それでも笑う。
 不意にゼルガディスが口を開いた。
「―――服のせいか?」
「何がです?」
 質問の意味がわからず、アメリアは椅子の上で膝を抱えたまま、首を傾げた。
 えぐるように、その言葉は放たれる。
「その笑いかただ」
 ―――頭のなかが真っ白になった。
 いま自分はどんな顔をしている?
 笑っている。笑っているけれど―――笑ってみせている。
「………っ」
 吐きだす呼気が細くふるえた。
 服からたちのぼる、甘くほろ苦い香。以前の装束と型は似ている。だが、それでも一見して身分の高さがわかる細かな意匠と高い衣鳴りの音。
 ラルティーグの王宮から帰る際にすべて脱ぎ落としたと思っていたものを、当たり前のようにまとっていたことに気づいた。気づかされた。
 私は、何を―――
 たまらない羞恥に襲われて、アメリアは唇を噛んでうつむくと、視線から逃げた。
 体ごと向きを変え、窓枠にかじりつく。両腕をのせて顔を埋めた。
 夜が長いな。とりとめもなく、そんなことを思いつくのと同時に、えぐられた箇所から想いがこぼれ、留めようもなく溢れていく。
「………ゼルガディスさん、私がこの街にいるって、知ってましたよね」
 返答はない。だが聞かずとも答えは知っている。
「でも、リナさんたちと一緒じゃなかったら、そのまま黙って街を出てましたよね―――違います?」
「………違わない」
 こんなときぐらい嘘ついてくれたっていいのに。
 正直すぎる返答があまりにも彼らしくて、思わず笑みがもれた。
「ですよね。私、リナさんに感謝しないとですよね。こんな滅多にない偶然をあっさり無視できるようなダメなゼルガディスさんをひっぱってきてくれたんですもんね」
「おい」
「喜ばないとダメですよね。実際、とっても嬉しいんですよ? ほんとに久しぶりにリナさんとガウリイさんに会えて、ゼルガディスさんに会えて。前に一緒に旅してたときみたいで、すごく楽しくて、すごく嬉しいのに、私―――」
 いったん傾いて(せき)を破った想いは、言葉は。もう止まらなかった。
「………なのに私、ゼルガディスさんがリナさんたちと三人で立ってるのを見たとき、なんかたまらなくなって」
 うまく息ができない。声がふるえる。
「自分だけ置いてかれたみたいで、すごく嫌な気分になって」
「おい、アメリア」
「でもそんな自分のほうが嫌で。うまく笑えないし、会話おかしいし。楽しいのに、どんどん話題は出てくるのに、ちゃんとリナさんとお喋りしてるのに、なんか変で、嫌で」
 衣装を変えて雰囲気を変えて、それも変わらない輝きを見せているリナとガウリイ。何も変わらないのに、どんどん遠く隔たっていくようなゼルガディス。
 王宮で彼のことを考えていたときよりも激しく一気に、胸に迫ってきた圧倒的な空漠に浸食される。
「………なんか。私ひとりだけ、変わっちゃったみたい」
 アメリアはぎゅっと目を閉じると、腕に強く額を押しつけた。
 ―――言ってしまった。
 傍らの彼の気配が、わずかに変わる。怒らせたかもしれない。
「そんなわけがあるか」
 低く唸るようなその声に、びくりと肩がふるえた。怒らせた。
 だが、頭上から降ってきた声の続きは、怒りではなくただ呆れ果てていて。
「お前だけ変わるはずがないだろうが、阿呆らしい」
「あ、阿呆………っ !?」
 勢いよく顔をあげると、冷ややかな淡い双眸とぶつかった。
 どんっ、とまた心臓をおびやかされるような衝撃。
 ああ、どうしてこの()は。
 ゼルガディスは呆れを隠そうともせず、つまらなさそうにアメリアに言葉を降らせる。
「あの二人を見てどこが変わってないと言えるんだ。揃いの飾りまでつけて、恰好まで違うだろうが」
「っそういう見た目の話じゃありませ―――」
 食ってかかろうとしたアメリアは、不意の感触に言葉を失くした。
 なに、この髪に触れているものは。
 絶句し見あげて、その正体を悟る。髪をかきまぜていく手は無造作なくせに、ひどく優しかった。
 声にならない。涙が一筋、たまらずこぼれた。
 しばらくその指に心を預けていると、ぽつりとした呟きが落とされる。
「………独り置いていかれるというなら、それは俺のほうだ」
 一瞬、意味をとりそこね、直後ざっと冷水をあびせかけられた心地になった。
 そんなことはない―――!
 とっさに反駁(はんばく)しようとしたアメリアは、目をみはったまま黙った。黙らされた、とも言う。
 不意打ちのような熱に体がふるえる。
 そしてようやく―――
 心がコトリ、と落ちる。
 わずかに音を立てて落ちた先で、それが居心地よく収まるのを感じた。
 削ぎ落としたと思っていて、それでもしつこくこびりついていた重たい疲れが、ばらばらと剥がれ落ちていく。
 解けていく。ほど近いところに相手の存在を感じた。再び涙がこぼれそうになって、目を閉じる。
 ―――ふ、と息がこぼれた。
「………お酒の匂いと味がします」
「そりゃお前だろう」
 何事もなかったかのような呆れた口調に、ごく自然と頬がふくれた。
「ゼルガディスさんだって呑んでたじゃないですか」
「わかった。じゃあ、お互いのでいい」
 溜息まじりのなだめるような声に腹が立ち、思わず拳で相手の胸を叩く。
「酔っぱらいだと思ってますね?」
「心の底からな」
 その返答を聞いて、なぜだかアメリアは笑うより先にまた泣きたくなった。
 そして気づいた。自分がいったいどうしたかったのか。
「―――じゃあ、酔っぱらいのたわごとだと思って聞いてください。酔ってるゼルガディスさんも明日には、忘れて」
 驚くいとまも与えなかった。
 相手の抗議も聞かず、両腕を伸ばしてただすがりつく。
 ひやりと硬く、それでいて皮膚一枚下のいのちを感じとる。
 いる。近くにいる。どうしてこんなに近くにいるんだろう。それなのに、どうして同じ存在ではないのだろう。
「逢いたかった。ずっと、逢いたかったの………!」
 情けないほど切羽詰まった己の声に、どうして、と思った。


 どうしてこんなに、
 私はこのひとの存在に飢えているんだろう―――


 それは―――怒りにも似た爆発するような希求。
 彼が動いた。
 背中にまわされた腕の力に、今度こそ涙が溢れた。焼けつくようだ。砂漠で渇いた旅人に急に水を与えると死んでしまうのだという。
 どうしてこのひとなんだろう。どうして、このひとを好きになったんだろう。
 どうしてどうしてと、馬鹿みたいに疑問ばかり。
「すまん」
 頭上でささやかれる短い謝罪に首をふる。謝りたいのはこちらのほうだ。
 自分が渇いていたことに、いままでまったく気づかなかった。孤独と焦りにこれほど身を蝕まれていたことに。
 笑顔が剥がれ落ちて露出した芯の部分は、あまりにも不変のままだった。腹立たしいほどに変わらない感情に安堵し苛立つ。こんなにも好きでいいのだろうか。
 風が渡る。夜の空気に、酒の香とここでは意識していなかった服の薫りが入り混じり、流れた。
 ―――ああ。
 自分は王女で。同時にただのアメリアなのだ。
 預けた体をたしかに受けとめてくれる相手の存在を感じながら、アメリアは目を閉じる。
 にじみでた涙が夜風に触れて、ちりりと冷えた。